2023年12月21日

宮川と元山でトレード 西武、ヤクルトが発表―プロ野球

 西武の宮川哲投手(28)とヤクルトの元山飛優内野手(25)の交換トレードが決まり、21日に両球団が発表した。 
 宮川は東芝からドラフト1位で2020年に入団した右腕。昨季までは救援で123試合に登板し、今季は4試合に先発した。通算成績は5勝5敗1セーブ、防御率4.29。左打者の元山は東北福祉大からドラフト4位で21年入団。通算で132試合に出場し、打率2割3分4厘、4本塁打、22打点。[ 12/21(木) 17:58配信 時事通信 ]

ヤクルト球団仕事納め前日にトレード成立。よくある朝のニュースで報道されてからの発表というパターンではなくて,X(旧twitter)が落ちている時間帯にいきなりの発表。

6.元山飛優(2021-2023)
2020年東北福祉大からドラフト4位指名。即戦力ショートの期待も込められ宮本慎也が引退後空き番となっていた背番号「6」が8年ぶりに解禁された。

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元山の入団もあって廣岡大志がトレード移籍となり開幕一軍入り。2021年3月27日阪神戦(神宮)先発田口麗斗が序盤から打ち込まれ,打順の関係で試合途中9番ショートでプロ初出場。この試合で早速プロ初安打・初本塁打を記録。翌28日阪神戦(神宮)にはスタメンに抜擢される。
当初はサードやセカンドの守備固めが多かったが,西浦直亨が極度の不振に陥ったこともあり,5月末からスタメンに名を連ね,97試合に出場し打率.255,3本塁打,OPS.653と勝負強さを発揮していたが,10月21日広島戦(神宮)で大瀬良大地から死球を受け途中交代。これが元山の野球人生を大きく変えてしまった。

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日本シリーズにも出場出来ぬまま翌2022年も怪我の影響が長引き調整が遅れる。この間に元山の2学年下の長岡秀樹が一気にショートのレギュラーポジションを奪ってしまう。一軍昇格は主力に多数の新型コロナウイルス陽性反応者が出た直後の7月12日。8月下旬には登録を抹消され出場は13試合に留まり打率.148,1本塁打,2打点。

2023年も出場22試合で打率.179,0本塁打,3打点。長岡と同じく2学年下で右投げ左打ちの内野手武岡龍世も一軍戦力として頭角を現しており余剰戦力となっていた面は否めない。現役ドラフトで内野全ポジションを守れる右打ちの北村拓己を獲得。チームとしては野手の左右のバランスをとったうえで,投手力強化への弾となった感。

【記録】
 ・初出場:2021年3月27日阪神戦(神宮)
 ・初打席:同上[青柳晃洋]
 ・初安打:同上[青柳晃洋]
 ・初本塁打・初打点:同上[桑原謙太朗]
 ・初先発:2021年3月28日阪神戦(神宮)
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2023年12月08日

馬場、漆原ら移籍 第2回現役ドラフト

 プロ野球で出場機会に恵まれない選手の移籍を活性化させるために昨年初実施された現役ドラフトが8日、非公開で行われ、阪神の馬場皐輔投手は巨人移籍、オリックスの漆原大晟投手は阪神行きと、全12球団で選手の入れ替えが決まった。
 広島の中村祐太投手は西武、DeNAの桜井周斗投手が楽天、巨人の北村拓己内野手がヤクルト、ヤクルトの梅野雄吾投手が中日、中日の鈴木博志投手はオリックス、ロッテの佐々木千隼投手はDeNA、ソフトバンクの水谷瞬外野手が日本ハム、楽天の内間拓馬投手は広島、西武の愛斗外野手がロッテ、日本ハムの長谷川威展投手はソフトバンクにそれぞれ移籍が決まった。[ 12/8(金) 18:09配信 共同通信 ]

大竹・細川の大ブレイクの一方で,オフに半数が戦力外通告と明暗分かれた現役ドラフト。改良の余地が指摘されながら開催された2回目は,ドラフト1位が3名指名され,平均来季年俸も昨季の1166万円から1702万円にアップと,戦力外の押し付けという側面から補強を見据えた選手提出に変わってきたような印象を受けました。

某サイトで野手なら太田と元山。投手なら原樹理と梅野と予想されていたが,ある意味予想通りの結果に・・。

38.梅野雄吾(2017-2024)
九産大九州産業高から2016年ドラフト3位指名。同期入団に寺島成輝と古賀。背番号は「38」。

2017年8月9日DeNA戦(神宮)でプロ初登板・初先発。

頭角を現したのは2年目から。
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2018年8月17日阪神戦(神宮)でプロ初ホールド,8月25日DeNA戦(神宮)でプロ初勝利を挙げるなどセットアッパーに定着。2019年3月に行われた侍JAPAN対メキシコの強化試合のメンバーにも選出された。

2019年5月6日阪神戦(神宮)で上半身のコンディション不良で登録抹消された石山泰稚の代役としてプロ初セーブを記録。68試合2勝4セーブ28ホールドとフル回転。2020年42試合5勝12ホールド。2021年29試合8ホールド。2022年も41試合4勝16ホールド。
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10月3日DeNA戦(神宮)9回表に登板し,嶋基宏がマスクを被る最後の投手にもなった。一方で日本シリーズは2年連続でベンチ外だった。

しかし2023年は5年間の勤続疲労か登板試合数が僅か5試合と大幅減。イースタン・リーグでは先発登板するなど首脳陣も起用法を模索したものの,調子が上がらなかった。それでも高卒7年間で216試合に登板し通算14勝11敗74ホールドという実績を買われての中日移籍。
守護神のライデル・マルティネスを筆頭に勝野・清水・祖父江と層が厚い中日セットアップ陣に食い込めるのか。そして広いバンテリンドームが何かを変えるか。そして何より細川の成功体験という土壌をもつチームに移籍したことが梅野のキャリアアップにつながればと願うばかりです。ただこうして振り返ると2年目20歳のシーズンに68試合登板。当時のピッチングコーチはT畑。選手生命など考えず焼畑にしかしなかったピッチングコーチに巡り合ってしまったのが悔やまれますね。。

【記録】
 ・初登板・初先発:2017年8月9日横浜戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[柴田竜拓]
 ・初ホールド:2018年8月17日阪神戦(神宮)
 ・初勝利:2018年8月25日DeNA戦(神宮)
 ・初セーブ:2019年5月6日阪神戦(神宮)

獲得は巨人の北村拓己。2017年ドラフト4位指名は塩見と同順。今季は投手としての登板も話題を呼んだ。田口,沼田,北村とこれで3人目の巨人からの移籍。1995年生まれで#34さんと同学年。星稜高校−亜細亜大で主将を務めたキャプテンシー。奥川・壮真,津監督・マツケンとも縁。奥様は元アイドリング!!!ということでフジテレビONEとも縁。
小川GM「右打ちの内野手として、どこでも守れる。ショートでもセカンドでも守れる。どちらかというと、中距離から大砲っていうところに期待が持てるんじゃないかな」
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2023年10月31日

奥村ら4選手を戦力外=プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは31日、奥村展征(28)、松本友(28)の両内野手、吉田大喜(26)、嘉手苅浩太(20)の両投手と来季の契約を結ばないと発表した。
 嘉手苅には育成契約を打診している。[ 10/31(火)15:31配信 時事通信社 ]

28.吉田大喜(2020-2023)
日本体育大学から2019年ドラフト2位指名。ウェーバー1巡目=全体で13番目の指名であり,即戦力と期待された。背番号は空き番となっていた「28」。同姓の吉田大成が在籍しており,新聞等では「吉田喜」,スコアボードでは「吉田大喜」と表記されることになった。

2020年。春季浦添キャンプメンバーに名を連ね,練習試合中盤まで一軍登板を重ねていたが,新型コロナ感染拡大のため開幕は無期延期となる。
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7月17日広島戦(マツダ)でプロ初登板初先発。8月7日DeNA戦(神宮)でプロ初勝利。14試合2勝7敗,防御率5.21。
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2021年。開幕からリリーフ起用。いずれも中継ぎで16試合登板。1勝1敗,防御率6.17。
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2022年先発再転向。5月11日中日戦(神宮)で2年ぶりに先発登板も敗戦投手。投げ抹消で5月22日DeNA戦(横浜)に先発登板するも勝ち負けなし。結果的にこれが一軍最終マウンドとなってしまう。

2023年は故障などで状態が上がらず1軍登板なし。通算32試合3勝9敗,防御率5.24。
2019年ドラフト指名は杉山に続き吉田大も戦力外に。高校生と大学生の差はあるが,1位奥川にとっても同期入団がこういう立場になったということに危機感を抱かないと。

【記録】
 ・初登板・初先発:2020年7月17日広島戦(マツダ)
 ・初奪三振:同上[田中広輔]
 ・初勝利:2020年8月7日DeNA戦(神宮)
 ・初安打・初打点:2020年7月24日巨人戦(神宮)[今村信貴]

00.奥村展征(2019-2023)←56.(2015-2018)
2015年1月。国内FA権で巨人へ移籍した相川亮二の人的補償として移籍。背番号は「56」。奥村にとってはプロ2年目での移籍となった。
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4月26日ファームの試合で腰痛を発症。以降は二軍を含めて公式戦出場機会無しに終わる。

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2016年7月9日中日戦(神宮)でプロ初出場。8月20日広島戦(マツダ)プロ初スタメン。

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2017年7月11日巨人戦(東京ドーム)で菅野智之からプロ初安打。後半戦以降一軍に定着。44試合打率.239,4打点,1盗塁。シーズン終了後にはアジアウインターベースボールリーグに派遣された。

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自身初の開幕一軍を果たした2018年だったが,出場は前年を下回る32試合に。それでも10月4日阪神戦(甲子園)でプロ初本塁打を放ち,オフに背番号が「00」に変更された。

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2019年。西浦直亨の故障や廣岡大志の不振もあり主に遊撃手として出場。自己最多の74試合に出場したが,打率は.199。

2020年。春季キャンプで下半身のコンディション不良を訴え途中離脱。3月12日に右膝の手術を受け,実戦復帰は11月1日北海道日本ハム戦(鎌ケ谷)。2015年以来5年ぶりに一軍出場なしに終わった。

2021年。出場16試合に留まり,打率.050。

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2022年。出場試合は43試合だったが,ほぼ一年通して一軍登録され,貴重なバイブルプレーヤー,そしてムードメーカーとしてチームの2年連続優勝に貢献。

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2023年。奥村を抹消した日に開幕5連勝がストップ。そこから負けが込み,奥村の存在感が改めてクローズアップされる形になった。それでも再登録後にチーム状態が上がらず,6月以降は三ツ俣大樹にその座を譲る形に。出場は僅か3試合。4打数2安打に終わっていた。

「成績的には正直10年できるような成績は残せていないので、その中でも自分の特長を見いだしてくれてというか、明るさだったり、そういうところで起用してもらえたというのは自信にもなりました。野球の自信が今でもあるかと言われたら、入ってきたときよりは少し下がってきているんですけど、自分の特長というのはヤクルトでの9年間ですごく伸びたなと思うので、次のステップに生かしていきたいなと思います」
稀代のムードメーカー。元気印。盛り上げ役。プレーだけではない人間性。一社会人として奥村は生きていけるはずだ。そんなポストをヤクルト球団として用意できないものか。

【記録】
 ・初出場・初打席:2016年7月9日中日戦(神宮)
 ・初先発:2016年8月20日広島戦(マツダ)
 ・初安打:2017年7月11日巨人戦(東京ドーム)[菅野智之]
 ・初打点:2017年8月25日DeNA戦(神宮)[田中健二朗]
 ・初盗塁:2017年10月1日中日戦(神宮)[伊藤準規ー松井雅人]
 ・初本塁打:2018年10月4日阪神戦(甲子園)[ラファエル・ドリス]

65.松本友(2021-2023)←93(2020)←117(2020)
BCリーグ福井から2019年育成ドラフト2位指名。背番号「117」。
2020年7月8日付けで支配下選手登録され背番号は「93」に。10月4日広島戦(神宮)でプロ初出場。10月10日広島戦(マツダ)でプロ初安打。オフに背番号「65」に変更された。

2021年。一塁や左翼でスタメン出場が増え,出場27試合ながら.353と高打率をマークした。

2022年。イースタン・リーグで57打点打点王のタイトルを獲得したが,一軍出場は7試合。それでも打率.353と結果を残していた。

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しかしながら2023年は一軍出場無し。通算43試合,打率.328,2打点。

松本友のプロ野球人生を左右した2021年5月30日オリックス戦(京セラ)。「6番左翼」でスタメン起用されたが,コンディション不良で一回裏の守備に就くことなく交代。「めちゃめちゃ大きな悔いですね。そこがターニングポイントというか、そこでけがしたことには悔いが残っていますね」

【記録】
 ・初出場・初打席:2020年10月4日広島戦(神宮)[中村祐太]
 ・初安打:2020年10月10日広島戦(マツダ)[ケムナ誠]
 ・初先発:2020年10月20日巨人戦(神宮)
 ・初打点:2021年4月8日広島戦(神宮)[中村祐太]続きを読む
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2023年10月02日

成田ら7選手を戦力外 プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは2日、成田翔(25)、大下佑馬(31)、市川悠太(22)、久保拓真(27)、杉山晃基(26)、育成の鈴木裕太(23)の6投手と、育成の松井聖捕手(28)と来季の契約を結ばないと発表した。成田は昨年12月の現役ドラフトでロッテから移籍していた。
 佐藤真一2軍外野守備走塁コーチ(58)も契約満了で退団する。[ 10/2(月) 15:02配信 時事通信 ]

35.杉山晃基(2020-2023)
創価大より2019年ドラフト3位指名。背番号は寺原隼人から引き継いだ「35」。
ルーキーイヤーの2020年。ドラフト1位奥川,2位吉田大喜,4位大西,5位長岡,6位武岡が一軍を経験する中,同期でただ一人一軍デビューなく二軍で9試合登板,防御率5.14に終わる。
2021年4月24日プロ初昇格。4月28日巨人戦(神宮)3-7と4点ビハインドの7回にプロ初登板。3回1安打無失点と上々のデビューを飾った。計4試合に登板し5月24日に登録抹消。
2022年は新型コロナ陽性反応による特例大量抹消があった7月15日に一軍登録され,17日横浜DeNA戦(横浜)に初登板したが2/3イニングを投げ翌18日に抹消。
2023年ファームでの初登板は7月と出遅れ,登板も10試合。1勝1敗防御率9.00だった。

【記録】
 ・初登板:2021年4月28日巨人戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[橋優貴]

40.市川悠太(2019-2023)
明徳義塾高校から2018年ドラフト3位指名。背番号は古野正人の退団で空いた「40」。
いずれもファームで2019年18試合1勝0敗,防御率2.79。2020年12試合0勝4敗,防御率5.46。2021年14試合1勝2敗2セーブ,防御率4.50。
プロ初登板は4年目の2022年。ファームで13試合4勝6敗,防御率3.64の成績を残し,6月30日にプロ初の一軍昇格。7月1日DeNA戦(神宮)で4―5と1点ビハインドの9回からマウンドにあがり1回1失点。優勝を決めた後の9月28日阪神戦(神宮)でプロ初先発の機会を与えられ,5回5回98球被安打4与四球2失点1ながら白星はつかず。
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2023年は初めて浦添キャンプに抜擢されるなど首脳陣の期待も高かった。5月17日巨人戦(神宮)31日日本ハム戦(エスコンフィールド)7月17日巨人戦(神宮)と3試合に先発登板を託されたが防御率8.36。オフに週刊誌を騒がせた素行も少なからず影響を与えただろうか。

【記録】
 ・初登板:2022年7月1日DeNA戦(神宮)
 ・初奪三振:2022年7月3日DeNA戦(神宮)[佐野恵太]
 ・初先発:2022年9月28日阪神戦(神宮)
 ・初打席:2022年9月28日阪神戦(神宮)

49.成田翔(2023)
2022年12月9日現役ドラフト一期生で千葉ロッテから移籍。背番号は同じく現役ドラフトで移籍となった渡邊大樹がつけていた「49」。
2023年4月25日に一軍登録されたが,登板3試合防御率5.40。30日に抹消され以降一軍昇格は無かった。今季は阪神・大竹耕太郎,中日・細川成也の活躍がクローズアップされているが,残る10人はというと目立った成績を残しておらず,当初懸念された戦力外の見本市の面も出てきたか。

61.久保拓真
九州共立大学から2018年ドラフト7位指名。背番号はウルキデスの退団で空いた「61」。
2019年5月26日に一軍初昇格。中継ぎとして16試合に登板。0勝0敗1ホールド,防御率5.73。
2020年10月6日の中日戦(ナゴヤドーム)では予告先発後体調不良で登板回避した小川泰弘の代役としてプロ初先発も2回6安打4失点でプロ初黒星。10試合0勝1敗,防御率5.93。
2021年は一軍登板無く,2022年もファーム暮らしが続いていたが,コロナ陽性による大量離脱のあった7月12日に昇格すると,左打者に対するシュートを武器に貴重な左の救援投手として頭角を現し,通算47試合目の登板となった9月9日広島戦(神宮)で待望のプロ初勝利を挙げるなど,一気に頭角を現し,リーグ連覇に貢献。
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2023年はプロ5年目で初の浦添キャンプ,そして開幕一軍メンバーにも入ったが,登板は5試合防御率6.00。ファームでも防御率4.54と成績を落としてしまった。

【記録】
 ・初登板:2019年5月28日広島戦(神宮)
 ・初奪三振:2019年5月30日広島戦(神宮)[サビエル・バティスタ]
 ・初ホールド:2019年8月28日横浜DeNA戦(横浜)
 ・初先発:2020年10月6日中日戦(ナゴヤドーム)
 ・初勝利:2022年9月9日広島戦(神宮)

64.大下佑馬(2021-2023)←15.(2018-2020)
三菱重工広島からドラフト2位指名。背番号は2年間空き番となっていた「15」が与えられた。
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2018年6月19日一軍初登録。6月23日巨人戦(東京ドーム)でプロ初登板。7月20日中日戦(神宮)でプロ初勝利。9月24日中日戦(ナゴヤドーム)で腰の張りで登板回避となった小川に代わってプロ初先発。緊急登板ながら42/3回を1失点と好投し,チームも勝利。先発中継ぎロングリリーフにと25試合に登板。2勝1敗5H,防御率3.09とブルペンに欠かせない存在となる。

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2019年自身初の開幕一軍入り。4月18日阪神戦(神宮)で寺原の体調不良もあって初先発も,3回途中8安打6失点で敗戦投手に。登板数は31試合に増えたが,0勝2敗2H防御率5.18。

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翌2020年も13試合登板0勝1敗,防御率5.51と結果を残せず,背番号は「64」に変更される。

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2021年。開幕直後に一軍登録されたが,5月6日登録抹消。ここで自ら志願し投球フォームをスリークォーターからサイドスローへ変更。6月20日に一軍再登録されると,ホールドのつく場面での登板こそ少なかったが,30試合防御率3.72。とりわけフォーム変更後23試合のうち18試合が無失点と,強固なブルペン陣の一角としてリーグ優勝に貢献した。
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2022年浦添キャンプでは,同じ広島県出身で段原小−段原中さらに亜細亜大の先輩でもある津監督から伝家の宝刀シンカーを直伝されるなど更なる飛躍を期待されたが,10試合の登板に終わってしまう。

2023年は開幕こそ二軍で迎えたがイースタンでは3勝1セーブ防御率1.64と安定した成績を残していた。ところが・・。5月16日西武戦(カーミニイク)の出来事だった。7-0と7点リードの9回裏のマウンドに上がった大下が,ホームランヒットヒットホームランヒットヒットと打者6人から1アウトも取れず降板。あとを受けた久保が最後はサヨナラ満塁ホームランを浴びてまさかの最終回1イニング10失点の悪夢。ここから思うような投球が影を潜め,最後は故障もあったのだろうか。8月27日以降登板無いまま,10月1日日本ハム戦(鎌ヶ谷)の4回表先頭福田光に対して投じたのみで降板。センターフライに抑えたのだが,この時の投球フォームはサイドスローではなくオーバースローだった。だがどこか肩を庇うようなフォームに見えて仕方なかった。
通算109試合登板。3勝4敗9ホールド,防御率4.17。ドラフト2位としては物足りなく見える面があるかもしれないが,同期ドラフト1位の村上から「みんなの面倒を見てくれるお兄ちゃんみたいな存在」と慕われるなど,人間味溢れる縁の下の苦労人がユニフォームを脱ぐことになった。

【記録】
 ・初登板:2018年6月23日巨人戦(東京ドーム)
 ・初奪三振:同上[陽岱鋼]
 ・初先発:2018年7月11日巨人戦(神宮)
 ・初勝利:2018年7月20日中日戦(神宮)
 ・初ホールド:2018年7月22日中日戦(神宮)
 ・初打席:2018年7月11日巨人戦(神宮)

014.鈴木裕太(2023)←56.(2019-2022)
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新潟・日本文理高校から2018年ドラフト6位指名。背番号は奥村展征の変更に伴い空き番となった「56」。
2019年19試合0勝2敗,防御率8.84。2020年24試合,1勝2敗2セーブ,防御率4.94。2021年20試合0勝0敗,防御率3.09。2022年34試合4勝2敗,防御率3.95。4年間一軍登板なく戦力外通告を受けたものの,11月23日育成契約を結び背番号は「014」に。
しかし2023年も26試合0勝1敗,防御率7.18と結果を残せずに終わっていた。二軍野手が不足した際には,ライトあるいは代打で起用されることもあった。

022.松井聖(2021-2023)
独立L信濃より2020年育成ドラフト3位指名。信濃からは同2位の赤羽と連続での指名だった。捕手だけでなく内外野もこなし,2021年39試合,2022年74試合,2023年85試合と試合数をこなしたが,3年をもって戦力外となった。
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2023年09月22日

ヤクルトの荒木が現役引退 プロ野球

 ヤクルトは22日、荒木貴裕内野手(36)が今季限りで現役を引退すると発表した。
 14年目の今季はここまで1軍出場がなかった。
 山梨・帝京三高から近大を経て、ドラフト3位で2010年にヤクルト入団。通算684試合出場で打率2割2分8厘、18本塁打、116打点。[ 9/22(金) 16:50配信 時事通信 ] 

10.荒木貴裕(2017-2023)←24.(2010-2016)
帝京第三高校−近畿大を経て2009年ドラフト3位入団。背番号は花田真人の引退で空いた「24」に。野手がこの背番号をつけるのは阿井利治(1955-1961年)以来で,ヤクルト球団となってからは初めてだった。

内外野どこでも守れるユーティリティープレーヤーのイメージが強いが,入団時のポジションはショート。当時は宮本慎也がサードにコンバートされており,ショートのポジションを川島慶三,梶本勇介,鬼崎裕司,三輪正義,森岡良介らが争うなかで,チームは阪神からFAで藤本敦士を獲得。そこに若手有望株川端慎吾と同学年の荒木が入団するという構図だった。川島慶以外はいずれも左打者。その川島が右肘靱帯手術でリハビリということで貴重なショートを守れる右打者である荒木は,春季一軍浦添キャンプメンバーに名を連ねると,その年の開幕は巨人戦,左腕の内海哲也が開幕投手ということで,ヤクルト球団としては1970年中村国昭以来実に40年ぶりとなる開幕スタメンに名を連ねた。4月7日広島戦(神宮)で斉藤悠葵からプロ初安打を放ったものの,ルーキーイヤーは出場18試合20打数2安打とプロの壁に阻まれた。

2011年もキャンプこそ一軍スタートだったもののオープン戦中に二軍降格。一軍出場は3試合とファームが主戦場となっていた。
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この年地元富山で開催されたフレッシュオールスターゲームで3打数2安打1打点。守備でもファインプレーと攻守に渡って活躍。チームでは2004年青木宣親2006年飯原誉士に続くMVPを獲得したものの,一軍の壁は厚く,2012年も一軍出場6試合と伸び悩んでいた。
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今こうして改めてスタメンメンバーを見返すと両軍ともにある意味伝説の2013年6月9日北海道日本ハム戦(神宮)。
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3年続けて開幕一軍を逃し,ファームではショートからファースト・サードにコンバートされていた荒木。6月5日にこの年初めて一軍昇格を果たし,この試合8番サードでスタメン起用されたものの,セ・リーグワーストタイとなる1試合3失策を記録してしまう。セカンド田中浩康,ショート山田哲人も合わせ実に球団では1971年8月22日大洋戦(神宮)以来となる6失策したこの試合を転機にセカンド山田が誕生したというチームにとっても節目の試合。荒木は守備に課題を残していたが,この年イースタンで首位打者を獲得するまでに打撃が成長した。

2014年からはさらなる出場機会を探るため外野手にも挑戦するようになる。ところがオープン戦で川島が,開幕直後に森岡,さらに開幕直前日本ハムからトレードで獲得した今浪隆博と相次いでショートが離脱。4月26日に一軍初昇格するとしばらくショートのポジションを託されたが,荒木がショートを守ったのはこれが最後だった。9月27日再昇格後は主に外野を守り,55試合に出場。ここから一軍に欠かせない選手となっていく。

2015年。ウラディミール・バレンティンを欠くチームで,主に1番レフトとして出場。7月に左大腿二頭筋2度肉離れで離脱したが8月中旬に復帰。外野のポジションは途中加入のミッチ・デニングや比屋根渉に奪われてしまったが,終盤の代打・代走として73試合に出場。チームの14年ぶりセ・リーグ優勝に貢献した。

2016年はチームに故障者が相次いだ。とりわけ前年優勝チームの不動の4番ファースト畠山和洋の離脱の穴が大きく,多くの選手が急造一塁手とならざるを得なくなるなかで,貴重な一塁の守備固めとして61試合に出場。森岡が引退したことで,背番号は10に変更された。

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2017年5月14日中日戦(松山)大野雄大から劇的なサヨナラ満塁ホームランを放った。この年の212打席,6本塁打,25打点はいずれもキャリアハイ。

2018年。
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5月3日中日戦(神宮)で延長10回田嶋慎二から代打サヨナラタイムリーでお立ち台。
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翌日4日広島戦(神宮)では中田廉から代打満塁本塁打を放ち2日続けて神宮のお立ち台に。62試合打率.218,3本塁打,21打点という成績ながらその印象度は高かった。

2019年。
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自己2番目に多い93試合に出場。この年はファーストセカンドサードレフトライトを守って守備率10割と抜群の安定感も誇った。

2020年。打率.164と数字は落としたが,9月25日阪神戦(神宮)で能見篤史から2球続けてバントの構えからこちらも伝説のバスターホームランを放った。
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そしてオリンピック中断期間を除きフルシーズン一軍帯同し,自己最多の100試合に出場した2021年。
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うち91試合が途中出場。主たる役割はファーストホセ・オスナの守備固めではあったが,他にも代打・代走さらには外野の守備固めとまさにユーティリティープレイヤーとして様々な役割をこなし,ベンチに欠かすことの出来ない唯一無二の存在として,チームの優勝・日本一に貢献。チーム20年ぶり日本一を決めた日本シリーズ第6戦(ほっと神戸)でウイニングボールを掴んだのは一塁を守っていた荒木だった。

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2022年も開幕から変わらずその役割を担い続けていた。ところが・・9月17日中日戦(バンテリンドーム)の出来事だった。いつものように一塁の守備固めに入っていた荒木。ところが同点の延長11回裏2死無走者から平凡なファーストゴロを一塁ベースカバー木澤尚文に悪送球(記録は失策)。このプレーの翌日荒木は登録抹消となり,以後一軍に昇格することは無かった。
チームは優勝マジック一桁の佳境。そんな中でベテランが犯したたった1つのミス。オスナへの守備固めもここから無くなったと言っても過言ではなかろう。まさに荒木にとって最大の転機となってしまったプレー。

プロ14年目の2023年。自身初めてキャンプを二軍西都で迎えた。そこからキャンプオープン戦公式戦と一軍から声がかかることはとうとう無かった。そして9月22日現役引退発表。
「ヤクルトに入団して14年、ファンのみなさんのたくさんの応援に支えられて、ここまでやってこられました。リーグ優勝、日本一になれた事、これまで指導いただいた、監督、コーチ、スタッフのみなさん、共に戦ったチームメイトとの日々は私の宝物です。また、ここまで野球をやらせてくれた両親に感謝の気持ちでいっぱいです。携わっていただいた全ての皆様、14年間本当にありがとうございました」

規定打席に到達したことは一度もない。少ない打席の中でも打率3割もない。シーズン最多本塁打は6本。最多盗塁は5個。走・攻・守。いずれか一つが飛びぬけていたかといえば決してそうでもないだろう。それでもチームに欠かせない存在であることは,誰しもが知っている。
歴代の監督も荒木がベンチにいるから様々な策を打てたはずだ。与えられた役割を堅実にこなす。決して腐らない。それでも陰で努力し出番に備える。いぶし銀。縁の下の力持ち。ずっとチームを支え続けてくれた背番号「10」。この荒木の背中を引き継げるのは宮本丈だと思う。

【記録】
 ・初出場・初先発出場:2010年3月26日巨人戦(東京ドーム)
 ・初打席:同上[内海哲也]
 ・初安打:2010年4月7日広島戦(神宮)[斉藤悠葵]
 ・初本塁打・初打点:2013年6月27日DeNA戦(神宮)[鄭凱文]
 ・初盗塁:2014年5月8日広島戦(神宮)[永川勝浩-石原慶幸]
【表彰】
 ・フレッシュオールスターゲームMVP:2011年
 ・スカパー!月間サヨナラ賞:2017年5月度
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2023年07月26日

西浦と阪口でトレード ヤクルトとDeNA―プロ野球

 ヤクルトの西浦直亨内野手(32)とDeNAの阪口皓亮投手(23)の交換トレードが決まり、26日に両球団が発表した。
 西浦は法大からドラフト2位で2014年に入団。通算打撃成績は571試合で打率2割3分6厘、38本塁打、188打点。昨季から出場機会が減っていた。阪口は北海道・北海高からドラフト3位で18年に入団。通算成績は15試合で2勝6敗、防御率5.31。[ 7/26(水) 16:10配信 時事通信 ]

3.西浦直亨(2014-2023途)
法政大学より2013年ドラフト2位指名。背番号は福地寿樹の引退で空き番となっていた「3」。

2014年3月28日。開幕戦となるDeNA戦(神宮)で8番ショートでスタメンに抜擢されると,そのプロ初打席で大学1学年先輩の三嶋一輝から3ラン本塁打。開幕戦でルーキーの初打席初球本塁打は日本プロ野球史上初の快挙というド派手なデビューを飾ったが,以降は結果を残すことが出来ず,4月26日に二軍降格。結局ルーキーイヤーは14試合の出場に留まり,打率.156と即戦力の期待に応えることはできなかった。

2015年。ヤクルト球団としては異例のFAで北海道日本ハムから大引啓次を獲得。2年目を迎えた西浦の出番は大引離脱時が主で出場26試合,打率.295,1本塁打,打点5に終わった。

2016年は大引の故障もあってショートのポジション争いは森岡良介,谷内亮太,今浪博隆らとで混沌とした。そんな中で7月22日中日戦(ナゴヤドーム)でラウル・バルデスから自身初となる満塁本塁打。9月28日DeNA戦(神宮)29日DeNA戦(横浜)で自身初となる2試合連続本塁打を放つなど72試合に出場し,7本塁打とパンチ力をアピールした。

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翌2017年はレギュラーの期待も込められ,サードで自身2度目の開幕スタメンに名を連ねた。前年と同じ72試合に出場したが,本塁打0。打率.208と大きく成績を下げ,チームも低迷した。

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2018年。若手有望株廣岡大志とショートのレギュラー争いが勃発。オープン戦で結果を残せず開幕スタメンを逃したものの,4月4日広島戦(神宮)で前日に頭部死球を受けて離脱した川端慎吾の代役としてサードでのスタメン出場の機会を得ると,決勝打を含む3安打・2打点の大暴れ。4月7日巨人戦から3戦連続複数安打をマーク。川端が戦線復帰後も好調を保ち,5月11日DeNA戦(横浜)では5打数5安打。9月19日阪神戦(神宮)では2打席連続本塁打を放つなど,キャリアハイとなる138試合に出場。自身初の2桁本塁打にも到達した。

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2019年は故障に泣いた。5月12日巨人戦(東京ドーム)で下半身のコンディション不良を訴え翌13日に登録抹消。その後7月8日に一軍に復帰したものの,7月18日巨人戦(神宮)で左肘を骨折するなど,出場試合数は44試合に終わった。

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2020年。球団はMLBでゴールドグラブ賞を受賞した高い守備力を誇る外国人選手アルシデス・エスコバーを獲得したが,新型コロナの影響で開幕が大幅に延期となった。無観客で行われた6月25日阪神戦(神宮)で藤川球児から逆転サヨナラ本塁打。7月2日広島戦(神宮)では2度の同点本塁打を放つなど勝負強い打撃を発揮。再びレギュラーショートとして全120試合のうち101試合に出場。藤川から放った本塁打で「2020スカパー! ドラマティック・サヨナラ賞」年間大賞を受賞した。
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2021年長年のライバルであった廣岡が巨人にトレード移籍したことで,一本立ち。堂々と開幕スタメンにも名を連ねたが,そこから極度の不振に陥り,ルーキーの元山飛優にスタメンを譲る機会が増え,6月末には出場選手登録を抹消される。それでも後半戦途中から一軍復帰すると9月には打率.321、OPS.838と活躍。10月8日阪神戦(神宮)試合前まで27イニング連続無失点と好投していた橋遥人から本塁打を放ちチームのマジック点灯に貢献。日本シリーズでは全試合ショートを守り,チーム14年ぶり日本一の輪の中心となっていた。

しかし2022年。今度は高卒3年目の長岡秀樹がライバルに。開幕スタメン濃厚と見られていたが,長岡がオープン戦終盤で4打数4安打など猛アピール。開幕投手が阪神藤浪晋太郎ということもあり左の長岡にスタメンを奪われることに。当初は相手投手の左右で長岡との併用かと目されていたが,津臣吾監督は長岡をショートで完全に固定。西浦はいわば干された状態となり4月14日に登録を抹消されてしまう。その後出番は長岡がコロナ陽性で離脱を余儀なくされた時期のみで,自己ワーストとなる出場6試合。14打数1安打の打率.071に終わった。

2023年はプロ10年目にして初の二軍キャンプスタート。これが意味するものについては折に触れてきたつもりであった。それでも5月26日広島戦(マツダ)で一軍昇格してきた。ただこの試合である程度の覚悟を感じたので,もう一度書き起こしておく。
西浦直亨。オープン戦で極度のスランプに陥り,そこで長岡秀樹が台頭。完全に居場所を失い,二軍暮らしの日々。長岡離脱時も結果を残せず早々に一軍登録を抹消され,自己ワーストの6試合14打数1安打打率.071に終わった昨年。
今年の春季キャンプは入団10年目にして初の西都キャンプスタート。春季教育リーグで死球を受け途中退場。そこから約一ヶ月行方不明。その間に誕生日を迎え気がつけば32歳。それでも4月18日に実戦復帰。ショートのポジションは19歳小森航大郎が守ることを最優先とされながらも,打率.300台をキープしていたが,言い方悪いが完全に構想外となり二軍の埋め合わせ要員。今季の一軍出番はほぼ無いであろう。そう思われても仕方ない立場まで追い込まれていた西浦が,塩見の離脱もあってキャンプオープン戦を通じて初めて一軍に呼ばれた。

そして合流最初の試合。4回表1死一二塁投手高梨の代打で早速起用された。2球で簡単に追い込まれたが,2球見極めて5球目を基本に忠実なセンター返し。二塁走者濱田を返して2年ぶりの打点をマーク。そこから打線がつながりサンタナにもタイムリー。3点差に追い上げ,そのまま山田の代わりにセカンドの守備に就いた。いや就かせてもらえた。そして第3打席でも先頭打者として内野安打で出塁。昨年年間1本しか放てなかった安打なのだ。。

散々チャンスを貰いながらも活かしきれなかった。西浦が9年かけても叶わなかったオールスター出場ゴールデングラブ受賞。これすら長岡は軽くやってのけた。将来性だって長岡だ。それは誰もが認める。

「フルスイングできなくなったら、外すからね」「フルスイングする限り、起用し続ける」

津監督の著書で明らかになった長岡とのやり取り。今季開幕から明らかにフライアウトが目立った。守備での貢献度もあるし打率云々ではない。その内容。今日も2点差に迫ってなお0死二塁で長岡に回ったが浅いライトフライ。ランナーを進めることが出来なかった。これが例えばなんとしてでも右方向でランナー進めるという意識があれば1死三塁。古賀の内野ゴロで1点差に詰め寄れたかもしれない。長岡個人の成長のためならフルスイングフライアウトランナー進められずそれでいいかもしれない。けれど野球はやっぱり団体競技なのだ。
今は21歳の若さだから許されているけれど,これを3年5年と続けていたらたちまちそのポジションはあっという間に奪われるはずだ。

長岡のためにポジションをそして野球生命を奪われかけた西浦。極限まで追い込まれられた男の意地。状況に応じた打撃。甘やかされただけでは長岡も成長しない。長岡のためにもチームのためにも西浦は壁になって欲しい。

かつて池山が岩村にサードのポジションを奪われたとき,池山がスタメン出場したがのちに「チームの顔なんだからちょっとの怪我で休むな」と激怒したことがあったと。そこから岩村は飛躍的に成長していった。そういう壁のような存在になって欲しい。

ハッキリ言ってヤクルトではもう出番は限りなくなかっただろうし,このまま残っても年齢的にもオフには何らかの通告があったはず。三浦監督とは奈良県の同郷で,「まだまだできると思っています。長打力もありますし、守備力もいいものを持っていると思います」と宮崎・牧負傷時のバックアップとして,異例ともいえるシーズン中の同一リーグ,さらに明後日から両チームは対戦を控えるという中で経験を乞われてのトレード移籍となった。

【記録】
 ・初出場:2014年3月28日DeNA戦(神宮)
 ・初打席・初安打・初打点・初本塁打:同上[三嶋一輝]
 ・開幕試合初打席本塁打 :セ・リーグ初,1950年戸倉勝城以来64年ぶり史上2人目
 ・開幕試合初打席初球本塁打 :史上初
 ・初盗塁:2015年5月9日中日戦(秋田こまち)[吉見一起−松井雅人]
 ・スカパー! ドラマティック・サヨナラ賞年間大賞:2020年

西浦と言えばファン感謝DAYを語るうえで欠かせなかった。
そもそもの始まりは2014年。「投手野手対抗歌合戦」という企画で三輪正義,藤井亮太と一緒にSMAPの『らいおんハート』を披露するのだが・・・
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西浦独特の音程が公となり,すっかり名物企画に。

2016年はWhite Berryの『夏祭り』を披露しつば九郎が気絶
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2018年は締めの『東京音頭』リサイタルを託された。
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「突然のことで正直、驚いています。スワローズに入団して10年、たくさんの人に支えられて野球をすることができ、感謝しかありません。また、いい時も悪い時も応援していただいたファンの皆さまにもとても感謝しています。スワローズを離れることは寂しい気持ちもありますが、今回のトレードを新たなスタートとして、新天地で活躍することが、皆さんへの恩返しになると思って頑張ります。これからも応援よろしくお願いします」
3連覇の望みが絶たれた夜ではあるが,西浦にはひとり3連覇の可能性がある。因縁の廣岡と日本シリーズで対戦する可能性だって秘めている。ファームでは打率.306,4本塁打,20打点と腐ってはいない。若手にポジションを奪われるという全く同じ境遇で横浜DeNAに移籍した田中浩康コーチもいる。長岡にプロで10年やるということはこういうことだと言うものを見せつけてやってくれ。

色々複雑な心境で短時間に書いたので上手く纏まらないが,これをもって西浦直亨への惜別メッセージとしたい。
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2022年12月09日

オコエが巨人、陽川は西武へ 初実施の「現役ドラフト」―プロ野球

 プロ野球で出場機会が少ない選手の移籍活性化を目的とする「現役ドラフト」が9日に初めて実施され、12人の移籍が決まった。2015年の新人選手選択会議(ドラフト会議)で1位指名を受けた楽天のオコエ瑠偉外野手は巨人へ移籍する。
 1軍で一定程度の実績がある選手の移籍もあり、阪神の陽川尚将内野手は西武が、巨人の戸根千明投手は広島が獲得した。
 現役ドラフトは非公開で行われ、各球団が事前に2人以上の対象選手のリストを出した上で、少なくとも1人を獲得して1人を放出するルール。フリーエージェント(FA)権を行使したことがある選手や育成選手、外国人選手などは対象外だった。希望球団のみが参加する2巡目の指名は実施されなかった。[ 12/9(金) 18:26配信 時事通信 ]

進行はスムーズ、効果未知数 プロ野球現役ドラフト
 初めて実施された現役ドラフトは複雑な手順だったが、事前に対象選手のリストが手元に届くこともあり、各球団はしっかり準備できたようだ。運営はスムーズに行われた。
 制度の改善や継続については今後も検討を重ねる必要がある。ソフトバンクの三笠ゼネラルマネジャーは「2巡目がなかったのはどの球団も保守的な対応を取ったからだと思う」と言い、回数を重ねれば成熟していくとの見方だ。一方、ある球団の幹部は、必ずしも補強ポイントに合致するとは限らないとした上で「選手の出場機会につながるのか、球団にとってプラスになるのかは疑問」と指摘した。
 オコエを放出した楽天の石井監督は「彼の能力を開花させられる可能性もある」と期待しつつ、制度については「トレードと何が違うのかということも含めて素晴らしいものになれば」。労組日本プロ野球選手会の森事務局長は「移籍が決まった選手全員に連絡したら、みんなポジティブに捉えていた」と語った。[ 12/9(金) 21:22配信 時事通信 ]

選手会からの要望もあって初めて開催に至った現役ドラフト。「少なくとも1人を獲得して1人を放出する」という条件下で非公開に行われる会議。ドラフト会議以上に気がかりで,17時の情報公開まで気になって仕事も手につかない←くらい。当初は戦力外選手の押しつけとなるのではないかと危惧していたのですが,実際終わってみると「出場機会が少ない選手の移籍活性化」という目的は達せられた感を強く感じました。改善点があるとすれば実施時期でしょうか。どうせ開催するならドラフト会議終了後から合同トライアウト前が妥当な気がします。

当該選手への通告は事前に行われたとか行われないとか。通告されたが指名された選手の来季へのモチベーションというのは如何なるものか。。

【現役ドラフト】渡辺大樹がヤクルトからオリックスへ「更に努力して恩返しができるように」
 出場機会の少ない選手の移籍活性化を目指す「現役ドラフト」が9日、開催され、ヤクルトはロッテから成田翔投手を獲得。渡辺大樹外野手がオリックスへ移籍となった。
 7年目の渡辺は今季、49試合に出場し、打率1割2分5厘、0本塁打、2打点。コメントは以下。
 「東京ヤクルトスワローズでは7年間、大変お世話になりました。プロに入って基礎からいろいろなことを学ばせていただきました。次にお世話になる球団は、今年日本一になっていますので、更に努力して今まで指導してくださった方々や応援してくださったファンの方々に恩返しができるように頑張ります。今まで本当にありがとうございます」[ 12/9(金) 18:15配信 スポーツ報知 ]

49.渡邊大樹(2016-2022)
専大松戸高から2015年ドラフト6位指名。背番号は「49」。中学3年時新潟ビックスワンで開催された陸上の全国中学総体に出場し,200メートル走で決勝まで進出した快足が自慢。入団当初は内野手。

2016年イースタンに74試合に出場し打率.256,3本塁打,10打点,4盗塁。オフに開催されたアジアウインターベースボールリーグのNPBイースタン選抜に選出された。

2017年9月3日。怪我のデビット・ブキャナンに代わり初の一軍登録。同広島戦(神宮)でプロ初出場。2年続けてアジアウインターベースボールリーグNPBイースタン選抜に選出される。

2018年。村上宗隆の加入もあって外野手に挑戦。主に外野としてチーム最多のファーム111試合に出場。打率.256,3本塁打,37打点,15盗塁。
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2019年より外野手登録となり,4月29日塩見泰隆との入れ替わりで2年ぶりとなる一軍登録。5月10日巨人戦(東京ドーム)で田口麗斗からプロ初安打・初本塁打を放つ(当時からこんな複雑なツイートをしていたの証拠)



2020年。開幕前の練習試合6月7日巨人戦(東京ドーム)でまたしても田口から本塁打を放ち,左キラーぶりをアピール。

自身初の開幕一軍を掴み,試合終盤の代走ならびに外野の守備固めとして33試合に出場。チームにとっても様々な意味で上田剛史を追いやった。

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2021年。ベンチからの信頼も厚く,主にドミンゴ・サンタナの守備固めとして自己最多の94試合に出場。

7月7日阪神戦(神宮)では決勝タイムリーを放ちお立ち台にあがるなど脇役としてチームの優勝及び日本一に貢献。オフには結婚も発表された。

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しかし2022年同じ外野手のルーキー丸山和郁が加入。左右の違いはあるが,俊足と堅実な守備に加え,長打力と勝負強さに勝る丸山和に代走と守備固めというポジションを奪われた形に。8月5日に登録抹消されると以降一軍での出番は無くなっていた。

【記録】
 ・初出場・初打席:2017年9月3日広島戦(神宮)
 ・初安打・初打点・初本塁打:2019年5月10日巨人戦(東京ドーム)[田口麗斗]
 ・初盗塁:2019年8月1日DeNA戦(横浜)[武藤祐太-戸柱恭孝]


7月22日広島戦(神宮)。見聞LOGに「7回表の守備からサンタナに代え渡邉を入れたのも逃げ切りの証。ただ6回裏は山崎で切れており,7回裏一人出ればサンタナに回るということで,もう1イニング待っても良かったのか。でももし丸山和が居ればそんなに遜色は無いだけに,打率.077の邉の打撃(セーフティ試みるも投手の正面過ぎてアウト)が実に物悲しい。」と記したが,このあたりから渡邊と丸山和の立場の逆転を感じていた。

それでもオリックス福良GMは「守備と走塁。それは十分行けるということで」と評価しており,あくまで現状のヤクルトではどうしてもポジションが被ってしまうだけで,チーム変われば渡邊と言うピースはしっかり機能するはず。一流の脇役に徹っせられる渡邊だけに,この移籍がプラスとなることを祈りたい。そして来年日本シリーズで対戦してその強肩を見せてほしい!そう願うし祈ります。

一方ヤクルトが獲得したのはロッテの成田翔。小川淳司GM「初めての制度で、いろんな制約がある中で希望の左投手は取った」。
渡邊と同学年。秋田商で石川二世の小柄な左腕として旋風を起こしたことは鮮明に残っています。それでもプロでは未勝利で,今季は一軍登板なし。投げる位置を試行錯誤したりと(高校時代から較べると)伸び悩みの印象。環境変わって,先輩石川さんとの出会いでこちらも現役ドラフトがいい方向に機能しますように。
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2022年11月30日

ヤクルトのマクガフ退団 プロ野球

 ヤクルトの奥村政之国際グループ担当部長は30日、スコット・マクガフ投手と来季の契約を結ばないことを明らかにした。
 米大リーグへの復帰を目指すという。
 米国出身のマクガフは2019年にヤクルト入りし、抑えとして21年からのリーグ連覇に貢献。通算236試合登板で15勝8敗80セーブ、59ホールドだった。[ 11/30(水) 19:11配信 時事通信 ]

37.スコット・マクガフ(2019-2022)
2018年12月25日に獲得が発表された。背番号は「37」。

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来日当初は中継ぎだった。2019年3月30日阪神戦(京セラ)2番手投手として来日初登板。4月10日広島戦(マツダ)で5番手として9回裏を無失点に抑えると,直後の10回表に打線が一挙12得点を挙げ来日初勝利を挙げる。しかしチームは投手の駒不足。リードビハインド関係なく毎日のようにデビッド・ハフ,マクガフ,ハフマクガフが起用されていた日々。7月4日広島戦(マツダ)で体調不良を訴えた石山泰稚の代役として来日初セーブをマーク。オールスターにもインフルエンザ罹患の石山の代役として初選出された。一時ハフに抑えを譲った時期もあったが,計65試合に登板し,6勝3敗18ホールド11セーブ。

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2020年はセットアッパーとして君臨。無人の一塁への牽制球事件もあったが,50試合に登板し4勝1敗。リーグ4位の27ホールドポイントをマーク。オフに新たに2年契約を結んだ。
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2021年もセットアッパーとして起用されていたが,石山の不振により5月後半からストッパーに配置転換される。以降の活躍はもはや説明不要だろう。9回にこの曲が流れればもう何の心配もなかった。


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6月には月間10セーブ。これは2000年5月・2001年8月高津臣吾,2005年8月石井弘寿,2009年5月林昌勇,2012年9月トニーバーネットの月間9セーブを上回り球団新記録。東京オリンピックアメリカ代表にも選出され銀メダルを獲得。66試合に登板。3勝2敗31セーブ14ホールド。
クライマックスシリーズファイナルで胴上げ投手。日本シリーズでは2敗を喫するも,第6戦で延長10回途中から2回1/3を無安打無失点に抑えきり,勝利投手と胴上げ投手に。

不動の守護神の座を確固たるものとした2022年。
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5月31日ロッテ戦から自己最多記録を更新する10試合連続セーブ。8月17日阪神戦(神宮)で両リーグ最速の30セーブに到達。球団では2004年五十嵐亮太以来18年ぶりとなる両リーグ一番乗り。2年連続30セーブは2011年林以来11年ぶり球団史上4人目。55試合に登板し2勝2敗38セーブ4ホールドと圧巻の成績だった
日本シリーズ第5戦。1点リードの9回裏に登板。自らの送球エラーで同点とされ,吉田正尚にサヨナラホームランを浴び敗戦投手に。シリーズ史上初となる救援投手として通算3敗目を喫した。第6戦でも1点ビハインドの場面で登板したが再び犠打処理を一塁送球エラー。第7戦のベンチ入りメンバーから外れていた。
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奧村国際グループ担当部長「(来季マクガフと)契約はしないことになります。退団になります。考え方に開きがある状況でここまできた。本人と話したけど、大リーグ復帰を目指して挑戦したいということだった。本人の希望する方向を後押ししようということになった。いい話がきっとあったんでしょう。3Aの無名の選手が弱いスワローズに入って、頂点に引き上げた選手なので、感謝してもしきれない。本当に野球内外で素晴らしい選手だった」
2015年オフのトニー・バーネット同様に胴上げ投手のメジャーへの復帰を後押しする形となった。トニーもマイナーからヤクルトでジャパニーズドリームを掴みメジャーへ復帰した。スコットも年齢的にラストチャンス。快く送り出したいという気持ちしかない。もし一塁送球イップスに陥っていたとしたら,来季犠打攻めされただろう。それによって批難を浴びるような光景は見たくなかっただけにどこか安堵の気持ちもある。

全てリリーフで通算236試合に登板し15勝8敗80セーブ。防御率2.94。何より特筆すべきはこの4年間一度も登録抹消が無かった(五輪休止期間除く)ことだ。2年連続最下位と2年連続優勝。弱い時から支えてくれたマクガフ。
順当にいけば清水が守護神の座に収まるのだろう。しかし経験の石山がそこを奪い返すのか。木澤を抜擢するのか。あるいは栗林大勢のように吉村が一気にその座に就くのか。
いずれにしてもチームは3連覇を目指すうえで大きな転換期を迎えたことだけは確かだ―。

【記録】
 ・初登板:2019年3月30日阪神戦(京セラドーム)
 ・初奪三振:2019年4月3日DeNA戦(神宮)[M口遥大]
 ・初ホールド:2019年4月4日DeNA戦(神宮)
 ・初勝利:2019年4月10日広島戦(マツダスタジアム)
 ・初セーブ:2019年7月4日広島戦(マツダスタジアム)
 ・オールスター出場:3回(2019・2021・2022年)

年度登板勝利敗北SHHP投球回安打本塁三振失点自責防御率
20196563111824682/37126425243.15
2020504102327464245220203.91
20216632311417641/34377619182.52
202255223846532/33955916142.35
2361588059742322/31951825180762.94
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2022年11月22日

ヤクルト キブレハンが自由契約に 8月27日のDeNA戦では1試合3本塁打

 日本野球機構(NPB)は22日、ヤクルトのパトリック・キブレハン外野手(32)を自由契約選手として公示した。ヤクルトは退団する。
 キブレハンは今季途中に加入。8月27日のDeNA戦では初本塁打を含む3本塁打と活躍した。今季成績は29試合に出場して打率・241、6本塁打、14打点。[ 11/22(火) 15:25配信 スポニチアネックス ]

2.キブレハン(2022)
 開幕から2週間でサンタナが離脱。アメリカでクリーニング手術を受け,全治不明。そうした段階で獲得したキブレハン。奥村編成部国際担当部長は「体形的にも、パワー的にも(05〜08年に在籍した)リグス風な選手。勝負強さとか、試合の中で、しぶとさがあって。非常に好感をずっと持って見続けた選手。タイミング的にも、とてもいいタイミングで彼を呼ぶことができた」と評価していたが,確かに風貌もどことなくリグスに似ており,背番号も奇しくも同じ「2」番に。来日は5月末。しかし来日から一ヶ月経ってもファームでの打率は.200台を推移。本塁打も僅か1本と助っ人としては物足りない成績。それでも暑くなるにつれ打率を上げてきて,7月5日に初の一軍昇格。しかし10打席0安打と結果を残せず,再来日したサンタナと入れ替えで7月17日一軍登録抹消。外国人枠の関係もありこれでお役御免かと正直思ってしまった。ところが・・

コールの抹消もあって8月19日に再昇格すると,20日中日戦(バンテリンドーム)で小笠原慎之介から来日14打席目でようやく初安打。そこから左腕投手先発時にはスタメン起用されるようになり,度肝を抜かれた8月27日DeNA戦(横浜)の3連発。翌28日も4打数2安打。これですっかっり浜専が定着。対DeNA戦に20打数8安打5本塁打打率.400という相性を発揮し,いつしか登場曲は湘南乃風に。

対チーム別成績打率試合打席打数安打本塁打打点三振出塁率長打率OPS得点圏
巨人.000613120015.000.000.000.000
DeNA.400521208583.4291.151.579.500
中日.286722216013.318.429.747.333
阪神.154613132004.154.154.308.000
広島.235518174146.278.412.690.286
球場別成績打率試合打席打数安打本塁打打点三振出塁率長打率OPS得点圏
東京ドーム.0004660002.000.000.000.000
神宮.0741028272248.107.296.403.143
横浜.500313126343.5381.251.788.500
バンテリンドーム.375517166012.412.563.974.500
甲子園.2503882002.250.250.500.000
京セラD大阪0002760013.000.000.000.000
マツダスタジアム.5002884141.500.8751.375.500

この極端な成績。キブレハン無くして優勝は無かったかも知れないし,キブレハン無ければ日本一になっていたかも。どこか憎めない。不思議助っ人パトリック。
【記録】
 ・来日初出場・初打席:7月5日巨人戦(東京ドーム)
 ・来日初先発:7月6日巨人戦(東京ドーム)
 ・来日初安打:8月20日中日戦(バンテリンドーム)[小笠原慎之介]
 ・来日初本塁打・初打点:8月27日横浜DeNA戦(横浜)[石田健大]

50.スアレス(2022)
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右のロベルト・スアレスに代わって左のアンドリュー・スアレスの獲得が発表されたのは2021年12月20日。5月25日日本ハム戦(神宮)で初登板初先発。その最初の打者松本剛に先頭打者本塁打を浴びたが,初登板で対戦した第1打者に被本塁打はプロ野球史上80人目。6月26日巨人戦(神宮)まで全6試合に先発登板。最長で5回,防御率は6.53。先発として全く役目を果たせないまま6月27日に登録抹消。今季最終の10月3日DeNA戦(神宮)で来日初の中継ぎ登板で適性を探ったが,ポストシーズンも出番は無かった。
しかしスアレスが登板した6試合。不思議とチームは6戦6勝だった。これまた謎の力を発揮してくれた助っ投。
【記録】
 ・初登板・初先発登板:5月25日日本ハム戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[清宮幸太郎]
 ・初打席:同上[上原健太]

63.コール(2022)
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2021年12月7日に契約締結。4月22日阪神戦(神宮)で来日初登板。しかし1回4失点と大炎上。長い髭を蓄えた風貌も相まって●ノーアを彷彿とさせたが,その後は中継ぎとして34試合2勝0敗6ホールド,防御率2.75と安定感ある投球でブルペンを支え続けた。
ところが8月10日広島戦(マツダスタジアム)での登板を最後にベンチを外れ,16日に登録抹消。チーム状況もあり先発転向のためか?などと憶測を呼んだが,以降ファームでも登板無いまま9月24日に再検査のため帰国。ウェーバー公示の手続きがとられた。
【記録】
 ・初登板:4月22日阪神戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[梅野隆太郎]
 ・初勝利:5月14日広島戦(マツダスタジアム)
 ・初ホールド:5月15日広島戦(マツダスタジアム)
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2022年10月28日

東大出身の宮台が引退へ プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは28日、宮台康平投手(27)、鈴木裕太投手(22)、育成選手の内山太嗣捕手(26)と来季の契約を結ばないと発表した。
 東大出身の宮台は現役を引退する意向。鈴木には育成契約を打診している。[ 10/28(金) 15:40配信 時事通信 ]

68.宮台康平(2021-2022)
2020年合同トライアウトを経て,ヤクルトが支配下選手登録での契約を打診し,12月23日正式契約。背番号は「68」。球団では初の東京大学出身選手となった。

2021年5月29日〜6月8日,9月20日〜24日と一軍登録されたが,いずれも登板機会なく抹消されていた。イースタン公式戦には27試合に登板し,1勝1敗1セーブ,防御率2.13という成績を残し,2022年春季一軍キャンプに抜擢された。

しかしキャンプ終盤に足首捻挫で二軍落ち。ファームでは中継ぎとして登板を重ねていた。7月にチーム内で新型コロナウイルスの陽性反応者が多数出たことで,特例2022の適用によって7月12日一軍昇格。
7月14日中日戦(バンテリンドーム)で日本ハム時代の2018年8月23日ソフトバンク戦以来4年ぶりとなる一軍登板。1回を三者凡退。17日DeNA戦(横浜)で2試合目の登板。しかしイニングを跨いだ回に連打に暴投も絡んで5失点で降板。翌日に登録抹消となっていた。

球団は来季も戦力として考えており,本人から引退の意向を伝えられ慰留したが,宮台の決断は変わらず現役引退となった。

025.内山大嗣(2021-2022)←118.(2019-2020)
BCL栃木ゴールデンブレーブスから2018年育成ドラフト1位指名。

2019年。43試合45打数6安打,打率.133,0本,0打点。2020年。47試合84打数23安打,打率.274,0本,3打点。2021年37試合52打数12安打,打率.231,0本,3打点。
育成選手制度の規定に沿って自由契約となったが,育成再契約を結んだ2022年。46試合101打数30安打,打率.297,0本,14打点。フェニックスリーグにも参加していたが,本日の通告となった。登録は捕手ながら内野もこなしていた。

鈴木のほか近藤,山野にも育成契約が打診されており,来季は丸山翔,下,松井聖,岩田。そして育成ドラフト指名の橋本と計8名(投5・捕2・外1)の育成選手を抱えることになりそう。
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2022年10月04日

寺島ら戦力外 プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは4日、寺島成輝投手(24)、中山翔太外野手(26)、吉田大成内野手(27)と来季の契約を結ばないと発表した。
 寺島はドラフト1位で2017年に入団。3人とも今季は1軍での出場がなかった。[ 10/4(火) 18:03配信 時事通信 ]

18.寺島成輝(2017-2022)
2016年ドラフト1位指名。履正社高校で甲子園を沸かせ,高校ナンバーワン左腕という評価に相応しいエースナンバー背番号「18」が与えられた。

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ルーキーイヤー2017年。ファームでの実戦デビューは8月。そこから段階を踏み,シーズン最終盤の9月30日中日戦(神宮)でプロ初登板・初先発。福田永将に2ランを浴びるなど30/3回5失点KOというデビュー戦となったが,オフには台湾で開催されたアジアウインターベースボールリーグに選出されるなど,2年目以降の飛躍が期待された。

2018年7月1日阪神戦(神宮)でプロ2試合目の先発を託されたが2回KO。結局一軍登板はこの1試合のみ。2019年はリリーフで3試合登板。

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それでも4年目となる2020年に自身初の開幕一軍を果たすと,7月7日中日戦(ナゴヤドーム)では同点の9回から登板し,延長10回に味方が勝ち越したことでプロ初勝利をマーク。中継ぎとして30試合に登板。防御率2.48,3ホールドと安定した成績を収めた。

2021年も開幕一軍メンバー入り。3月27日阪神戦(神宮)で2イニングを投げたが翌日に登板抹消。結局この1試合の登板のみ。

2022年は5月6日に一軍登録されるも,登板機会無いまま10日に登録抹消。ファームでも防御率6.47。ドライチ左腕・エースナンバー背番号18は6年間もがき苦しんだ。
【記録】
 ・初登板・初先発・初打席:2017年9月30日中日戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[京田陽太]
 ・初勝利:2020年7月7日中日戦(ナゴヤドーム)
 ・初ホールド:2020年7月8日中日戦(ナゴヤドーム)

8.中山翔太(2019-2022)
法政大学から2018年ドラフト2位入団。背番号は武内晋一の引退で空き番となった「8」。

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2019年6月9日に初めて一軍登録されると,その日の8回裏石山泰稚の代打として起用されると,プロ初打席でタイムリーを放つという華々しいデビュー。6月16日埼玉西武戦でプロ初本塁打。35試合で打率.289,5本塁打,14打点と非凡な長打力を見せた。

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2020年。9月に大杉勝男氏と並び球団最多タイとなる月間3本の代打本塁打を記録。ヒット11本中4本が本塁打と持ち味の長打力を如何なく発揮した。それでも打率.229が表すように確実性が課題であることは明白で,守備にも不安を抱えていた。

2021年。開幕3試合目に骨折した坂口智隆に代わり3月30日に一軍昇格。翌31日には前日スタメンの西田明央,内川聖一,山田哲人,西浦直亨,青木宣親が特例2021で登録抹消となったこともあり,6番レフトでスタメン起用された。しかし出場9試合で11打数1安打。打率.091。隔離期間の明けた青木と入れ替わるかたちで,4月16日に登録抹消となった。

2022年7月コロナ陽性者が多数出た際,試合に出られるコンディションにありながら一軍登録されなかったのは高卒ルーキーの小森航太郎,中山,そして吉田大成の3名。この3人が今季一軍出場の無い野手でもあった。
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【記録】
 ・初出場:2019年6月9日オリックス戦(神宮)
 ・初打席・初安打・初打点:同上[ディクソン]
 ・初先発:2019年6月11日楽天戦(ヨーク開成山)
 ・初本塁打:2019年6月16日西武戦(メットライフ)[松本直晃]

66.吉田大成(2019-2022)
2018年ドラフト8位指名。支配下登録選手としては全12球団の最後(83番目)で指名され,平成最後のドラフト指名選手となった。背番号は「66」。

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2019年。春季浦添キャンプスタート。開幕一軍は逃したが,6月24日に初めて一軍登録されると,登録即「7番サード」スタメン起用。その日の第3打席でプロ初安打と初打点を記録。9月18日阪神戦(甲子園)でプロ初猛打賞。一軍では13試合,打率.188だったが,イースタンでは,規定打席には届かなかったものの,101試合打率.238,1本塁打,10盗塁という成績を残した。

2020年。吉田大喜が入団したことで,スコアボードには「吉田大成」と表記されるように。オープン戦12試合で打率.310,9打点とアピールに成功し自身初の開幕一軍入りを果たすも,翌々日21日に登録抹消。7月28日に再登録されたが,8月10日に登録抹消。9打数1安打,打率.111に終わった。

2021年は6月21日に一軍登録されると,不調の西浦に代わってショートスタメン機会を得て,7月13日巨人戦(東京ドーム)ではプロ初本塁打を放つ。8月30日に登録を抹消されたが,元山飛優の故障離脱に伴い,10月23日に一軍再登録。遊撃を守れる貴重なバックアップ要員として日本シリーズにも全試合ベンチ入りした。

2022年も春季一軍キャンプスタートだったが,オープン戦で同じ右投げ左打ちの長岡秀樹が頭角を現したこともあり,ファームが主戦場に。そのファームでも打率.182と前年の打率.267から大きく成績を下げていた。

【記録】
 ・初出場・初先発・初打席:2019年6月24日オリックス戦(神宮)
 ・初安打・初打点:同上[竹安大知]
 ・初盗塁:2019年7月4日広島戦(マツダ)[一岡竜司-會澤翼]
 ・初本塁打:2021年7月13日巨人戦[エンジェル・サンチェス]
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2022年10月01日

2185安打の内川引退 嶋も今季限り―プロ野球・ヤクルト & ヤクルト坂口、今季で引退 最後の近鉄戦士―プロ野球

チームの連覇を見届けてベテランたちが相次いで現役を退くことに。
 ヤクルトの内川聖一内野手(40)と嶋基宏捕手(37)が28日、東京都内で記者会見し、今季限りでの引退を発表した。
 ともに今季は1軍での出場試合が1桁にとどまった。内川は決断の理由について「第一線での野球は厳しいと感じた」と説明した。
 通算2185安打の内川は、大分工高からドラフト1位で2001年に横浜(現DeNA)に入団。08年には右打者最高打率の3割7分8厘で初の首位打者に輝き、ソフトバンクに移籍した11年には史上2人目のセ、パ両リーグでの首位打者となった。昨年からヤクルトでプレーし、「22年間、プロという世界で野球ができたことを幸せに思う」と笑顔で話した。[ 9/28(水) 16:50配信 時事通信 ]

7.内川聖一(2021-2022)
ソフトバンクを退団し,2020年12月8日ヤクルトと入団締結。背番号は同学年の田中浩康退団後空き番となっていた「7」。年俸は2億円減となる5000万円と大幅減となったが,横浜時代に指導を受けた杉村繁一軍打撃コーチがいること,自身の打撃の参考にもなる青木宣親,山田哲人がいることなどから,日本一チームから2年連続最下位チームへの移籍を選んだ。

2021年。新型コロナの影響で新外国人選手が来日すら出来ないという状況にあり,3月26日阪神との開幕戦に「5番一塁」で先発出場。しかし3月31日新型コロナ濃厚接触者判定を受け登録抹消。4月16日に復帰するも僅か3日後の19日に上半身のコンディション不良で登録抹消。一軍復帰に約一ヶ月要した。しかしその頃にはすでにホセ・オスナが一塁のレギュラーとして完全に定着しており,内川の出番は代打に限られていた。DSC07043.JPG
それでも7月9日広島戦(神宮)でヘロニモ・フランスアから移籍後初となるサヨナラタイムリーを放ち,内川のバットコントロール健在をアピール。
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結果的にソフトバンク時代から内川の所属するチームは5年連続で日本一に輝き,「1人5連覇」を果たした。

2022年は西都キャンプからのスタート。イースタンで主に4番として.333近い高打率を残していたが,なかなか一軍からのお呼びはかからなかった。それでも7月12日。チームが新型コロナウイルス陽性判定を受け選手が大量に離脱したことで一軍昇格。7月14日中日戦(バンテリン)に「3番レフト」で今季初出場。公式戦ではソフトバンク時代の2015年10月5日楽天戦以来実に7年ぶりとなる外野手としてのスタメン出場だった。チームの救世主を期待されたが14打数3安打,打率.214。内川としては寂しい数字は否めなかった。7月20日巨人戦(神宮)のゲーム途中で退くと翌21日に登録抹消。「第一線での野球は厳しいと感じた」とNPBからの引退を決意した模様。

【記録】
 ・2000試合出場:2021年7月6日阪神戦(神宮)史上53人目

45.嶋基宏(2020-2022)
2019年オフに他球団で出場機会を求めるため楽天球団に自由契約を申し入れ,11月15日ヤクルトへの入団が発表された。背番号は「45」。

2020年。3月21日阪神との練習試合(神宮)で中田賢一から死球を受け,右手の親指付近を骨折。ただ新型コロナウイルス流行の影響で開幕が延期されており,開幕には間に合った。6月19日中日との開幕戦(神宮)でスタメンに名を連ねたのは嶋だった。この日の試合前の練習で中村にアクシデント発生。急遽スタメンマスクを託された。しかし7月11日巨人戦(ほっともっと)で守備中に負傷。試合後の診察で右足舟状骨骨折が判明し,翌12日に登録登録抹消。実戦復帰まで2ヵ月半を要し,一軍復帰は10月3日。怪我に泣き自己最少の20試合の出場に終わった。

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2021年は西都キャンプからのスタート。オープン戦中盤で一軍合流したが,開幕一軍メンバーからは外れていた。ところが開幕5戦目の試合前に西田明央のコロナ陽性が判明し,ファームの試合に出場していた嶋が急遽一軍合流となった。試合出場は前年よりも更に少ない15試合にとどまったが,自ら第3捕手という役回りに専念し,ベンチではチームのムードの盛り上げ役に。チームは6年ぶりのリーグ優勝を果たしたが,チームメイトは誰もが影のMVPと嶋の貢献を称えていた。
日本シリーズでは中村悠平が全イニングマスクを被ってMVPを受賞。出番は無かったが嶋にとっては楽天時代以来8年ぶりとなる日本一を掴んだ。シリーズ終了後,球団は嶋の野球に取り組む姿勢や,ベンチでの振る舞いを高く評価し,選手兼任コーチとしての契約を打診。

2022年は捕手兼コーチ補佐として一軍に帯同。6月3日古賀優大に代わって一軍登録。6月24日巨人戦(神宮)でチームが大量リードした展開で初めてマスクを被ったが,26日に松本直樹と入れ替わる形で出場登録抹消。捕手にコロナ陽性者が出たことで7月12日に再び登録となったが,18日内山壮真の復帰をもって登録抹消。結局試合出場は1試合のみとなっていた。
「昨年の優勝した後、今シーズンは兼任。今年1年やったら、という覚悟はできていた。そういう思いで臨んだ1年だった。そのタイミングだなって思っていた。まだやりたいなって思う日もあれば、しんどいと思う日もあって、その繰り返しで。少しずつ夏過ぎから、今年のこのタイミングなのかなと強くなった。そういう思いを抱きながらプレーするのも失礼。引き際は大事だと考えていた」「僕はもともと捕手をやったことなくて、大学2年から始めた。そこが大きな分岐点。楽天に入団したことも、野村監督に捕手のイロハを教えてもらって、我慢してつかってもらった。そういう分岐点に、いい人とめぐりあえて、いい指導をしてもらって、それが今の僕につながっている。16年間を一言で振り返るのは難しいけど、すばらしい人に巡り会えたのが1つの要因かなと思う」と語り、「いろいろ言われすぎて、1つは言えないけど、どれだけミスをしても、我慢強く使ってもらった。いつも捕手を育てるのは、何年もかかるといって、僕を使い続けてくれた。それに応えたいと思ってやってきた。本当に感謝しかありません。ありがとうございましたという報告をしたい。これから僕も野村監督のような名将と言われる指導者になりたい。これからも頑張っていきたいということも言いたい」
「スワローズにきて…最初の…。仙台を離れて、家族を残して、妻には非常につらい思いを…大変な思いをさせてしまったので、子どもたちの成長も近くで見届けることもできなかったので、これから少しは時間ができると思うので、子どもたちの成長をしっかりと見届けていきたい。16年間いい思いもしんどいときもありましたけど、それを支えてくれた方に少しずつ恩返しができるように、できることをやっていきたい」

シーズン序盤から内山壮らに積極的に助言を送る姿が見られたことはもちろん,松元作戦コーチが濃厚接触者で不在の期間は,攻撃時津監督の横に嶋の姿があり,コーチとしての信頼は相当厚いものになっていることを感じさせている。野村監督のような名将へ。まさにその一歩を踏み出した。

 ヤクルトは29日、坂口智隆外野手(38)が今季限りで現役を引退すると発表した。
 30日に記者会見する。オリックスとの合併に伴って2004年に消滅した近鉄でプレーした、ただ一人の現役選手。
 兵庫・神戸国際大付高から2003年にドラフト1巡目で近鉄入団。オリックス時代の11年には175安打をマークして最多安打のタイトルを獲得した。16年にヤクルト移籍。今季は23試合の出場にとどまっていた。
 通算成績は1544試合出場で1525安打、打率2割7分8厘、38本塁打、418打点。[ 9/29(木) 16:30配信 時事通信 ]

42.坂口智隆(2016-2022)
オリックスから減額制限を超える提示を受けて自由契約となっていた坂口の獲得合意が発表されたのは2015年11月13日。背番号は「42」。

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移籍初年度の2016年。主に12番打者としてチームトップの141試合に出場。オリックス時代の2011年以来5年ぶりに規定打席へ到達し打率.295。リーグ7位の出塁率.375。6月2日日本ハム戦(札幌ドーム)で通算1000試合出場,6月8日楽天戦(Koboスタ宮城)で通算1000安打を相次いで達成。新天地で見事なまでに復活を果たしたと同時にヤクルトには人気実力共に欠かせない戦力となった。

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2017年。96敗を喫したチームにあって,136試合に出場。打率.290,4本塁打,出塁率.364とチームを牽引。オフにはオリックス時代の2012年以来5年ぶりに1億円プレイヤーに返り咲いた。

坂口にとって転機となった2018年。
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メジャーで活躍した青木宣親が7年ぶりにチームへ復帰。レフトにはウラディミール・バレンティン,ライトには高井雄平がおり,坂口は春季浦添キャンプから一塁の守備練習を始め,3月30日DeNAとの開幕戦(横浜)で「6番一塁手」としてスタメンに名を連ねた。夏以降は1番に定着。2番青木とのコンビで安打を量産。139試合に出場し,オリックス時代の2010年以来8年ぶりとなる打率.317。出塁率は.406。チームを前年最下位から2位に文字通り牽引し,新たに3年契約を結んだ。

開幕から悪夢が襲った2019年。
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開幕3戦目の3月31日阪神戦(京セラドーム)。8回裏の第4打席で島本浩也から左手に死球を受けて交代。左手親指の骨折が判明し出場選手登録抹消。5月17日に一軍復帰するも,死球の影響で調子が上がらず6月9日に再び登録抹消。結局試合出場は22試合に留まり,打率.125,2打点という成績に終わってしまう。

それでも不屈の魂で不死鳥のように蘇った2020年。全120試合中114試合に出場し,2年ぶりに規定打席に到達。本塁打は自己最多の9本。10月19日阪神戦(甲子園)では史上129人目となる通算1500安打を達成。
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前年オフに近藤一樹が戦力外通告を受けたことで,坂口がNPB最後の近鉄戦士となった2021年。再び阪神との開幕3戦目で悪夢に襲われてしまう。
DSC04679.JPGには、開幕から先1番ライトで開幕スタメンに名を連ねていたが,2試合ノーヒットで6番に降格した3月28日阪神戦(神宮)。4回裏の第2打席だった。ジョー・ガンケルの投じた3球目。自打球が右膝付近に当たり,グランドに両手をつくようにして倒れ込んだ。苦痛の表情で打席に立ちファールで粘るも最後は三振。しかし次の守備に就くことは出来ず離脱を余儀なくされた。オリンピック中断期間中のエキシビションマッチで打率.438と結果を残し,リーグ戦再開となる8月14日から一軍復帰。公式戦の出場は25試合にとどまったが,坂口自身プロ入り19年目にして初めて所属チームの優勝を経験した。
古巣・オリックスが相手となった日本シリーズでは,第2戦で「9番ライト」で初出場。計4試合に出場し,日本一の瞬間はかつての準本拠地でもあるほっともっとフィールド神戸のレフトのポジションで迎えた。

2022年。春季キャンプから二軍で調整していたが,6月9日オリックス戦(京セラドーム)で初めて一軍昇格。6番レフトでスタメン出場し早速ヒットを放つと,スタメンあるいは代打で打率.300をキープ。坂口健在を見せていたが,オールスター後はヒットが出ず8月8日に登録抹消。
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それでもファームで鋭い振りを見せつけており,終盤の精神的支柱としての再登録を願っていたが・・「寂しい思いもありますけど、自分で決断したことなので、最後まで野球をやり切って次のステージに向かいたいという気持ちです」と現役引退を決断したぐっち。
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「ここ数年は覚悟しながら、まだ復活できると思ってやってきた。2軍暮らしが長くて若い子たちと一緒にやる中で、見られていることで体が動いた。一日一日、野球をうまくなろうと思えた。このチームで終われることが、まだ動けているうちに後輩たちに送ってもらえることが、自分の野球人生の幸せなのかなと。それが一番大きな決め手だった」
「ここ何年かは怪我もありましたし、成績も振るわない時があって、覚悟しながらの一年でした。体はまだ動きますし、「まだ、ある程度はやれるんじゃないか?」と思い始めた時に、自分は試合に出たい、レギュラーを取りたいという思いで、プロで20年間やってきたので、野球に対して、そういう気持ちで向き合ってしまっているのは違うんじゃないかと思い、決断しました。」
「始まりを作ってくれた球団。近鉄バファローズが無ければプロ野球選手になれていない。感謝して、1年でも(長く)名前が表に出るように頑張らないといけないと思ってやってきた」


そもそも入団の経緯も,2015年ドラフトで高山俊をあのまま引いていたら同じ外野手である坂口の獲得は無かったはず。そして今だから言えるけど最初はオリックス時代の風貌からチャラい印象をもっていた。でも全然そんなことなかった。優勝した翌年に加入した坂口。しかし前年打点王・畠山和洋が,前年首位打者・川端慎吾が,優勝を決めるサヨナラヒットを放った雄平が,さらに大看板の山田哲人までもが怪我で戦線離脱。一気に最下位に沈んだチームで「『東京』って名乗れるほどの花形はいない。オレらは『下町スワローズ』だ」とチームを鼓舞してくれたのが移籍1年目の坂口だった。そこから野球に取り組む姿勢,そしてその風貌美貌スタイル。すべてに虜になっていった。

サンスポの記事の一文
「19年は左手に死球を受けて骨折。拳を握るたび、グラブをはめるたびに激痛が走った。7月7日の誕生日で38歳となった。勤続疲労で全身が痛み、毎試合前と就寝前に痛み止めは欠かせない。「『治ってくれ』と思いながら飲んでいる。おまじないみたいなもの」。献身的に支えてくれるトレーナーや治療院の先生のおかげでグラウンドに立ち続けた。」
この文字を見て涙が出てきた。どれだけの痛みに耐えてここまでやってくれていたのか。そんなの全然見せずに気丈に振る舞うぐっちスタイル。不屈の魂で再び挑んだヤクルトに刻んでくれた歴史。多くのものを魅せてくれた坂口智隆。ありがとうございました。

【記録】
 ・1000試合出場:2016年6月2日日本ハム戦(札幌ドーム)史上477人目
 ・1000本安打:2016年6月8日楽天戦(Koboスタジアム宮城)史上283人目
 ・1500本安打:2020年10月19日阪神戦(甲子園)史上129人目
 ・1500試合出場:2021年8月15日DeNA戦(ハードオフ新潟)史上197人目
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2022年07月29日

坂本と山本貴でトレード ヤクルトとロッテで左腕同士―プロ野球 & 赤羽と支配下契約 プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトの坂本光士郎投手(27)とロッテの山本大貴投手(26)の交換トレードが成立し、29日に両球団から発表された。
 両投手ともに左腕。坂本は新日鉄住金広畑から2019年にドラフト5位でヤクルト入団。昨季は36試合に投げるなど通算63試合に登板して1勝3敗、防御率5.77。山本貴は三菱自動車岡崎からドラフト3位で18年にロッテ入り。通算13試合に登板し、0勝1敗、防御率3.24。[ 7/29(金)11:56配信 時事通信]

26.坂本光士郎(2019-2022途)
2018年ドラフト5位指名。背番号は同じ左腕久古健太郎の番号を引き継ぐ形で「26」に。
2019年4月24日巨人戦(神宮)でプロ初登板。8月25日阪神戦(神宮)で初ホールドをマーク。9試合登板で勝敗無しの3ホールド。防御率5.82。
2020年は7月28日阪神戦(神宮)の1試合のみ登板に終わり防御率12.00。通称イノーアの乱を受けてのマウンドで気の毒な面もあった。
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自身初の開幕一軍入りを果たした2021年。4月24日中日戦(神宮)でプロ初勝利。貴重な左の中継ぎとしてブルペンを支えてきた。だが終盤調子を落とし,9月12日に登録抹消。シーズン当初から先発ローテーションの一角を担っていた田口麗斗にその座を譲ることになった。それでも36試合に登板し1勝2敗7ホールド。防御率4.05の成績でチームの6年ぶりリーグ優勝に大きく貢献した。
2022年も開幕は一軍だったが,3月29日巨人戦(神宮)で敗戦投手となり二軍落ち。以後登録と抹消を繰り返すような形となり,6月25日巨人戦(神宮)では2回8失点と打ち込まれるなど7試合登板で0勝1敗防御率9.28。チームのコロナ渦でも白羽の矢がたったが,この度同じ左腕同士のトレードが成立した。

【記録】
 ・初登板:2019年4月24日巨人戦(神宮)
 ・初奪三振:2019年5月10日巨人戦(東京ドーム)[丸]
 ・初ホールド:2019年8月25日阪神戦(神宮)
 ・初勝利:2021年4月24日中日戦(神宮)
 ・初打席:2022年7月23日広島戦(神宮)
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43.山本大貴(2022途-)
北海道出身。北星学園大付高校,社会人三菱自動車岡崎を経て2017年ドラフト3位で千葉ロッテに入団。1年目に1試合,2020年には12試合に登板したものの,昨季・今季と登板無し。
独特なフォームからのカットボールなどを武器にする左腕。イースタンでも対戦があるだろうから,尾花ファーム投手チーフコーチ始め,環境変えれば戦力になると判断されての合意か。
山本姓も4年ぶりに復活。樹(1993-2005)・斉(2008-2014)・哲哉(2010-2018)そして大貴(2022-)と息の長い投手の系譜も持ち合わせる。

背番号「43」
 ○阿井英二郎(1983-1990)→21西岡剛(1991-1992)→○鈴木浩文(1993-1994)→○宮出隆自(1996-2009)→△一場靖弘(2009-2012)→○江村将也(2013-2015)→15村中恭兵(2016-2019)→70スアレス(2020-2021)→△山本大貴(2022-)
江村広報,村中アカデミーコーチとつけてきた左腕の背番が3年ぶりに復活!

赤羽と支配下契約 プロ野球・ヤクルト
 ヤクルトは29日、育成選手の赤羽由紘内野手(22)と支配下選手契約を結んだと発表した。
 背番号は71。赤羽は23日のフレッシュオールスターゲームでサヨナラ3ランを放ち、最優秀選手(MVP)に選ばれた。 
[7/29(金) 16:51配信 時事通信]

2004年青木宣親,2006年飯原誉士,2009年荒木貴裕,2021年内山壮真とフレッシュオールスターMVPの系譜に乗った赤羽が支配下登録。
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2年目の今季は春季キャンプから一軍帯同と首脳陣の期待も高かった。コロナ渦で武岡の代役として選出されてサヨナラ3ランを放っての受賞なのだから,長岡同様実力だけでない運も備えているように感じる。

背番号「71」
 17松岡弘(1986-1989)→○有隅昭二(1990-1991)→○鮫島秀旗(1992-1993)→■柴田猛(1994-1995)→33中西親志(1996-2013)→○デニング(2015)→111中島彰吾(2016-2017)→▲河田雄祐(2018-2019)→○ケリン(2021)→023赤羽由紘(2022-)
ケリンなんていなかったに等しいから,選手では5年ぶり。野手となるとデニング以来7年ぶり。

これで支配下上限の70名に。支配下登録が叶わなかった丸山翔,下,内山太,松井聖,岩田。コロナ渦でお呼びがかからなかった中山,吉田大成。左腕で環境を変えるの判断に至らなかった寺島。このあたりは勝負の残り2ヶ月となりそう。キブレハンは・・お察しくださいか。
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2021年11月04日

ヤクルト大村孟と来季契約結ばず 16年育成ドラフト1位

ヤクルトは4日、大村孟捕手(29)と来季の契約を結ばないことを発表した。
大村はBCリーグ石川から16年育成ドラフト1位で入団。18年3月に支配下登録。通算14試合に出場し、打率1割5分4厘、1本塁打、1打点。ここ2年は1軍がなかった。[ 11/4(木) 17:52配信 日刊スポーツ ]

59.大村猛(2018-2021)←120.(2017-2018)

2016年10月20日独立リーグ福井より育成選手ドラフト1位指名入団。背番号は「120」。
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捕手登録ながら,ファームでは主に一塁手や指名打者で出場。2017年は打率.268を記録するも支配下登録はならなかった。

2018年。春季キャンプ期間中に松本直樹の離脱に伴い一軍合流。オープン戦で結果を残し,3月20日に支配下登録。背番号は「59」に変更された。
4月4日川端慎吾の脳震盪特例措置によって一軍初登録。4月5日広島戦(神宮)でプロ初出場。4月12日中日戦(ナゴヤドーム)でプロ初安打。
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2019年は6月29日に一軍昇格すると,7月2日広島戦(マツダ)でプロ初本塁打・初打点をマークしたが,7月8日に登録抹消された。2020年,2021年は一軍出場無し。
フェニックスリーグ終了後に行われる秋季練習のメンバーにも名前を連ねていたものの,戦力外通告となった。ただヤクルト球団ならこの時期の通告であればなんらかのポジションを用意してのものなのかなぁと。

【記録】
 ・初出場・初打席:2018年4月5日広島戦(神宮)館山昌平の代打出場
 ・初安打:2018年4月12日中日戦(ナゴヤドーム)[佐藤優]
 ・初本塁打・初打点:2019年7月2日広島戦(マツダスタジアム)[島内颯太郎]

引退・退団・移籍選手について,過去に遡って新たにSWALLOWS Memoriesというカテゴリーを設けました。これに伴って,10月6日の記事もこちらに移動させていただきます。
歳内ら戦力外 プロ野球・ヤクルト
 ヤクルトは6日、歳内宏明(28)、中尾輝(27)、蔵本治孝(26)の3投手と来季の契約を結ばないと発表した。[ 10/6(水) 14:54配信 時事通信 ]
 

62.歳内宏明(2021)←91.(2020途)
2020年9月7日四国アイランドリーグ・香川からNPB復帰。背番号は「91」。9月16日DeNA戦(神宮)で先発登板。これが歳内にとって実に4年ぶりの一軍登板。9月24日中日戦(神宮)で復帰後初黒星。3試合目の先発となった10月1日DeNA戦(横浜)。7回無失点の好投で,阪神時代の2015年9月29日DeNA戦(甲子園)以来,先発としては自身初の勝利投手に。途中加入にも関わらず7試合に先発とローテーションの一角を担い,背番号も田川賢吾の退団で空いた「62」に変更された。

2021年春季浦添キャンプのメンバーに名を連ねていたものの,春季教育リーグからファーム落ち。開幕直後4月2日に山野太一に代わり一軍登録されたが,登板機会無く翌々日4日に登録抹消。4月23日東北楽天戦(森林どり泉)を最後に約3ヶ月登板無く,8月13日ロッテ戦(戸田)が最後の登板となっていた。今季のイースタンでの登板は僅か6試合。1勝2敗 防御率6.06だった。

記録
 ・初先発勝利:2020年10月1日DeNA戦(横浜)
 ・初安打:2020年10月30日巨人戦(東京ドーム)[今村信貴]

63.中尾輝[2021]←13.(2017-2020)
名古屋経済大から2016年ドラフト4位指名。背番号はルイス・ペレスが背負っていた「13」に。

即戦力ルーキーとして2017年浦添キャンプメンバーにも抜擢された。4月29日に一軍初昇格も登板機会無いまま5月2日に登録抹消。チームが7連敗中の6月8日ソフトバンク戦でプロ初登板初先発に大抜てきされた。しかし3回7失点のほろ苦デビューとなり翌日抹消。シーズン終盤に再昇格したが,登板はこの先発を含め2試合の登板に終わった。それでもオフに開催されたウインターベースボールリーグに派遣され何かを掴んだか2年目に一気に飛躍した。

自身初の開幕一軍入りを果たした2018年。4月8日巨人戦(神宮)で,同点の5回から登板し3回を無失点。7回裏にチームが勝ち越しプロ初勝利。
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その後も好投を続け,気がつけば近藤一樹とともに守護神石山泰稚に繋ぐセットアッパーに。交流戦では18試合中9試合に登板し2勝1敗4ホールドと大車輪の活躍でチームの勝率1位に貢献。最終的にチーム3位の54試合に登板し7勝3敗12ホールド。前年96敗を喫したチームのリーグ2位躍進にも大きく貢献した。しかし3連投が5度など当時の田畑一也コーチによる酷使は明らかだった。

2019年浦添春季キャンプ中に左肩痛を訴え離脱。4月19日に一軍昇格したが前年のようなキレはなく,登板は12試合。防御率も8.36と振るわなかった。

2020年は登板5試合に終わり,オフには背番号が「63」に降格。背番号「13」はホセ・オスナに渡った。2021年はプロ入り5年目にして初めて一軍登板なかった。

投手記録
 ・初登板・初先発登板:2017年6月8日ソフトバンク戦(ヤフオクドーム)
 ・初奪三振:同上[上林誠知]
 ・初勝利:2018年4月8日巨人戦(神宮)
 ・初ホールド:2018年4月29日巨人戦(東京ドーム)

99.蔵本治孝(2020-2021)←22.(2018-2019)
岡山商科大学から2017年ドラフト3位指名。背番号は竹下真吾の退団で空いた「22」。愛称は”くらもん”。
2018年は一軍登板無し。
2019年6月19日に初めて一軍登録され,6月21日ロッテ戦(神宮)でプロ初登板。8試合に登板したが勝敗なし。この年のオフに高津臣吾一軍監督就任に伴い現役時代と同じ背番号「22」を希望したことで,蔵本は高津二軍監督と交換される形で「99」に。
2020年一軍登板無し。
2021年7月31日エキシビジョンマッチソフトバンク戦(PayPay)で2イニングを投げ無失点と後半の秘密兵器を期待されたが,結局2年続けて一軍登板無く終わった。

記録
 ・初登板:2019年6月21日ロッテ戦(神宮)
 ・初奪三振:同上[二木康太]続きを読む
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2021年10月02日

ヤクルトの雄平が引退 プロ野球

10月2日の夜にひっそりと書きました。
 ヤクルトは29日、雄平外野手(37)=本名高井雄平=が今季限りで現役引退すると発表した。
 10月5日に会見を開く。
 2003年に宮城・東北高からドラフト1巡目で投手として入団。144試合に登板し、18勝19敗1セーブ、防御率4.96の成績を残した。10年シーズンから野手に転向し、14年には打率3割1分6厘、23本塁打、90打点でベストナインに選出。今季は1軍出場がなかった。
 雄平は球団を通じ、「高校を卒業して19年間という長い間お世話になり、プロ野球選手として素晴らしい経験をさせていただいた。15年、サヨナラヒットで優勝を決めたことが一番印象に残っている」とコメントした。[ 9/29(水) 12:00配信 時事通信 ]

41.雄平(2007-2021)←22(2006)←16.高井(2003-2005)
2002年ドラフト1巡目で大阪近鉄バファローズとの抽選の末若松勉監督がクジを引き当て入団。前年まで石井一久がつけていた背番号「16」が与えられたことからも左のエースとしての将来が嘱望された。

2003年。高卒ルーキーながら4月22日巨人戦(東京ドーム)でプロ初登板を果たし,6月11日巨人戦(東京ドーム)でプロ初勝利。6月28日広島戦(広島)戦で5回を投げ10奪三振を奪い先発としても初勝利。計27試合に登板し,5勝6敗防御率5.03と,高卒ルーキーとしては十分の成績を残した。その一方で102回を投げ,63四死球。リーグ最多の12暴投と克服すべき課題も現れていた。

2年目の2004年の一軍登板数は9試合に留まったが,後半戦だけで先発で4勝と3年目の飛躍を感じさせた。

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自身初の開幕一軍入りを果たした2005年。開幕3戦目の先発を託された4月3日阪神戦(大阪ドーム)で能見篤史からセンターバッククリーンへプロ初本塁打を放つも,自身が打ち込まれ敗戦投手に。6月に二軍降格。コントロールを意識するあまり球威がなくなる。投手として伸び悩み始めた高井。

古田敦也選手兼任監督の誕生に伴い,MLBロサンゼルス・ドジャースの石井一久もヤクルトに復帰することが決まり,石井一が愛着のある背番号「16」を希望したことで,「22」へと変更になった2006年。
4月1日阪神戦(神宮)でプロ初ホールドをマークするなど中継ぎとして36試合に登板。2勝1敗5ホールドという成績を残したが,防御率は6.51にまで悪化した。6月17日ロッテ戦(神宮)では福浦和也に頭部死球を与え,わずか1球で危険球退場処分も受けた。
そしてある意味投手高井の分岐点となった10月12日横浜戦(神宮)。1回表先頭打者石井琢朗に四球を与え,3番内川聖一の打席で連続暴投。石井は三塁へ進み,さらにキャッチャーのはるか上を通過し,バックネットに突き刺ささるような暴投で石井を本塁まで生還させてしまった。1イニング3暴投というNPB一軍公式戦最多タイ記録を作ってしまう。

2007年もまた背番号変更。前年からヤクルトに復帰していた高津臣吾が「11」から「22」に変更されたことに伴い高井はまたも弾きだされるような形で今度は「41」へ。
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制球力を上げる目的で,投球フォームをワインドアップからセットポジションに変更したのが功を奏したか。ブルペン唯一の左腕としてチームおよび自身最多の52試合に登板。7月16日中日戦(ナゴヤドーム)ではプロ初セーブを挙げるなど,3勝12ホールド。防御率も5.19と改善の兆しを見せていた。

高田繁監督が就任した2008年。監督方針で春季キャンプから先発要員として再起を図ったが,あまりに制球に意識を奪われるあまり,高井にとって最大の武器であったストレートの球速はついには140km/hにも届かなくなり,結局この年の登板は1試合(2/3回)のみ。
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オフにはハワイ・ウィンターリーグへと派遣されていた。余談となるが,この年のオフにスワローズは横浜から相川亮二を獲得した際,当時横浜を率いていた大矢明彦監督が高井を人的補償で獲得したい意向があったそうだが,リストには載っていなかった(=ヤクルトからプロテクトされていた)と何年か経ったプロ野球ニュースで語っていた。

球団からの期待とは裏腹に,翌2009年も登板1試合に終わり,とうとう当時の首脳陣から投手失格の烙印を押されてしまう―。そして高井は悩んだ末に野手転向を決断した。

野手転向一年目の2010年。プロ入り8年目にして初めて一軍出場無しに終わったものの,イースタン公式戦では規定打席に到達。打率.283,4本塁打,35打点。
41-10.JPGこの年のファン感では一緒にキャッチボールをさせていただいた思い出

投手としての自分と決別し,野手として生まれ変わるため登録名を「雄平」に変更した2011年。
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7月11日に野手として初めての出場選手登録されたが,出場機会無いまま7月30日に抹消。イースタンでは96試合に出場し,打率.330で首位打者に輝いていた。

そして2012年。ついに野手として初めて開幕一軍メンバー入り。開幕2戦目の3月31日巨人戦(東京ドーム)で代打で出場し,澤村拓一から野手転向後初安打を放つ。
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5月21日に出場選手登録抹消され約3ヶ月はファーム暮らしだったが,上田剛史,松井淳の負傷離脱で9月1日に一軍再昇格すると,その後も比屋根渉,ラスティングス・ミレッジと外野手の故障者が相次ぎ,気がつけば「1番・中堅手」の座を完全に手中におさめ,チームのクライマックスシリーズ出場にも貢献した。

順風満帆に見えた野手転向だったが,突然の悲劇に襲われた2013年。
3月30日阪神戦(神宮)。藤浪晋太郎から自身としては8年ぶり,野手転向としては初本塁打を放つなど完全に外野のレギュラーとして定着しかけていた。ところが・・・4月17日中日戦(神宮)。守備でジャンピングキャッチを試みた着地の際に右膝を強打。もはや自力で起き上がることすら出来なかった。右膝前十字靱帯断裂の大怪我。5月10日に靱帯再建手術を受け,残りのシーズンはリハビリに費やすことに。

2014年春季キャンプ終了後に一軍に合流。開幕当初は「2番センター」だったが,ほどなくウラディミール・バレンティンのあとを打つ5番に定着。
5月28日日本ハム戦(神宮)であの大谷翔平から本塁打を放つなど,この月は打率.364,8本塁打,19打点,長打率.646という成績で月間MVPを受賞。投手として公式戦登板のある選手が月間MVPを受賞するのは1993年9月仁村徹(中日)以来史上2人目の快挙。7月には故障で離脱したバレンティンに代わって4番も任された。オールスターゲームにも初選出されるなど141試合に出場し,打率.316,23本塁打。セ・リーグのベストナインにも輝いた。投手として通算10勝以上した選手がシーズン20本塁打をクリアするのも史上4人目の快挙。野手転向は大正解だった。

開幕4番を任されながら,打率(.316→.270),本塁打(23→8),打点(90→60)いずれも前年を大きく下回ったにも関わらず,最もインパクトのある2015年。
10月2日阪神戦(神宮)。1−1と同点で迎えた11回裏2死一三塁。能見篤史から放った打球は,チームが14年ぶり7度目のセ・リーグ優勝を決めサヨナラタイムリー。雄平にとってもそしてスワローズにとってもまさに語り草となる一打だった。
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2016年。7月27日から9月8日まで左側腹部筋挫傷で離脱期間があり,規定打席には到達しなかったが,打率.296,7本塁打,55打点。この年からシーズンオフに燕市を訪問してくれることが恒例に。
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2017年。開幕から4番を任され打率も.300代と好調だったが,6月28日巨人戦(福島あづま)でファウルを放った際に右手有鈎骨を骨折。一軍復帰はシーズン最終戦ということで,出場は71試合。雄平をシーズンのおよそ半分欠いたチームは96敗の最下位に沈んだ。
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MLBから青木宣親が電撃復帰した2018年。センターに青木,レフトにはバレンティン。ということで残された外野の枠はライトのみ。そのライトを前年のセンターレギュラーの坂口智隆と争うことになった雄平だったが,結果的には坂口が一塁にコンバートされ,雄平は5番ライトのポジションを守り通した。124試合に出場し,自身3年ぶりに規定打席にも到達。さらに4年ぶりの2桁本塁打(11本)と自己キャリアハイとなる打率.318をマーク。得点圏打率はリーグ2位の.356と勝負強さも光った。
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シーズン終了後の契約更改では,入団16年目(打者転向9年目)にしてとうとう1億円プレーヤーに。投手として入団しその後野手に転向した選手では,石井琢朗・福浦和也・糸井嘉男に次いで史上4人目の偉業を成し遂げた。

2019年も故障無く131試合に出場。打率.273,12本塁打,56打点。年俸も現状維持で更改した。しかし・・
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コロナ禍に見舞われた2020年。6番ライトで開幕スタメンに名を連ねたものの,打率2割台前半と低迷。7月27日に再調整で出場選手登録を抹消される。8月24日に再昇格したものの調子は上がらず9月14日に抹消。43試合の出場に留まり,打率.223。野手転向後初めて本塁打0に終わった。

2021年。春季キャンプはコンディション不良で西都スタート。4月20日DeNA戦(戸田)2番指名打者で今季初出場したものの,打率はファームで1割台と低迷を極め,9月29日。今シーズン限りでの現役引退を発表した。

表彰
 ・ベストナイン(2014年)
 ・月間MVP(2014年5月)
 ・スカパー! ドラマティック・サヨナラ賞年間大賞(2015年)
投手記録
 ・初登板:2003年4月22日巨人戦(東京ドーム)
 ・初奪三振:同上[斉藤宜之]
 ・初先発:2003年5月1日横浜戦(神宮)
 ・初勝利:2003年6月11日巨人戦(東京ドーム)
 ・初先発勝利:2003年6月28日広島戦(広島)
 ・初完投:2005年5月27日日本ハム戦(札幌ドーム)
 ・初ホールド:2006年4月1日阪神戦(神宮)
 ・初セーブ:2007年7月16日中日戦(ナゴヤドーム)
打撃記録
 ・初打席:2003年4月24日巨人戦(東京ドーム)
 ・初安打・初打点:2003年5月7日巨人戦(神宮)[高橋尚成]
 ・初本塁打:2005年4月3日阪神戦(大阪ドーム)[能見篤史]
 ・初盗塁:2012年5月16日ソフトバンク戦(神宮)[山田大樹ー山崎勝己]
 ・1試合4二塁打:2017年5月7日横浜戦(横浜) ※史上12人目
その他
 ・オールスターゲーム出場(2014年-2015年)

そして雄平といえば出囃子にMr.Children。神宮球場に流れるミスチルの音楽に乗せて打席に入る雄平。これもまた雄平の醍醐味でした。
終わりなき旅

息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ
ただ未来だけを見据えながら 放つ願い


いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅


高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな
まだ限界だなんて認めちゃいないさ


No.1投手として駆け抜けてきた高校時代。悩んだ末に決断した野手転向。常々にキャリアハイを目指すと語り「もっと大きなはずの自分を探」し続けてきた雄平の”終わりなき旅”

足音〜Be strong


”優勝”というファンが「夢見てた未来」を運んでくれた雄平。

I’LL BE


世界に一枚しかない雄平さんのサイン入りシングルCD。一生の宝物です。
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ありがとう雄平さん。指導者としての新たな旅がこれから始まりますから。
東京 ☔ | Comment(0) | SWALLOWS Memories | at 23:59 | 更新情報をチェックする

2020年11月11日

上田ら戦力外 プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは11日、上田剛史(32)、田代将太郎(30)両外野手、藤井亮太内野手(32)の3人と来季の契約を結ばないと発表した。[ 11/11(水) 20:04配信 時事通信 ]

全日程終了翌日の非情通告はいずれも昨日神宮のベンチに入っていた選手ばかり。日程の関係で公式戦とフェニックスリーズが重なり,若手の出場機会との兼ね合いもありそう映ってしまうのは致し方ないのでしょうけど。。

0.藤井亮太(2019-2020)←51.(2014-2018)
シティライト岡山から2013年ドラフト6位指名。背番号は「51」。
2014年5月26日に初の一軍登録。5月28日北海道日本ハム戦(神宮)でプロ初出場。出番としては代打が主だったが,7打席でヒットは打てなかった。

2015年は第3捕手的ポジションながら自身初の開幕一軍入り。4月2日に抹消されるが,5月24日に再登録。その日の広島戦(マツダ)で2番センターで自身初のスタメン起用され,プロ初安打,初打点を記録した。しかしこの年の出場試合は13試合。2016年も12試合出場と,そこまで目立った成績は収められなかった。

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転機となった2017年。正三塁手の川端慎吾の故障によって出場機会が激増する。5月11日広島戦(神宮)の5回表0死一塁。福井優也の犠打を,三塁から猛チャージしてダイビングキャッチし,飛び出した會澤翼をも刺し併殺を完成させたプレーは”忍者”といわしめた。

さらなる飛躍が期待された2018年だったが,監督交代もあってか出場試合数は前年の97試合38試合に激減。

背番号が「0」へと変更された2019年は自己ワーストの6試合の出場に終わり,言い方は悪いがファームのユーティリティープレーヤーとして,内外野あらゆるポジションをこなさせられている感は否めなかった。
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2020年も開幕からファーム暮らしとなっていたが,9月15日に一軍昇格。21日抹消。11月1日に再昇格し自身2年ぶりにスタメン起用されるなど出場機会を与えられたが,戦力外通告を受けることに。「年も年なので。そろそろかなと思っていたけど、もうちょっとやりたかったっていうのはあります」現役続行を希望しているという。

記録
 ・初出場・初打席:2014年5月28日日本ハム戦(神宮)
 ・初先発:2015年5月24日広島戦(マツダ)
 ・初安打・初打点:同上[福井優也]
 ・初本塁打:2017年6月7日ソフトバンク戦(ヤフオクドーム)[石川柊太]
 ・初盗塁:2017年6月11日ロッテ戦(QVCマリン)[佐々木千隼-田村龍弘]

50.上田剛史(2007-2020)
岡山・関西高校から2006年高校生ドラフト3位指名。背番号「50」。高校3年生の春の選抜大会ではあの斎藤佑樹から本塁打を放ったことで名を馳せていた。

2007年ファームでは78試合に出場。打率.223,9盗塁。
2008年にはファームで内野守備(サード)にも挑戦。同年のフレッシュオールスターゲームにも選出された。90試合,打率.294,16盗塁。
2009年7月21日にプロ初の一軍登録。7月22日阪神戦(甲子園)ジェイミー・デントナの代走でプロ初出場。8月22日巨人戦(神宮)佐藤由規の代打でプロ初打席。ファームではリーグ2位となる26盗塁をマーク。

2010年4月29日阪神戦(神宮)でプロ初安打。5月1日横浜戦(神宮)でプロ初スタメン出場は1番サードだった。6月5日西武戦(神宮)でプロ初打点。

2011年はイースタンリーグトップの55盗塁。シーズン終盤離脱者が相次ぎ,クライマックスシリーズではスタメンを任され,この年をもってアメリカメジャーリーグに移籍した青木宣親の後継者筆頭と目されていた。
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2012年自身初の開幕一軍と開幕スタメンを掴んだものの,2度の故障離脱もあってレギュラーの座を掴めず,一二軍を往来。
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一軍に定着するようになったのは2013年から。先発投手の左右で比屋根渉と併用でスタメン機会も増え2013年112試合,2014年115試合,2015年82試合。代走や守備固めから試合に入り,試合を決める一打も放つ勝負強さも持ち合わせた。
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2016年は右足小指剥離骨折で2ヶ月ほど戦列を離れたこともあり72試合の出場にとどまったが,2017年100試合,2018年102試合とポジションを確立。
2018年9月4日中日戦(神宮)。9−9で迎えた延長11回裏に又吉克樹から右中間へ自身初となるサヨナラ3ラン本塁打。ファンにとっては忘れられない試合のひとつである。
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しかしそこから2019年59試合,2020年53試合と出場機会は半減。2019年は死球の影響,2020年はフェンスダイビングキャッチによる負傷と不慮の面もあった。まして前夜もレフトの守備でプロ野球ニュースの今日のファインプレーにも選ばれる好捕を魅せながらあまりに非情な通告。
「ちょっとまだ分からない」「まだ何も整理がついていなくて、頭の中の整理がついていないという感じです」と,生え抜き14年の選手に対し,スタッフや職員としての打診すらない突然の通告だったようだ。

見た目チャラそうだけれども,ここぞという場面のピンチバンターとしてキッチリ犠打を決めるなど影での努力は今の中堅どころの選手には感じられない面があるし,持ち前のキャラクターでファン感を盛り上げてくれた。

表彰
 ・スカパー! サヨナラ賞:2018年9月・10月
記録
 ・初出場:2009年7月22日阪神戦(甲子園)
 ・初打席:2009年8月22日巨人戦(神宮)
 ・初安打:2010年4月29日阪神戦(神宮)[久保田智之]
 ・初先発出場:2010年5月1日横浜戦(神宮)
 ・初打点:2010年6月5日埼玉西武戦(神宮)[許銘傑]
 ・初盗塁:2011年10月9日広島戦(神宮)[ブライアン・バリントン-倉義和]
 ・初本塁打:2013年7月13日広島戦(神宮)[大竹寛]

65.田代将太郎(2018-2020)
埼玉西武を自由契約となり,2017年合同トライアウトを経て入団。背番号「65」

2018年移籍1年目開幕一軍入り。主にウラディミール・バレンティンの守備固めと代走として,西武在籍6年間の通算試合数を超える73試合に出場。少ない打席機会の中でも,打率.323をマークするなどベンチに欠かせない存在に。

2019年も開幕一軍入りしたが,シーズン後半以降はファーム暮らしが多くなり,出場は51試合。
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2020年は移籍後初となる開幕一軍漏れ。8月15日渡邉大樹の負傷があって一軍初昇格。31日に抹消されたが,今度は上田の負傷で9月17日に再昇格。スタメン起用も増え,移籍後最多となる53打席を与えられるも,打率.149と結果を残せず。
自身2度目の戦力外通告に,「いつか誰しもくると思っていたので。今後は未定です。年齢も年齢なので、野球から離れるという手も考えていますけど」と冷静に受け止めている様子がSNSから伝わってきた。

コーチ人事も明らかに。
斎藤、河田両コーチが退団 プロ野球・ヤクルト
 ヤクルトは11日、斎藤隆投手コーチ(50)、河田雄祐外野守備走塁コーチ(52)が契約満了のため退団すると発表した。また、球団幹部によると、横浜(現DeNA)監督や巨人投手コーチなどを歴任した尾花高夫氏(63)をコーチとして招聘(しょうへい)することを検討している。[ 11/11(水) 20:03配信 時事通信 ]

三顧の礼で外部招聘したお二方が責任を取る形で退任。引き抜きかはまだ明らかではないが,外部からも声が懸かる有能な人材が抜け,残るはそうでない人材というのは組織によくあるパターンなのか。斎藤コーチは配置転換の時点でなんらかの衝突があっただろうと想像してしまう。
ほかのコーチは配置転換があったが,2年続けて同職を担ったのは河田外野守備走塁コーチともう一人だけいる。それでも責任を痛感すらしないバッテリーコーチ。進退を伺うべきでは?それも2年連続最下位の部門の担当なのだから。コーチ人事は組閣され次第また改めて触れたいと思います。

あとは肝心の選手契約。マクガフスアレスとは残留交渉の様子。エスコバーは流動的。クック?知らん( *`ω´)
個人的にはFA3選手よりも,まずはこちらを最優先して欲しかった青木の交渉。記事によっては結んで「いた」という表現もあり,これには安堵。優先順位というものがある。青木は明らかな幹部候補生。向こう10年のスワローズを何らかの形で担っていく人財。この人に誠意を見せないとチームの未来ビジョンは壊滅すると思っていたので。
青木と新たに複数年契約 プロ野球・ヤクルト
 ヤクルトが青木宣親外野手(38)と新たに複数年契約を結ぶことが11日、分かった。青木は今季が3年契約の最終年。球団幹部は「青木という存在と米大リーグから帰ってきての言動、行動全ての評価」と話した。
 日米通算17年目の青木は今季、チーム最高の打率3割1分7厘、18本塁打、51打点で打線をけん引。主将としてもチームを支えた。[ 11/11(水) 19:37配信 時事通信 ]
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