2025年12月09日

ソフトバンクの佐藤直が楽天へ 阪神の井上はロッテに―プロ野球・現役ドラフト

 プロ野球の現役ドラフトが9日に実施され、12人の移籍が決まった。
 ドラフト1位で2020年にソフトバンク入りし、今季は104試合に出場した佐藤直樹外野手が楽天に移ることになった。
 阪神の井上広大外野手がロッテ、巨人の菊地大稀投手が日本ハム、ヤクルトの浜田太貴外野手が阪神にそれぞれ移籍した。[ 12/9(火) 19:18配信 時事通信 ]

4年目となる現役ドラフト。昨年もあるのでは?という声の多かった濱田が移籍することに。
51.濱田大貴(2019-2025)
大分・明豊高校から2018年ドラフト4位指名。背番号「51」。

2019年高卒ルーキーながらファーム105試合に出場。打率.254,8本塁打,52打点。9月25日一軍選手登録され,同日スタメン出場。1年目は2試合5打数0安打3三振。

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2020年8月12日巨人戦(東京ドーム)でプロ初安打。9月17日横浜DeNA戦(神宮)プロ初本塁打。9月20日広島戦(神宮)では先頭打者本塁打。続く2番青木宣親,3番山田哲人も本塁打を放ち,史上5度しかない先頭打者からの三者連続本塁打の口火を切った。33試合打率.200,3本塁打,7打点。

2021年。オープン戦で4本塁打11打点をマークするも,開幕直前に上半身のコンディション不良で離脱。一軍出場無く,二軍でも13試合の出場に終わった。

2022年。プロ初の開幕一軍入り。3月25日開幕阪神戦(京セラドーム)で藤浪晋太郎からチーム第1号本塁打。73試合出場。打率.20,6本塁打,14打点。

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2023年。自身初の開幕スタメンに抜擢され,年間通じて一軍帯同。103試合出場。打率.234,5本塁打,22打点。

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2024年。出場10試合。打率.077と極度の大不振に陥った。

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2025年。オープン戦で打率.320,1本塁打,5打点と結果を残し2年ぶりに開幕一軍スタート。開幕巨人戦(東京ドーム)で代打として今季初打席初安打を放つも,以降16打数無安打と再び打撃不振となり4月16日に一軍選手登録抹消。再昇格した8月29日広島戦(神宮)で森浦大輔から2023年8月16日DeNA戦以来744日ぶりとなる本塁打。復帰後の23試合で4本塁打放ち,村上流出後の和製大砲の一人として来季の飛躍が期待された一人だったが,今回現役ドラフトでの放出となった。
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「東京ヤクルトスワローズでは入団から7年間プレーさせていただきました。関係者の皆さま、ファンの皆さま、今まで本当にありがとうございました。新天地で活躍する事が皆さまへの恩返しになると思いますので、心機一転頑張ります」

移籍先は阪神。センター近本・ライト森下が固定されているものの,レフトは流動的だった今季。しかしドラフトで立石を獲得しており,佐藤輝がライト,森下がセンター,近本をレフトという構想もあるようだ。いずれにしても濱田は内野も守れる訳ではないので,外野一本での勝負となる。王者阪神で再び元山飛優とチームメイトになるというのもなにかの縁。主戦場は尼崎となるか甲子園となるか注目したい。
編成的にはこれで西川太田濱田と3人目の外野手の流出となるが,新戦力は無い。サンタナ・塩見の怪我の回復状況にもよるが,現ドラを受けての補強に動くのかも着目すべきか。

【記録】
 ・初出場・初先発・初打席:2019年9月25日中日戦(ナゴヤドーム)
 ・初安打:2020年8月12日巨人戦(東京ドーム)[菅野智之]
 ・初本塁打・初打点:2020年9月17日横浜DeNA戦(神宮)[ピープルズ]
 ・初盗塁:2023年4月16日広島戦(マツダスタジアム)[玉村昇悟−坂倉将吾]

ヤクルトの指名は昨年の矢崎に続き,2年連続で広島から。大道温貴。
何度か対戦したイメージのある大道。2020年ドラフト3位入団。ルーキーイヤーの2021年4勝を挙げ,2023年には48試合登板。3勝1敗10ホールド,防御率2.72とリリーフの一角を担っていたものの,昨年4試合,今季1試合と登板数を大きく減らしているのが気がかり。それでもファームでは試合登板でチーム最多5セーブをマークしており大きな故障は無さそう。
「広島東洋カープでの5年間で得た経験はどれも自分の今後の人生に大きく役立つものばかり。その経験を今後は東京ヤクルトスワローズでも存分に生かしていきたい」
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2025年10月24日

北村拓が戦力外=プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは24日、北村拓己内野手(30)と来季の契約を結ばないと発表した。今季は62試合に出場し、打率1割9分、3本塁打、7打点。投手として1試合に登板した。[ 10/24(金) 18:59配信 時事通信 ]

昨夜のドラフトで内野手を3名指名。その翌日内野手である北村拓己に第2次通告。これで支配下に13人目(3/5/38/39/43/46/48/49/52/58/61/62/90)の空き枠。厳しい世界。。

38.北村拓己(2024-2025)
2023年12月8日現役ドラフトで巨人より移籍。背番号は同じく現役ドラフトで移籍となった梅野雄吾がつけていた「38」。

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2024年。オープン戦16試合で打率.296,5打点と結果を残し開幕一軍入り。内野をどこでも守れるユーティリティープレーヤーとしてベンチメンバーに名を連ねた。7月6日巨人戦(神宮)グリフィンから移籍初となる代打本塁打。48試合出場で打率.125,1本塁打,4打点。

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2025年は西都キャンプスタート。3月に下半身のコンディション不良で離脱。4月22日北海道日本ハム戦(戸田)で実戦復帰。村上宗隆,長岡秀樹と一軍の内野手に故障者が続出というチーム事情もあって4月29日一軍選手登録。5月3日阪神戦(甲子園)で今季代打初出場・初安打。7番ショートで今季初スタメン起用された5月13日中日戦(豊橋)ではプロ初登板から111試合被本塁打0を誇っていた松山晋也にプロ初めて被本塁打を浴びせるなど,5月25日時点では打率.342と打撃好調をキープしていたが,交流戦期間はパ・リーグ相手に32打数0安打と極度の打撃不振に陥り,スタメンの座は伊藤琉偉に完全に奪われる形に。
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それでも閉幕までベンチ入りメンバーには名を連ね少ない出場機会を窺った。とりわけ印象的だったの9月12日DeNA戦(神宮)。8点ビハインドの9回表に巨人時代の2023年9月2日DeNA戦(横浜)以来2度目となる投手起用。石上泰輝からプロ初奪三振を記録するなど1回を投げ切り,救援投手の代わりに試合を完了してくれた。自己最多の62試合に出場も,打率.190,3本塁打,7打点と際立つような数字は残らなかった。山本大貴・宮川哲に続いて北村拓が戦力外通告。今季30歳の世代で残るは宮本丈と田口麗斗だけとなる。

現役ドラフト移籍組も成田翔は1年,北村拓も2年で退団。W北村コンビも解散となってしまう。
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【記録】
 ・初奪三振:2025年9月12日DeNA戦(神宮)[石上泰輝]
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2025年10月14日

コミッショナー公示(14日) プロ野球

 【自由契約選手】▽ヤクルト・ランバート投手、バウマン投手[ 10/14(火) 13:22配信 時事通信 ]

39.ピーター・ランバート(2025)
2024年12月12日契約合意。年俸160万ドル+出来高払い。メジャー通算74試合登板。スコット・マクガフも『いい投手を獲ったね。彼はやるよ』と太鼓判を押した先発候補の最速156km/h右腕。

2025年4月5日中日戦(神宮)で来日初登板・初先発。6回3安打無失点の好投で来日初勝利。
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ええの獲ったわ!と声高に叫んだものの,その後11試合連続白星無し。4月29日DeNA戦(神宮)の5回表にはプロ野球タイ記録となる1イニング3暴投を記録。審判の判定にイラついたり,マウンドに足を滑らすシーンも多々あった。一方で5月27日北海道日本ハム戦(エスコン)6回無失点。6月3日埼玉西武戦(メットライフ)7回無失点の好投も,打線の援護なく勝ち負けつかずという好不調の両局面を持ち合わせていた。
7月11日阪神戦(甲子園)で勝利投手となり自身の連敗を7で止め,7月29日DeNA戦(横浜)で3勝目を挙げたが以降6試合連続未勝利。とりわけ直近4試合は181/3回で計20失点。防御率にして9.81と打ち込まれていずれの試合も敗戦投手に。21試合登板で3勝11敗と大きく負け越し,防御率も4.26。シーズン終了を待たず9月12日に帰国した。
それでも今季チーム最多の1161/3投球回。イニングイーターであったことは確かだ。

【記録】
 ・初登板・初先発登板・初勝利・初先発勝利:2025年4月5日中日戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[細川成也]
 ・初安打:2025年6月27日阪神戦(神宮)[村上頌樹]
 ・初打点:2025年7月11日阪神戦(甲子園)[村上頌樹]
 ・1イニング3暴投:2025年4月29日横浜DeNA戦(神宮)NPB最多タイ記録

58.マイク・バウマン(2025)
2024年12月11日入団合意。大谷翔平に50号本塁打を献上したバリバリのメジャーリーガーという触れ込みで年俸100万ドル。
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新守護神候補筆頭としてキャンプ・オープン戦では193cmの長身から最速159km/hの剛速球を連発していたが,開幕直前の3月18日に上半身コンディション不良を訴え離脱。4月8日ファームで実戦復帰。3試合連続無失点と格の違いを見せつけ17日一軍出場選手登録。同日阪神戦(神宮)延長11回表に来日初登板も,近本光司に被本塁打し敗戦投手に。以降6試合の登板で防御率6.75。5月2日出場選手登録抹消。5月20日再登録。6月19日登録抹消。
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7月13日DeNA戦(戸田)5-41点リードの8回表に登板し1回4失点と炎上したのを最後に二軍登板も無く,8月29日医療機関を受診するため帰国。再来日することなく,本日ウェーバー公示。16試合0勝2敗1ホールド,防御率4.20。

【記録】
 ・初登板:2025年4月17日阪神戦(神宮)
 ・初奪三振:2025年4月23日広島戦(マツダ)[會澤翼]
 ・初ホールド:2025年5月22日広島戦(マツダ)

円安となり,外国人獲得もドル建て契約で単価が高くなってきたのは事実。ある程度の金額を投資しないともはや海外から選手を獲得できなくなってきた一方で,こうして金額に見合わない危険性も孕むようになってきた。陽キャアビラとはあまりに対照的だった両右腕。日本に溶け込めるか溶け込まめないかを分けるものっていったい何なのだろう。。
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2025年10月06日

嶋ヘッドコーチらとの契約終了 プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは6日、嶋基宏ヘッドコーチ(40)、石井弘寿(48)、小野寺力(44)の両投手コーチ、杉村繁打撃コーチ(68)との契約を終了したと発表した。
 また、太田賢吾外野手(28)とは来季の契約を結ばない。[ 10/6(月) 14:52配信 時事通信 ]
 

46.太田賢吾(2019-2025)
2018年12月11日,秋吉亮・谷内亮太との交換トレードで北海道日本ハムより移籍。背番号「46」

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2019年4月2日。開幕カードで死球を受け骨折した坂口智隆に代わって一軍選手登録される。4月5日中日戦(神宮)移籍後初安打初打点。4月20日中日戦(ナゴヤドーム)で柳裕也から移籍初本塁打。1番スタメン出場した5月1日横浜DeNA戦(横浜)では初回先頭打者でヒットを放ったが,これはNPB令和初安打にもなった。内野全ポジションを守るユーティリティープレーヤーとして90試合に出場。打率.251。

2020年。一軍出場選手登録されたのは9月22日〜10月4日の2週間のみ。出場は4試合に終わった。

2021年。移籍後初めて開幕一軍メンバー入りしたが,登録抹消を繰り返し一軍での出場は29試合だったが,イースタン・リーグで首位打者のタイトルを獲得した。

2022年。内野手登録ながら外野手としての起用機会も増え,出場試合を37試合に増やした。オフにはスワローズカップ少年野球大会で来燕。
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2023年一軍出場は6月までに20試合。イースタンで打率.323と高打率を残していたが,終盤に故障離脱。

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2024年も故障の影響からかファームでもベンチ外の日が多かった。死球を受け骨折した赤羽由紘に代わり8月1日に一軍昇格したが,26日に登録抹消。出場は18試合に留まった。
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外野手登録に変更された2025年。7月11日に一軍選手登録され,8月は1番打者としての起用も多くなった。8月17日の試合まで.302と高打率だったが,好調は持続せず最終的には.229でシーズンを終えていた。
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【記録】
 ・初盗塁:2021年4月1日DeNA戦(横浜)[国吉佑樹−山本祐大]
【その他」
 ・12球団を通して令和初安打:2019年5月1日横浜DeNA戦(横浜)[大貫晋一]

73.嶋基宏(2023-2025)
2022年シーズンをもって現役引退し,背番号は楽天時代の恩師でもある野村克也監督も背負っていた「73」に。
2023年バッテリーコーチ兼作戦補佐。2024年ヘッド兼バッテリーコーチ。2025年ヘッドコーチと要所を歴任。しかしその3年間いずれもBクラス。犠打の是非論争も生まれた。
「貴重な経験をさせてもらった。感謝しかない」「僕もまだまだ勉強、成長しないといけない。次のステップへ向かって…。まだなにをやるか全然決まってないんですけど、(ヤクルトには)本当に感謝しかないです」。古巣楽天含めまだまだ野球界を歩んでいくと思う。

72. 小野寺力(2017-2024) 
2017〜2024年二軍投手コーチ。この間コロナ特例で一軍コーチ登録された時期もあった。2025年一軍投手コーチ。当初はブルペンを担当していたが,シーズン終盤はベンチ担当に。ファームでの育成には定評があった。

98. 石井弘寿(2012-2025)
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2011年現役引退後,2012〜2013年二軍育成コーチ。2014〜2016年二軍投手コーチ。2017〜2025年一軍投手コーチ。1996年のドラフト入団から実に30年間スワローズ一筋の石井コーチが退団することに。。

74.杉村繁(2013-2025)←73.(2000-2007)
球団広報などを経て2000年に打撃コーチ補佐に就任。2001〜2003年一軍打撃・走塁コーチ。2004〜2007年一軍打撃コーチ。
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2013年二軍打撃コーチとして6年ぶりに復帰し,2014年一軍打撃コーチ。2015〜2017年一軍チーフ打撃コーチ。2018〜2019年巡回コーチ。2020〜2024年一軍打撃コーチ。2025年一軍打撃コーチ兼スコアラーと打撃部門を歴任した。
御存知名伯楽。青木宣親内川聖一山田哲人村上宗隆と数多の門下生を輩出。今季交流戦頃に体調不良が伝えられ,スコアラーとしてベンチに入っている姿もお見かけしなくなっていた。御年68歳と現場には激務になりつつあるかと。お身体をご自愛されながら,ヤクルト球団の良きアドバイザーを担っていただけたらと願ってやみません。
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2025年10月05日

川端、今季限りで引退 15年首位打者、代打でも活躍―プロ野球・ヤクルト

 ヤクルト一筋で20年プレーし、2015年に首位打者を獲得した川端慎吾内野手(37)が27日、東京都内の球団事務所で記者会見し、今季限りでの引退を表明した。
 市和歌山商高(現市和歌山高)から高校生ドラフト3巡目で06年にヤクルト入り。巧みなバットコントロールが持ち味で、15年には打率3割3分6厘、195安打で首位打者と最多安打のタイトルに輝き、リーグ優勝に貢献した。現役終盤は代打で活躍。21年の日本シリーズでは、第6戦でチームを20年ぶりの日本一に導く決勝打を放った。
 通算1326試合の出場で1099安打をマークし、打率2割9分3厘、40本塁打、409打点。(成績は26日現在)。[ 9/27(土) 12:22配信 時事通信 ]

巧みなバットコントロールが持ち味。2015年首位打者と最多安打のタイトル獲得。天才と称される一方,度重なるけがに悩まされ”ガラスのプリンス”と称されることも。20年の野球人生を振り返りたい。

5.川端慎吾(2012-2025)←36.(2006-2011)
市和歌山商高校から2005年高校生ドラフト3巡目指名。大型遊撃手の期待も込められ,池山隆寛の引退から3年間空き番号となっていた背番号「36」が与えられた。

高卒新人ながらドラフト1巡目指名の村中恭兵とともに2006年浦添キャンプに抜擢された。10月9日中日戦(神宮)で一軍初出場。高卒新人野手の一軍出場はチームでは1987年土橋勝征以来19年ぶり。10月10日広島戦(神宮)でプロ初安打,初打点を記録。お立ち台にもあがった。

2007年は内野手の城石憲之や宮本慎也の故障離脱に伴って一軍登録される期間があった。8月22日に左手薬指を骨折。この年の実戦復帰はフェニックス・リーグになってしまう。

2008年自身初の開幕一軍入り。10月7日中日戦(神宮)でプロ初本塁打。

2009年春季浦添キャンプで右肩を痛めリタイア。一軍昇格は5月19日。再び右肩痛を訴え8月22日に一軍登録抹消。

2010年開幕から阪神からFA入団の藤本敦士,新人の荒木貴裕,3年目の鬼崎裕司がショートのポジションを守ってきたが,小川淳司監督代行の就任以降ショートのレギュラーとして抜擢され,チームの後半戦の大躍進”メイクミルミル”に貢献した。
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2011年開幕戦で川島慶三が死球を受け骨折したこともあり,レギュラーの座を完全に射止めた。シーズン中盤までは主に7番を任されていたが,中盤以降は3番として起用されるようになり,自身初の規定打席にも到達。
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しかしシーズン最終盤の10月19日左手左手首靭帯等損傷で登録抹消。戦線離脱を余儀なくされ,クライマックスシリーズに出場することは出来なかった。オフにアーロン・ガイエルの退団で背番号は「5」に変更された。

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2012年開幕からクリーンアップを託され125試合に出場。打率.298,4本塁打,49打点の成績。ショートだけでなくサード・ファーストでの起用も増えていった。

2013年浦添キャンプ第1クールで脊柱起立筋肉離れによりリタイア。4月22日には左足首関節を手術に踏み切り,一軍復帰は7月9日だった。規定打席未到達ながら打率.311をマーク。9月には自身初となる月間MVPを獲得。
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オフには「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表にも選出された。

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2014年は142試合に出場。打率.305,自己最多となる10本塁打を放った。

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2015年は真中満監督の構想で2番打者として起用され,リーグトップの195安打,打率.336で首位打者を獲得。チームの優勝に貢献。オフには第1回WBSCプレミア12の日本代表メンバーにも選出。推定年俸1億6000万円の4年契約を結び,選手会長に就任した。

2016年7月18日DeNA戦(神宮)自打球で右舟状骨骨折。一ヶ月半ほど離脱を余儀なくされたが,103試合の出場で打率.302。
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2017年春季キャンプ中に椎間板ヘルニアを発症。リハビリを続けるも,症状が悪化し8月に手術。プロ12年目にして初めて一軍出場なしに終わる。

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2018年開幕スタメンに名を連ねたが, 4月3日広島戦(神宮)で今村猛から頭部死球を受け,翌日脳震盪特例で登録抹消。
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復帰後調子が戻らず5月21日再調整のため登録抹消。6月6日に一軍復帰。
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7月21日中日戦(神宮)で自身初のサヨナラ本塁打。8月14日巨人戦(神宮)で逆転サヨナラタイムリー。規定打席には届かず,打率も.259に終わったが,要所で勝負強さを見せた。オフには燕市にも来燕してくれた。
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2019年4月20日中日戦(ナゴヤドーム)で柳裕也から通算1000安打。9月4日広島戦(神宮)で通算1000試合出場。節目の記録を達成したが,腰の状態が思わしくなく, 37試合の出場に留まり打率も.164。4年契約の最終年を終え,年俸は限度額を超える1億円減の4000万円を提示された。

2020年7月25日巨人戦(神宮)2年ぶりとなるサヨナラタイムリーを放つなどしたが,出場は39試合。打率.128。2年続けて限度額を超える50%減で年俸は2000万に。
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ここから不死鳥のように蘇った2021年。代打として起用されてはヒットを量産していく。
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3月30日DeNA戦(横浜)で決勝打。6月20日中日戦(神宮)で2年ぶりとなる決勝本塁打など勝負を決める一打など,いつしか”代打の神様”の異名が定着。2007年真中満に次ぐ代打におけるシーズン30安打。打率.372,出塁率.419。オリックスとのSMBC日本シリーズ第6戦(ほっともっと神戸)の延長12回表。吉田凌から勝ち越しタイムリーを放ち,チーム20年ぶりとなる日本一は川端のバットで決まった。

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2022年5月21日横浜戦(横浜)で2020年8月28日以来となるスタメン起用もあったが,調子が上がらず7月4日に一軍登録抹消。9月16日再登録も,打率.175と低迷した。

2023年開幕一軍は逃したが,4月4日に一軍登録されると,再び代打の切り札として勝負強さを発揮。代打安打数はリーグトップの20本。打率.319,出塁率.385。6月1日日本ハム戦(エスコンフィールド)では「3番・DH」でスタメン出場し,猛打賞もマークした。
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2024年代打で61試合に出場したが,打率.224と思うような結果は残せなかった。
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2025年開幕から一軍出場ないまま9月を迎えていた。ファームで故障なく一年を過ごしていたことが川端の結論を悩ませたようだが,「このへんで身を引くのが一番ベストではないかなと」現役引退が発表された。たゆまぬ努力と,類まれな打撃技術で通算1100本の安打を積み上げた天才。3度のリーグ優勝,2021年の日本一支えた功労者がまた一人ユニフォームを脱ぐことになった。
コーチへの就任が要請され,受諾する模様。川端2世になりうる田中陽翔や,伸び悩む武岡龍世,澤井廉,丸山和といった左打者の育成に期待がかかる。

年度打率試合打席数打数安打二塁打三塁打本塁打打点得点盗塁
2006年.190623214000120
2007年.100913101100110
2008年.26065115104274019112
2009年.27030423710000020
2010年.2985921418856121121220
2011年.268117457399107203446480
2012年.298125507453135155449523
2013年.311703122678372537362
2014年.3051426375801773321069862
2015年.336143632581195341857874
2016年.302103458420127221132483
2018年.259973342977791331221
2019年.16437676110100750
2020年.1283942395000230
2021年.372919386325111880
2022年.17552645710100710
2023年.3198010594303021640
2024年.22461615813000610
2025年.5002221100000
通算.2931328417837541100168174040943917

【タイトル】
 ・首位打者:1回(2015年)
 ・最多安打:1回(2015年)
【表彰】
 ・ベストナイン:1回(三塁手部門:2015年)
 ・ゴールデングラブ賞:1回(三塁手部門:2015年)
 ・月間MVP:1回(打者部門:2013年9月)
 ・クライマックスシリーズセMVP:1回(2015年)
【記録】
 ・初出場・初打席:2006年10月9日中日戦(神宮)
 ・初先発出場:2006年10月10日広島戦(神宮)
 ・初安打・初打点:同上[大竹寛]
 ・初盗塁:2008年8月28日広島戦(広島)[大竹寛-石原慶幸]
 ・初本塁打:2008年10月7日中日戦(神宮)[小笠原孝]
 ・1000安打:2019年4月20日中日戦(ナゴヤドーム)[柳裕也]史上294人目
 ・1000試合出場:2019年9月4日広島戦(神宮)史上504人目
【その他】
 ・連続試合猛打賞:4(2014年7月30日 - 8月8日)※球団記録
 ・オールスターゲーム出場:2回(2015年・2016年)


52.原樹理(2025)←16.(2016-2024)
2015年ドラフト会議で山俊(明治大)の交渉権を外しての1位指名入団。ドラフト後の東都大学入替戦では今永昇太(駒沢大)と投げ合い,3試合で計285球を投じ母校東洋大学の一部昇格に貢献した。背番号は「16」。同姓の原泉がいたため,ユニフォームの背面ネームは「J.HARA」となった。

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2016年開幕一軍入り。3月27日巨人戦(東京ドーム)でプロ初登板初先発。6回1失点で勝敗つかず。開幕からローテーションを守りながらも白星に恵まれなかったが,5月1日巨人戦(神宮)にプロ初勝利。6月29日広島戦(マツダ)で右肩の違和感を訴え途中降板。翌30日に出場選手登録を抹消。右肩甲下筋の肉離れの診断を受けた。1年目は2勝8敗,防御率5.91。

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2017年6月15日東北楽天戦(神宮)でプロ初完投勝利。1年間を通して先発に中継ぎにフル回転。1311/3投球回も防御率3.84,3勝11敗と大きく負け越した。

2018年前半に先発で結果を残せず中継ぎに回ることに。6月28日中日戦(神宮)山田哲人のサヨナラ本塁打でシーズン初勝利が転がり込んだ。再び先発転向した8月16日巨人戦(神宮)でプロ初完封勝利。30試合登板で6勝7敗,防御率3.09の成績だったが,井野卓とバッテリーを組んだ8試合には5勝1敗,防御率1.81と抜群の相性の良さを示した。

2019年4月9日広島戦(マツダ)で勝利投手。6月2日DeNA戦(横浜)にプロ初となる中4日先発登板。自己最速となる151km/hをマークするなど気迫の投球でチームの16連敗を止めてみせた。しかしその代償はあまりに大きかった…。ここから調子を落とし,6月19日にコンディション不良で登録抹消。そのまま登板なく12試合3勝7敗,防御率4.86でシーズンを終えた。

2020年も怪我の影響があり,5試合登板で2勝2敗,防御率5.19の成績に終わった。

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2021年の初登板初先発となった7月10日広島戦(神宮)では,4回に上本崇司に頭部死球を与え危険球退場。それでも8月29日DeNA戦(東京ドーム)7回無失点でシーズン初勝利を挙げるなど,9試合登板のうち8試合に先発登板し,3勝1敗。47回を投げて被本塁打0,防御率2.30と安定した投球を続けた。
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巨人とのクライマックスシリーズセファイナルシリーズ第3戦(神宮)にも先発したが,右手に打球を受け11/3回で降板。オリックスとのSMBC日本シリーズ第5戦(神宮)の先発も託された。いずれも勝ち負けつかず。

2022年6月29日広島戦(マツダ)でこれまでの自己最多に並ぶ6勝目。シーズン中盤にやや苦しむも,8月20日中日戦(バンテリン)で7勝目。公式戦最終戦となる10月3日DeNA戦(神宮)では中継ぎとして8勝目が転がり込み,自身のキャリアハイを更新した。
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2023年はプロ初の一軍登板無し。二軍でも2勝6敗,防御率5.16と振るわず。2024年8月27日巨人戦(神宮)でおよそ2年ぶりとなる一軍登板を果たすと,そこからリリーフで7試合登板。勝ち負けつかずも,防御率は1.80と復調の兆しを見せた。

背番号が「52」への変更された2025年。ファームで34試合登板も防御率は7.32。戦力外通告となった。
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「いつかはくることなので。それが今ということですね」「(球団と)いろいろな話をしたのが、さっきが初めてなので、それも含めてトータルで考えて、それを踏まえて考えないとな、というところ」と第2の人生へ踏み出すことになる。

年度防御率試合勝数負数セーブ投球回被安打被本塁打三振四球死球暴投ボーク失点自責点
2016年5.91132806780433255004544
2017年3.842631101311/313319115346206656
2018年3.09306701102/3102393313504838
2019年4.861237074851057195504440
2020年5.195220171/320614131001610
2021年2.3093104745025124101412
2022年4.85228701072/31321452325105958
2024年1.80700010612300022
通算4.14124274305656035739116929140294260

【記録】
 ・初登板・初先発登板:2016年3月27日巨人戦(東京ドーム)
 ・初奪三振:同上[長野久義]
 ・初勝利・初先発勝利:2016年5月1日、巨人戦(神宮)
 ・初完投勝利:2017年6月15日楽天戦(神宮)
 ・初ホールド:2018年6月19日ソフトバンク戦(神宮)
 ・初完封勝利:2018年8月16日巨人戦(神宮)
 ・初安打・初打点:2016年5月1日巨人戦(神宮)[高木勇人]
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2025年09月29日

西川ら9選手が戦力外 プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは29日、西川遥輝外野手(33)、原樹理(32)、山下輝(26)両投手ら9選手と来季の契約を結ばないと発表した。
 西川は現役続行を希望。山下は今季限りで引退する意向を示した。
 宮川哲(29)、山本大貴(29)、金久保優斗(25)、竹山日向(21)、育成選手の鈴木康平(31)の5投手、中川拓真捕手(23)も戦力外となった。[ 9/29(月) 14:59配信 時事通信 ]


43.山本大貴(2022途-2025)
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2022年7月29日坂本光士郎との交換トレード千葉ロッテより移籍。背番号「43」。8月9日広島戦(マツダ)で移籍後初登板。

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移籍2年目の2023年は,6月20日東北楽天戦(神宮)でプロ入り6年目にしてプロ初勝利を挙げるなど,42試合に登板し,防御率2.55とブレイク。

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2024年は左の絶対的中継ぎとして君臨。自己最多となる44試合に登板し,3勝0敗12ホールド,防御率1.42。7月27日広島戦(神宮)ではプロ初セーブもマークした。被安打18はすべてシングルヒット。312/3回,打者126人と対戦し長打を1本も許さなかった。

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しかし2025年。開幕巨人戦(東京ドーム)で5点リードの8回のマウンドを託されたが,トレイ・キャベッジに2年ぶりの長打となる本塁打を浴びるスタート。5月には5試合連続失点と調子上がらず5月24日出場選手登録抹消。9月に再登録されたが,10日間で抹消。右脇腹の肉離れの影響もあり17試合の登板にとどまり,防御率5.17と大きく数字を落とした。

球団首脳からは感謝の意を伝えられたというが,「ありがたいと思いますけど、そんな感謝の気持ちはいらないなというのが僕の率直な思い。僕も8年間やってきて、いろいろな選手の去り際を見てきた中で、僕はどちらかというと明るい方でもない。そういう言葉をもらって悔しいなと思った。もし、他球団とかでやる機会があれば、絶対やり返してやろうと思った」と非情通告の色を隠せない。

【記録】
 ・初ホールド:2023年4月9日阪神戦(甲子園)
 ・初勝利:2023年6月20日東北楽天戦(神宮)
 ・初セーブ:2024年7月27日広島戦(神宮)
 ・初打席:2022年9月10日広島戦(神宮)
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48.金久保優斗(2018-2025)
東海大望洋市原高校から2017年度ドラフト5位入団。背番号「48」。

2018年5月20日イースタン東北楽天戦(戸田)で二軍初登板を果たした僅か3日後の5月23日BC栃木ゴールデンブレーブスとの練習試合で右肘を痛め緊急降板。トミー・ジョン手術に踏み切ることになる。

懸命なリハビリの末,2020年10月22日巨人戦(神宮)でプロ初登板。10月29日広島戦(マツダ)でプロ初先発登板。

2021年4月14日横浜DeNA戦(神宮)でプロ初勝利。6月1日まで3勝をマーク。一軍登録抹消期間を経て10月17日横浜DeNA戦(横浜)4勝目。公式戦10試合登板,4勝1敗,防御率2.74と堂々の成績。巨人とのJERAクライマックスシリーズセファイナルステージ第3戦(神宮)では2回1死から大城のライナーを右手に受けて緊急降板した先発原樹理に代わってマウンドに上がり,32/3回を1失点でチームの窮地を救った。日本シリーズでは全試合ベンチ入りも登板機会はなかった。

2022年も初登板となった4月15日横浜DeNA戦(横浜)で勝利投手と順調な成長曲線を描いていた金久保だったが・・・。4月24日阪神戦(神宮)で3回途中6失点KOされ,中継ぎへ配置転換。4月30日に一軍登録抹消され,以降一軍昇格無し。

2023年6月20日楽天戦(神宮)でおよそ1年ぶりの先発登板で4回無失点。定評のあった打撃ではプロ初打点も記録したが,この年の一軍登板はこの試合のみ。2024年は5試合登板で,0勝1敗,防御率3.52。

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2025年は中継ぎで自己最多となる12試合登板も,0勝1敗,防御率7.71。伸び悩みの最中に,世間を騒がせた不逞な報道。金久保を見る周囲の目はすっかり変わってしまった。9月27日北海道日本ハム戦(鎌ヶ谷)では宮崎一樹に四球を与え危険球退場。これがイースタン最終登板となったのも後味が悪い。
「野球は迷ってます」「NPBでやりたいのはもちろんあるんですけど、韓国とかいろいろ」。自らの軽率な行動で環境を変えればという可能性をも無くしてしまった。

【記録】
 ・初登板:2020年10月22日巨人戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[丸佳浩]
 ・初先発登板:2020年10月29日広島戦(マツダ)
 ・初勝利・初先発勝利:2021年4月14日横浜DeNA戦(神宮)
 ・初ホールド:2025年6月8日福岡ソフトバンク戦(神宮)
 ・初打席:2020年10月29日広島戦(マツダ)
 ・初安打:2020年11月5日阪神戦(甲子園)[西勇輝]
 ・初打点:2023年6月20日東北楽天戦(神宮)[津留ア大成]

49.山下輝(2025)←15.(2022-2024)
法政大学より2021年ドラフト会議1位入団。隅田知一郎の外れ1位で広島と競合の末の交渉権獲得だった。背番号「15」。

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2022年9月22日中日戦でプロ初登板・初先発。敗戦投手になったが,プロ初打席で橋宏斗からプロ初安打を放つ。なおその日チームはこの山下のヒット1本のみ。投手の1安打のみはチームでは国鉄時代の1956年8月25日中日戦以来66年ぶり2度目。新人投手の1安打のみは1942年5月23日大洋戦の林(朝日)以来80年ぶり。新人投手のプロ初安打のみのケースはプロ野球史上初という珍事に。プロ2試合目の登板となった9月30日広島戦(マツダ)でプロ初勝利。SMBC日本シリーズ第5戦(京セラ)にチームの新人では1992年石井一久以来となる先発登板も果たした。しかし山下の一軍登板はこの公式戦2試合日本シリーズ1試合の3試合のみだった。

2023年。春季浦添キャンプで左肘のコンディション不良を訴え離脱。ノースロー調整などリハビリ生活に。9月28日イースタン埼玉西武戦(戸田)で復帰登板も1回2失点。
2024年。イースタン19試合登板,3勝5敗,防御率5.89の成績で,オフに背番号は「49」に変更されることが発表された。2025年もイースタン14試合登板,2勝3敗,防御率3.91。

「自分で今年1年ダメだったら辞めようと思っていたので、全然満足しています。野球は選手としては、もうやりません。もう野球はやりきったなっていう感じですね」と現役引退を即決。球団からもフロント入りを打診されたようで,人間性は評価されているようだ。

【記録】
 ・初登板・初先発:2022年9月22日中日戦(神宮)
 ・初勝利・初先発勝利:2022年9月30日広島戦(マツダ)
 ・初奪三振:同上[中村健人]
 ・初打席・初安打:2022年9月22日中日戦(神宮)[橋宏斗]

61.宮川哲(2024-2025)
2023年12月21日元山飛優との交換トレードで埼玉西武より移籍。背番号「61」。
2024年4月5日に一軍登録されるも,4試合登板,防御率6.75で4月16日一軍登録抹消。
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以降一軍昇格無く,イースタン38試合登板,1勝2敗1セーブ,防御率4.42。
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2025年は一軍登板無し。イースタンチームトップとなる42試合に登板し,4勝2敗3セーブ。防御率3.27。
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「まだ投げられるかなとは思っているので、もし他に見てもらっている球団があって、声を掛けてもらえたら、僕は野球をやりたいと思っている」と他球団で現役続行を目指す。

3.西川遥輝(2024-2025)
東北楽天を自由契約となり2023年11月17日入団発表。背番号「3」。

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2024年。塩見泰隆の離脱もあって,1番・センターとして定着。113試合に出場し打率.260,1本塁打。自身2年となる10盗塁を記録。盗塁成功率も10割と技術の高さを見せた。同じ外野手である岩田幸宏を気にかけ,5月3日横浜DeNA戦(神宮)ではサヨナラ勝ちの歓喜の輪の中で,牽制アウトを悔やむ涙を流す岩田に寄り添うシーンは印象的だった。オフには岩田と合同自主トレを行いトレーニング方法を伝授したという。

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2025年は開幕から打撃の状態が上がらず,6月30日に出場選手登録抹消。8月26日再登録も,9月5日に抹消。49試合の出場にとどまり,打率.174,1盗塁。球団からは引退セレモニーの打診をされたが,現役続行の意志が強く,固辞。他球団でプレーする道を模索することを決断した。

【記録】
 ・1500試合出場:2025年5月1日横浜DeNA戦(神宮)史上211人目

018.鈴木康平(2025)
2024年12月6日育成契約で入団発表。オリックス・巨人での実績は申し分なく,育成契約ながら春季浦添キャンプメンバー入り。メディカル的に問題なければ支配下登録は時間の問題だろうと思っていた。練習試合・オープン戦でも順調に登板を重ねていたものの,3月11日東北楽天戦(草薙)の登板をもって降格。春先はファームで先発調整していたものの,結果も伴わず再び中継ぎへ。28試合に登板し,防御率4.96。
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「正直、自分の中でラインを決めていた。150キロ出なくなったら、自分の野球の引き際かなって。今年も投げてはいたけど、出ても150キロだった。もうちょっと引き際だなというのは感じていた」と現役引退を示唆した。

竹山,中川は育成での再契約を打診されたもよう。原樹理については・・もう少し時間をください。。
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2025年01月08日

茂木の人的補償は小森=プロ野球・楽天

 楽天は8日、フリーエージェント(FA)でヤクルトに移籍した茂木栄五郎内野手の人的補償として、小森航大郎内野手(21)を獲得したと発表した。
 福岡県出身の小森は山口・宇部工高から2022年にドラフト4位でヤクルト入り。昨季は1軍デビューして4試合に出場し、2軍のイースタン・リーグでは最多の24盗塁をマークした。[ 1/8(水) 18:34配信 時事通信 ]

ヤクルト球団から初めて人的補償が発生。59.小森航大郎(2022-2024)
2021年ドラフト4位入団。背番号は「59」。

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ファームで2022年22試合,2023年49試合と出場試合数を伸ばし,2024年9月6日にプロ初の一軍登録。同日尾仲佑哉の代打でプロ初出場。そのままセカンドの守備に就いた。シーズン最終戦にはサードでプロ初スタメン起用。ヒットはまだ無いが,イースタンで110試合に出場し24盗塁で盗塁王。秋季キャンプではスイッチヒッターに挑戦という記事も出ていた。
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【記録】
 ・初出場・初打席:2024年9月6日阪神戦(神宮)
 ・初先発:2024年10月5日広島戦(マツダスタジアム)

打席機会も40→140→344と順調に増やし,有望な若手であることは確かだが,同じ二遊間を守れ2学年上に最多安打ベストナインのタイトルホルダー長岡がおり,武岡も控える。では今季ファームでより実戦を積めるかというと,3学年下となる田中陽翔を指名しており,起用の優先度にも変動が起こりかねない。ならば脚力で一軍に活路を見出そうにも並木という存在がいる。少なくとも現状ヤクルト球団で活路を見出すにはショートからのコンバートは必要不可欠になりつつあったはず。
楽天はベテランの浅村と中堅の村林・小深田の布陣にルーキー宗山塁が加入。右打ち野手が少ないという事情もある。チーム構成的にも小森はピッタリと嵌る。このあたり石井一GM三木監督のコネクションで狙いがあったのかも。

【1/8現在】支配下64名。育成12名。【空き番号】6・11・14・16・23・37・59・69・70・71・84・94・96・97・99。
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2024年12月09日

上茶谷がソフトバンクへ 広島は初の2人指名―プロ野球現役ドラフト

 プロ野球の現役ドラフトが9日行われ、13人の移籍が決まった。
 新人選手選択会議(ドラフト会議)でいずれも1位指名を受けたDeNA6年目の上茶谷大河投手がソフトバンク、広島8年目の矢崎拓也投手がヤクルト、ロッテ9年目の平沢大河内野手が西武に移ることになった。
 出場機会が少ない選手の移籍活性化が目的で、導入3年目。希望球団のみが参加する2巡目が初めて行われ、広島が日本ハムの鈴木健矢投手を指名した。1巡目はオリックスの山足達也内野手。
 各球団が事前に2人以上の対象選手のリストを出した上で、少なくとも1人を獲得して1人を放出する規定。フリーエージェント(FA)権を行使したことがある選手や育成選手、外国人選手らは対象外となっている。[ 12/9(月) 19:01配信 時事通信 ]

41.柴田大地(2022-2024)
日本通運から2021年ドラフト3位入団。背番号は雄平の引退で空いた「41」。
2022年7月8日阪神戦(神宮)7回表に2番手としてプロ初登板。1回5失点(自責点1)のほろ苦デビュー。翌9日に二軍落ち。
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2023年1軍登板無し。
2024年は5月5日中日戦(神宮)の登板1試合のみ。それでもイースタンではチーム最多の40試合に登板し2勝1敗,防御率2.17とポテンシャルを秘めた投手。
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【記録】
 ・初登板:2022年7月8日阪神戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[坂本誠志郎]

矢崎拓也
旧姓加藤。東京中野リトルー杉並シニアー慶應義塾高校ー慶應義塾大学と生粋の江戸っ子。2016年ドラフト1位で広島入団。2017年4月7日ヤクルト戦(マツダスタジアム)でプロ初登板初先発。9回表の一死までヤクルト打線をノーヒットノーランに抑える鮮烈デビューでプロ初勝利を挙げるも,以降5年間勝利はこの1勝のみ。一軍で計22試合の登板に留まっていた。
2022年。47試合に登板し5年ぶりの勝利を含む2勝1セーブ17ホールド,防御率1.82と一気にブレークすると,2023年は栗林良吏の不振もあって一時守護神も務めるなど54試合登板。24セーブ10ホールド,防御率2.81と大車輪の活躍。今季は26試合登板で1勝1敗10ホールド,防御率3.60の成績。ただ失点した試合はわずか3試合で,残り23試合は無失点という内容だった。

正直実績だけで言えば海老で鯛を釣った感すらある今年の現役ドラフト。矢崎は12月31日で30歳を迎え,広島も最終戦のベンチ入りが全員左投手で固めたように若い中継ぎ投手が増えており,出場機会に恵まれない選手同士の移籍という大義名分に沿った形になった。

そして楽天にはこれで森岡コーチ今野ヤフーレに続き今オフ4人目の移籍。しかも考察すると楽天が柴田を指名したことになる。どうにも深い関係になりつつある両球団。これが人的補償の件になにかしらの影響を与えるのか否か。
東京 ☀ | Comment(0) | SWALLOWS Memories | at 21:35 | 更新情報をチェックする

2024年12月06日

今野復帰、ヤフーレも獲得 プロ野球・楽天

 ヤクルトの今野龍太投手(29)がトレードで楽天に移籍することが決まり、6日に両球団が発表した。
 2019年オフに戦力外となった古巣に復帰する。同日、仙台市で取材に応じた楽天の石井一久シニアディレクター(SD)は「金銭(トレード)です。ブルペンの層を厚くしてほしい」と説明した。
 楽天は、ヤクルトを自由契約となったミゲル・ヤフーレ投手(26)との契約合意も発表した。単年契約で年俸1億1000万円。
 石井SDはまた、フリーエージェント(FA)権を行使してヤクルトへの移籍が決まった茂木栄五郎内野手の補償について、「ほぼ人的でいこうと思っている」と話した。(金額は推定)。[ 12/6(金) 19:13配信 時事通信 ] 

69.今野龍太(2020-2024)
東北楽天を戦力外になっていた今野と2019年11月13日契約基本的合意。翌14日より松山秋季キャンプに合流。12月4日付で支配下選手契約。背番号は「69」。

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2020年。春季浦添キャンプメンバー入り。オープン戦でも好投を続け,自身初の開幕一軍メンバー入り。新型コロナウィルス感染拡大の影響で開幕戦となった6月19日中日戦(神宮)の延長10回に移籍後初登板も1回2失点(自責点0)で敗戦投手に。主にビハインドの場面の中継ぎで20試合に登板。0勝1敗防御率2.84。251/3回で奪三振36。奪三振率12.79をマークしていた。

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2021年も開幕から中継ぎとしてブルペンを支えた。4月23日中日戦(神宮)同点の6回表2番手で登板。自身の悪送球や四球で走者を背負いながらも,大島洋平を3球三振に仕留め,その裏今野の代打川端慎吾のタイムリーで勝ち越し。梅野雄吾−近藤弘樹−清水昇の継投で逃げ切り,今野に楽天時代の2019年5月18日ロッテ戦(ZOZO)以来となる白星がつき,移籍後初勝利。以降は清水,スコット・マクガフに繋ぐ「七回の男」として,チーム3位の64試合に登板し7勝1敗28ホールド,防御率2.76と大車輪の活躍。チーム6年ぶりの優勝と20年ぶり日本一に貢献してくれた。

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2022年も前年の64試合は下回ったが,51試合に登板し,1勝2敗17ホールド,防御率3.72の成績で,チームの連覇に貢献してくれた。

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2023年4月12日に再調整のため登録抹消。5月24日に再登録され登板を重ねていたが,8月13日阪神戦 (京セラドーム大阪) で梅野隆太郎に死球を与え,梅野は左手首を骨折。これがSNS上でも物議を醸してしまう。18日に登録抹消されて以後一軍昇格は無く,26試合1勝0敗2ホールド防御率3.77の成績に終わる。

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2024年。オープン戦で一軍合流したものの移籍5年目で初めて開幕一軍から漏れ,登板数も6試合に留まっていた。

君ではダメだと言われてしまったか?
君じゃない人の方がいいと諦められたか?
そんな言葉を本当だと思うのか?
まだやれるのにチキショーと叫ぶ心はあるか?

今野が移籍と同時に登場曲に選んだ高橋優さんの『プライド』。この強烈な歌い出しが流れるなかでマウンドに上がり,何度も勝利を引き寄せてくれた。戦力外通告を受けた古巣に乞われて戻る。今野なら「まだやれる」はず!

【記録】
 ・初ホールド:2021年4月22日広島戦(マツダスタジアム)
 ・初セーブ:2022年6月9日オリックス戦(京セラドーム)
 ・1球勝利:2021年10月1日広島戦(マツダスタジアム)史上45人目46度目

この報道の後にヤフーレの楽天移籍も発表された。タイミング的に茂木の契約合意翌日。両チームの近年のコーチを中心とした人事交流もあって,人的補償を求めれば2400万円となる移籍金が3600万円となり,かつ選手も獲得出来,ヤクルトとしても想定しない流出を防げてWIN-WINではと憶測を呼んだが,石井SDは「人的」発言。でもこれは三味線で落ち着くんじゃないかなぁと個人的には思いますが・・。

ヤクルト、巨人戦力外の鈴木康平を育成で獲得
 ヤクルトは6日、巨人を戦力外となった鈴木康平投手(30)と育成契約を結んだと発表した。
 鈴木は千葉明徳高から国際武道大、日立製作所と進み、2018年のドラフト2位でオリックスに入団。「K―鈴木」の登録名で、2年目の19年には先発で19試合に登板し4勝をマーク。21年から本格的にリリーフに転向した。23年から登録名を本名に戻し、5月に交換トレードで巨人に移籍。同年は33試合に登板したが、今季は1軍登板がなかった。
 ヤクルトは2年連続リーグ5位に終わり、チーム防御率3・64はリーグワースト。投手陣の立て直しが喫緊の課題となっている。育成だが先発と救援両方の経験があり、通算112試合に登板している右腕は大きな戦力となりうる。[ 12/6(金) 15:00配信 サンケイスポーツ ]

【12/6現在】支配下63名。育成12名。【空き番号】6・11・14・16・23・37・39・58・69・70・71・84・94・96・97・99。
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2024年11月07日

サイスニードら自由契約に=プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトで今季の開幕投手を務めたサイスニード投手(32)と、ミゲル・ヤフーレ投手(26)が自由契約となった。日本野球機構が7日に公示した。
 サイスニードは来日4シーズンで通算24勝24敗、防御率3.95。今季加入したヤフーレは5勝10敗、防御率3.34の成績だった。[ 11/7(木) 15:01配信 時事通信社 ]

54.サイスニード(2021-2024)
2020年12月4日契約合意。背番号は中澤雅人の引退で空いた「54」。獲得が発表されるも,当時は水際対策という名の入国制限があり,来日は2021年シーズンがすでに開幕した4月3日。外国人選手には出国前と日本入国時にPCR検査が義務付けられ,陰性判定と2週間の隔離期間を経ての合流という段階が必要だった。改めて振り返ってもゼロコロナ政策に一体何の意味があったのだろうか。

2021年5月9日巨人戦(東京ドーム)で来日初登板初先発。18日阪神戦(甲子園)で来日初勝利。
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13試合に先発し6勝2敗,防御率3.41とまずまずの成績を残していたが,10月13日中日戦(バンテリンドーム)で下半身の張りを訴え緊急降板。さらに家庭の事情によりポストシーズンに登板することなく,日本シリーズ前の11月17日に帰国することになったが,球団は新たに1年契約を結んだ。

2022年。4月19日中日戦(バンテリン)で初勝利を挙げると,ローテーションを守り続けチーム最多タイの9勝を挙げ連覇に貢献。
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前年登板が叶わなかった日本シリーズにも2試合に先発登板。新たに1年契約が発表された。

2023年6月23日中日戦(バンテリン)で来日初完投・初完封勝利。9月5日巨人戦(神宮)では来日初本塁打を放った。23試合7勝8敗,防御率3.67。

2024年3月29日中日戦(神宮)。2018年デビッド・ブキャナン以来となる史上2人目となる外国人開幕投手に指名され,5回2失点と粘りの投球も白星はつかなかった。4月5日阪神戦(神宮),5月4日中日戦(神宮)では勝利投手の権利をもって降板するも,木澤尚文がサイスニードの勝ちを消してしまう。その後12日巨人戦(東京ドーム)6回4安打1失点,24日中日戦(バンテリンドーム)7回途中4安打1失点,31日楽天戦(福島)61/36安打2失点と3試合連続QSクリアも勝ち星に恵まれず。6月8日北海道日本ハム戦(神宮)でようやく12球団の開幕投手最遅となる勝利投手に。
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しかし8月14日中日戦(神宮)でまたしても木澤に勝ちを消されてしまうなど,23試合登板で2勝8敗。防御率は来日ワーストとなる5.03と成績を落としていた。
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【記録】
 ・初登板・初先発登板:2021年5月9日巨人戦(東京ドーム)
 ・初奪三振:同上[岡本和真]
 ・初勝利:2021年5月18日阪神戦(甲子園)
 ・初完投勝利・初完封勝利:2023年6月23日中日戦(バンテリンドーム)
 ・初安打:2021年9月23日DeNA戦(横浜)[石田健大]
 ・初打点:2022年6月17日広島戦(神宮)[大瀬良大地]
 ・初本塁打:2023年9月5日巨人戦(神宮)[山ア伊織]
 ・オールスターゲーム出場:1回(2023年)
 ・開幕投手:1回(2024年)

来日初年度。東京五輪による公式戦中断期間中にドーナツを食したところ感銘を受け,日本の穴場スポットとしてミスタードーナツを紹介。すっかりドーナツが代名詞となった。さらに紳士的な態度でファンからも愛された。何故か登板試合に雨が降ることが多く「雨男」のイメージも強かった。趣味は狩猟ということで,竜や虎に強さを発揮してくれた。数字だけ見ると4年間で24勝24敗であるが,紛れもなくリーグ連覇の貢献者の一人。Thank you SNEED!!!!

99.ヤフーレ(2024)
昨オフの補強第1弾として獲得が発表された外国人右腕。背番号は当初「58」と発表されたが,エスピナルと同じ「99」に。背番号的にも保険の意味合いが強いように感じた。
オープン戦では4試合に登板し防御率5.14。10日オリックス戦(京セラ)で打ち込まれた印象が強かったが,開幕3戦目の先発を託された。
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来日初登板となった3月31日中日戦で初勝利を挙げると,あれよあれよの開幕3連勝。これは1995年テリー・ブロス以来の快挙。4月29日巨人戦(東京ドーム)では球団の外国人選手としては初となるマダックス達成。3・4月月間MVP受賞はならなかったが,4勝(1敗)を挙げ,「ペコちゃん」の愛称で一躍人気者に。ところが5月に入ると10日巨人戦(神宮)71/3回2失点,18日阪神戦(甲子園)61/3回1失点,25日中日戦(バンテリン)7回1失点ながら3戦連続負け投手に。6月9日日本ハム戦(神宮)も7回無失点の力投も打線の援護に恵まれず勝ちつかず。以降負けが先行するようになり,一年間通すと5勝10敗1ホールド,防御率3.34。11月5日自身のSNSで退団を表明し,自由契約となった。

【記録】
 ・初登板・初先発登板・初勝利・初先発勝利:2024年3月31日中日戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[クリスチャン・ロドリゲス]
 ・初完投・初完封勝利:2024年4月29日巨人戦(東京ドーム)
 ・マダックス:2024年4月29日巨人戦(東京ドーム)94球
 ・初ホールド:2024年7月21日DeNA戦(神宮)
 ・初安打:2024年4月29日巨人戦(東京ドーム)[フォスター・グリフィン]

エスパーダが自由契約=プロ野球・ヤクルト
 ヤクルトのホセ・エスパーダ投手(27)が自由契約となった。日本野球機構が8日に公示した。プエルトリコ出身で、来日1年目の今季は24試合に登板し0勝2敗、防御率5.00の成績だった。[11/8(金) 15:42配信 時事通信社]

39.エスパーダ(2024)
サンディエゴ・パドレスから移籍金を払って獲得したプエルトリコ出身の右腕。背番号は宮本丈の変更で空いた「39」。獲得が発表されると,SNSで親日をアピールし,日本に溶け込む姿勢を見せてくれた。オープン戦は5試合に登板し防御率0.00。期待も高く開幕一軍メンバー入り。
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3・4月は11試合に登板し僅か1失点。防御率0.79と抜群の安定感を誇り,徐々に終盤の大事なところを託されるようになったが・・。5月6日横浜DeNA戦(横浜)。5-2と3点リードの8回裏にこの日日本復帰初戦となった筒香嘉智に痛恨の逆転3ランを喫し,石川雅規の勝利投手の権利を消して来日初黒星。5月31日東北楽天戦(福島)では自身来日初セーブを懸けて最終回のマウンドに上がるも,走者を背負って降板し敗戦投手に。これで完全に信頼を失い,以降は登板すば打たれるの繰り返し。6月16日に出場選手登録を外れ,再昇格はなかった。
それでもファームでは19試合に登板し防御率0.95と気持ちは切れしているようではなかったが,9月末をもって帰国。契約更新には至らなかった。
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【記録】
 ・初登板:2024年3月30日中日戦(神宮)
 ・初奪三振:2024年4月4日広島戦(マツダ)[久保修]
 ・初ホールド:2024年4月30日巨人戦(東京ドーム)続きを読む
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2024年10月10日

ヤクルトの西田が戦力外 プロ野球

 ヤクルトは10日、西田明央捕手(32)と来季の契約を結ばないと発表した。
 北海道・北照高からドラフト3位で2011年に入団。通算310試合に出場し、打率2割1分1厘、17本塁打、65打点。[ 10/10(木) 18:19配信 時事通信 ]
 
30.西田明央(2011-2024)
14年間の在籍で出場は310試合。1年平均するとおよそ22試合。これを多いとみるか少ないとみるか。捕手という特殊なポジション。常に2学年上に同じ高卒入団の中村悠平という存在がいた。その中村を補完する相川亮二・田中雅彦・井野卓・嶋基宏という年長の捕手がいて,第3捕手的な役回りが多いなかで,この数字は献身的にチームを支えてくれた一流の脇役の証ではなかろうか。

北海道・北照高校から2010年ドラフト3位指名。北照高では3年時に春夏連続で甲子園出場し,春は選手宣誓を務めた。背番号は西ア聡が背負っていた「30」。同年のドラフト1位が山田哲人,4位は同じ北照高から指名を受けた又野知弥だった。

2011年24試合。2012年84試合とイースタンで出場試合を増やしていく。
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3年目の2013年4月7日左肩鎖関節亜脱臼の相川と入替で一軍初登録。5月17日左鎖骨骨折の田中雅と入替で一軍再登録。5月20日東北楽天戦(宮城)で一軍初出場。9月11日中村と入替で登録。12日広島戦(神宮)にプロスタメン。ファームで85試合出場と実戦を積みながら,一軍のアクシデント時に対応できる立ち位置になっていた。

2014年。自身初の開幕一軍を果たしたものの,中澤雅人との入替で抹消され,大半をファームで過ごしたが,9月23日に一軍昇格すると,24日広島戦(神宮)でプロ初本塁打を含む3安打4打点。翌年からの一軍定着が期待されたが,2015年は怪我もあり一軍出場13試合,二軍39試合の出場に留まるってしまう。

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2016年も開幕一軍入りも,開幕直後に井野との入替で抹消。それでも5月10日に再昇格すると,畠山和洋の故障離脱もあり,打力を買われ一塁手としても併用されるなど,キャリアハイとなる74試合に出場。

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2017年。4月12日中日戦(神宮)で生涯成績唯一の盗塁となったプロ初盗塁を記録。一方で打率.137と低迷し出場試合は37試合。
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2018年は浦添キャンプスタートが決まっていたものの,キャンプイン前日に右足を負傷し離脱。5年連続の開幕一軍を逃すばかりか,1年通して出場試合は4試合に終わった。

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2019年は2年ぶりに開幕一軍入り。5月に10日間の抹消期間のみでほぼ1年間一軍帯同。出場47試合。

2020年。開幕一軍からは外れたが,中村の打撃不振もありマスクを被る機会が増え,8月15日横浜DeNA戦(横浜)では小川泰弘とバッテリーを組み史上82人目となるノーヒットノーランを達成するなど120試合中69試合に出場。
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2021年。3月30日横浜DeNA戦(横浜)でスタメンマスクを託されチームの開幕からの連敗を3で止めたが,翌31日新型コロナウイルス陽性判定。これを受け前日バッテリーを組んだアルバート・スアレス。さらに山田哲人・西浦直亨・内川聖一・青木宣親も濃厚接触疑いで抹消となる非常事態に。古賀優大・内山壮真の台頭もあっては出場試合は11試合に激減。

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2022年7月。選手・監督・コーチスタッフの新型コロナウイルス陽性判定による大量離脱に伴って一軍初昇格。同18日巨人戦(神宮)でおよそ1年3ヶ月ぶりとなるスタメンマスク。打ってもマルチ安打で西田健在をアピールするも,陽性者の復帰で登録抹消となり,出場試合は10試合。それでもSMBC日本シリーズでベンチ入りした。
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2023年は中村・内山の特例抹消期間の一軍昇格が主となり出場8試合。

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2024年。春先から内山・古賀が故障離脱するなど捕手に故障が相次ぎ3年ぶりとなる開幕一軍入り。第3捕手として出番は限られる中,献身的にチームを支えた。8月26日に登録抹消。いつしかファームでも若手に出場機会を譲る立場となっていた。
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西田には同期入団の山田が「1」を背負った2016年から,思い入れが強くなっていた。山田と組む「1」「30」。自分の誕生日でもあるこの並びを,同期というかけがえのない2人が描く。その背中に何度も魅了されて,必死でシャッターを押していた・・・。
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明央と書いて「あきひさ」。しかし選手やファンからは「あきお」と呼ばれ親しまれた。出番はなくともベンチで声を張ってチームメイトを鼓舞する献身的な姿勢はきっと誰もが見ていたと思う。
君の力が 希望もたらす 勝利へ向かって 放て明央
14年間の長きにわたって背番号「30」を一筋で背負ってくれてありがとうございました。

【記録】
 ・初出場:2013年5月20日対東北楽天戦(クリネックス宮城)
 ・初先発・初打席:2013年9月12日対広島戦(神宮)
 ・初安打:2013年9月17日対DeNA戦(横浜)[加賀美希昇]
 ・初本塁打・初打点:2014年9月24日対広島戦(神宮)[篠田純平]
 ・初盗塁:2017年4月12日中日戦(神宮)[ラウル・バルデスー杉山翔大]
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2024年10月05日

山崎が現役引退 プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは25日、山崎晃大朗外野手(31)が今季限りで現役を引退すると発表した。
 青森山田高から日大を経て、ドラフト5位で2016年にヤクルト入り。9シーズンで595試合に出場し、打率2割4分5厘、7本塁打、97打点。[ 9/25(水) 17:15配信 時事通信 ]

31.山崎晃大朗(2016-2024)
日本大から2015年ドラフト5位指名。背番号は山崎を指名した同じ日大出身真中満監督が現役時代に付けていた「31」。

2016年同期入団では原樹理とともに春季浦添キャンプメンバー入り。開幕一軍は逃したがファームで実戦を積み,7月31日巨人戦(東京ドーム)ハ・ジェフンとの入替でプロ初の一軍登録即スタメン起用された。8月5日阪神戦(神宮)で藤浪晋太郎からプロ初安打。初盗塁も記録した。
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12日鵜久森淳志と入替で再びファーム落ち。イースタンで100試合に出場し盗塁王のタイトルを獲得。オフには第1回WBSCU-23ワールドカップの日本代表に選出された。

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2017年も開幕一軍は叶わず。4月12日に出場選手登録も23日に抹消されていた。7月25日に再昇格すると,翌26日中日戦(神宮)山アの内野安打が起点となってチームは10点差を大逆転勝利。8月2日巨人戦(神宮)でプロ初の猛打賞。8月23日阪神戦(神宮)では1試合4安打。8月26日DeNA戦(神宮)で石田健大からプロ初本塁打をそれぞれマークするなど,59試合と出場機会を増やした。

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2018年。自身初の開幕一軍入りも,外野手は青木宣親の復帰もあり,レフトにウラディミール・バレンティン,ライトに高井雄平と,坂口智隆がファーストに回らざるを得ないほど外野の層が厚くなり,前年から出場試合数を大きく減らす23試合。打率も.184と低調に終わった。
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2019年は開幕一軍を逃すも,上田剛史との入替で再昇格した6月8日以降一軍に完全定着し,80試合に出場。打率.274,8打点。
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2020年は一年間一軍帯同。全120試合中109試合に出場し,打率.245,3本塁打,23打点。11月8日巨人戦(東京ドーム)では田中豊樹から逆転満塁本塁打を放ち,同年オフのファン感謝DAYあたりから山崎のカラーも色濃く出始めた感がある。
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2021年。主に代走や守備固めの出番が多かったが114試合に出場。チームの14年ぶりセ・リーグ優勝。20年ぶり日本一に大きく貢献。代名詞となる縦胴上げもこの年のクライマックスシリーズファイナルステージ第3戦(神宮)から始まった。
オフの顔として,同期である塩見泰隆とともに燕市のトークショーにも来燕。軽快なトークでファンを魅了してくれた。
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ドミンゴ・サンタナの故障や青木宣親の不調で先発出場が増えた2022年。
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規定打席に届かなかったものの自身最多の118試合に出場。記憶に残るシーンが数多。5月8日巨人戦(東京ドーム)大勢から逆転2点タイムリー。25日日本ハム戦(神宮)では北山亘基から逆転サヨナラ3ラン本塁打。チームに勢いをつけ,2年連続セ・リーグ優勝の立役者となった。
オフにはスワローズカップで燕市に2年続けて来燕。
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ところが2023年驚きの西都キャンプスタート。調整を任せられる年齢にはまだ早いのにという春先に抱いた疑念。それでも4月22日に一軍登録され,華麗なダイビングキャッチを見せてくれていたが,7月27日に脳震盪特例で抹消されるなど,出場試合は64試合に留まることに。
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2024年開幕早々並木秀尊が故障すると,育成の岩田幸宏が支配下登録。今思えば山崎の状態の悪さを物語っていたのか。
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5月24日一軍登録。そこには守備に就く際ゴーグルを纏う山崎の姿があった。6月27日広島戦(マツダスタジアム)9回裏2死一二塁。坂倉の打球にダイビングキャッチを試みるも後逸し,チームはサヨナラ負け。勝利目前で石川雅規の勝ちも消えた。7月5日に登録抹消。

2024年9月25日現役引退発表。「右ヒザの状態と、もともとメニエール病(めまいや吐き気が繰り返し起こる病気)に悩まされていて、それがちょくちょく起こるようになったのが理由です。自分のコンディションや体調という面で覚悟していた部分もあったので、球団とも話し合って決めました」と理由が明かされた。

9月29日イースタン最終オイシックス戦(戸田)の最終打席でライトホームラン。10月3日本拠地最終広島戦(神宮)の最終打席で綺麗なレフトへの流し打ち。

「9年間、温かい応援ありがとうございました。監督が言うように、凄く全部が中途半端な選手でした」「打っても2割5分、盗塁も2桁届かない、打点もちょっと少ない。そんな中途半端な自分を監督は辛抱強く使い続けてくれました」「最後、中途半端な(7回の)三振で終わるのは悔しかったんですけども、最後(山田)哲さんのホームラン、そして2死ランナーなしで回してくれた中村さん、最後、真向勝負してくれた(広島の)森浦くんに本当に感謝したいと思います」「全体的に中途半端な成績でしたけども、本当に9年間ありがとうございました」

通算596試合出場。打率.246,7本塁打,97打点,48盗塁。先輩からは弄られ,後輩からは慕われる。稀代のムードメーカー。記録以上に記憶に残った背番号31。Thank you KOTARO Forever31。

【記録】
 ・初出場・初先発出場:2016年7月31日巨人戦(東京ドーム)
 ・初打席:同上[マイルズ・マイコラス]
 ・初安打:2016年8月5日阪神戦(神宮)[藤浪晋太郎]
 ・初盗塁:同上[藤浪晋太郎−原口文仁]
 ・初打点:2017年4月13日中日戦(神宮)[又吉克樹]
 ・初本塁打:2017年8月26日DeNA戦(神宮)[石田健大]
【表彰】
 ・月間サヨナラ賞:2022年5月
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2024年09月30日

嘉弥真ら7選手が戦力外 プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは30日、嘉弥真新也(34)、尾仲祐哉(29)両投手、三ツ俣大樹内野手(32)のほか、育成の近藤弘樹(29)、嘉手苅浩太(21)、下慎之介(22)各投手、フェリペ捕手(25)と来季の契約を結ばないと発表した。[ 9/30(月) 15:18配信 時事通信 ]
 
9月30日ながらイースタン全日程終了翌日という規定にのって第一次通告。

49.嘉弥真新也(2024)
2023年11月28日西川遥輝・増田珠と共に入団発表。背番号は「49」。
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オープン戦は7試合に登板し防御率0.00。打者21人と対戦し許したヒットは僅か1本。抜群の安定感で開幕一軍入り。ところがいざ開幕してみるとまるで別人。投げては打たれるの繰り返し。防御率13.50で4月19日に登録抹消。7月6日に再登録も防御率はさらに悪化。14.50となって7月14日登録抹消。イースタン・リーグでは29試合に登板して1勝1敗,防御率2.81という成績だった。
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52.尾仲佑哉(2023-2024)
阪神を戦力外となり,2022年11月10日獲得発表。背番号「52」。
2023年4月7日移籍後初昇格。翌8日阪神戦(甲子園)で,先発予定だったディロン・ピーターズがコンディション不良で登板回避となり,代役として移籍後初かつプロ先発登板も敗戦投手に。11試合に登板し,0勝1敗,防御率5.17。
2024年はイースタンで33試合,防御率1.67と結果を残し,9月1日に一軍昇格。6日阪神戦(神宮)で今季初登板を果たしたが,佐藤輝に満塁本塁打を浴び,翌7日に登録抹消。自身2度目の戦力外通告となった。
【記録】
 ・初先発登板:2023年4月8日阪神戦(甲子園)

66.三ツ俣大樹(2023-2024)
2022年11月8日に行われた12球団合同トライアウト(楽天生命)で結果を残し,獲得に動いた。背番号は「66」。
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内野ならどこでも守れ,確実性のある犠打技術も兼ね備えた貴重なバックアップ要員として,2023年は出場試合こそ18試合と少なかったが,シーズンの大半を一軍で過ごし,代打で5犠打も記録したものの,2024年は一度も一軍登録が無かった。
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012.近藤弘樹(2023-2024)←52.(2021-2022)←012(2021)
東北楽天を戦力外となるも,2020年12月14日に育成契約。背番号は「012」。
2021年育成選手ながら春季浦添キャンプに抜擢され,3月15日支配下契約へ移行。背番号は「52」。開幕一軍メンバーに名を連ねた。
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開幕から14試合連続無失点を記録するなど,まさに「近藤,近藤,雨,近藤」とばかりに登板を重ね,防御率も0点台と大車輪の活躍をしていた近藤だったが,5月26日北海道日本ハム戦(神宮)悪夢が襲う。8回表4番手で登板。先頭打者渡辺に投じた初球のシュートがすっぽ抜け,顔をしかめた。右肩を気にするそぶりをみせ緊急降板。翌27日に登録抹消。

のちに明かされたのは右肩の肉離れ。2022年は実戦に1試合も登板できず育成契約に切り替えられ,背番号は再び「012」に。
2023年6月24日BCリーグ・福島との練習試合で実戦復帰。29日楽天戦でおよそ2年ぶりの公式戦復帰登板。16試合に登板し,防御率1.13。秋季フェニックスリーグでも順調な投球を続け,2024年には支配下復帰してくるだろう。そう信じていた。

ところが・・。2024年3月9日春季教育リーグ千葉ロッテ戦(戸田)に5番手で登板し,1イニングを投じたのを最後に再びマウンドから遠ざかってしまう。とうとう復帰は叶わなかった・・。「肩の状態を考えたら、ちょっと厳しいのかなというのは少しありますね」。

013.嘉手苅浩太(2024)←67.(2021-2023)
日本航空石川高校から2020年ドラフト6位指名。背番号「67」。
193cmの長身から投げ下ろす最速152km/hの速球が売り。イースタン登板は2021年9試合。2022年16試合。2023年16試合。3年間一軍登板なく,2023年10月31日に戦力外通告され育成選手として背番号「013」で再契約した2024年も18試合登板,防御率5.23に終わった。
市川悠太と「若手のホープ」として週刊誌騒ぎになったことが一番の話題か。先輩付き合いは慎重に。

019.下慎之介(2021-2024)
健大高崎高から2020年育成ドラフト1位指名。背番号「019」。
イースタン登板は2021年10試合。2022年16試合。2023年12試合。2024年23試合。奪三振率は高いものの,与四死球が多く制球力に課題を残し,2022年夏からはサイドスローに転向するなど,試行錯誤したという。
入団会見での「次は自分が19番をつけます」的なコメントに正直石川に失礼だなと思った。「特にこの2年はいろいろ難しいなと思うことが多かった。まだやりたいという気持ちはそこまでない。また違うこともやってみたいと思います」と現役引退を示唆。

025.フェリペ(2023-2024)
BCリーグ・福島から2023年7月25日育成入団。背番号「025」。
本職の捕手だけでなく,内野外野どこでもこなせるユーティリティプレーヤー。およそ2ヶ月の間にイースタン37試合に出場。打率.222,3本塁打,13打点とまずまずの成績を修め育成再契約。
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2024年は捕手に怪我人が相次ぎ,ファームの捕手事情も高卒新人の鈴木叶と育成の橋本星哉のみという状況に陥った。この時期にフェリペ自身も怪我で捕手としての試合出場が困難となっており,球団は中川拓真の獲得に動くことになった。最大のチャンスを自身の怪我によって失ってしまった感がある。
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2024年09月13日

ヤクルトの青木、現役引退 プロ野球

 日米通算2723安打をマークし、セ・リーグ首位打者に3度輝いたヤクルトの青木宣親外野手(42)が13日、今季限りでの現役引退を表明した。
 同日の記者会見で「2024年のシーズンをもって引退することを決意した」と語った。
 球界最年長野手として迎えたプロ21年目の今季は、61試合に出場して20安打。打率は1割9分2厘にとどまり、8月5日に出場選手登録を抹消された。
 宮崎・日向高から早大を経て、ドラフト4巡目で2004年にヤクルト入団。巧みなバットコントロールが持ち味で、日米通算の安打数は日本選手歴代5位に相当する。05、07、10年に首位打者を獲得。足も速く、06年には盗塁王に輝いた。
 12年からは米大リーグに挑戦し、ブルワーズやロイヤルズなど7球団を渡り歩いた。18年にはヤクルトに復帰し、21年の日本一、22年のセ・リーグ連覇に貢献。通算では日本で1949安打、メジャーでは774安打をマークした。
 野球の国・地域別対抗戦のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は日本が連覇した06、09年に加え、17年も出場。08年北京五輪でもプレーした。
 プロ野球では通算1713試合に出場し、打率3割1分3厘、145本塁打、667打点。米大リーグでは759試合(投手出場1試合含む)で打率2割8分5厘、33本塁打、219打点。(記録は12日現在)。[ 9/13(金) 9:24配信 時事通信 ]
 
8月5日ドミンゴ・サンタナの一軍復帰を前に登録抹消公示。この時に覚悟したものがとうとう訪れてしまった。

23.青木宣親(2004-2009)1.青木宣親(2010-2011)
早稲田大学から2003年ドラフト4巡目指名。当時の早大は1学年上に和田毅,同学年に鳥谷敬・比嘉寿光・由田慎太郎。1学年下に田中浩康,2学年下に武内晋一とその後プロで活躍する選手を擁し東京六大学リーグ2002年春から4季連続優勝と黄金期。2002年春から3季連続でベストナインに選ばれていたが,その順位が示すように小柄で大学時代0本塁打の青木のドラフト時点の評価は決して高いものでは無かった。背番号は早大で4学年上藤井秀悟も背負っていた「23」。

2004年の一軍出場は10試合。ほぼ一年間ファームでプレーした。301打数112安打打率.372でイースタン・リーグの首位打者と最高出塁率のタイトルを獲得。盗塁もリーグ2位の21をマーク。フレッシュオールスターゲームでは最優秀賞を獲得した。ちなみにこの打率は2001年以降のリーグの最高打率で未だ更新されていない。

外野手の稲葉篤紀がFAで北海道日本ハムへ移籍した2005年。自身初の開幕一軍入りを果たすと,4月1日開幕阪神戦(大阪ドーム)2番センターでスタメン出場。いきなり2安打放つもその後は低打率と三振の多さに悩まされていた。それでも若松勉監督は辛抱強くスタメン起用を続け,この年から導入されたセ・パ交流戦を機に安打を量産。1番センターのポジションを不動のものとし,10月1日阪神戦(神宮)に当時のセ・リーグタイ記録となる192安打。10月6日中日戦(神宮)にセ・リーグ新記録となる193安打。11日横浜戦(神宮)には1994年オリックスイチロー以来史上2人目となるシーズン200安打を達成。
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最終的に202安打を放って最多安打。打率.344で首位打者のタイトルも獲得。新人王にも選出された。ファームと一軍で首位打者になったのも,イチロー(ウエスタン・リーグ1992年,パ・リーグ1994年〜2000年)史上以来2人目と一気に球界を代表するスターにのし上がった。

その後2005年に続いて2007年,2010年と首位打者を3度獲得。2006年には盗塁王も獲得。2010年に自身2度目の200本安打。2006年から5年連続で2ケタ本塁打をマーク。6年連続でゴールデン・グラブ賞。改めてその足跡を辿ろう。

2006年。第1回ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表にも選出され,センターとして日本の初優勝に貢献。公式戦では全146試合に1番センターで出場。両リーグトップの192安打を放ち2年連続最多安打。赤星憲広の6年連続を阻止し盗塁王のタイトルを獲得。7月21日オールスターゲーム第1戦(神宮)で松坂大輔から安打,吉井理人から本塁打を放ち最優秀選手賞。

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2007年は同僚アレックス・ラミレスとハイレベルな首位打者・最多安打争いを繰り広げた末,ラミレスの打率.343をわずかに上回る打率.346で2度目となる首位打者に。さらに最高出塁率のタイトルも獲得。古田敦也引退試合となった10月7日広島戦(神宮)でプロ入り初めて4番打者として起用された。
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2008年。5月5日右脇腹痛で自身初となる怪我による登録抹消を経験したが5月29日に復帰。この年は内川聖一と首位打者争いを繰り広げ,タイトルこそ逃したが自己最高の打率.347。8月には宮本慎也と共に北京オリンピックの野球日本代表にも選出された。

2009年。第2回WBCに2大会連続2度目の選出され,3番打者として全試合に出場。37打数12安打打率.324打点7の成績でベストナインに選出された。2大会連続世界一に輝いたものの,開幕以降その反動からか攻守に精彩を欠き,当時の監督高田繁に「論ずるに値しない。もともと守備に気持ちが入ってない人だけど…。やることはやってもらわないと」と吐き捨てられ,センターの守備位置を剥奪されたこともあった。
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打率は.303と物足りなかったが,出塁率.400で自身2度目の最高出塁率のタイトルを獲得。オールスターゲーム第1戦(札幌ドーム)で自身2度目のオールスター最優秀選手獲得。シーズン終了後にはテレビ東京アナウンサー大竹佐知さんと結婚。背番号も若松勉,池山隆寛,岩村明憲が背負った「1」に変更されることが決まった。

2010年。4月半ばから青木もチームも極度の不振に陥り,チームは5月26日時点で借金が19まで膨れ上がり高田は休養。入団時に二軍監督を務めていた小川淳司監督代行が就任し,青木を再び1番に固定したことで,チームとともに一気に復調した。
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7月4日中日戦(秋田)でセ・リーグ史上最速となる770試合目で通算1000安打を達成。9月は月間打率.420で月間MVP受賞。26日中日戦(神宮)でプロ野球史上初となる2度目のシーズン200安打達成。当時で歴代3位となる年間209安打を放った。打率.3584で自身3度目となる首位打者を獲得。

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2011年。この年から導入された統一球の影響からか,安打数はセ・リーグ2位ながら170本。打率は.292で,6年連続で継続していたシーズン打率.300も途切れてしまった。11月10日にポスティングシステムを行使してのMLB挑戦を表明。12月18日に250万ドルでミルウォーキー・ブルワーズが交渉権を得て活躍の場をメジャーリーグに移すことになる。
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時は流れ2018年1月30日早朝の出来事だった。MLB市場の歴史的な停滞の影響で所属球団が未定となっていた青木の復帰基本合意のニュースが流れてきたの。この日は奇しくも私の誕生日。これ以上無い最高のプレゼントに心が躍った。

23.青木宣親(2018-2024)
背番号は入団時の「23」。
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日本復帰初戦となる開幕DeNA戦(横浜)は4番センター。5打席目で日本復帰後初安打初打点。6月14日西武戦(メットライフ)で史上9人目となる初回先頭打者ランニング本塁打。6月は打率.388,4本塁打,22打点で自身8年ぶりとなる月間MVPに選出された。開幕当初こそ日本野球へのアジャストに苦しんだが,最終的には打率.327,キャリアハイの67打点。前年96敗の最下位に沈んだチームは2位にまで躍進した。巨人とのクライマックスシリーズファーストステージ(神宮)では青木が負傷の影響でベンチ入りメンバーにこそ名を連ねたが出場できる状態には程遠くチームは2連敗で敗退。青木の存在の大きさを痛感することになった。
5月3日中日戦(神宮)の第4打席をもってNPB歴代通算打率記録の対象となる4000打数に到達。このオフ時点で4395打数1446安打打率.329となり,レロン・リーを抜いてトップに躍り出た。

2019年。4月6日中日戦(神宮)では延長12回2死無走者の場面で代打出場し,小熊凌祐からサヨナラソロ本塁打を放った。
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4月25日巨人戦(神宮)では菅野智之から青木・山田哲人・ウラディミール・バレンティンで3者連続本塁打を記録。5月26日中日戦(神宮)でも再び3人で3者連続本塁打。NPBでもそれぞれが平成最後と令和初の3者連続本塁打となっている。5月17日DeNA戦(神宮)今永昇太から通算100本塁打。5月22日対阪神戦(甲子園)で藤川球児から通算1500安打を達成。1156試合での1500安打達成は史上最速記録。134試合に出場し,打率.297,16本塁打,58打点。
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バレンティンの移籍もあってセンターからレフトにコンバート。6月19日開幕中日戦(神宮)は3番レフトでスタメン出場。7月11日巨人戦(ほっともっと)で球団通算8000号本塁打。9月20日広島戦(神宮)では中村祐太から濱田大貴・青木・山田でチーム25年ぶりとなる初回先頭打者からの3者連続本塁打。3年連続チームトップとなる打率.317。リーグ2位の出塁率.424。長打率.557,OPS.981はいずれもキャリアハイを更新。オフに新たに推定10億の3年契約を結んだ。
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自主トレ期間中ならびに開幕直後のコロナウイルス陽性者濃厚接触者による隔離離脱期間が調整を難しくさせ,シーズン打率は.258。通算打率も.319に下がったため,歴代通算打率1位の座からは陥落してしまったが,青木にとっては初めてのセ・リーグリーグ優勝。そして日本シリーズでオリックスを4勝2敗で下し,悲願の「ヤクルトでの日本一」を果たした。5月26日日本ハム戦(神宮)で日本人史上4人目となる日米通算2500安打達成。

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開幕阪神戦(京セラドーム)から2番レフトでスタメンに名を連ねたが,コロナ陽性反応など3度の出場選手登録抹消もあり,交流戦以降徐々にスタメンを外れる試合も増え代打での出場が多くなっていく。チームは連覇を果たしたが出場試合数は2004年を除くと最少となる81試合。打率.248,5本塁打,22打点。

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7月28日DeNA戦(神宮)で代打3ランを放ち通算1000得点。出場96試合。打率.253,3本塁打,19打点の成績もチームの精神的支柱として球団は評価。史上最大となる2億円減の1億4000万円で契約を更改。

2024年。
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4月13日DeNA戦(横浜)上茶谷大河から走者一掃となる逆転タイムリー二塁打を放ちお立ち台にあがるも,以降打率.100台と低迷。8月5日に出場戦登録を外れ,9月13日今季限りの引退が発表された。

日米通算安打数は,イチロー (4367=日1278米3089),張本勲(3085),野村克也(2901),王貞治(2786)に次いで第5位。歴史に名を残す偉大な選手である。

渡米前はどちらかというと孤高な印象だった青木。優勝争いからもクライマックス争いからも脱落し,とりわけシーズン終盤は淡々と安打を積み重ねるだけ。感情も決して豊かとはいえず,ベンチでもどこか浮いたような存在だった。そんな青木が復帰してまるで人が変わったかのように,感情を出し,ベンチでは終始ナインを鼓舞するようになっていた。自主トレで青木塾を開講し,多くの後輩が青木を慕った。一体何がここまで青木を変えたのか。そのあたりはこの本をじっくり読みたいと思う。
青木世界観 (文春e-book) - 青木 宣親, 尾崎 世界観
青木世界観 (文春e-book) - 青木 宣親, 尾崎 世界観

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あと自分にとっては,試合前つば九郎とストレッチをしながら何やら会話をする光景がたまらなく好きだった。つば九郎は「いままでの1ばんのおもいでは、せれもにーがおわるまでは、いいません。まだまだいっしょにたたかえますからね。」と。そうまだ終わってはいないんだ。そしてきっとこれからも続くんだ。そう信じているから。


【記録】
 ・初出場:2004年7月17日巨人戦(東京ドーム)
 ・初打席:同上ショートゴロ[中村隼人]
 ・初先発出場:2004年10月6日阪神戦(神宮)
 ・初安打:同上[安藤優也]
 ・初盗塁:同上[安藤優也 -矢野輝弘]
 ・初打点:2005年4月5日中日戦(神宮)[朝倉健太]
 ・初本塁打:2005年4月6日中日戦(神宮)[落合英二]
 ・1000安打:2010年7月4日中日戦(秋田)[平井正史]史上258人目
 ・1000試合出場:2018年4月17日広島戦(呉)史上489人目
 ・100本塁打:2019年5月17日DeNA戦(神宮)[今永昇太]史上292人目
 ・1500安打:2019年5月22日阪神戦(甲子園)[藤川球児]史上126人目
 ・300二塁打:2021年8月21日広島戦(マツダ)[カイル・バード]史上74人目
 ・1500試合出場:2022年4月30日DeN戦(神宮)史上201人目
 ・1000得点:2023年7月28日DeNA戦(神宮)[東克樹]史上46人目
【タイトル表彰】
 ・首位打者:3回(2005年・2007年・2010年)
 ・盗塁王:1回(2006年)
 ・最高出塁率:2回(2007年・2009年)
 ・最多安打:2回(2005年・2006年) 
 ・新人王(2005年)
 ・ベストナイン:7回(2005年 - 2011年)
 ・ゴールデングラブ賞:7回(2006年 - 2011年・2020年)
 ・月間MVP:4回(2005年8月・2007年4月・2010年9月・2018年6月)
 ・スカパー! サヨナラ賞:1回(2019年3・4月)
 ・オールスターゲームMVP:2回(2006年第1戦・2009年第1戦)
 ・フレッシュオールスターゲームMVP:1回(2004年)
 ・WBCベストナイン:1回(2009年)

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2023年12月21日

宮川と元山でトレード 西武、ヤクルトが発表―プロ野球

 西武の宮川哲投手(28)とヤクルトの元山飛優内野手(25)の交換トレードが決まり、21日に両球団が発表した。 
 宮川は東芝からドラフト1位で2020年に入団した右腕。昨季までは救援で123試合に登板し、今季は4試合に先発した。通算成績は5勝5敗1セーブ、防御率4.29。左打者の元山は東北福祉大からドラフト4位で21年入団。通算で132試合に出場し、打率2割3分4厘、4本塁打、22打点。[ 12/21(木) 17:58配信 時事通信 ]

ヤクルト球団仕事納め前日にトレード成立。よくある朝のニュースで報道されてからの発表というパターンではなくて,X(旧twitter)が落ちている時間帯にいきなりの発表。

6.元山飛優(2021-2023)
2020年東北福祉大からドラフト4位指名。即戦力ショートの期待も込められ宮本慎也が引退後空き番となっていた背番号「6」が8年ぶりに解禁された。

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元山の入団もあって廣岡大志がトレード移籍となり開幕一軍入り。2021年3月27日阪神戦(神宮)先発田口麗斗が序盤から打ち込まれ,打順の関係で試合途中9番ショートでプロ初出場。この試合で早速プロ初安打・初本塁打を記録。翌28日阪神戦(神宮)にはスタメンに抜擢される。
当初はサードやセカンドの守備固めが多かったが,西浦直亨が極度の不振に陥ったこともあり,5月末からスタメンに名を連ね,97試合に出場し打率.255,3本塁打,OPS.653と勝負強さを発揮していたが,10月21日広島戦(神宮)で大瀬良大地から死球を受け途中交代。これが元山の野球人生を大きく変えてしまった。

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日本シリーズにも出場出来ぬまま翌2022年も怪我の影響が長引き調整が遅れる。この間に元山の2学年下の長岡秀樹が一気にショートのレギュラーポジションを奪ってしまう。一軍昇格は主力に多数の新型コロナウイルス陽性反応者が出た直後の7月12日。8月下旬には登録を抹消され出場は13試合に留まり打率.148,1本塁打,2打点。

2023年も出場22試合で打率.179,0本塁打,3打点。長岡と同じく2学年下で右投げ左打ちの内野手武岡龍世も一軍戦力として頭角を現しており余剰戦力となっていた面は否めない。現役ドラフトで内野全ポジションを守れる右打ちの北村拓己を獲得。チームとしては野手の左右のバランスをとったうえで,投手力強化への弾となった感。

【記録】
 ・初出場:2021年3月27日阪神戦(神宮)
 ・初打席:同上[青柳晃洋]
 ・初安打:同上[青柳晃洋]
 ・初本塁打・初打点:同上[桑原謙太朗]
 ・初先発:2021年3月28日阪神戦(神宮)
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2023年12月08日

馬場、漆原ら移籍 第2回現役ドラフト

 プロ野球で出場機会に恵まれない選手の移籍を活性化させるために昨年初実施された現役ドラフトが8日、非公開で行われ、阪神の馬場皐輔投手は巨人移籍、オリックスの漆原大晟投手は阪神行きと、全12球団で選手の入れ替えが決まった。
 広島の中村祐太投手は西武、DeNAの桜井周斗投手が楽天、巨人の北村拓己内野手がヤクルト、ヤクルトの梅野雄吾投手が中日、中日の鈴木博志投手はオリックス、ロッテの佐々木千隼投手はDeNA、ソフトバンクの水谷瞬外野手が日本ハム、楽天の内間拓馬投手は広島、西武の愛斗外野手がロッテ、日本ハムの長谷川威展投手はソフトバンクにそれぞれ移籍が決まった。[ 12/8(金) 18:09配信 共同通信 ]

大竹・細川の大ブレイクの一方で,オフに半数が戦力外通告と明暗分かれた現役ドラフト。改良の余地が指摘されながら開催された2回目は,ドラフト1位が3名指名され,平均来季年俸も昨季の1166万円から1702万円にアップと,戦力外の押し付けという側面から補強を見据えた選手提出に変わってきたような印象を受けました。

某サイトで野手なら太田と元山。投手なら原樹理と梅野と予想されていたが,ある意味予想通りの結果に・・。

38.梅野雄吾(2017-2024)
九産大九州産業高から2016年ドラフト3位指名。同期入団に寺島成輝と古賀。背番号は「38」。

2017年8月9日DeNA戦(神宮)でプロ初登板・初先発。

頭角を現したのは2年目から。
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2018年8月17日阪神戦(神宮)でプロ初ホールド,8月25日DeNA戦(神宮)でプロ初勝利を挙げるなどセットアッパーに定着。2019年3月に行われた侍JAPAN対メキシコの強化試合のメンバーにも選出された。

2019年5月6日阪神戦(神宮)で上半身のコンディション不良で登録抹消された石山泰稚の代役としてプロ初セーブを記録。68試合2勝4セーブ28ホールドとフル回転。2020年42試合5勝12ホールド。2021年29試合8ホールド。2022年も41試合4勝16ホールド。
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10月3日DeNA戦(神宮)9回表に登板し,嶋基宏がマスクを被る最後の投手にもなった。一方で日本シリーズは2年連続でベンチ外だった。

しかし2023年は5年間の勤続疲労か登板試合数が僅か5試合と大幅減。イースタン・リーグでは先発登板するなど首脳陣も起用法を模索したものの,調子が上がらなかった。それでも高卒7年間で216試合に登板し通算14勝11敗74ホールドという実績を買われての中日移籍。
守護神のライデル・マルティネスを筆頭に勝野・清水・祖父江と層が厚い中日セットアップ陣に食い込めるのか。そして広いバンテリンドームが何かを変えるか。そして何より細川の成功体験という土壌をもつチームに移籍したことが梅野のキャリアアップにつながればと願うばかりです。ただこうして振り返ると2年目20歳のシーズンに68試合登板。当時のピッチングコーチはT畑。選手生命など考えず焼畑にしかしなかったピッチングコーチに巡り合ってしまったのが悔やまれますね。。

【記録】
 ・初登板・初先発:2017年8月9日横浜戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[柴田竜拓]
 ・初ホールド:2018年8月17日阪神戦(神宮)
 ・初勝利:2018年8月25日DeNA戦(神宮)
 ・初セーブ:2019年5月6日阪神戦(神宮)

獲得は巨人の北村拓己。2017年ドラフト4位指名は塩見と同順。今季は投手としての登板も話題を呼んだ。田口,沼田,北村とこれで3人目の巨人からの移籍。1995年生まれで#34さんと同学年。星稜高校−亜細亜大で主将を務めたキャプテンシー。奥川・壮真,津監督・マツケンとも縁。奥様は元アイドリング!!!ということでフジテレビONEとも縁。
小川GM「右打ちの内野手として、どこでも守れる。ショートでもセカンドでも守れる。どちらかというと、中距離から大砲っていうところに期待が持てるんじゃないかな」
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