2018年12月29日

総括2018―借金51の最下位から貯金9の2位への再起

はじめに
球団史上ワーストとなる96敗。チームの再建を託された小川淳司監督は「再起」をスローガンに掲げ,チームは僅か一年で75勝66敗2分 勝率.532。最下位からセ・リーグ2位にまで上り詰めた。借金51から貯金9で前年比+60。これは1976年に前年借金29から貯金31で優勝した巨人と並び,2リーグ制以降における日本プロ野球タイ記録となった。

キャンプイン直前にMLBから青木宣親が7年ぶりに電撃復帰するという形で幕を開けた2018年。それでもチーム再建への道のりは決して平坦なものではなかった。

3月30日開幕DeNA戦(横浜)。昨年一年間怪我で1試合も試合出場が無かった川端慎吾が故障からの復活を示す本塁打を放ち開幕戦を勝利で飾ると,翌3月31日DeNA戦(横浜)には石川雅規が自身の連敗を11で止める白星を挙げ開幕カードを勝ち越し。4月6日からの巨人との3連戦では7日巨人戦(神宮)に4年目の風張蓮,翌4月8日巨人戦(神宮)には2年目中尾輝がそれぞれプロ初勝利を挙げ,開幕からの3カードを6勝3敗とまずまずのスタートをきった。

一方で藤井亮太畠山和洋が開幕早々にコンディション不良で戦線離脱。4月10日からの中日戦(ナゴヤドーム)で同一カード3連敗を喫し貯金を使い果たすと,4月15日阪神戦(甲子園)から5連敗。さらに4月25日阪神戦(松山)から5月3日中日戦(神宮)荒木貴裕のサヨナラ打で連敗を止めるまで6連敗。4月30日に最下位へと転落しており,早くも定位置と揶揄された。
開幕スタメンに名を連ねていた山崎晃大朗廣岡大志はレギュラーを掴めず二軍落ち。育成選手から支配下登録された田川賢吾大村孟。ルーキーのドラフト7位松本直樹,ドラフト8位沼田拓巳。高卒2年目の古賀優大といった若手を続々と一軍起用していった。

5月15日巨人戦(鹿児島)で新外国人デーブ・ハフが7試合目の先発登板でようやく来日初勝利を挙げたが翌5月16日巨人戦(鹿児島)から6連敗。とうとう借金は11にまで膨れ上がり,これまで8年連続負け越しと苦手にしている交流戦に突入する。その初戦となる5月29日ロッテ戦(神宮)も完敗スタート。今年もこのままずるずると行ってしまうのか・・・と思われた。

しかしここからロッテ,楽天,ソフトバンク,オリックス,西武と5カード連続で勝ち越すと,6月17日日本ハム戦(札幌ドーム)に勝利し,優勝に相当する「最高勝率」を決めたのだ。セ・リーグでは巨人以来2チーム目。もちろんチーム史上初の交流戦最高勝率。96敗の負け犬チームは完全に自信を取り戻した。
とりわけ交流戦期間中光ったのが,中尾から近藤一樹につなぎ,最後は石山泰稚が締めるという,いわゆる勝利の方程式を確立できたことだ。開幕直後はストッパーを任されながらも失敗が目立ったマット・カラシティーも配置転換が功を奏し3勝を挙げた。

リーグ戦に戻り,6月24日巨人戦(東京ドーム)から6月29日阪神戦(神宮)まで5連勝。とうとう勝率を4月17日以来となる.500に戻す。ところがこの試合で青木が頭部に死球を受け退場。青木を欠いたチームはここから8連敗。34勝42敗1分の最下位で前半戦を終えた。中日から移籍したジョーダン・アルメンゴに至ってはコンディション不良のまま帰国しそのまま契約解除処分。6月に新外国人ジェイソン・ウルキデスの獲得に動いた。

そして迎えた後半戦。結論から言うと41勝24敗1分 勝率.631の快進撃で,前半戦終了時点の最下位から2位に躍進。とりわけ目立ったのは終盤での逆転劇で,シーズン通算の逆転勝利は広島の41試合に次ぐ38試合と,あきらめない姿勢,小川監督が何度も口にした「執念」を何度も見せてもらった。

後半開幕戦の7月16日DeNA戦(横浜)。0-1で迎えた9回表2死満塁から代打谷内亮太が決勝タイムリー。8月14日巨人戦(神宮)では4-5と1点を追う9回裏0死一二塁から代打起用された三輪正義がキッチリ犠打を決め,川端のサヨナラ打を呼び込んだ。極めつけは9月4日中日戦(神宮)。3-9と6点ビハインドの9回裏代打武内晋一の本塁打を口火に1点差に迫り2死一塁から大引啓次のタイムリーで同点に追いつき,延長11回上田剛史がサヨナラ3ランと伏兵が活躍するシーンも際立った。

青木はリーグ4位の打率.327。高井雄平はキャリアハイとなる打率.318。青木の加入で一塁手としての出場が多くなった坂口智隆は打率.317でオリックス時代の2010年以来8年ぶりに3割に乗せた。山田哲人は打率.315,本塁打34、盗塁33。2年ぶり自身3度目となるトリプルスリーを達成。ウラディミール・バレンティンは自身の持つ球団記録に並ぶ131打点で打点王。西浦直亨がショートのレギュラーポジションを掴み,自身初の規定打席に到達した。

キャプテン中村悠平は打率.211と低迷。その中村と併用という形で井野卓はプロ13年目にして自己最多を大きく更新する47試合に出場。プロ初の二塁打も記録(3本)した。キャンプ直前に故障を訴えた西田明央は9月26日の一軍登録で4試合の出場にとどまった。
9月16日広島戦(神宮)で高卒ルーキー村上宗隆がプロ野球史上64人目となるプロ初打席初本塁打の衝撃デビュー。ルーキーではドラフト6位宮本丈が8月18日阪神戦(神宮)で小野泰己から,ドラフト4位塩見泰隆が10月7日阪神戦(神宮)で岩崎優からそれぞれプロ初安打。奥村展征も10月4日阪神戦(甲子園)でラファエル・ドリスからプロ初本塁打。トライアウトで西武から移籍してきた田代将太郎は終盤の貴重な代走守備固めとして73試合に出場した。

開幕投手を務めたデービッド・ブキャナンがシーズン最終登板で10勝目を挙げ,チームとして3年ぶりとなる2ケタ勝利投手に。小川泰弘はオフの右肘手術で初登板は5月13日DeNA戦(横浜)と出遅れながらも8勝。前半全く勝てず中継ぎに配置転換された原樹理だったが,8月16日巨人戦(神宮)でプロ初完封勝利を遂げるなど自己最多の6勝。山中浩史は8月30日,9月15日いずれも阪神戦(甲子園)で先発登板し2勝とトラキラーぶりを発揮した。

7月20日中日戦(神宮)でドラフト2位大下佑馬が,8月25日DeNA戦(神宮)で高卒2年目の梅野雄吾がそれぞれプロ初勝利を挙げるとそれ以降セットアッパーに定着。小川と同時期に右肘手術を受けた星知弥が9月13日巨人戦(東京ドーム)で先発としておよそ1年ぶりの白星。高卒3年目の左腕高橋奎二が10月2日横浜DeNA戦(神宮)でプロ初勝利。
石山は35セーブで惜しくもタイトルには届かなかったが,近藤はリーグトップの42ホールドポイントでプロ17年目にして初タイトルとなる最優秀中継ぎ賞を受賞。中澤雅人がチーム3位の11ホールドポイント。

35試合登板の秋吉亮は5年目にして初の防御率4点台とふるわず故障以外で初の二軍落ちを喫した。梅野と同期の2年目寺島成輝は7月1日阪神戦(神宮)の先発登板のみで防御率18.00。移籍の山田大樹は2試合の登板(いずれも先発)で防御率15.88。館山昌平は5試合に先発したが4敗と,これで2年連続未勝利となってしまった。
長くスワローズのブルペンを支えてきた松岡健一山本哲哉が今季限りでの現役引退を表明し,10月8日阪神戦(神宮)で引退登板が行われた。

【表1】セ・リーグ順位表
順位チーム試合勝数敗数引分勝率勝差得点失点本塁盗塁打率防御率
1広 島14382592.582優勝72165117595.2624.12
2ヤクルト14375662.5327.065866513568.2664.13
3巨 人14367715.4866.562557515261.2573.79
4DeNA14367742.4751.557264218171.2504.18
5中 日14363782.4474.05986549761.2654.36
6阪 神14362792.4401.05776288577.2534.03

広島がリーグ3連覇。大瀬良大地が最多勝と最優秀勝率。シーズン途中に支配下選手登録されたヘロニモ・フランスアが,8月にプロ野球最多記録タイの月間18試合登板,月間防御率0.51で月間MVPを受賞した。
巨人はエース菅野智之が2年連続沢村賞を受賞したが,それに続く投手がおらず苦戦を強いられた。これで球団ワーストタイ記録なる4年連続V逸となり,高橋由伸監督はその責任を取り辞任を余儀なくされた。オフにはFAで広島から丸佳浩,西武から炭谷銀次朗を獲得。さらにオリックスを自由契約となった中島宏之と,シアトル・マリナーズを自由契約となった岩隈久志まで獲得。なりふり構わない補強に出ている。
3年ぶりにBクラスに転落したDeNA。ルーキー東克樹がチームトップの11勝を挙げ新人王。ストッパー山崎康晃がリーグトップの37セーブで初タイトル獲得。ネフタリ・ソトも来日1年目で本塁打王に輝きながらもチーム得点がリーグ最下位と投打が噛み合わなかった。
中日は球団史上ワーストとなる6年連続Bクラス。森繁和監督も退任となった。それでもリーグ打率1位にダヤン・ビシエド,3位平田良介,5位ソイロ・アルモンテと個々の成績は光った。ビシエドは首位打者に最多安打。8月にはリーグ新記録となる月間47安打をマークした。
阪神は実に2001年以来17年ぶりに最下位に転落。昨年2位の原動力となった自慢のリリーフ陣が崩壊。4番候補としてキャンプ〜オープン戦と前評判の高かった新外国人ウィリン・ロサリオが期待外れに終わり,金本知憲監督は任期を残しながら電撃解任された【表1】

チーム成績
【表2-1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
3・4249150.3756.245181071194.40.3756
52310121.4555.25924861124.40.4136
6231580.6521.267231211074.26.4932
7199100.4744.2891884873.99.4892
82514110.5602.288251361214.56.5042
9221291.5712.25517961013.66.5152
107610.8571.2431028182.29.5322

3月は2016年3月30日から引き分けを挟んで4連勝。4月・5月と最下位だったことは鮮明だが,6月以降はいずれも2位でその月を終えているのは少し意外に感じさせる。とりわけ7月はジェットコースターのような成績だった。8連敗の最下位でオールスターに突入。実に二週間以上勝利から遠ざかりながら,20日中日戦(神宮)から7連勝し再びリーグ2位に浮上。広島を除く5球団が2位から最下位まで僅差にひしめき,順位も日替わりで変動する日々だったが,8月26日以降は2位を明け渡すことなく,10月2日に2位を確定させた。【表2-1】

【表2-2】チームホーム/ビジター別成績
試合勝数敗数引分勝率得点失点本塁盗塁打率防御率
ホーム7141300.5773923619343.2824.37
ビジター7234362.4862663044225.2503.89

昨年15勝56敗 勝率.211と大きく負け越したビジターゲームの成績も劇的に変化を遂げた。甲子園では8勝2敗。6連勝で今季を終え,ナゴヤドームでも8月10日まで6連敗(前年から数えると8連敗)と鬼門だったが,8月11日から5連勝で来季を迎える。横浜スタジアムでは4カード中3カードに勝ち越し7勝5敗。交流戦は楽天生命パーク,大宮市営,西武ドーム,札幌ドームで計9試合を6勝3敗。
東京ドームは3勝6敗1分。マツダスタジアムが2勝9敗とここ数年広島の独走を許す元凶となっている【表2-2】

【表2-3】チーム曜日別成績
試合勝数敗数引分勝率得点失点本塁盗塁打率防御率
月曜日6420.667313272.3184.75
火曜日2513111.5421141032713.2723.54
水曜日238141.36490128216.2425.03
木曜日191360.684100742011.2743.50
金曜日201190.55097892011.2794.02
土曜日2412120.5001161291711.2634.82
日曜日2614120.5381101102314.2563.69
14375662.53265866513568.2664.13

2016年に火曜日の勝率が.167(4勝20敗)に終わったことから着目を始めた曜日別成績は水曜日を除いたすべての曜日で勝率.500以上と安定した成績となった。水曜日だけ防御率が5点台と突出している。
最長の連勝は木曜日で,5月第5週から8月第3週にかけて8連勝。7試合あったサヨナラ勝利のうち3試合が木曜日。連敗は水曜日で,4月第2週から5月第3週にかけての6連敗が最長だった。月曜日は海の日の7月第3週から現在4連勝でシーズンを終えた。【表2-3】

【表2-4】チーム年度別成績推移直近10年間 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
201814375662.5327.02658(2)665(6)135(4)68(4).266(1)4.13(4)
201714345962.31944.06473(6)653(6)95(6)50(5).234(6)4.21(6)
201614364781.45125.55594(2)694(6)113(4)82(2).256(2)4.73(6)
201514376652.539-1.51574(1)518(4)107(2)83(3).257(1)3.31(4)
201414460813.42621.06667(1)717(6)139(3)62(5).279(1)4.62(6)
201314457834.40728.56577(3)682(5)134(2)70(4).253(4)4.26(5)
2012144686511.51120.03499(2)514(5)90(2)63(4).260(1)3.35(5)
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
201014472684.5146.54617(3)621(3)124(3)66(4).268(2)3.85(2)
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4)106(1).259(2)3.97(5)

あと1勝で優勝した2015年に並べるところだった。昨年規定打席以上の3割打者は0人,.234でリーグ最下位だったチーム打率はリーグトップの.266。同じくリーグ最下位だった得点は473から658にのし上がった。チーム防御率は数字だけ見ると。4.21→4.13と大きな改善には至らなかったが,リーグ4位というのはここ10年で2番目タイの数字である。【表2-2】

【表3】チーム別対戦成績
広 島巨 人DeNA中 日阪 神西 武ソフト日ハムオリクロッテ楽 天
試合2525252525333333143
勝利61315141522122375
敗戦191110101011211066
引分010100000002
得点11011111612711613201016811658
失点1431261091161071214141176665
安打2152572122282272430282423191287
本塁2223273019160331135
三振185151189128170162015141528931
四球1127511196941415913913561
死球87581033212150
併殺2023192218013312112
盗塁1981491031010368
失策26139112101060188
打率.250.295.259.269.267.245.280.277.253.247.200.266
防御4.924.344.104.303.544.153.865.043.002.332.004.13

広島,日本ハムを除く9球団に勝ち越した。対巨人戦の勝ち越しは2011年以来7年ぶり。対オリックスも足かけ4年で8連敗となったが,2015年以来3年ぶりに勝ち越すことができた。【表3】

【表4】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
中 日.9911435488378816485232812210
巨 人.988143542938371526663141127
DeNA.987143534638071470693361267
広 島.985143548538461556833551287
ヤクルト.9839143547538231564883181146
阪 神.9835143540638281489893051119

チーム守備率は4毛差でリーグ5位。失策数も最下位阪神と1差の5位。山田13,西浦11,坂口・廣岡5など内野手の失策が目立った。それでもこれは青木が加入したことで,春季キャンプ途中からオプションにと試みた坂口が結果として一塁手として最も多い94試合に先発出場したことで,一塁手の捕球を含めた数字が表れた面もあるだろう。それでもこの坂口の一塁起用によって,選手起用のバリエーションが増し,より攻撃的なオーダーが組むことが出来たメリットの方がはるかに上回ると思う。【表4】

【表5-1】交流戦順位表
試合勝数負数引分勝率得点失点本塁盗塁打率防御率
1東京ヤクルト181260.6677864148.2513.38
2オリックス181161.64778581811.2492.98
3千葉ロッテ181170.6115949717.2782.40
4福岡ソフトバンク181170.61181773010.2353.83
5北海道日本ハム181080.556104792416.2674.14
6埼玉西武181080.556101882622.2684.59
7巨 人188100.4446659209.2483.13
8横浜DeNA188100.44462812013.2414.33
9中 日187110.3896788127.2604.95
10広 島187110.38977104198.2605.60
11阪 神186111.3535977811.2503.70
12東北楽天186120.33350581314.2423.08

【表5-2】交流戦通算成績[2005-2018]
通算[2005-2018]試合勝数負数引分勝率勝差
1福岡ソフトバンク33620312112.627
2千葉ロッテ33617614614.54726.0
3北海道日本ハム33617814810.5460.0
4巨 人3361701579.5208.5
5埼玉西武3361681617.5113.0
6中 日33616316310.5003.5
7オリックス3361621659.4951.5
8阪 神33615916611.4892.0
9東京ヤクルト3361551738.4735.5
10東北楽天3361531794.4614.0
11広 島33614418111.4435.5
12横浜DeNA3361292007.39217.0

ソフトバンクの4連覇を阻止したのがヤクルトだった。最終カードの日本ハム戦に1勝2敗となり全球団から勝ち越しとはならなかったが,12勝6敗で球団史上初の交流戦最高勝率に。しかし全体ではパ・リーグが59勝48敗1分と9年連続で勝ち越したため,規定によりMVPは勝ち越したリーグの勝率トップとなったオリックスから打率.397,3本塁打,10打点の吉田正尚が選出された。ヤクルトには最高勝率球団として賞金500万円が贈られたが,これも勝ち越したパ・リーグの中の勝率2位球団(千葉ロッテ)と同額。オリックスが勝ち越しリーグの勝率1位球団に贈られる1000万円を手にするという珍事にも見舞われてしまった【表5-1】
交流戦通算では昨年時で2.0差を付けられていた東北楽天を抜き9位に再浮上した【表5-2】

DATE2018〜「9回のヤクルト」
2018年のヤクルトを象徴する言葉といえば「9回のヤクルト」ではなかろうか。
イニング別得点をみると,1回(111点),3回(76点)に続き,9回(75点)は3番目。この9回の75点というのは,2位の阪神(49点)と較べても圧倒的な数字(【図1】)。9回のチーム打率も427打数136安打の.319で,2位の中日(.252)以下を大きく引き離した。
【図1】セ・リーグイニング別得点率グラフは各チームのイニング別得点率。得点率とはそのイニングの平均得点。
soukatsu18.jpg

8回終了時ビハインドの試合は73試合あり,うち29試合で計61得点を挙げ,同点,逆転に成功した試合が13試合。その勝敗は11勝1敗1分。9回に追いつきそのまま引き分けたのが9月12日巨人戦(東京ドーム)。唯一の敗戦は9回に追いつき,延長11回で勝ち越したものの逆転サヨナラ負けを喫した8月4日阪神戦(京セラドーム)。
ちなみに昨年は9回の攻撃をビハインドで迎えた試合は0勝83敗1分だった。いかに今季のスワローズは最終回まで”執念”をもって奇跡的な試合の数々を演じてきたか。今一度その11試合の軌跡を振り返っておきたい。

@ 5月6日広島戦(神宮)
C 000 200 000 10 3
S 000 100 001 11x4
九里7,Hジャクソン1,中崎1,今村0/3,●一岡12/3−會澤
石川5,秋吉2,近藤1,石山2,○中尾(2-0)1−中村,井野,古賀

A 6月7日ソフトバンク戦(神宮)
H 000 100 020 0 3
S 010 000 101 1x4
石川7,H加治屋1,森1,●モイネロ2/3−甲斐
ブキャナン7,中尾2/3,松岡1/3,カラシティー1,○石山(2-0)1−中村

B 6月28日中日戦(神宮)
D 011 000 031 6
S 002 000 025x9
笠原5,H鈴木1,H又吉1,H祖父江1,●田島1/3−木下拓,大野奨
石川5,H山中1,H中尾1,近藤2/3,中澤2/3,○原(1-5)2/3−中村

C 7月16日DeNA戦(横浜)
S 000 000 005 5
B 000 001 001 2
小川7,○中尾(7-3)1,石山1−中村
バリオス1,H武藤3,H須田1,H加賀2,Hパットン1,●山崎康1/3,三上2/3−伊藤

D 7月21日中日戦(神宮)
D 020 010 011 5
S 000 002 203x7
小笠原51/3,H佐藤1/3,H岡田1/3,祖父江1,H又吉1,●鈴木博1/3−大野奨
石川5,風張1,中尾1,近藤1,○石山(3-0)1−中村,井野

E 7月26日巨人戦(京セラドーム)
S 000 000 001 01 2
G 100 000 000 00 1
原7,風張1,H近藤1,H大下1/3,H中澤1/3,○星(1-0)1/3,S石山(17)1−中村
メルセデス8,マシソン1,H澤村1,●上原−宇佐美,小林

F 8月12日中日戦(ナゴヤドーム)
S 000 000 003 3
D 000 000 010 1
石川70/3,○近藤(3-3)1,石山(19)1−井野,中村
藤嶋7,H佐藤優1,●鈴木博2/3,岡田1/3−武山,松井雅

G 8月14日巨人戦(神宮)
G 000 000 050 5
S 100 201 002x6
内海52/3,田原11/3,H澤村1,●アダメス1/3−大城,小林
小川72/3,近藤0/3,ハフ1/3,○風張(2-3)1−中村,井野

H 8月21日広島戦(マツダスタジアム)
S 010 003 001 5 10
C 010 111 100 0 5
小川5,ハフ1,梅野1,秋吉1,○近藤(4-3)1,石山1−中村,井野
ジョンソン5,永川1/3,今村12/3,Hフランスア1,中崎1,●アドゥア−石原

I 9月4日中日戦(神宮)
D 330 002 100 00 9
S 010 200 006 03x12
ガルシア7,佐藤優1,田島1/3,祖父江0/3,岩瀬1/3,福谷0/3,ロドリゲス11/3,●又吉2/3−松井雅,武山
小川4,中澤2,中尾2,梅野1,H石山1,○近藤(5-3)1−中村,井野

J 9月25日中日戦(ナゴヤドーム)
S 000 101 002 3 7
D 111 001 000 0 4
石川5,中尾1,風張2,○梅野(2-2)1,S石山(31)1−井野,中村
藤嶋5,H岡田1,H祖父江1,Hロドリゲス1,佐藤1,●鈴木博2/3,又吉1/3−松井雅

おわりに〜2019シーズンに向けて
ドラフト3位蔵本治孝,同5位金久保優斗のほか,村中恭兵岩橋慶侍屋宜照悟平井諒が一軍登板無くシーズンを終えた。山川晃司渡邉大樹は一軍出場無し。日隈ジュリアスは育成契約2年目となる。

佐藤由規成瀬善久久古健太郎菊沢竜佑古野正人大松尚逸比屋根渉鵜久森淳志の8選手に戦力外通告。カラシティーとウルキデスは自由契約。由規は東北楽天と育成選手契約を結んだ。

ドラフトでは清水昇(国学院大・投手),中山翔太(法政大・内野手),市川悠太(明徳義塾高・投手),浜田太貴(明豊高・内野手),坂本光士郎(新日鉄住金広畑・投手),鈴木裕太(日本文理高・投手),久保拓真(九州共立大・投手),吉田大成(明治安田生命・内野手)の8名。育成ドラフトで内山太嗣(栃木ゴールデンブレーブス・捕手),松本友(福井ミラクルエレファンツ・内野手)の2名を指名した。

ソフトバンクから自由契約となっていた寺原隼人五十嵐亮太両投手を獲得。五十嵐は実に10年ぶりの古巣復帰となる。秋吉,谷内との交換トレードで北海道日本ハムから高梨裕稔投手,太田賢吾内野手を,新外国人としてアリゾナ・ダイヤモンドバックス3Aアルバート・スアレス,コロラド・ロッキーズ3Aスコット・マクガフ両投手を獲得。投手を中心に補強を進め,支配下68名,育成3名の計71名で2019年シーズンに挑むことになった。

首脳陣は宮本慎也ヘッドコーチ以下,田畑一也投手コーチ,石井弘寿投手コーチ,石井琢朗打撃コーチ,宮出隆自打撃コーチ,土橋勝征内野守備コーチ,河田雄祐外野守備走塁コーチ,杉村繁巡回コーチといずれも留任。
野口寿浩バッテリーコーチが退団し,衣川篤史スコアラーがバッテリーコーチに就任した。

ファームは三木肇二軍チーフコーチ,野村克則二軍バッテリーコーチが石井一久ゼネラルマネージャーに招聘され楽天に移籍。赤堀元之二軍投手コーチも中日の投手コーチに招かれた。
来季3年目を迎える高津臣吾二軍監督橋上秀樹二軍チーフコーチが23年ぶりにスワローズに復帰。引退した松岡が二軍投手コーチ,福川将和打撃投手が二軍バッテリーコーチに新たに就任。小野寺力二軍投手コーチ,北川博敏二軍打撃コーチ,松元ユウイチ二軍打撃コーチ。森岡良介二軍内野・守備走塁コーチ,福地寿樹二軍外野守備・走塁コーチは留任となった。

ヤクルト球団球団設立50周年を迎える来季のスローガンは「KEEP ON RISING 躍進」。
2位から「さらなる高みを目指」すことになる。となればそれはただ1つ“優勝”しかない。

参考資料
『週刊ベースボール』第73巻 第65号 通産3556号,ベースボールマガジン社,2018.12
「ニッカンスコア速報」
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2018/s201803.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2018/s201804.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2018/s201805.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2018/s201806.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2018/s201807.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2018/s201808.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2018/s201809.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2018/s201810.html
プロ野球チャート
https://tool.stabucky.com/baseball/npb_charts.php
データで楽しむプロ野球
http://baseballdata.jp/
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2017年12月25日

総括2017―球団史上ワースト年間96敗

はじめに
「うちの力はこんなものじゃない」「いつまでもくよくよしていないで,さっさとその状況から抜け出し,本来の自分を取り戻せ」就任3年目を迎えた真中満監督が掲げたチームスローガンは「目を覚ませ ! SNAP OUT OF IT 2017」。
しかし終わってみれば45勝96敗2分 勝率.319。1950年国鉄スワローズを上回り球団史上ワーストとなる年間96敗。1970年アトムズ以来47年ぶりとなる借金51。屈辱のシーズンとなった。

例年のこととはいえ故障者に泣かされた。中でも最大の誤算は川端慎吾だった。キャンプ中盤で腰痛を訴え,保存療法による回復を目指したが症状が改善せず。30歳を迎えるプロ12年目のシーズンを自身初の一軍出場なしに終わった。開幕から間もない4月18日巨人戦(熊本)で畠山和洋が左腓腹筋肉離れ。5月7日DeNA戦(横浜)で史上12人目プロ野球タイ記録となる1試合4二塁打をマークした高井雄平は6月28日巨人戦(福島)で右手有鈎骨を骨折。6月30日阪神戦(甲子園)で守護神秋吉亮が右肩甲下筋肉離れ。内野陣の精神的支柱である大引啓次も7月からほぼ丸2ヶ月間肩の故障で一軍登録から外れた。シーズン終盤の9月には星知弥小川泰弘が相次いで右肘を疲労骨折していることが判明した。10月3日の最終戦(神宮)を前にジョシュ・ルーキが造反事件を起こすなど,最後までドタバタ劇が繰り返された。

球団史上最高額となる契約金150万ドルで獲得したロス・オーレンドルフは4試合の登板(いずれも先発)で0勝1敗,防御率5.50と振るわぬまま9月14日に自由契約となった。6月13日楽天戦(神宮)に史上46人目の通算2500投球回を達成した石川雅規だったが,5月18日巨人戦(東京ドーム)を最後に勝ち星から見放されセ・リーグでは1961年金田正一(国鉄)以来56年ぶり5人目(6度目)となるシーズン11連敗を喫した。石川に次ぎチーム2番目の年長者となる館山昌平は故障以外では自身ワーストタイとなる2試合の登板(0勝1敗)に終わった。

3年連続トリプルスリーを目指した山田哲人は開幕から調子が上がらず全143試合フルイニング出場を果たしたが,打率.247,24本塁打,14盗塁と極度の不振に悩んだ1年となった。規定打席に達したのは坂口智隆中村悠平,7月25日中日戦(神宮)で史上102人目となる通算200号本塁打を記録したウラディミール・バレンティンの4名。野手で一年間一軍登録を外れなかったのは山田と上田剛史の2名のみだった。投手では規定投球回をクリアしたのは新加入のデービッド・ブキャナンのみ。一年を通じてメンバーを固定できなかったことが分かる。

こんなチーム状況で出場機会を得た選手の筆頭格は藤井亮太だった。捕手登録ながら主に三塁手として自己最多の97試合に出場した。後半戦からは山崎晃大朗がセンターのポジションを与えられ,8月26日DeNA戦(神宮)で石田健太からプロ初本塁打を放ち,4年目の奥村展征は7月11日巨人戦(東京ドーム)で菅野智之からプロ初安打,7月29日広島戦(マツダ)でプロ初打点をマークし,出場試合を増やした。12年目の井野卓は6月16日日本ハム戦(神宮)で自身6年ぶりとなる安打をマークした。

一方で開幕スタメンに名を連ねた西浦直亨は打率.208,0本塁打,昨年中村と併用された西田明央は試合出場機会が激減,谷内亮太は7月以降ファーム暮らしと苦渋を舐めた。三輪正義比屋根渉は出場試合を大きく減らした。高卒ルーキーでプロ初打席初本塁打デビューの廣岡大志は首脳陣の方針で一軍では11試合の出場にとどまった。ディーン・グリーンは6月4日埼玉西武戦(神宮)で華々しいデビューを飾ったものの安定感を欠き,7月にカルロス・リベロを獲得することになった。

投手では2年目の原樹理。シーズン当初は中継ぎだったが,5月19日阪神戦(神宮)から先発に再転向し最後までローテーションを守り続けた。チーム最多の66試合に登板したのは石山泰稚。移籍2年目の近藤一樹は54試合に登板。6月30日阪神戦(甲子園)で史上60人目(66度目)となる1球セーブでプロ初セーブを記録した。キャンプで出遅れ交流戦明けの一軍合流となった松岡健一が37試合,トミージョン手術明けの山本哲哉は2年ぶりの一軍登板から32試合,中澤雅人が28試合とベテラン投手陣が奮闘した。9月7日DeNA戦(横浜)でプレストン・ギルメット,翌9月8日巨人戦(東京ドーム)で岩橋慶侍が先発起用され,その適性を見せたのも光明だった。

山中浩史は12試合に先発し2勝6敗,佐藤由規は10試合に先発し3勝5敗といずれも負けが先行。村中恭兵は13試合,成瀬善久が12試合,久古健太郎にいたっては6試合の登板に終わり,中継ぎ左腕不足も深刻だった。平井諒は4試合,風張蓮は3試合の一軍登板に終わった。7月25日には2013年ドラフト1位杉浦稔大と北海道日本ハム屋宜照悟との交換トレードが成立した。

4月1日DeNA戦(神宮)の星に始まり,6月8日ソフトバンク戦(ヤフオクドーム)で2016年ドラフト4位中尾輝,8月9日DeNA戦(神宮)で同3位梅野雄吾,9月12日中日戦(神宮)で同6位菊沢竜佑,9月30日中日戦(神宮)で同1位寺島成輝と新人5投手全員がルーキーイヤーにプロ初登板を果たした。 試合出場こそ無かったが同5位古賀優大も6月23日からのDeNA戦(神宮)で一軍登録された。2年目の渡邉大樹も9月3日広島戦(神宮)でプロ初出場を飾った。

そんな苦しい1年にあって印象的なサヨナラ打も多く生まれた。4月2日DeNA戦(神宮)で鵜久森淳志がチームでは1982年岩下正明以来35年ぶり2人目,プロ野球史上16人目となる代打サヨナラ満塁本塁打。5月14日中日戦(松山)では荒木貴裕がサヨナラ満塁本塁打。6月23日DeNA戦(神宮)で武内晋一がサヨナラタイムリー。そして球史に残る7月26日中日戦(神宮)で大松尚逸が放った今季2本目の代打サヨナラ本塁打はプロ野球史上4試合目となる10点差逆転勝利を決めるものだった。

【表1】セ・リーグ順位表
順位チーム試合勝数敗数引分勝率勝差得点失点本塁盗塁打率防御率
1広 島14388514.633736540152112.2733.39
2阪 神14378614.56110.058952811370.2493.29
3DeNA14373655.5294.559759813439.2523.81
4巨 人14372683.5142.053650411356.2493.31
5中 日14359795.42812.048762311177.2474.05
6ヤクルト14345962.31915.54736539550.2344.21

投打に充実の戦力で広島の2年連続独走優勝となったセ・リーグ。精神的支柱だった黒田博樹の引退,開幕投手クリス・ジョンソン,クローザー中崎翔太の離脱などを全く感じさせないチーム力。田中広輔,菊池涼介,丸佳浩の1,2,3番コンビネーションが確立され,鈴木誠也が4番に座る。チーム打率,得点,本塁打,盗塁いずれもリーグトップだった。
リーグトップの防御率3.29を残したのは阪神。桑原謙太郎,マルコス・マテオ,ラファエル・ドリスの勝ちパターンは盤石で,桑原とマテオが43HPで最優秀中継ぎ賞を同時受賞。ドリスが37セーブでセーブ王に輝いた。打線は糸井嘉男,鳥谷敬,福留孝介のベテラントリオが牽引した。
広島,阪神をクライマックスシリーズで撃破し3位から日本シリーズに進出したDeNA。2年目今永昇太が11勝。ルーキー濱口遥大が10勝。新外国人ジョー・ウィーランドも10勝と新戦力が台頭。打点王,最多安打のホセ・ロペス,主砲筒香嘉智,首位打者・宮崎敏郎のクリーンアップの存在感も際立ち,打率.252,本塁打134はともにリーグ2位だった。
最多勝の菅野智之,最優秀防御率,最多奪三振のマイルズ・マイコラス,さらに高卒4年目の田口麗斗を加えた先発3本柱で実に27もの貯金を作った巨人。しかし球団史上ワースト13連敗を喫するなど投打が噛み合わず,2007年から導入されたクライマックスシリーズへの連続出場が10年で途切れ2006年以来のBクラスに沈んだ。開幕前目玉と言われたFAによる大型補強。陽岱鋼は怪我で大きく出遅れ,山口俊に至ってはシーズン中に泥酔の末暴力事件を起こして謹慎処分となった。
中日は5年連続のBクラス。新人ながら149安打を放った京田陽太が新人王に輝いた【表1】

チーム成績
【表2-1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
3・42510150.4005.2291271883.08.4005
52410140.4174.2581298943.69.4085
6228131.3814.22016751164.92.4006
7235171.2276.23422811234.79.3596
8267190.2696.25123871304.87.3396
9215160.2386.2021051863.65.3246
102020.0005.265010167.50.3196


3月31日の開幕戦に勝利,チームは実に2年ぶりとなる貯金を作った。開幕カードを勝ち越し,開幕4試合で3勝1敗と開幕ダッシュを決めたかと思ったが・・・。
4試合目となった4月4日阪神戦(京セラドーム)で藤浪晋太郎の右打者に対する執拗な内角攻めから打線全体の歯車が狂った。翌5日から6連敗。そこから一進一退のチーム状態となる。
それでも5月17日巨人戦(東京ドーム)から4連勝し借金を3まで減らし,21日阪神戦(神宮)も6回を終えて4-2とリードする展開。初の同一カード3連勝が視界に入ってきた試合を継投のミスから落とした試合が今季のターニングポイントとなった。この試合から5連敗。
なんとか連敗を止めて交流戦に突入したものの,交流戦は引き分け挟んで10連敗スタート。7月には1970年以来実に47年ぶり球団史上3度目となる14連敗を喫した。前半戦を28勝52敗2分の借金24の成績で終えた。このチーム成績が反映され,オールスターゲームにヤクルトから選出されたのは小川のみ。これもまた1970年(武上四郎)以来の出来事だった。
7月25-27日中日戦(神宮)今季初の同一カード3連勝。これが今季最後の連勝となった。あとは試合毎に負けを重ねる日々。8月は月間19敗を喫したがこれも1970年以来。借金が30を超えたのも1970年以来。
9月27日広島戦(マツダ)で1950年以来球団ワーストタイ年間94敗目。10月1日中日戦(神宮)3日巨人戦(神宮)と連敗し球団ワーストの96敗で全日程を終えた。シーズン96敗以上は2005年楽天の97敗以来9度目で,セ・リーグでは99敗した1955年大洋以来62年ぶり。シーズン2度の10連敗以上は1970年以来球団史上3度目の屈辱だった【表2-1】

【表2-2】チームホームビジター別成績
試合勝数敗数引分勝率得点失点本塁盗塁打率防御率
ホーム7230402.4292913745728.2474.71
ビジター7115560.2111822793822.2213.66

ビジター球場での成績も特筆すべきほどにひどかった。ホームでは30勝40敗2分けの勝率.429に対し,ビジターは15勝56敗で借金が41。勝率にすると.211。
マツダスタジアム,横浜スタジアム,東京ドーム,ナゴヤドームでそれぞれ3勝づつ。甲子園,京セラドーム,ZOZOマリンスタジアムでそれぞれ1勝づつの計15勝。
ビジターの同一カード2連戦,3連戦は23度あったが,8度の0勝3敗を含む22度が負け越し。いわゆるカード勝ち越し(※1試合カードを除く)は5月16-18日の対巨人戦(東京ドーム)の2勝1敗のみ。しかもこのカードは東京シリーズと銘打たれ燕プロジェクトユニフォームを着用して試合に臨んだため,ビジターユニフォームで戦った68試合では13勝55敗。勝率は.191にまで落ち込んでいることになるのだ【表2-2】

【表2-3】チーム曜日別成績
試合勝数敗数引分勝率得点失点本塁盗塁打率防御率
月曜日4040.000101532.1803.82
火曜日236170.261571111311.2154.57
水曜日246180.25074119207.2294.64
木曜日198110.4217172104.2443.45
金曜日227150.31875101149.2374.17
土曜日2612140.4628593208.2383.40
日曜日256172.261101142159.2524.95
14345962.3194736539550.2344.21

昨年火曜日の勝率が.167(4勝20敗)に終わったことで着目した曜日別成績。チームの年間勝率.319を上回ったのは木曜日と土曜日で,その4割台の勝率ですら高く見えてしまうのはなんとも寂しい限り。日曜日は6月18日日本ハム戦(神宮)から引き分けを挟んで13連敗で全日程を終えている【表2-3】

【表2-4】チーム年度別成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
201714345962.31944.06473(6)653(6)95(6)50(5).234(6)4.21(6)
201614364781.45125.55594(2)694(6)113(4)82(2).256(2)4.73(6)
201514376652.539-1.51574(1)518(4)107(2)83(3).257(1)3.31(4)
201414460813.42621.06667(1)717(6)139(3)62(5).279(1)4.62(6)
201314457834.40728.56577(3)682(5)134(2)70(4).253(4)4.26(5)
2012144686511.51120.03499(2)514(5)90(2)63(4).260(1)3.35(5)
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
201014472684.5146.54617(3)621(3)124(3)66(4).268(2)3.85(2)
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4)106(1).259(2)3.97(5)
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5)148(1).266(4)3.75(4)
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2)66(2).269(2)4.07(5)

チーム防御率4.21は2年連続リーグワースト。しかしこの5年間で見ると,慢性的に抱える課題とはいえ,実は優勝した2015年に次ぐ数値であった。これを強力打線で補う”打高投低”のスタイルが通用しなかったというのが低迷の要因とも言える。チーム打率は.234でリーグワースト。チーム本塁打も5年ぶりに100本を下回り,機動力も使えず打線は迫力を欠いた【表2-2】

【表3】チーム別対戦成績
広 島阪 神DeNA巨 人中 日ソフト西 武楽 天オリク日ハムロッテ
試合2525252525333333143
勝利77881000202145
敗戦171817171532131296
引分100000100002
得点827010066982121241611473
失点113111114108107212216141116653
安打1941782061892091534171721281108
本塁151422141724115095
三振2091901971631393017192013161013
四球98838067849585411454
死球41358920201044
併殺1322172523333223116
盗塁1261421011101250
失策14205211521211486
打率.232.222.243.235.248.160.288.187.183.219.272.234
防御3.964.074.414.043.846.666.005.334.563.675.044.21

交流戦で楽天と日本ハムに勝ちこしたため,全球団負け越しこそ免れたが,対戦成績も目を覆いたくなるような数字ばかり。またオリックスには2年連続で同一カード3連敗を喫している【表3】

【表4】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
中 日.990142545738191581573871437
DeNA.988143544738581523663461267
巨 人.988143548138281585683411263
広 島.987143550638721563713321185
阪 神.985142545138301539823311198
ヤクルト.984143537137831502862801067

チーム失策数はリーグ最多の「86」。昨季がリーグ最少の「60」だっただけに,その凋落ぶりは顕著である。内野手で最も多いのは三塁手の藤井で「14」。本来は捕手登録であった藤井が三塁を守らなければならなかったチーム事情も考慮せねばならない。身体能力を生かしまるで”忍者”のようなプレーを数々みせてくれた藤井は来季から内野手登録となる。守備力向上もチーム再建には不可欠となろう【表4】

【表5】交流戦順位表と通算成績[2005-2017]
通算[2005-2017]
試合勝数負数引分勝率順位得点失点本塁盗塁打率防御率試合勝数負数引分勝率勝差
福岡ソフトバンク181260.667186512112.2682.7231819211412.627
北海道日本ハム188100.44496671810.2423.3331816814010.54525.0
千葉ロッテ186120.33311709677.2434.9131816513914.5431.0
巨 人186120.3331063821112.2594.253181621479.5245.5
埼玉西武181071.588385622315.2513.163181581537.5085.0
中 日18990.500864761612.2434.1431815615210.5060.5
阪 神181080.556474631012.2513.0131815315510.4973.0
オリックス181080.55667180161.2763.793181511598.4873.0
東北楽天181080.55658171164.2423.503181471674.4686.0
東京ヤクルト185121.2941257100136.2225.203181431678.4612.0
広 島181260.667291592616.2662.7331813717011.4464.5
横浜DeNA18990.50078279214.2474.013181211907.38918.0

今年も交流戦を制したのはソフトバンク。直接対決で2勝1敗と勝ち越したことで,同率ながら交流戦3連覇を果たした。またパ・リーグは8年連続の勝ち越し。MVPには柳田悠岐が選出され,交流戦史上初となる2度目の受賞となった。則本昂大(楽天)が日本新記録となる8試合連続2ケタ奪三振を樹立したが,その記録がストップしたのは6月15日ヤクルト戦(神宮)だった。巨人が球団新記録となる13連敗を喫したのも交流戦期間の出来事だった【表5】

DATE2017〜七夕の悪夢
4月4日に躓き,5月21日に歯車が狂い,7月7日に終戦を迎えた。振り返ってみればそんな一年だったような気がする。真中監督の勝負手として起爆剤として決意した小川の守護神転向。これが無残にも打ち砕かれ,チームとしても万策尽きた感があった。
5月28日左内腹斜筋の肉離れで離脱した小川が,二軍調整中に高津2軍監督から中継ぎ起用が伝えられていた。ファームで中継ぎの調整登板を経て,6月30日阪神戦(甲子園)から一軍復帰。その試合で早速登板機会が訪れ,8回1イニングを三者凡退で抑える上々の滑り出しだった。しかし・・この試合で守護神・秋吉が負傷降板。翌日から守護神に指名せざるを得なかった。
ところが波に乗れないチームは終盤にリードを保って小川に継投するという試合すら作れない。ストッパーとして小川が初めて9回のマウンドに上がったのはそれから6日後の7月7日広島戦(神宮)。8-3と5点リードでセーブがつかない場面だった。

先頭打者サビエル・バティスタに投じた初球。ソロ本塁打を浴びた。1死から菊池にもソロを浴びる。これで3点差。次の丸へは四球。それでも鈴木を中飛に抑えて2死一塁までもこぎつけた。あと1人。しかし松山竜平にタイムリー二塁打を浴びて2点差にまで迫られた。西川龍馬に内野安打を許し2死一三塁。投手ジャクソンの所に打順が回り代打に起用されたのは新井貴浩だった。カウント2−1からの4球目。外角への直球を完璧に捉えられた。ライナー性の打球はバックスクリーン直撃。真っ赤に染まるレフトスタンド,三塁側はおろか,それまでおとなしかったはずの一塁側からも立ち上がり歓声があがる異様なまでのスタンドの光景。心が折れるとはまさにこのことだった。翌々日7月9日広島戦(神宮)でもセーブに失敗した小川。結局後半戦から先発に再転向し4勝を挙げた。

不安・重圧・焦り―。この試合でそれらの全てを曝け出し,チームはもはや戦う集団としての機能を失ってしまったと言っても過言ではあるまい。

おわりに〜2018シーズンに向けて
高橋奎二山川晃司は一軍出場無し。2014年ドラフト1位竹下真吾のほか,土肥寛昌中島彰吾星野雄大榎本葵原泉に戦力外が通告された。国指定の難病黄色靱帯骨化症を発症した徳山武陽,甲状腺機能低下症を患った今浪隆博は現役引退となった。飯原誉士は他球団での現役続行を目指す。
5月に左肘のトミージョン手術を受けた日隈ジュリアスは育成契約を結ぶことになった。田川賢吾古野正人大村孟も引き続き育成契約となる。選手不足に伴う暫定措置で育成選手契約を締結した新田玄気は再びブルペン捕手に復帰となる。

真中監督の退任とともに伊藤智仁投手コーチ,押尾健一戦略コーチ兼投手コーチ補佐が退団を申し入れ,水谷新太郎二軍チーフ兼内野守備走塁コーチ,笘篠誠治二軍外野守備走塁コーチとの契約が打ち切られた。

かつての一軍監督経験に加え,編成トップとしての経験を生かし,チーム力の強化と底上げを託された小川淳司監督。最大の目玉人事となったのは宮本慎也ヘッドコーチの就任だ。さらに球団OBで今季途中から巨人で広島専属スコアラーを務めていた田畑一也投手コーチ,広島のリーグ連覇に貢献した立役者とも言われた石井琢朗打撃コーチと河田雄祐外野守備走塁コーチの招聘にも成功した。
土橋勝征内野守備コーチは3年ぶりの現場復帰,野口寿浩二軍バッテリーコーチが一軍バッテリーコーチに昇格。杉村繁チーフ打撃コーチは一二軍巡回コーチと肩書が変更になった。
留任は石井弘寿投手コーチと宮出隆自打撃コーチのみと,これまで生え抜きを大事にするファミリー球団が脇を固めるコーチ陣から大幅改革に乗り出した。

2年目を迎える高津臣吾二軍監督三木肇ヘッドコーチが新たに二軍チーフコーチに就任。赤堀元之二軍投手コーチ,小野寺力二軍投手コーチ,北川博敏二軍打撃コーチ,松元ユウイチ二軍打撃コーチは留任。森岡良介野手コーチ補佐が二軍内野・守備走塁コーチ,福地寿樹外野守備走塁コーチが二軍外野守備・走塁コーチ,野村克則バッテリーコーチが二軍バッテリーコーチにそれぞれ配置転換となった。

ドラフトでは村上宗隆(捕手・九州学院高),大下佑馬(投手・三菱重工広島),蔵本治孝(投手・岡山商大),塩見泰隆(外野手・JX―ENEOS),金久保優斗(投手・東海大市原望洋高),宮本丈(内野手・奈良学園大),松本直樹(捕手・西濃運輸),沼田拓巳(投手・石川ミリオンスターズ)の8名を指名。
自由契約となっていた山田大樹(投手・前ソフトバンク),田代将太郎(外野手・前埼玉西武)2選手と,新外国人としてマット・カラシティー(カブス),ジョーダン・アルメンゴ(中日),デーブ・ハフ(韓国・LG)の3投手を獲得し,2018年シーズンに挑むことになる。

「この悔しさを胸にもう一度立ち上がり,再び上を目指そう。」―東京ヤクルトスワローズは新たに再出発することになる。

参考資料
『週刊ベースボール』第72巻 第63号 通産3490号,ベースボールマガジン社,2017.12
「ニッカンスコア速報」
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2017/s201703.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2017/s201704.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2017/s201705.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2017/s201706.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2017/s201707.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2017/s201708.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2017/s201709.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2017/s201710.html
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2016年12月28日

総括2016―昨年の自分を超えられずBクラス転落

はじめに
チーム23年ぶりとなるセ・リーグ連覇を目指し真中満監督は「燕進化」をスローガンに掲げディフェンディングチャンピオンとして挑んだ2016年シーズンであったが,開幕4連敗とつまずくと,結局一年通して一度も貯金を作ることができなかった。シーズン終盤は横浜DeNAとのクライマックスシリーズ争いにこそ絡んだものの息切れ。143試合目に勝てば4位という試合を落とし,5位に終わった。

とにかく故障者が相次いだ。投手陣では開幕早々からカイル・デイビーズが背中に張りを訴え,館山昌平は右肘関節の手術に踏み切ることに。小川泰弘が腰の張りで1ヶ月,石川雅規は左脹脛痛で2ヶ月の戦線離脱。そんな中孤軍奮闘していたルーキ―の原樹理もまた右肩甲下筋の肉離れ。杉浦稔大は6試合,石山泰稚は8試合の登板に終わった。

野手では昨年打撃3部門のタイトルを独占した3人までも怪我に泣かされた。打点王・畠山和洋は6月に左有鉤骨の骨挫傷で離脱すると,2軍調整中に古傷の右アキレス腱痛が再発し,そのまま復帰できなかった。首位打者・川端慎吾は7月に右足舟状骨骨折。8月には本塁打王・山田哲人までも試合中に受けた死球の影響で左第8肋骨骨挫傷が判明し,10試合の欠場を余儀なくされた。時期を同じくするように高井雄平も左側腹部筋挫傷で1ヶ月半,大引啓次も腰痛の影響で後半以降控えに回ることが多くなり,一時期ではあったが昨年の優勝メンバーの半数を欠くという状況にまで陥った。

そしてもう一つ忘れてはならない今年を象徴する出来事があった。6月26日中日戦(神宮)の9回表だった。4-1と3点リードしてマウンドには守護神のローガン・オンドルセク。しかし味方外野手のまずい守備もあって同点に追いつかれると,その苛立ちからベンチで大暴れ。仲裁に入った真中監督にも暴力的な態度を取り,そのまま試合終了を待たずにクラブハウスに引き上げてしまう。この件に関し球団はシーズン中にも関わらず自宅謹慎処分という重い処置を下した。謝罪を受け処分は解かれたものの,7月に入って有給休暇を取得し一時帰国が発表されるとその直後にオリオールズと契約するという変わり身の早さをみせた。退団後に明らかになったことは,ベンチ内での暴言は以前からあり,チームの士気を下げていたということだった。オーランド・ロマン,トニー・バーネットという相談役になりうる年長のピッチャーがいなくなった影響も多少なりともあったであろうが,後ろの計算が不明瞭となっていたことで投手陣全体にしわ寄せがいっていたという点は否めないだろう。

それでも夏場以降新たな戦力の台頭が目立つようになった。西田明央は打力に期待しての一塁起用から中村悠平を押しのけて正捕手をうかがう勢いだった。西浦直亨は大引をおしのけてショートのレギュラーポジションを奪い取った。日本ハムを戦力外となりトライアウトを経て入団した鵜久森淳志もクリーンアップを任されるまでに。オリックスを自由契約になった坂口智隆はチーム最多となる141試合に出場。昨季の大半を棒に振ったウラディミール・バレンティンが31本塁打,96打点と復活。ドラフト2位ルーキ―広岡大志は9月29日DeNA戦(横浜)で引退登板となっていた三浦大輔から球団史上初の高卒新人プロ初打席本塁打を放つ鮮烈なデビューを飾った。

オンドルセクの退団後秋吉亮が抑えに完全定着し19セーブをマーク。ジョシュ・ルーキはリーグ3位の33ホールドを挙げた。昨季一軍登板0に終わった村中恭兵が2年ぶり,開幕時は育成契約だった平井諒佐藤由規もそれぞれ3年ぶり,5年ぶりの勝利を挙げ見事復活を果たした。松岡健一も自身5年ぶりとなる50試合登板でブルペンを支え続けた。

【表1】セ・リーグ順位表
順位チーム試合勝数敗数引分勝率勝差得点失点本塁打盗塁打率防御率
1広 島14389522.631684497153118.2723.20
2巨 人14371693.50717.551954312862.2513.45
3DeNA14369713.4932.057258814067.2493.76
4阪 神14364763.4575.05065469059.2453.38
5ヤクルト14364781.4511.059469411382.2564.73
6中 日14358823.4145.05005738960.2453.65

緒方孝市監督率いる広島が1991年以来25年ぶりの優勝を飾った2016年のセ・リーグ。シーズン89勝はリーグでは1965年の巨人(90勝)に次ぐ数字で,2リーグ制となった両リーグでも9番目。2位巨人に17.5ゲーム差をつけたのも,1990年巨人(22.0差),1951年巨人(18.0差)に次ぐ数字で,文字通り独走優勝だった。
菅野智之が最優秀防御率最多奪三振,坂本勇人が首位打者と投打の主軸こそしっかりしていたものの,貯金2の2位に収まった巨人は,クライマックスシリーズファーストステージでもDeNAに敗退。3年連続V逸は許されまいとオフの大型補強に動き高橋由伸監督にプレッシャーをかけてきた。
横浜DeNAは借金2ながらも,クライマックスシリーズが導入され10年目で球団史上初のCS進出を果たし,アレックス・ラミレス監督の手腕が評価を上げている。
金本知憲監督が就任し「超変革」の名の下に大々的な世代交代を打ち出した阪神は公式戦7連勝で締め4位に食い込んだ。
8月上旬に谷繁元信監督が休養を命じられた中日は1997年以来19年ぶりにリーグ最下位に転落した【表1】


チーム成績
【表2-1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
36141.2006.278324325.17.2006
42312110.5224.27517971165.13.4645
52612140.4624.246221231214.54.4636
6239140.3914.271221071275.52.4426
7228140.3645.23814801155.11.4246
8241590.6252.2501998943.63.4634
9187110.3895.2441664864.47.4544
101010.000-.2420133.38.4515


開幕3連戦早々からブルペンの構想は崩れた。左のセットアッパーを期待して獲得した新外国人ルイス・ペレスがインフルエンザに感染。翌々日には徳山武陽も感染していることが明らかになった。

4月6日広島戦(マツダ)では先発が予定されていたデイビーズの回避により寺田哲也がスクランブル先発を託されるも2イニングもたずにKO。昨季終了時であと4勝に迫っていた球団通算4000勝を達成したのは開幕から12試合目の8日DeNA戦(横浜)だった。19日阪神戦(甲子園)では怪我の大引に代わりにショートを任され打率.500と好調を維持していた谷内亮太が藤波晋太郎から死球を受け左尺骨骨折と波に乗れずにいた。
それでもツバメはゴールデンウィークにかけて持ち直してきた。4月30日巨人戦(神宮)で飯原誉士が自身2年ぶりとなる本塁打。翌5月1日巨人戦(神宮)では原樹がプロ初勝利。3日DeNA戦(横浜)まで5連勝で勝率を.500に戻した。10日広島戦(神宮)で新垣渚が史上144人目となる通算1000奪三振を達成した。
チームは19勝19敗1分で迎えた13日巨人戦(東京ドーム)で延長12回の末サヨナラ負けを喫するとそこから4連敗。22日には最下位に転落。25日阪神戦(神宮)で畠山が史上476人目の通算1000試合出場,27日中日戦(ナゴヤドーム)で成瀬善久が史上171人目の通算1500投球回,28日中日戦(ナゴヤドーム)には真中監督が球団史上2番目の速さで通算100勝を達成。24勝29敗1分で交流戦に突入した。

坂口が6月2日北海道日本ハム戦(札幌ドーム)で史上477人目の通算1000試合出場,8日東北楽天戦(コボスタ宮城)で史上273人目の通算1000本安打。15日ソフトバンク戦(神宮)では2014年ドラフト1位竹下真吾がよやくプロ初登板を果たした。シーズン途中に四国アイランドリーグから獲得したハ・ジェフンを起用するなど打開を図ったが6勝12敗と大きく負け越し,交流戦前に5.5差だった首位とのゲーム差は11.0にまで拡がっていた。
リーグ戦再開となった24日からの中日3連戦(神宮)で三輪正義のサヨナラタイムリーなどもあって同一カード3連勝を飾ったが,土肥寛昌がプロ初登板した29日広島戦(マツダ)に早くも自力優勝の可能性が消滅してしまう。

由規が2011年9月3日巨人戦(神宮)以来1771日ぶりに一軍復帰を果たした7月9日中日戦(神宮)に中島彰吾奥村展征がそれぞれプロ初出場。38勝49敗1分で前半戦を終えた。オールスター明けには八木亮祐を放出し,オリックスから近藤一樹を獲得した。

7月26日阪神戦(甲子園)から8月2日広島戦(神宮)にかけて7連敗。東京ドームでは開幕から3カード連続の同一カード3連敗を喫した。この時点で借金は16にまで膨れ上がっておりチームには”終戦”モードが漂ってもおかしくなかった。

しかし8月9日中日戦(ナゴヤドーム)で山田が戦線離脱したことで何かが変わった。山田がいないと勝てないとは言わせないばかりにチームが生まれ変わった。首脳陣が配慮したというバレンティンに事実上のキャプテンを託し,今浪隆博比屋根渉上田剛史荒木貴裕らが日替わりでスタメンに名を連ねた「下町スワローズ」で8月は15勝9敗と今季唯一月間で勝ち越した。
山中浩史と小川が完投勝利を2試合ずつあげるなど,24試合中15試合で先発投手が6回3失点以内のQSを記録し,先発投手がある程度試合をつくればそれなりの戦いができることも証明された。山崎晃太朗が5日阪神戦(神宮)でプロ初安打と初盗塁をマーク。27日阪神戦(甲子園)で石川が史上48人目の通算150勝を達成した。8月30日巨人戦(福井)に敗れ,連覇の可能性は完全に消滅した。

9月6日DeNA戦(横浜)で山田が30個目の盗塁を決めプロ野球史上初となる2年連続トリプルスルーを確実なものとした。昨年まで選手会長を務めた森岡良介が今季限りでの現役引退を表明し,28日DeNA戦(神宮)最後の打席に立った。
昨年は僅か1試合の登板のみに終わった風張蓮岩橋慶侍はそれぞれ6試合,14試合に登板を増やした。役割の難しい第3捕手は藤井亮太井野卓が務め,井野は自身3年ぶりヤクルト移籍後は初の一軍出場を果たした。武内晋一は25試合の出場に終わった。【表2-1】

【表2-2】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
201614364781.45125.55594(2)694(6)113(4)82(2).256(2)4.73(6)
201514376652.539-1.51574(1)518(4)107(2)83(3).257(1)3.31(4)
201414460813.42621.06667(1)717(6)139(3)62(5).279(1)4.62(6)
201314457834.40728.56577(3)682(5)134(2)70(4).253(4)4.26(5)
2012144686511.51120.03499(2)514(5)90(2)63(4).260(1)3.35(5)
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
201014472684.5146.54617(3)621(3)124(3)66(4).268(2)3.85(2)
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4)106(1).259(2)3.97(5)
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5)148(1).266(4)3.75(4)
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2)66(2).269(2)4.07(5)


優勝した昨年との違い―それは防御率に著実に表れている。実際打率は1厘,盗塁も1つしか変わらず,得点と本塁打に至っては昨年よりも増えているのだ。
昨年リーグ4位の3.31だったチーム防御率が,今季はリーグワーストの4.73でこれは一昨年の4.62をも上回り,過去10年でもワースト(球団史上ワーストは1984年の4.76)だった。さらには先発陣の防御率は4.96,救援防御率は4.34で,チーム全体のQS率も12球団ワーストの41.3%。総失点は694と5位のDeNA(588失点)より100点以上多かった。先発が序盤から崩れ試合を作れず,そのしわ寄せが中継ぎに行くという悪循環に陥った。

数字に表れない精神的な面も否めないだろう。昨年はバーネットという絶対的な守護神がおり,その前にもロマン,オンドルセク,秋吉,中澤雅人久古健太郎という左右のリリーバー陣が控えていたため,先発は最初から思いっきり飛ばせたという。野球は投手と後ろ3枚ということを再認識させられた一年となった【表2-2】

【表3】チーム別対戦成績
広 島巨 人DeNA阪 神中 日日ハムソフトロッテ西 武楽 天オリク
試合2525252525333333143
勝利81111121611121064
敗戦17141412922212378
引分000100000001
得点8280112109127161310151317594
失点135107126116106172217121125694
安打1662172252182353430232728311234
本塁1616251824212414113
三振157135175178155141915142520907
四球866994116100136781114524
死球6867801021039
併殺2327231417421204117
盗塁12913231423202282
失策1571411811110160
打率.210.259.267.251.273.315.280.230.278.257.287.256
防御5.414.264.714.444.056.127.335.884.003.968.004.73


カード勝ち越したのは中日戦と西武戦の2カードのみ。オープン戦,ペナントレース,交流戦,さらにはファームまでも最下位だったオリックスに,唯一負け越したのはヤクルトだった。さらには東京ドームで1勝10敗,マツダスタジアムで2勝10敗などビジターで24勝48敗と大きく負け越した。【表3】

【表4】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
ヤクルト.989143536037821518602821058
中 日.988143551838441608663371233
広 島.988143556238521643673571287
DeNA.9861435350382214557328310210
巨 人.985143553438471602853911425
阪 神.982143537638241455972469010

守備力は.989で2年連続リーグトップ。失策数も60でリーグ最少だった【表4】

【表5】交流戦順位表と通算成績[2005-2016]
通算[2005-2016]
試合勝数負数引分勝率順位得点失点本塁盗塁打率防御率試合勝数負数引分勝率勝差
福岡ソフトバンク181341.7651位83482312.2732.5030018010812.625
千葉ロッテ181260.6672位8556117.2822.7430015912714.55620.0
北海道日本ハム181080.5565位67541715.2652.8330016013010.5521.0
巨 人18990.5007位6478135.2624.183001561359.5364..5
中 日187110.3898位4649128.1952.3130014714310.5078.5
埼玉西武18990.5006位6965912.2623.103001481466.5031.0
阪 神187110.38910位447239.2233.8530014314710.4933.0
オリックス185130.27812位54761017.2313.863001411518.4833.0
東京ヤクルト186120.33311位841041411.2755.903001381557.4713.5
東北楽天181170.6114位67601210.2443.013001371594.4632.5
広 島181161.6473位61571520.2493.0630012516411.4338.5
横浜DeNA187110.3899位6065138.2453.513001121817.38215.0


18試合制となって2年目の交流戦。ソフトバンクが13勝4敗1分勝率.765で,2年連続6度目の勝率1位。最終成績はパ・リーグの60勝47敗1分で7年連続勝ち越し。今年もまた6位までをパ5球団が占めた。ヤクルトは2009年を最後に勝ち越しが無く,これで7年連続負け越しとなった【表5】

DATE2016〜魔の火曜日
かつてこれほどまでに曜日による偏りを感じたことがあったであろうか?というくらい今年は火曜日に勝てなかった。6月14日ソフトバンク戦(神宮)に勝ったのを最後に12連敗。4勝20敗は勝率にして.167。この数字は野球界ではあまり考えられない。余談にはなるがオープン戦も火曜日は2戦2敗だった【表6-1】

【表6-1】曜日別勝敗
試合勝数敗数引分勝率得点失点本塁盗塁打率防御率
月曜日11001.009303.3033.00
火曜日244200.167791451514.2326.14
水曜日2513120.5201101182313.2724.46
木曜日181071.58899951213.2685.12
金曜日2311120.47887911819.2283.84
土曜日2716110.5931151122211.2734.08
日曜日259160.36095130239.2554.99
14364781.45159469411382.2564.73



【表6-2】セ・リーグ各球団曜日別勝敗
球団別に着目してみたが,広島の火曜日(.826)とDeNAの土曜日(.769)が際立つが,均せば納得できる数字が並んでいるだけに,勝率.167は余計に際立つ【表6-2】
広 島巨 人横浜DeNA
試合勝数負数引分勝率試合勝数負数引分勝率試合勝数負数引分勝率
月曜日2110.5002110.5004130.250
火曜日231940.826211380.619239140.391
水曜日2313100.565251780.6802313100.565
木曜日201280.600197111.389186111.353
金曜日231490.6092511131.4582412111.522
土曜日2715111.577278181.308262060.769
日曜日251591.6252414100.583258161.333
阪 神東京ヤクルト中 日
試合勝数負数引分勝率試合勝数負数引分勝率試合勝数負数引分勝率
月曜日3210.66711001.002110.500
火曜日2312110.522244200.1672411130.458
水曜日227150.3182513120.520247170.292
木曜日181062.625181071.588175111.313
金曜日2511140.4402311120.4782412120.500
土曜日2711160.4072716110.593269161.360
日曜日2511131.458259160.3602613121.520


火曜日といえば6連戦の初戦にあたり,裏ローテとはいわれるが柱となる投手を据えることが多くなる。また連戦の初戦ということでできるだけ中継ぎをつぎ込むのは避けたいという思惑も交錯する曜日。来季は火曜日のローテーション運用にも注目したい。

おわりに〜2017シーズンに向けて
昨年9月に自身2度目となるトミージョン手術を受けた山本哲哉は9月1日イースタンロッテ戦(ロッテ浦和)で実戦復帰を果たすなど順調に回復し,来季は一軍復帰が見込めそう。廣岡の陰に隠れがちだが渡辺大樹も高卒ルーキーながらイースタンで76試合に出場,打率.254と安定した守備が評価され,台湾で行われたウィンターリーグのイースタンリーグの選抜メンバーに選出された。一方で高橋奎二日隈ジュリアスは故障に泣かされ一年をほぼ棒に振るった。ファームの捕手は主に星野雄大山川晃司が務めた。2年目の原泉も終盤は怪我で出番なく終えている。

寺田,中元勇作児山祐斗木谷良平,新垣,田中雅彦松井淳川上竜平が戦力外通告を受け,田川賢吾古野正人は来季より育成契約を結ぶことになった。コーチ転身を打診された田中浩康は出場機会を求めDeNAに移籍することになった。ペレス,デイビーズ,ジェフンの外国人選手3名も退団となり,新たにメジャー通算19試合0勝1敗のプレストン・ギルメット,同通算35試合8勝17敗のデービッド・ブキャナン,同通算209試合30勝41敗のロス・オーレンドルフの3投手と,ディーン・グリーンを獲得した。

2009年以降7年連続してドラフト1位指名の競合に敗れていたが,今年は寺島成輝(投手・履正社高)の単独指名に成功。星知弥(投手・明治大),梅野雄吾(投手・九産高),中尾輝(投手・名古屋経大),古賀優大(捕手・明徳義塾高),菊沢竜佑(投手・相双リテック)と投手を中心に6名,育成ドラフトでは大村孟(捕手・BCリーグ石川)を指名した。合同トライアウトからは前楽天・榎本葵との契約合意に達した。

来季就任3年目となる真中監督体制。2014年から一軍投手コーチを務めてきた高津臣吾コーチが二軍監督に就任することに伴い,伊藤智仁投手コーチがブルペン担当からベンチ担当となり,ファームから昇格した石井弘寿投手コーチがブルペンを担当し,押尾健一戦略担当コーチが新たに投手コーチ補佐も兼務し,3名体制で投手再建に着手することになる。野手は三木肇ヘッドコーチ以下,杉村繁チーフ打撃コーチ,宮出隆自打撃コーチ,福地寿樹外野守備走塁コーチ,野村克則バッテリーコーチと顔ぶれは変わらないが,今季限りで現役引退した森岡野手コーチ補佐として新たに加わる。

2年連続最下位と低迷を続けるファームは,宮本賢治二軍監督,成本年秀二軍投手コーチ,斉藤宜之二軍打撃コーチ,芹澤裕二二軍バッテリーコーチが退団となり,水谷新太郎二軍内野守備走塁コーチがチーフを兼ね,留任は松元ユウイチ二軍打撃コーチ,笘篠誠治二軍外野守備走塁コーチのみ。赤堀元之二軍投手コーチ,小野寺力二軍投手コーチ,北川博敏二軍打撃コーチ,野口寿浩二軍バッテリーコーチと4名を新たに招聘した。

野手は現有戦力がある程度計算でき,新たな戦力も台頭しつつある。投手は新外国人3名とルーキーに期待しないと計算が立たないため,現有戦力の底上げと後ろの確立が求められる。ここを建て直せば2年ぶりのV奪回も見えてくるだろう。もちろん大型補強の巨人を走らせないことも必須となる。

参考資料
『週刊ベースボール』第71巻 第65号 通産3426号,ベースボールマガジン社,2016.12
「ニッカンスコア速報」
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2016/s201603.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2016/s201604.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2016/s201605.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2016/s201606.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2016/s201607.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2016/s201608.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2016/s201609.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2016/s201610.html
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2015年12月26日

総括2015―14年ぶり7度目セ・リーグ優勝

はじめに

 誰がこの結末を予想できたであろうか?

 東京ヤクルトスワローズ2015セントラルリーグ優勝記念オフィシャルDVDの冒頭ナレーションはこう始まっている。昨年の総括2014で次のように締めくくってことを覚えている人はいるだろうか。

 2015年は親会社のヤクルト本社にとって創業80周年の節目の年。1970年にヤクルト本社が球団経営権を取得してから3年連続最下位はおろか,丸15年間優勝から遠ざかったことも皆無だ。
 優勝から遠ざかる事14年―そのリミットとなる年に最下位から一気に頂点まで羽ばたくことができるだろうか。

 1994年広沢克己(→巨人)2000年川崎憲次郎(→中日)ヤクルトからセ・リーグ他球団にFA移籍があった翌年のスワローズはいずれも優勝しているジンクス。

 1987年阿波野秀幸(近鉄)2001年赤星憲広(阪神)と最下位から新人王を輩出した2年後にチームが優勝しているジンクス1997年小坂誠(ロッテ)という例もありますがそもそもロッテはレギュラーシーズン1位での優勝は1970年以降無いし…

 2年連続最下位からの逆襲―ヤクルト本社創業80周年&真中新監督船出イヤーの2015年。大いに期待しようじゃないか。


 このように綴ったものの,まさか2年連続最下位のチームが優勝を成し遂げると本気で思っていた人はいたのであろうか。攻撃力はそこそこだが,投手力とそれを含めた守備力で劣るというのが評論家諸氏による開幕前のスワローズに対する一般的な評価であった。

リーグワーストのチーム防御率4.62,救援投手陣防御率4.58,そしてリーグワースト2位の失策数97。最下位に沈んでいたチームの課題は明らかだった。「他球団に比べて投手力が劣っていると感じています。ピッチャーを含めたディフェンスが大事なのかなと思います」就任会見でこう語った真中満監督の掲げたスローガンは「つばめ改革」―。

まず投手陣に劇的な変化を感じさせるスタートだった。セ・リーグ記録の開幕から11試合連続3失点以下,プロ野球記録の開幕から13試合連続3失点以下を更新し,開幕から14試合連続3失点以下というプロ野球新記録を樹立した。オーランド・ロマンローガン・オンドルセクトニー・バーネットの3人の助っ人外国人トリオによる勝利の方程式を確立。終盤リードした試合は確実にモノにしていった。イニング跨ぎや連投を厭わない秋吉亮,ロングリリーフをこなせる徳山武陽松岡健一。貴重な左腕中澤雅人久古健太郎が最少失点で耐えて彼らにつなぐ。ブルペンは見事なまでに変貌を遂げた。

同じく課題だった守備は,FAで獲得した大引啓次の加入によって意識の高まりが生まれた。そして扇の要に中村悠平が固定されたことで安定感が増し,失策数はリーグ最少の71にまで改善された。

打線はウラディミール・バレンティンラスティングス・ミレッジという大砲をシーズンの大半負傷離脱で欠く中で,川端慎吾山田哲人畠山和洋が軸となって機能した。シーズン後半から2番川端,3番山田,4番畠山の並びが固定され,1番には比屋根渉上田剛史といった俊足の打者が入ることで,得点圏のチャンスを作り,山田から始まるクリーンアップに回すという攻撃が整った。畠山の後にも高井雄平がいることで,勝負せざるを得ない状況を作り出していた。

日本生命セパ交流戦で44勝61敗3分と大きく負け越したセ・リーグは,ここで生まれた借金17を分配しなければならない状態に陥り,7月3日と21日にはセ・リーグ全球団が勝率.500を下回るという球界史上初の事態にまで陥った。この歴史的な混戦の時期に現れた2人の投手がいた。館山昌平山中浩史。館山は3度の靭帯移植手術を乗り越え7月11日横浜DeNA戦(神宮)で2012年9月25日阪神戦(神宮)以来実に1019日ぶりの白星を挙げた。山中は今季初登板となった6月12日埼玉西武戦(西武ドーム)でプロ初勝利をマークするとそこから6戦6勝。金田正一氏が国鉄時代の1958年に達成して以来球団史上57年ぶり2度目となる快挙であった。終盤には怪我で離脱していた石山泰稚杉浦稔大が戻ってきたことも大きかった。

そんな中で一年間先発ローテーションを守り続けたきた石川雅規小川泰弘という左右二人の両腕に14年ぶりの優勝が懸かったマウンドが託された。9月27日巨人戦(東京ドーム)。敗れればゲーム差0.0で2位巨人に並ばれるという瀬戸際で優勝へのマジックナンバー「3」を点灯させた。本拠地最終戦となった10月2日阪神戦(神宮)。延長11回までもつれた接戦を制し,ついに東京ヤクルトスワローズは14年ぶり7度目となるセ・リーグ優勝を果たした。
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前シーズン最下位だった球団の優勝は,2001年大阪近鉄以来14年ぶり6球団目の出来事だった。

【表1】セ・リーグ順位表
順位チーム試合勝数敗数引分勝率勝差得点失点本塁打盗塁打率防御率
1ヤクルト14376652.53957451810783.2573.31
2巨 人14375671.5281.54894439899.2432.78
3阪 神14370712.4966.04655507848.2473.47
4広 島14369713.4936.550647410580.2462.92
5中 日14362774.44613.04735047188.2533.19
6DeNA14362801.43714.550859811257.2493.80


史上稀にみる大混戦となったセ・リーグ。広島を除く5球団が一度は首位に立った。混戦を抜け出したと思えば連敗して下位に。最終的にヤクルトが抜け出せたのも終盤に連敗を喫することなく戦えたからかも知れない。
138試合目まで自力優勝の可能性を残した王座巨人。リーグ最高の防御率2.78を残しながら打率はリーグ最低。規定打席到達者で3割打者は皆無。ベストナインにも誰一人選出されなかった。
9月上旬まで首位に立っていたのは阪神。藤浪晋太郎が14勝7敗と大車輪の働きを見せながらも,他の先発投手陣が貯金を作れずチームとして機能しなかった。
開幕前は優勝候補筆頭に挙げられていた広島。前田健太が15勝で沢村賞。新外国人のクリス・ジョンソンは防御率1.85で最優秀防御率。メジャーリーグから8年ぶりに復帰した黒田博樹は11勝。福井優也も9勝。にもかかわらず打線が機能せず,勝負所での弱さが露呈し3年ぶりのBクラスに転落。
チームとして過渡期を迎えた中日は大胆な世代交代が進められ,大野雄大,若松駿太,亀澤恭平といった若手が台頭してきたが,堅守が崩壊し低迷を強いられた。
前半戦を首位で折り返したのはDeNAだった。5月16日には26勝15敗貯金11で,17勝23敗の最下位ヤクルトに8.5差をつけていた。そこからの大失速。しかし四番に固定された筒香嘉智が球界を代表するスラッガーとなり,チーム本塁打数112はリーグ最多。ルーキー山崎康晃がルーキー記録となる37セーブをあげ新人王に輝く活躍を見せた。【表1】

チーム成績
【表2-1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
34220.5002.2211982.00.5002
42413110.5422.2411171551.93.5362
5259151.3756.24517931194.35.4625
6201190.5502.2631991723.34.4863
7211290.5711.307211131014.62.5053
82614120.5381.25721108963.44.5132
9201361.6841.2471679522.25.5361
103210.6672.228110154.20.5391


開幕戦から延長戦にもつれこんだが,延長11回にミレッジが決勝打を放ち白星スタート。3月31日神宮開幕阪神戦はFA移籍の成瀬善久が移籍後初登板初勝利。

4月8日中日戦(神宮)ではミレッジに代わり外野手と起用されていた田中浩康がサヨナラタイムリー。9日中日戦(神宮)には新垣渚が自身597日ぶりとなる移籍後初勝利。19日DeNA戦(神宮)では上田が,24日巨人戦(神宮)では川端がそれぞれサヨナラ勝利を演出。神宮球場7連勝など,4月17日から29日まで首位をキープした。

5月1日広島戦(神宮)でオープン戦,開幕2戦目と全く打ち崩せなかった広島・黒田の攻略に成功。3日広島戦(神宮)ではプロ初登板初先発となった風張蓮がわずか8球で危険球退場となるアクシデントも,風張のあとを受けた徳山,古野正人が粘りの投球。死球を受けた雄平に代わってライトに入った荒木貴裕が1号3ランを放つなど,控え選手たちの活躍でまずまずのスタートを切ったかのように思われた。しかし例年苦手としている5月。好調を支えてきた投手陣に疲労の色が隠せず,4日DeNA戦(横浜)から16日巨人戦(東京ドーム)まで9連敗を喫し,最下位に転落。今年も定位置かなどと揶揄された。

それでも不幸中の幸いかどのチームも抜け出す要素なく混セ状態が続いていた。24日広島戦(マツダ)では大引の穴を埋めてきた今浪隆博がプロ初本塁打。さらに1点を追う9回表2死一二塁から途中出場の三輪正義が前進守備のレフト頭上を越える逆転の三塁打。6月24日中日戦(ナゴヤドーム)では選手会長森岡良介の決勝タイムリーなど日替わりヒーローが生まれることで,なんとか踏みとどまってきた。

そして・・・。6月28日巨人戦(神宮)館山が復活のマウンドに上がったことで,ベンチの結束さらにはスタンドのファンのムードは一気に上がった。6月28安打8本塁打23打点,打率.378の成績を残した畠山が月間MVPを獲得。6月1日時点で6.0あった首位との差を2.0に縮め7月を迎える。

7月2日阪神戦(神宮)5月下旬に緊急獲得したミッチ・デニングの連夜の決勝打もあって首位に浮上したが,そこから4連敗で一気に5位まで落ちてしまう。さらには畠山が左内転筋肉離れによる離脱。チームの危機に四番起用されたたのは山田だった。7月10日DeNA戦(神宮)四番としての初打席でいきなり本塁打。翌11日DeNA戦(神宮)で館山が1019日ぶりの勝利。40勝43敗1分の4位でオールスターを迎えたが,そのオールスターを挟んで7連勝。夏場になり打線が昨年の勢いを取り戻してきた。

巨人,阪神との競り合い。日々順位が変動するなか,若いチームに”優勝”という二文字が見え始めた。「チャレンジャー」「一戦必勝」「ヤクルトスタイル」。8月に入ってこれらの言葉が多く聞かれるようになった。8月9日中日戦(ナゴヤドーム)で松岡が自身5年ぶりのセーブをマーク。21-22日中日戦(神宮)で山田がプロ野球タイ記録となる4打席連続本塁打。23日終了時で56勝57敗1分借金1だったチームは巨人−阪神−巨人と続く試練の8試合を迎えることになる。その初戦に登板を予定していた開幕から無傷の6連勝中の山中が右大胸筋肉離れの離脱で離脱という緊急事態に中4日登板を打診され,見事に応えた石川の熱投がチームを一つにした。26日巨人戦(神宮)0-0で迎えた4回裏2死満塁の場面で投手の小川が菅野智之に対しファールで喰らいつき,11球粘った末押し出し四球を選んでみせた。27日巨人戦(神宮)プロ初登板初先発寺田哲也が制球に苦しみながらも得点を与えず,8回裏2死二三塁から寺田の同級生川端が決勝打で巨人に同一カード3連勝。30日阪神戦(甲子園)には館山が自身5年ぶりの本塁打。9月2日巨人戦(金沢)では苦手のポレダを攻略し,試練と位置付けた8試合を6勝1敗1中止で乗り切ってみせた。

いざ頂点へ。9月10日DeNA戦(神宮)で石川が現役投手としては最多となる自身11回目の2桁勝利を挙げ阪神と並んで同率首位にたつと,チームとして連敗しない粘りをみせ僅かながらリードを保っていく。18日巨人戦(神宮)では左太腿のリハビリを行っていたバレンティンが復帰。翌19日巨人戦(神宮)では果敢な劇走で今季初のお立ち台に。21日阪神戦(甲子園),26日巨人戦(東京ドーム)と敵地で引導を渡し熾烈な三つ巴を制した。【表2-1】

【表2-2】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
201514376652.539-1.51574(1)518(4)107(2)83(3).257(1)3.31(4)
201414460813.42621.06667(1)717(6)139(3)62(5).279(1)4.62(6)
201314457834.40728.56577(3)682(5)134(2)70(4).253(4)4.26(5)
2012144686511.51120.03499(2)514(5)90(2)63(4).260(1)3.35(5)
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
201014472684.5146.54617(3)621(3)124(3)66(4).268(2)3.85(2)
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4)106(1).259(2)3.97(5)
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5)148(1).266(4)3.75(4)
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2)66(2).269(2)4.07(5)

得点数は昨年に較べ100近く減少するもリーグトップ。チーム打率も1分4厘下がったがそれでもなおリーグNo.1を誇った。バレンティンが1本塁打に終わったにもかかわらず本塁打数はリーグ2位。劇的に変わったのが投手陣,とりわけリリーフ陣であった。ロマン,オンドルセク,バーネットの3人が揃って登板した試合では23勝2敗2分と抜群の勝率を誇った。他にも先制した試合の勝率は.750(昨年は.575)逆転負けは昨年の38試合から19試合と半減した。【表2-2】

【表3】チーム別対戦成績
巨 人阪 神広 島中 日DeNAソフト日ハムロッテ西 武オリク楽 天
試合2525252525333333143
勝利121214131711212176
敗戦13131111821121265
引分000100100002
得点821039810010811171915129574
失点8210292966315211412615518
安打1802162202292342033332524261240
本塁1617142318414145107
三振143168147152166302515241722909
四球6686757172816111189433
死球5865613210037
併殺151618231521102396
盗塁111422131715000083
失策61614151113212071
打率.225.259.259.266.276.208.280.327.240.238.257.257
防御3.113.703.363.362.255.405.404.333.962.085.003.31

チームの貯金「11」のうち実に「9」が対DeNA戦。カード別の負け越しも巨人,阪神,ソフトバンク,埼玉西武,東北楽天にそれぞれ「1」ずつ。野村克也元ヤクルト監督が
”優勝するためにはカモにする相手を作らないと”と説いてたが優勝時にはこれがモノをいう。しかし昨年は8勝16敗と苦手にした相手だけに,油断は禁物か。【表3】

【表4】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
ヤクルト.987143545138181562713741404
巨 人.9871435471381315867229510812
阪 神.986143539938171505772851036
DeNA.9851435472380315878227010111
広 島.9841435621385916748828910610
中 日.9831435522383715919430311012

巨人は長年正捕手を務めていた阿部を一塁へコンバート。開幕はヤクルトからFAで加入した相川亮二と2年目の小林誠司の体制でスタートも,相川が故障で離脱すると阿部が捕手に再転向。その後も実松一成,加藤健らとの併用が続いた。広島は石原慶幸と会沢翼の併用で,先発投手によって二人を使い分けていた。中日は谷繁元信捕手兼任監督の後継者が現れず,松井雅人,杉山翔大,桂依央利らがマスクを被った。DeNAは嶺井博希,高城俊人,黒羽根利規を,阪神も藤井彰人,鶴岡一成,梅野隆太郎らを使い分けていた。シーズンを通して捕手を固定出来たのはヤクルトのみ。そして中村は135試合に出場し捕逸はわずかに3とその数字が際立った。3連戦トータルでの組み立て,さらには連投ある救援陣や相手打者の調子を把握しながらの組み立てが出来た強みがあった。【表4】

【表5】交流戦順位表と通算成績[2005-2015]
通算[2005-2015]
試合勝数負数引分勝率順位得点失点本塁盗塁打率防御率試合勝数負数引分勝率勝差
福岡ソフトバンク181260.6671位90592313.2872.9128216710411.616
北海道日本ハム181161.6472位82721213.2633.2628215012210.55117.5
千葉ロッテ181080.5565位8690134.2864.8828214712114.5491.0
巨 人187110.38911位60581416.2442.952821471269.5382.5
中 日187101.41210位5269914.2453.4928214013210.5156.5
埼玉西武181062.6253位7266207.2723.452821391376.5043.0
阪 神181080.5566位578094.2353.928213613610.5001.0
オリックス188100.4449位6747159.2402.612821361388.4961.0
東京ヤクルト18891.4718位8383196.2594.392821321437.4804.5
東北楽天181080.5564位65561713.2372.472821271514.4576.5
広 島18990.5007位79792110.2603.9828211415810.41910.0
横浜DeNA183141.17612位5993168.2594.732821051707.38210.5


今年も交流戦ではパ・リーグが圧倒的な力を見せつけた。今季から各チーム18試合制となり,各カードとも本拠地と敵地での3試合を隔年で行う方式に変更され,優勝球団は決めず,勝ち越したリーグの6球団に順位に応じて賞金が割り振られる方式になった。通算成績はパの61勝44敗3分となりこれで6年連続の勝ち越しとなった。勝率もソフトバンクが最高で,5位までをオリックスを除く5球団が独占した。セ・リーグでは阪神が唯一10勝8敗と勝ち越したのみ。とりわけ交流戦まで首位だったDeNAは引き分け挟んで10連敗を喫するなど3勝14敗と大きく負け越した。【表5】

DATE2015〜2番川端慎吾
【表6-1】セ・リーグ各球団イニング別得失点
チームイニング12345678910-合計
東京ヤクルト得点84615260667253704511574
失点5443636970636551391518
(勝利時得点67513846555236572911442
失点2116162830162018210186
(敗戦引分時得点1710141411201713160132
失点3327474140474533181332
巨 人得点5136626073527045319489
失点6234455437754645369443
阪 神得点60494748427348622610465
失点3842556986746774396550
広 島得点7837594960743862418506
失点62505555475651543212474
中 日得点43455463436950702610473
失点6835693859555179455504
横浜DeNA得点6143625064605860491508
失点98654965558957614514598


リーグトップの574得点を記録したが,そのうち15.1%にあたる84得点を初回に挙げた。これもまたリーグトップの数字で,今季の犠打数2という2番川端の存在もクローズアップされた。初回から犠打で簡単に1つのアウトを献上するのではなく,ビックイニングを狙う攻撃的真中野球の象徴とも言われた。セ・リーグ各球団の2番打者を見てみると菊池涼介(広島)の49犠打を始め,片岡治大(巨人)36犠打,大和(阪神)28犠打,亀沢恭平(中日)27犠打,白崎浩之(DeNA)22犠打といずれも20以上の犠打を記録している。

2番に川端が起用された試合は143試合中およそ半分の70試合あったが,初回における打撃成績を以下に抽出した。すなわちどのような状況で3番打者を最初の打席で迎えていたかの表である。【表6-2】

【表6-2】2番川端スタメン試合の初回攻撃内訳
結果結果状況得点勝敗
3/274山田中安左飛1死二塁1
3/284山田三振中飛2死0
3/294山田三ゴ二ゴ2死0
3/314山田右飛投ゴ2死0
4/14山田三振三振2死0
4/27荒木左飛遊ゴ2死0
4/37荒木中飛中安1死一塁5
4/47荒木一邪遊ゴ2死0
4/57荒木中飛右21死二塁0
4/77荒木三振左飛2死0
7/88比屋根遊ゴ左飛2死0
7/208比屋根中安左21死二塁2
7/218比屋根左飛遊安1死一塁4
7/228比屋根右安三振1死一塁2
7/248比屋根死球右安0死一二塁1
7/258比屋根遊ゴ遊ゴ2死1
7/268比屋根左2投犠失0死一三塁3
7/288比屋根三ゴ左飛2死0
7/298比屋根一邪一飛2死0
7/308比屋根中安右20死二三塁3
7/318比屋根四球四球0死一二塁4
8/18比屋根右安右安0死一三塁1
8/28比屋根右安走塁死左飛2死0
8/48比屋根遊ゴ三振2死0
8/58比屋根遊ゴ中安1死一塁0
8/68比屋根中安中安0死一三塁1
8/78比屋根中安四球0死一三塁1
8/88比屋根遊ゴ中安1死一塁0
8/98比屋根三振四球1死一塁1
8/118比屋根右飛左飛2死1
8/128比屋根遊ゴ中安1死一塁1
8/138比屋根三振遊失1死一塁0
8/148三輪四球三ゴ1死二塁0
8/158比屋根三ゴ二ゴ2死0
8/168比屋根二飛二ゴ2死0
8/188比屋根三振中飛2死0
8/198比屋根右安右安0死一三塁4
8/208比屋根三ゴ四球1死一塁0
8/218比屋根死球三失0死一二塁0
8/228比屋根左本一ゴ1死2
8/238比屋根三振一ゴ2死0
8/258比屋根中安右安0死一二塁1
8/268比屋根三振遊ゴ2死0
8/278比屋根右飛遊ゴ2死0
8/288三輪遊直一ゴ2死0
8/298比屋根中安三ゴ1死三塁1
8/308比屋根左飛二直2死0
9/28比屋根中安三ゴ1死三塁2
9/48比屋根右安遊ゴ1死二塁3
9/58比屋根二ゴ中飛2死0
9/68比屋根三振四球1死一塁0
9/108比屋根二飛中安1死一塁0
9/128上田四球投併2死0
9/138上田二ゴ二飛2死0
9/158比屋根左安遊ゴ1死一塁0
9/168比屋根四球四球0死一二塁1
9/188比屋根投ゴ一直2死0
9/198上田二ゴ三ゴ2死0
9/208比屋根中飛中安1死一塁0
9/218上田一ゴ四球1死一塁0
9/229荒木中安投犠失0死一二塁2
9/238上田一ゴ三ゴ2死1
9/249荒木左飛中安1死一塁2
9/268上田死球打妨0死一二塁3
9/278上田中安遊ゴ1死一塁0
9/288上田左安右中20死二三塁1
9/298上田二ゴ中安1死一塁0
10/28上田三振中安1死一塁1
10/38上田遊ゴ中安1死一塁1
10/48上田投ゴ遊ゴ2死0


川端自らがあげた打点は1試合のみ。一方で川端の打席で走者を三塁まで進める状況を作り出した試合は9試合あっていずれの試合でも初回に得点をあげている。さらにはランナーを置いて川端に回った26試合でも,左方向の打球が多く,左打者が右方向に引っ張って一二塁間を破って走者を進めるというセオリーにも全く囚われることなく自身の打撃スタイルを崩していなかったことも読み取れる。余談になるが,比屋根が初回に出塁した試合は19試合あったが,うち16試合で初回得点を記録している。

おわりに〜2016シーズンに向けて
 14年ぶりの優勝を果たしたその日七條佑樹江村将也赤川克紀大場達也金伏ウーゴ川ア成晃中根佑二阿部健太に戦力外が通告された。14年ぶりに出場した日本シリーズではソフトバンクに圧倒され,選手層の差も明らかになった。

鉄壁を誇った救援陣もロマンとバーネットが退団したことで,再構成を余儀なくされる。先発候補としてヤンキースからメジャー通算43勝65敗の右腕カイル・デイビーズを獲得。さらにプレミア12でのドミニカ代表左腕ルイス・ペレス,元レイズの右腕ジョシュ・ルーキの獲得に動いた。とはいえ未知数。

左投手では久古と中澤の負担が大きかったため,1年目一軍登板なく終わった竹下真吾中元勇作。1試合の登板に終わった岩橋慶侍,昨年までローテーションを守りながら今季は2試合の先発登板のみに終わった八木亮祐 ,2007年以来自身2度目の一軍登板無しに終わった村中恭平,ハワイウィンターリーグで経験を積む児山祐斗。彼らの台頭が待たれる。

一軍登板2試合で3イニング計3失点と打ち込まれた木谷良平は背番号16をはく奪された。土肥寛昌はファームで37試合に登板も課題を残す。右肩痛からの復帰を目指す由規平井諒中島彰吾と同じ育成枠となる。田川賢吾もリハビリからの復帰が待たれる。3年連続で50試合以上に登板してブルペンを支えてきた山本哲哉は右肘内側側副靭帯再建手術に踏み切ることとなった。

捕手は中村がほぼ一人でマスクを被り続けたことで,西田明央はファームで実戦経験を積む日々。田中雅彦星野雄大藤井亮太が一軍帯同という難しい役回りをこなした。藤井は外野手としてスタメン出場の機会も与えられた。高卒ルーキー山川晃司は捕手としての課題に取り組む日々。巨人から移籍の井野卓は怪我に泣いた。

一軍内野手の壁は厚いものの少ないながら与えられた出番で持ち味を発揮した西浦直亨谷内亮太は鍛錬の日々を送る。巨人から人的補償で獲得した奥村展征だったが腰痛でほぼ一年を棒に振ってしまった。

原泉は貴重な右の長距離砲としての期待が懸かる一方で,。ベテランの域に差し掛かった武内晋一飯原誉士は怪我があったとはいえすっかり存在感を失ってしまっている。持ち前の長打力が鳴りを潜めてしまった松井淳,開幕から極度の打撃不振に陥り背番号36がはく奪となった山田の翌年のドラフト1位川上竜平も危機感が強まる。球団は固定することができなかった1番・センター候補としてオリックスを自由契約となった坂口智隆と,北海道日本ハムを自由契約になった鵜久森淳志,2人の外野手の獲得に動いた。

日本シリーズ開幕前々日に開かれた ドラフト会議では原樹理(投手・東洋大)廣岡大志(内野手・智弁学園高)高橋奎二(投手・龍谷大平安高)日隈ジュリアス(投手・高知中央高)山崎晃大朗(外野手・日本大)渡邉大樹(内野手・専大松戸高)の6名を指名した。

「つばめ改革」をスローガンに掲げた就任1年目。選手の意識改革の一端はコーチが担った。走塁面では三木肇作戦兼内野守備走塁コーチと福地寿樹外野守備走塁コーチによって一つ先の塁を狙う意識が生まれた。高津臣吾投手コーチ,伊藤智仁投手コーチ,野村克則バッテリーコーチが一体となり連携をとったことで,投手と捕手の信頼関係はより強固なものとなった。杉村繁チーフ打撃コーチ,宮出隆自打撃コーチが築き上げてきたリーグNo.1の打撃力は今年も健在だった。そして来季はこれまで三木コーチが担っていた戦略面を押尾健一スコアラーが作戦コーチを兼務する形となる。

その傍ら108試合39勝64敗5分 勝率.379と断トツの最下位に終わったファームは,伊東昭光二軍監督,山部太二軍投手コーチ,池山隆寛野手総合コーチ,土橋勝征二軍外野守備走塁コーチ,伊勢孝夫バッティングアドバイザーが退団。宮本賢治二軍監督が就任し,成本年秀二軍投手コーチ,石井弘寿二軍投手コーチ,斉藤宜之二軍打撃コーチ,松元ユウイチ二軍打撃コーチ,水谷新太郎二軍内野守備走塁コーチ,笘篠誠治二軍外野守備走塁コーチ,芹澤裕二二軍バッテリーコーチという体制に生まれ変わる。

日本シリーズを戦い終え,選手たちは口々に”連覇”そして”日本一”という目標を掲げている。

ヤクルトが日本シリーズで敗れた翌年は必ず優勝するジンクス。

球団史上2度目の連覇。そして15年ぶりの日本一へ。2016年真中ヤクルトの目標はただひとつだ。

東京ヤクルトスワローズ2015セントラルリーグ優勝記念オフィシャルDVDと同じように締めくくりたいと思う。
振り返れば2013年4月5日。館山の離脱という悪夢から始まったような気がする。2年連続の最下位からの優勝。3年越しの壮大なヒューマンドラマを見せてもらった2015年―。
いま改めて思う。東京ヤクルトスワローズを好きでよかった。

参考資料
『サンケイスポーツ特別版臨時増刊 ヤクルト14年ぶりセ界一』産業経済新聞社,2015.10
『週刊ベースボール11月1日号増刊 東京ヤクルトスワローズ優勝記念号』第70巻 第54号 通産3348号,ベースボールマガジン社,2015.10
『輝け甲子園の星増刊 2015激闘セ・リーグ優勝速報号 おめでとう東京ヤクルトスワローズ』日刊スポーツ出版社,2015.10
『週刊ベースボール』第70巻 第65号 通産3359号,ベースボールマガジン社,2015.12

「ニッカンスコア速報」
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2015/s201503.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2015/s201504.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2015/s201505.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2015/s201506.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2015/s201507.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2015/s201508.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2015/s201509.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2015/s201510.html
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2014年12月27日

総括2014―2年連続最下位

はじめに
 昨シーズン限りで現役引退した宮本慎也氏に,スワローズは「決して明るい未来ではない」と苦言を呈された。オフの補強は2年ぶりの日本復帰となる真田裕貴,新外国人クリス・ナーブソンクリス・カーペンターの3名のみ。シーズン前の評論家諸氏の順位予想では,ほぼ全員に”最下位”と予想された。

 それでも故障者の復帰が最大の補強という淡い期待感はあった。ところがキャンプでドラフト1位ルーキー杉浦稔大が右肘内側側副靱帯断裂し離脱。4月2日広島戦(マツダ)で守護神トニー・バーネットがベースカバーの際に左膝後十字靱帯を部分断裂。右肘靭帯再建手術から復活を目指していた館山昌平は4月5日イースタン巨人戦(戸田)で1球投じたところで降板。検査の結果右肘関節外側滑膜ヒダ・骨棘切除術,前腕屈筋腱縫合術,内側側副靭帯再建手術に踏み切り今季絶望。

 4月6日阪神戦(神宮)では村中恭兵が腰に張りを訴え翌日に登録抹消。そして昨季最多勝と新人王を獲得し開幕投手にも指名された小川泰弘が4月18日阪神戦(甲子園)で阪神・鳥谷敬の打球を腕に受け右手有鉤骨鉤骨折。6月にはバーネットに代わりストッパーを務めていたオーランド・ロマンが右肘変形性肘関節症の手術のため渡米。4月10日に腰椎椎間板ヘルニア摘出手術を受けた田川賢吾のほか,平井諒が右肩クリーニング手術,金伏ウーゴが左肘内側側副靭帯再建術手術,育成枠の中根佑二が右膝十字靭帯損傷靭帯再建手術からのリハビリでいずれも一年間ファーム含め実戦登板無く終わるなど投手の絶対的な頭数が不足しており,投壊はもはや避けては通れなかった。

 リーグワーストの防御率4.62,失点717はともにリーグワースト。2年連続最下位という結果は当然といわれても止む無しか。先発陣の防御率4.64,救援投手陣の防御率4.58と援護をもらっても投手陣が守りきれない試合が目立った。交流戦前の6連勝で4位まで浮上したがあとは5位6位を彷徨うばかり。7月11に最下位に転落すると以後一度も這い上がることなく9月29日に球団史上ワーストタイとなる2年連続最下位が確定。併せて小川淳司監督の退任と真中満新監督誕生の運びとなった。

 そんな状況下でも石川雅規はチームで唯一規定投球回数をクリアしかつ自身3年ぶり10度目となる二桁勝利を達成し投手陣を支えてくれた。小川は約3ヶ月の離脱がありながら9勝6敗と3つの貯金を作り,同じく2年目の石山泰稚は7月から先発に配置転換されると,勝ち星にこそ恵まれなかったが適性を感じさせる投球内容を披露。開幕ローテーション入りした秋吉亮も勝ちパターンの起用に落ち着きルーキーながら61試合に登板し19ホールドをマーク。中澤雅人も8月以降中継ぎとして23試合で防御率1.80という数字を残した。9月に入ってようやく一軍初登板を果たした杉浦も4試合に先発し2勝を挙げるという潜在能力の高さを示した。八木亮祐は昨年と同じ5勝ではあったが,負け数を13→6に減らした。7月5日広島戦(マツダ)では岩橋慶侍が,9月3日中日戦(神宮)で徳山武陽が嬉しいプロ初勝利を挙げた。また5月3日対阪神戦(神宮)では久古健太郎がプロ野球史上2人目となる打者0での勝利投手に,9月5日巨人戦(神宮)では七條佑樹が自身719日ぶりとなる白星をプロ初の完投勝利で飾りお立ち台で涙した。

 昨年の経験を糧に一年間通しての活躍が期待された木谷良平古野正人だったが,それぞれ4勝と3勝,赤川克紀は2年連続未勝利。江村将也は左肘の状態が思わしくなく19試合の登板に終わった。山本哲哉は3年連続50試合以上登板も防御率を3.55と大きく下げてしまった。松岡健一も先発から中継ぎに再転向させられるなど苦しいシーズンとなった。佐藤由規大場達也児山祐斗は一軍での登板は無かった。

 一方で攻撃陣はリーグ最高いや球団史上最強ともいえる布陣となった。
 その筆頭が日本人右打者最多安打記録を更新した山田哲人だ。193安打,29本塁打,15盗塁。190安打以上はプロ野球史上16人目,22歳シーズンでの到達は1994年イチロー(オリックス)の21歳に次ぐ年少記録。4月から9月まで6ヶ月連続先頭打者本塁打というのはプロ野球初の珍記録となった。

 1番打者の山田に牽引され,8月には球団記録を更新する8試合連続2桁安打,プロ野球タイ記録となる8試合連続7得点以上も成し遂げた。山田のほか,高井雄平(.316),畠山和洋(.310),川端慎吾(.305),ウラディミール・バレンティン(.301)と規定打席に達した5人全員が打率3割以上。松元ユウイチの代打成績も.317と高いものだった。チーム打率も昨年の.253から.279に,総得点も577から667へと大幅にアップしている。開幕4番を務めながら右肩関節上方関節唇損傷手術のため10試合の出場で帰国したラスティングス・ミレッジ不在など全く感じさせない陣容だった。

 それでもチームの勝利に結びつかなかったのには,投手陣の弱さとともに守備力の低さにも一因があった。守備率(.982)と失策数(97)はいずれもリーグワースト2位。守備位置別で見ると,二塁手・山田が2位の13失策。三塁手・川端が1位タイの14失策。遊撃手森岡良介が4位タイの10失策。外野手も雄平,上田剛史がともに1位タイの7失策。比屋根渉は56試合の出場で5失策。飯原誉士の最終戦で犯したシーズン唯一の失策もあまりに印象が悪かった。薄暮で打球を見失ったり,クッションボールを誤ったり,他の野手との連携ミスによって進塁を許してしまうという記録に表れないミスが多く目立った。

 またセンターラインの一角である遊撃手は,西浦直亨が開幕スタメンの座を射止めたものの打力不足もあって,森岡,開幕直後日本ハムから増渕竜義とのトレードで獲得した今浪隆博荒木貴裕川島慶三(7月に新垣渚山中浩史との交換トレードで,日高亮とともにソフトバンクへ移籍),谷内亮太とのべ6選手が入れ替わりでスタメン起用されたが,シーズン通して固定とはいかなかった。

 捕手では中村悠平がスタメンマスクを92試合任され自己最多となる99試合に出場。相川亮二は47試合に留まり「横一線で競争できる環境」を求めてFA移籍を決断した。シーズン終盤には西田明央も5試合起用され9/24広島戦(神宮)ではプロ初本塁打を放つなど台頭をアピールした。他に一軍でマスクを被ったのは複数ポジションをこなせる藤井亮太のみで,田中雅彦星野雄大には一軍登録がなかった。

 田中浩康は山田にセカンドのポジションを完全に奪われた形となり,ファーストあるいはサードでの出場機会を窺った。武内晋一は55試合,三輪正義は4年ぶりに50試合以下となる32試合,昨年開幕スタメンを勝ち取った松井淳は10試合の出場に留まった。川ア成晃はファーム8位の打率.294でイースタン・リーグ優秀選手賞を受賞。2011年ドラフト1位川上竜平は3年目を迎えたが未だ一軍登録すら叶わない状態でいる。

【表1】セ・リーグ順位表
順位チーム試合勝数敗数引分勝率勝差得点失点本塁打盗塁打率防御率
1巨 人14482611.573596552144102.2573.58
2阪 神14475681.5247.05996149455.2643.88
3広 島14474682.5210.564961015396.2723.79
4中 日14467734.4796.05705908775.2583.69
5DeNA14467752.4721.056862412176.2533.76
6ヤクルト14460813.4266.566771713962.2794.62


 巨人が3連覇を果たしたシーズンではあったが,昨年までの圧倒的な戦力は感じなかった。打撃10傑に入った選手は皆無。阿部慎之介は打率.248。最優秀防御率を獲得しMVPにも輝いた菅野智之が途中離脱し,内海哲也も7勝止まり。スコット・マシソン,山口鉄也,西村健太朗のいわゆる勝利の方程式も鉄壁には程遠かった。それでも勝ててしまう総合力,負けない強さを感じさせた1年だった。
 とりわけ接戦の試合終盤で起用される鈴木尚広の起用法が見事だった。42回の代走起用のうち23回生還し,その際の勝率は22勝1敗という強烈な印象を残させた。ここから学ぶべきものが他球団にもあるはずだ。【表1】

チーム成績
【表2-1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
32110.5003.35121363.00.5003
4258170.3205.273301281525.74.3335
52513111.5421.309281451174.45.4315
616781.4674.255868804.41.4395
7226160.2736.27215721124.72.3986
82514110.5603.291331371244.67.4346
9259151.3756.26121911064.05.4236
104220.5004.248213203.25.4266

 月別成績を見ると4月の防御率が5.74。25試合で失点152ということでは1試合平均6.08点奪われた計算となる。ペナントレースを戦う上で序盤で躓くとやはり厳しくなる。それでも5月は月間首位と意地を見せた。5月,8月と勝ち越した月はチーム打率も高い。やはり打ち勝つしかなかった一年だった。【表2-1】。

【表2-2】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
201414460813.42621.06667(1)717(6)139(3)62(5).279(1)4.62(6)
201314457834.40728.56577(3)682(5)134(2)70(4).253(4)4.26(5)
2012144686511.51120.03499(2)514(5)90(2)63(4).260(1)3.35(5)
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
201014472684.5146.54617(3)621(3)124(3)66(4).268(2)3.85(2)
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4)106(1).259(2)3.97(5)
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5)148(1).266(4)3.75(4)
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2)66(2).269(2)4.07(5)

 2年連続最下位とはいえ,首位とのゲーム差は28.5→21.0と7.5差縮まっている。2012年は3位ながら首位巨人と20.0差離されていたのだから,それと比べてもリーグ間の戦力差は縮まりつつある。打率(.279),得点(667)ともにリーグトップ。防御率(4.62),失点(717)ともにリーグワースト。とにかく今年はこの数字に尽きるのだろう。【表2-2】。

【表3】チーム別対戦成績
巨 人阪 神広 島中 日DeNAソフトオリク日ハムロッテ西 武楽 天
試合2424242424444444144
勝利1111812813112260
敗戦131316111621232281
引分000101010003
得点1201331021078122172029279667
失点106131140102107231227312612717
安打2562602312102024530435041331401
本塁2523232822513351139
三振134158144136146423129192018877
四球7886646957111322131614443
死球31075411201135
併殺1712221827106126112
盗塁9111210825002362
失策151614161614551497
打率.294.309.272.265.249.287.226.295.325.285.258.279
防御3.915.025.524.004.215.082.505.927.076.693.094.62

 巨人と阪神にそれぞれ1つの負け越し。中日に1つの勝ち越し。交流戦はトータルで2つの負け越し。これだけ切り取るとそこまで極端に悪い成績ではない。広島とDeNAにそれぞれ8つずつ負け越し,2チームから”お客さん”扱いされてしまっては最下位という順位は必然といえる。仮にDeNAとの対戦成績が12勝12敗であったなら,最終勝率はヤクルト.454,DeNA.444となり順位が逆転した計算になる。また今季のDeNA戦は予め8カード中7カードが金土日月に組まれており,井納翔一とモスコーソがともに対ヤクルト戦に7試合ずつ先発登板。計3勝9敗と完全にカモにされてしまったことも大きく影響しただろうか。【表3】。

【表4】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
巨 人.987144566639191676713351235
中 日.9861445522388015677540514910
阪 神.98413144535938461428853161124
広 島.98410144560038511660893871435
ヤクルト.982144546838491522973671326
DeNA.97914455613868157711639114310

 守備率(.982)と失策数(97)はいずれもリーグワースト2位。2011年にはリーグトップの守備率.990を誇ったチームだ。守備の重要性は明らかである。【表4】

【表5】交流戦通算成績[2005-2014]
[2005-2006][2007-2014]
試合勝数負数引分勝率勝差試合勝数負数引分勝率試合勝数負数引分勝率
福岡ソフトバンク2641559811.6137243281.6061921127010.615
巨 人2641401159.54916.07231374.456192109785.583
千葉ロッテ26413711314.5480.57247241.662192908913.503
北海道日本ハム2641391169.5450.57229412.414192110757.595
中 日2641331229.5226.07235361.49319298868.533
オリックス2641281288.5005.57229403.42019299885.529
埼玉西武2641291314.4961.07237341.52119292973.487
阪 神26412612810.4960.0 7242282.600192841008.457
東京ヤクルト2641241346.4814.07242300.583192821046.441
東北楽天2641171434.4508.07228440.38919289994.473
広 島26410514910.4139.07227441.380192781059.426
横浜DeNA2641021566.3955.07234380.472192681186.366

 2007年から続いてきた各カード4試合(ホーム,ビジター各2試合)の計24試合制度が,来シーズンから各カード3試合となり,隔年で本拠地と敵地で3連戦を戦う形に変更される。3連戦と変則的2連戦では戦い方にも影響を与えるのだろうか。原則3連戦だった2005-2006年の方が2007-2014年と比較して勝率が1割以上高いチームはロッテ,阪神,ヤクルト,DeNAの4球団。ヤクルトにとって試合数の変更が交流戦アレルギー克服のキッカケとなるか注目したいところ。【表5】

小川監督への感謝
 例年気になった視点からのデータ検証をしてきたが,今年に関してはここをどうにかしてもどうなるものではないレベルの試合が続いたし,先にも述べたように守備での記録に表れないミスがあまりに目立ったことが最下位の原因であると思うので,今年は小川監督への謝辞をもって締めくくりとしたい。

 2010年5月26日。あまりに突然の監督代行就任だった。球団幹部からの急な要請に責任はヘッドコーチの自分にもある。なにより自分は監督の器ではないと断ったそうだが,「誰かが監督をやらないといけないんだ」と強い口調で返されたことで受諾したと言われている。12球団一地味で目立たない監督。かくいう自分も就任当初はこう思った。ところが就任後からチームの雰囲気がガラリと変わった。

 試合でミスをすればベテランでも降格。外国人も結果がでなければスタメンから外す。それまで出場機会に恵まれなかった選手の抜擢。勝てば選手の手柄,負ければ監督の責任。その姿勢は一貫していた。

 さらにはそれまで14勝41敗1分の借金27で”犬”とまで揶揄された巨人相手に,同じメンバーで戦って8勝7敗1分と勝ち越した。59勝36敗3分と脅威の成績。既定路線と見られていた荒木大輔投手コーチ(当時)の監督就任を覆した。それはファンの誰しもが納得する選択であった。

 正式に監督に就任した2011年は終盤まで首位を走りながら,土壇場で中日にひっくり返されての2位。翌2013年も3位にはなったが,いずれもクライマックスシリーズで中日に敗れて日本シリーズ進出は叶わなかった。そして2013,2014年は故障者の続出もあって2年連続で最下位。この責任を痛感した小川監督は選手で10年,指導者として19年間背負い続けたスワローズのユニホームに別れを告げた。

 監督代行時代も含めて5年間で積み上げた白星の数は314。この数字は野村克也監督(628勝=1990-1998年),若松勉監督(496勝=1999-2005年)に次いで球団歴代3位。2年連続Aクラス入りも,小川監督以外には若松監督(4年連続=2001-2004年),野村監督(3年連続=1991-1993年),広岡達朗監督(2年連続=1977-1978年)しかいない。2011年8月2日対中日戦(ナゴヤドーム)では球団史上最速通算176試合目での監督通算100勝(176試合100勝62敗14分)を達成した。紛れもなく球団史に名を残す名将である。

 そんな監督にもシーズンが進むにつれ容赦ない罵声が浴びせられたのは事実だ。それでも2010年に瀕死のチームを救ってくれた小川監督。一度溺れそうになったところを助けてくれた人にそんな声を浴びせられるだろうか?私には出来ない。だからブログ上の采配批判からも逃げてきた。実際今季は試合後の監督談話にもどこか他人事のように感じられることも多々あったが,それでもこの気持ちがあったから感情を露わにするという面に欠けた印象をもたれた事にも納得している。

 「やっぱり悔しさかな。2年連続最下位っていう悔しさは当然ありますけど,それと2011年に優勝できなかったっていう悔しさと両方かなぁ」と悔しさを口にした小川監督。それでも決して途中で投げ出さず最後まで戦い抜き次期監督に”代行”という肩書なく託すという小川監督なりの責任の全うの仕方があったようだ。任期途中で投げだす事の功と罪。投げだす事は容易でも途中から任される事の責任の重さ。「辞める方が楽になれるかもしれない。でも最後までやる。オレからは辞めない」―7月10日の朝小川監督はこう報道陣に語ったそうだ。

 指揮官が最も印象に残っている試合は監督代行として初めて指揮を執った2010年05月27日楽天戦(神宮)だという。この日最後に綴った「コミュニケーション・風通し・活気。勝利こそ掴めなかったが,止まっていた何かが動き出した気もした。」という一文はいま読み返しても何かグッとくるものがある。個人的には2011年07月07日巨人戦(神宮)。最終回2死満塁カウント2-1から一塁走者相川に代走川本良平を告げサヨナラ勝ちを収めた試合。これほどまでに監督采配の妙を魅せてもらった試合もなかなかない。

 小川監督を胴上げするという願いは結局叶うことなく終わってしまったが,山田,川端,雄平といった小川監督の蒔いた種と,出しかけている芽がが大輪の花を咲かせることを願うばかり。監督からシニアディレクターと立場は変われども,自らが蒔いた種は必ず最後まで面倒を見てくれるはずだから…。

【表6】小川淳司監督通算成績
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
20109859363.621*4473(2)421(2)124(3)87(3).283(2)3.86(2)
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
2012144686511.51120.03499(2)514(5)90(2)63(4).260(1)3.35(5)
201314457834.40728.56577(3)682(5)134(2)70(4).253(4)4.26(5)
201414460813.42621.06667(1)717(6)139(3)62(5).279(1)4.62(6)


おわりに〜2015シーズンに向けて
 ナーブソン,カーペンターの両外国人投手と阿部健太山本斉押本健彦,真田,新田玄気岩村明憲野口祥順又野知弥,育成の佐藤貴規が退団。

 ドラフト会議では高校生・安楽智大(済美高→東北楽天)の競合に外れると,即戦力の社会人竹下真吾(ヤマハ)に指名方針を切り換え,風張蓮(東農大北海道オホーツク),寺田哲也(四国IL・香川),中元勇作(伯和ビクトリーズ),土肥寛昌(ホンダ鈴鹿),育成中島彰吾(福岡工大)と8人中6人を社会人・大学・独立リーグ出身の投手で固めた。野手の指名は捕手の山川晃司(福岡工大城東)と外野手の原泉(第一工大)の2名。

 そして何より球団史上初めてFA選手を2名獲得した。まずは北海道日本ハムから遊撃の守備力に定評のある大引啓次を獲得。さらには千葉ロッテから2009年から4年連続で2桁勝利を挙げ,通算90勝の左腕成瀬善久の獲得にも成功した。これに伴う人的補償はなく,相川の移籍で手薄になっていた捕手を補うべく巨人から戦力外通告を受けていた井野卓が入団。

 年内決着とはならなかったが,レッズからFAとなっていたメジャー通算281試合登板,21勝11敗2セーブを誇る203cmの長身右腕ローガン・アンドルセクとも大筋契約合意したもようだ。相川の人的補償も求める方向で年明けには決着がつきそう。

 小川監督の腹心であった佐藤真一作戦兼打撃コーチ,さらに城石憲之内野守備走塁コーチ,小野公誠バッテリーコーチが退団。
 真中監督をサポートするコーチ陣は,ヘッド格の作戦(兼内野守備走塁)コーチに三木肇二軍内野守備走塁コーチが昇格。高津臣吾伊藤智仁両投手コーチは留任。新任だった高津コーチは春先投手陣再編に苦労したが,石山,秋吉,中澤らの配置転換がようやく終盤になって形になってきただけに2年目は防御率の改善に着手してほしいもの。山田との師弟コンビも大きく取り上げらられた杉村繁打撃コーチはチーフ打撃コーチに。宮出隆自二軍打撃コーチが一軍に昇格し来季は一塁ベースコーチを務める。三塁ベースコーチとして的確な指示を見せてくれた福地寿樹外野守備走塁コーチ。バッテリーコーチには野村克則二軍バッテリーコーチが昇格。一気に若返る捕手陣にどうリードを教育していくのか見もの。

 ファームは伊東昭光二軍監督。山部太石井弘寿投手コーチに加え,社会人・東京ガスから成本年秀チーフ投手コーチが新たに就任。池山隆寛打撃コーチは将来的な視野もあるか野手総合コーチという立場に。斉藤宜之打撃コーチはスカウトからの異動となった。9年ぶり復帰となった水谷新太郎内野守備走塁コーチ。土橋勝征外野守備走塁コーチ。伊勢孝夫チーフ打撃コーチは年齢を考慮してかバッティングアドバイザーという肩書に。バッテリーコーチには韓国・三星から芹澤裕二コーチが招聘された。

 2015年は親会社のヤクルト本社にとって創業80周年の節目の年。1970年にヤクルト本社が球団経営権を取得してから3年連続最下位はおろか,丸15年間優勝から遠ざかったことも皆無だ。
 優勝から遠ざかる事14年―そのリミットとなる年に最下位から一気に頂点まで羽ばたくことができるだろうか。

 1994年広沢克己(→巨人)2000年川崎憲次郎(→中日)ヤクルトからセ・リーグ他球団にFA移籍があった翌年のスワローズはいずれも優勝しているジンクス。

 1987年阿波野秀幸(近鉄)2001年赤星憲広(阪神)と最下位から新人王を輩出した2年後にチームが優勝しているジンクス1997年小坂誠(ロッテ)という例もありますがそもそもロッテはレギュラーシーズン1位での優勝は1970年以降無いし…

 2年連続最下位からの逆襲―ヤクルト本社創業80周年&真中新監督船出イヤーの2015年。大いに期待しようじゃないか。

参考資料
『週刊ベースボール』第69巻 第68号 通産3292号,ベースボールマガジン社,2014.12
日刊スポーツ 第24637号,日刊スポーツ新聞社,2014.12.11
「ニッカンスコア速報」
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2014/s201403.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2014/s201404.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2014/s201405.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2014/s201406.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2014/s201407.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2014/s201408.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2014/s201409.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2014/s201410.html
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2013年12月25日

総括2013―6年ぶりの最下位

はじめに
 小川淳司監督就任3年目のシーズンは借金26で2007年以来6年ぶりに最下位に終わったが,ウラディミール・バレンティンがリーグMVPを,ルーキーの小川泰弘が新人王を獲得。投打2人が記録をつくるもチーム成績につながらなかった1年となった。

 バレンティンは開幕前のWBCにオランダ代表として出場した際に左内転筋の肉離れを起こし開幕には間に合わなかった。開幕13試合目となる4月12日巨人戦(東京ドーム)からチームに合流した。この時点で横浜DeNAトニー・ブランコは6本の本塁打を放っていたが,バレンティンの猛追が始まる。復帰3試合目までヒット1本だったが,4試合目の4月16日中日戦(神宮)で1号2号を連発。29日DeNA戦(横浜)では春先恒例のハマスタ3連発を放つなど4月に8本。5月末には7本差あったが,6月に4本のブランコに対し,バレンティンは11本放ちついに並ぶ。7月2日のDeNA戦(平塚)で追い抜くとその後はバレンティンの独り舞台。9月11日広島戦(神宮)に55号を放ち,1964年王貞治(巨人),2001年タフィー・ローズ(大阪近鉄),2002年アレックス・カブレラ(西武)のもつ日本記録に並ぶと,4日後の9月15日阪神戦(神宮)で56号,57号を連発し日本記録を樹立。最終的にはシーズン60本で本塁打王のタイトルを獲得した。

 小川はプロ初登板の4月3日広島戦(マツダスタジアム)で7回2死まで2失点(自責0)でプロ初登板初勝利を挙げると,4月は3勝0敗。アメリカ大リーグ往年の名投手ノーラン・ライアンを参考にしたという左足を高く上げる豪快なフォームがたちまち話題となった。5月2勝1敗,6月3勝1敗。6月15日オリックス戦(京セラドーム大阪)から8月3日広島戦(神宮)にかけてはすべて土曜日に登板し,完封2を含む7連勝。6月22日広島戦(マツダスタジアム)の7勝目は,開幕63試合目にしてチーム初完投勝利。7月13日広島戦(神宮)の10勝目は,セ・リーグでは1999年上原浩治(巨人)以来14年ぶりのルーキー10勝1番乗りとなった。9月7日まで白星から見放されたが,その後4勝を挙げ終わってみれば16勝4敗で最多勝と最高勝率のタイトルを獲得。ルーキーの15勝以上は史上13人目,最多勝はセ・リーグで4人目。

 同じくルーキーの石山泰稚も60試合に登板し3勝3敗10セーブ。新人投手で60試合以上登板はセ・リーグ9人目という働きを見せてくれた。

 19年間の長きにわたりチームを支えてきた宮本慎也が現役引退を発表。通算2162試合出場は球団史上1位,2133安打は若松勉の2173に次ぐ球団史上2位となった。

 開幕投手を務めた館山昌平が,2試合目の登板となった4月5日DeNA戦(神宮)の試合中に右肘に痛みを訴え降板。右肘靭帯再建手術を受けることになり今シーズン中の復帰は絶望となった。館山と同じ日に中継ぎの日高亮も左肩痛で抹消されている。4月6日DeNA戦(神宮)では相川亮二がホームベース上でブランコの強烈なタックルを受け左肩鎖関節亜脱臼。4月17日中日戦(神宮)では打球を追った高井雄平が右膝前十字靭帯を断裂。平井諒は右肩痛を訴えクリーニング手術を受け実戦復帰まで半年を要することに。5月12日阪神戦(松山)では開幕直前に川本良平との交換トレードで移籍してきた田中雅彦がマット・マートンのタックルを受け左鎖骨骨折。交流戦を前にヤ戦病院は深刻化していた。

 開幕スタメンを果たした松井淳は6月2日ファーム巨人戦(戸田)で死球を受け左前腕部骨折。金伏ウーゴもシーズン途中に左肘内側側副靭帯再建術手術を受けた。前年右肘靭帯再建手術を受けた山本斉はファームでの実戦復帰にとどまった。

 交流戦期間中の6月9日に早くも自力優勝の可能性が消滅。前半戦を1986年以来実に27年ぶり最下位で折り返すと,その後もなかなか波に乗れないチームは結局1度の月間勝ち越しすらないまま,10月1日に6年ぶりの最下位が確定した。

 誤算を挙げればきりがないが,前年セーブ王に輝いた守護神トニー・バーネットが不安定な投球から救援失敗を繰り返し,館山に代わるローテーションを期待し獲得したクリス・ラルーは5試合に先発登板し0勝2敗,防御率9.00と散々な結果に終わり,前年9勝のオーランド・ロマンも起用法が一貫せず3勝止まり。5年続けて50試合以上に登板してくれた押本健彦も勤続疲労か本来の投球内容に程遠く,スワローズ移籍後最少となる26試合の登板に終わってしまった。

 ドライチ4兄弟は村中恭平の挙げた5勝のみ。赤川克紀は勝ち星なしに終わり,増渕竜義は中継ぎで5試合に登板しただけ。佐藤由規は4月11日に右肩のクリーニング手術を受けたため今年も実戦登板なし。中澤雅人七條祐樹も登録と抹消を繰り返すばかりで一軍定着はならなかった。

 野手では川端慎吾がキャンプ早々に脊柱起立筋肉離れでリタイア。回復が思わしくなく4月22日には左足首関節の手術を受け,実戦復帰は7月にずれ込んだ。それと入れ替わるかのようにラスティングス・ミレッジが8月7日中日戦(ナゴヤドーム)で打球を追った際着地に失敗し左脹脛肉離れで離脱。畠山和洋は左内腹斜筋肉離れ,武内晋一も右膝蓋骨骨折でシーズン途中離脱した。正捕手が期待された中村悠平は大きな怪我こそなかったものの,再調整で二軍落ちを命ぜられるなどプロの壁にぶつかり,結局一年間登録抹消の無かった選手は自己最多の64試合に登板し,25ホールドをマークした山本哲哉森岡良介の2人のみだった。

 こうしたチーム状況下で新たな戦力も芽生えた。5年目の八木亮祐が7月2日DeNA戦(平塚)でプロ初完封勝利を挙げるなど,1年間通してローテーションを守った。7月3日DeNA戦(横浜)では阿部健太が大阪近鉄時代の2003年9月14日以来,国内のみでは史上最長となる3580日ぶりの勝利投手となった。4月23日広島戦(神宮)で江村将也,7月12日広島戦(神宮)で木谷良平,8月6日中日戦(浜松)で古野正人がそれぞれ嬉しいプロ初勝利を挙げた。9月3日巨人戦(富山)では支配下登録された徳山武陽があと1アウトでプロ初勝利を逃したが,巨人相手に見事な投球を見せた。10月2日巨人戦(東京ドーム)では松岡健一がプロ入り9年目で初完投初完封勝利を成し遂げた。久古健太郎も後半に入りようやく安定感を取り戻してきた。大場達也は4月17日中日戦(神宮)でプロ初登板を果たした。

 野手では4月25日広島戦(神宮)で三輪正義がプロ初打点となるサヨナラタイムリーを放った。新田玄気5月15日埼玉西武戦(神宮),比屋根渉5月18日千葉ロッテ戦(神宮),荒木貴裕6月27日DeNA戦(神宮),上田剛史7月13日広島戦(神宮)がそれぞれプロ初本塁打を,川崎成晃4月21日阪神戦(甲子園),西田明央5月20日東北楽天戦(クリネックス宮城),谷内亮太8月28日DeNA戦(神宮)がそれぞれプロ初出場を果たした。

 4月7日DeNA戦(神宮)で7年ぶりに復帰した岩村明憲がお立ち台に,右肘手術から2年ぶりに一軍復帰した川島慶三も101試合に出場し,堅実な守備を随所で見せてくれた。山田哲人はセカンドのレギュラーポジションを与えられ,松元ユウイチは終盤44試合の出場ながら打率.301と好調をキープ,飯原誉士も復調気配を見せた。

 9月21日阪神戦(甲子園)で藤本敦士が史上459人目,9月29日DeNA戦(神宮)で田中浩康が史上461人目の通算1000試合出場。5月28日オリックス戦(神宮)で相川が史上272人目の通算1000本安打。9月24日巨人戦(神宮)で石川雅規が史上86人目の通算2000投球回記録をそれぞれ達成した。

田川賢吾星野雄大川上竜平又野知弥野口祥順は一軍登録無く終わった。【表1】

【表1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
33210.6672.1821692.67.6672
42511140.4404.2251988963.46.4643
5237151.3186.24018881124.39.4006
6176110.3536.2711867904.66.3886
7218130.3816.26028941295.88.3866
82611150.4235.269301251354.76.3956
92310103.5004.2811796953.51.4106
106240.3334.183313162.29.4076


チーム成績
 今年も巨人の圧倒的な強さのみが際立ったシーズンとなった【表 2-1】。

【表2-1】セ・リーグ順位表
順位チーム試合勝数敗数引分勝率勝差得点失点本塁打盗塁打率防御率
1巨 人14484537.61359750814590.2623.21
2阪 神14473674.52112.55314888281.2553.07
3広 島14469723.4894.5557554110112.2483.46
4中 日14464773.4545.052659911157.2453.81
5DeNA14464791.4481.063068613254.2624.50
6ヤクルト14457834.4075.557768213470.2534.26

 シーズン途中に2011年度より12球団で採用されてきた統一球が,これまでとは異なる反発係数のボールにすり替えられ開幕から使用されていたことが発覚した。この影響は少なからずあるため,失点,防御率ともに3年連続リーグ5位といっても,過去2年間とは一概に比較できないが,前回最下位だった2007年と比べても,失点が+59,防御率も+0.19と投手成績は悪化したことは否めないだろう。打撃面に関してはバレンティンが引っ張ってくれた部分も大きいが,後述したいと思う。【表 2-2】

【表2-2】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
201314457834.40728.56577(3)682(5)134(2)70(4).253(4)4.26(5)
2012144686511.51120.03499(2)514(5)90(2)63(4).260(1)3.35(5)
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
201014472684.5146.54617(3)621(3)124(3)66(4).268(2)3.85(2)
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4)106(1).259(2)3.97(5)
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5)148(1).266(4)3.75(4)
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2)66(2).269(2)4.07(5)


  本拠地神宮球場では31勝32敗1分,勝率.492ながら,神宮以外では26勝51敗3分,勝率.338。東京ドームでは9試合1勝8敗,勝率.111。1999年以来15年連続負け越し。投手陣は神宮での防御率が4.21に対し神宮以外で4.31と大差なかったが,神宮で.280に対し他球場で.231。神宮球場以外の20球場で打率1割台が8球場もあった。

 対埼玉西武戦9連敗,西武ドーム10連敗,西武主催試合11連敗と西武アレルギーが年々深刻化している。【表3】

【表3】チーム別対戦成績
巨 人阪 神広 島中 日DeNA楽 天西 武ロッテソフトオリク日ハム
試合2424242424444444144
勝利9711131010312057
敗戦141612111434132383
引分111000000014
得点717711411111814916112412577
失点8211113798131182015251827682
安打1791772232192323628252440371220
本塁2017261832437223134
三振142157157147143183824232625900
四球77758899108391572117519
死球5375500000025
併殺1716181320225332101
盗塁61112161132232270
失策11141519944470693
打率.235.221.267.270.284.259.211.207.194.288.253.253
防御3.134.064.753.755.304.244.003.865.824.634.974.26


 守備率もここ5年間上位をキープしていたが,5位に転落した。【表4】
【表4】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
巨 人.989144556739021603622781017
阪 神.988144555638881604643451273
DeNA.988144542538381521663441308
中 日.9861445588389416167831611311
ヤクルト.983144550438561555933041114
広 島.9811445675387216971064381592


 交流戦に関しては,2010年以降35勝57敗4分と大きく負け越しており,とうとう通算成績でも9位にまで転落してしまった。【表5】
【表5】交流戦通算成績[2005-2013]
試合勝数負数引分勝率勝差
福岡ソフトバンク240141909.610
千葉ロッテ24012510114.55313.5
北海道日本ハム2401281048.5520.0
巨 人2401241079.5373.5
中 日2401201128.5174.5
阪 神24011711310.5092.0
埼玉西武2401181184.5002.0
オリックス2401141188.4912.0
東京ヤクルト2401141224.4832.0
東北楽天2401081284.4586.0
広 島2409613410.4179.0
横浜DeNA240891456.3809.0


検証2013−2番手以降を攻略できない打線
 今季577得点を試合毎に,先発投手から奪った得点と,2番手以降から奪った得点とに分けてみた。字数の都合で全ては省略するが,相手投手の防御率に換算すると先発投手が4.35,2番手以降が3.46であった。
 このうち,先発投手降板時の勝敗と最終的な勝敗とを比べて逆転があったものを以下に時系列に抽出する。【表6】。

【表6】得点内訳(先発投手と2番手以降)
試合月日対戦相手球場先発得点勝敗後ろ得点勝敗備考
84.6DeNA神宮4350逆転負け
174.17中日神宮2.6637.333逆転負け
194.19阪神甲子園5.3336.660逆転負け
224.23広島神宮7112勝ち越し
234.25536.335逆転勝ち
264.28巨人神宮6022逆転勝ち
284.30DeNA横浜6430負け越し
295.12.6638.331逆転負け
325.5阪神甲子園7324勝ち越し
335.6中日神宮3354勝ち越し
415.17ロッテ神宮7214逆転勝ち
465.23日本ハム札幌ド5271逃切失敗
526.1西武西武ド9210負け越し
626.16オリックス京セラ4.6664.332逆転負け
646.23広島マツダ5440逆転負け
666.27DeNA神宮1581逆転負け
807.15DeNA横浜6.6632.330逆転負け
827.174351逆転負け
857.26広島マツダ6441負け越し
877.284453逆転負け
968.8中日ナゴド5144勝ち越し
998.13中日神宮810.331勝ち越し
1028.16阪神京セラ7.6611.330負け越し
1158.31DeNA神宮3.6685.331逆転負け
1169.13160負け越し
1179.3巨人富山8340逃切失敗
1289.18DeNA横浜6431勝ち越し
1309.21阪神甲子園4681逃切失敗
1389.30DeNA神宮2.6636.330逆転負け
14210.4阪神神宮7250負け越し
14410.8巨人東京ド4350逆転負け


 先発降板時ビハインドから勝利したのが3試合(※逆転勝ち)。先発降板時同点から勝利したのが6試合(※勝ち越し)。先発降板時リードから敗れたのが13試合(※逆転負け)。先発降板時同点から敗れたのが6試合(※負け越し)。先発降板時リードから引き分けに終わったのが3試合(※逃切失敗)というデータが抽出された。

 このうち逆転負け13試合では,先発投手から501/3回で51得点(防御率9.13)と打ち崩しておきながら,2番手以降からは72回2/3回で12得点(防御率1.49)と完全に打線の勢いを相手中継ぎ投手に封じられている。さらに2番手以降から1点も奪えなかった試合は66試合もあった。
 
 DeNA戦が10試合。6月27日(神宮)が典型です。何を言いたいか。お分かりいただけますでしょうか。

おわりに〜2014シーズンに向けて
 大黒柱である宮本が引退した。そしてその宮本に最下位なのに「全く補強をしない」と様々な方面で苦言を呈された。

 太田裕哉松井光介藤田太陽正田樹ラファエル・フェルナンデス水野祐希水田圭介楠城祐介が退団し,ドラフトで杉浦稔大(國學院大)西浦直亨(法政大)秋吉亮(パナソニック)岩橋慶侍(京都産業大)児山祐斗(関西高)藤井亮太(シティライト岡山)の6名を指名した。

 2年ぶりの日本復帰となる真田裕貴と,ラルーに代わる外国人クリス・カーペンターの獲得が発表されたのみで,支配下選手は現状65名である。育成選手として新たに契約を結び直した佐藤貴規中根佑二の支配下選手登録の可能性を加味しても,まだ3枠は補強に費やせるはずである。球団フロントの姿勢を問いただしたい。

 一方でコーチ人事は大幅に刷新されることになった。荒木大輔投手コーチ,飯田哲也外野守備走塁コーチ,加藤博人二軍投手コーチが退団。中西親志バッテリーコーチ,松井優典二軍育成コーチがフロントに転出された。

 4年ぶりに設けられたヘッドコーチに佐藤真一作戦兼打撃コーチが就任。投手コーチには高津臣吾氏が7年ぶりにスワローズに復帰。5年ぶりにファームを優勝に導いた真中満二軍監督はチーフ打撃コーチに昇格し,同じくファームから杉村繁打撃コーチ,福地寿樹外野守備走塁コーチ,小野公誠バッテリーコーチがそれぞれ昇格した。留任は伊藤智仁投手コーチと城石憲之内野守備走塁コーチのみとなる。

 ファームは伊東昭光二軍監督以下,山部太石井弘寿投手コーチ,伊勢孝夫チーフ打撃コーチ,池山隆寛宮出隆自二軍打撃コーチ,土橋勝征二軍外野守備走塁コーチ。さらには日本ハムより三木肇二軍内野守備走塁コーチを,巨人から野村克則二軍バッテリーコーチをそれぞれ招聘した。全員がスワローズOBで固められたことになる。

 例年期待を込め威勢よく締めてきたが,正直「決して明るい未来ではない」と思う。宮本の穴。ピンチになると自然とマウンドに輪が出来,投手は落ち着きを取り戻す。精神的支柱でもあった宮本が後半ベンチを温めるようになり,コーチ兼任の立場からチームに睨みを効かせてくれた。その宮本がチームを去った。

 これはあくまで個人的な意見だが,宮本に対し首脳陣には遠慮,選手には委縮する面があったと思う。そうした要素が2014年シーズンどう出てくるかに尽きるのではないかと思う。若手が責任感と自覚をもち率先して行動するようになるのか否か。いわゆる今の子たちが多いだけにそういう要素がどう転じるか。楽しみでもあり不安でもある。いい意味で宮本を見返すくらいの奮起を促したいと思う。

残された選手個々が自覚をもって新たなシーズンに挑んで欲しい


参考資料
『週刊ベースボール』第68巻 第68号 通産3221号,ベースボールマガジン社,2013.12
「ニッカンスコア速報」
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2013/s201303.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2013/s201304.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2013/s201305.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2013/s201306.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2013/s201307.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2013/s201308.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2013/s201309.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2013/s201310.html
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2012年12月25日

総括2012―故障者続出の中で…

はじめに
 オープン戦を実に41年ぶりの”優勝”で飾り,その勢いのままペナントレースに突入した2012年小川淳司監督率いる東京ヤクルトスワローズ。開幕戦では5年連続開幕投手を任された石川雅規が9回1死までノーヒットノーランという快投。最後はストッパーを任されたトニー・バーネットが締め,4-0の完封勝利で飾る。団子状態のペナントレース序盤ではあったが,4月20日からは引き分け挟んで6連勝。4月は中日と同率首位で折り返す。

 5月4日には33,866人と超満員に膨れ上がった神宮球場で宮本慎也が史上40人目となる通産2000本安打を達成。前年本塁打王のウラディミール・バレンティンは今年も春先から大爆発。5月1日DeNA戦(横浜)で1試合3本塁打。5月6日現在で早くも12本の本塁打を量産。打率,打点とも他を大きく引き離し断トツの三冠王コースを歩んでいた。チームは首位中日と1.0ゲーム差の2位で交流戦に突入する。

 ところが・・である。交流戦初戦の5月16日ソフトバンク戦(神宮)で14-3した翌17日から30日まで,チーム39年ぶりの10連敗を喫する。不振の原因は8試合連続1得点以下という打線にあったが,中でもバレンティンが交流戦31打数3安打と極度の不振を極め,とうとう出場選手登録抹消される事態に。結局交流戦は9勝15敗0分と大きく負け越し,初の最下位に終わった。

 それでもそこから大きな連敗もせずセ・リーグではなんとか巨人・中日に次いで3位をキープしていた。6月1o埼玉西武戦(神宮)で和製大砲松井淳がプロ初本塁打をマーク。11日には宮本が通算2000試合出場を達成。日高亮もセットアッパーとして連日のように登板を続けた。

 7月に入ると打線が爆発。3連勝でスタートするが,そこから勢いがパタリととまる。オールスター直前の対横浜DeNA戦(横浜)で今季初(にして唯一の)同一カード3連敗を喫してしまい,勝率で広島を僅かに下回り4位で前半戦を折り返した。

 7月28日を最後に勝率.500を切るとチームは思うように勝ち進めない。8月8日DeNA戦(神宮)で七條祐樹がおよそ1年ぶり,14日広島戦(マツダ)では中澤雅人がおよそ2年ぶりの白星を挙げ,オーランド・ロマンが2試合連続完封を含む3試合連続完投勝利。困った時に頼りになる松井光介が10試合連続無失点リリーフなど一筋の光が射しこむも長くは続かず,一時は最大借金8とクライマックスシリーズ進出も絶望かと思われた。

 しかし昨年の優勝争いの「体験」が9月で活かされた。広島が6勝17敗1分と失速する中で16勝8敗1分と猛チャージ。中でも勝負どころで抜群の安定感を発揮した館山昌平とトップバッターに定着した野手転向3年目の雄平が要所でチームを引っ張ってくれた。29日中日戦(神宮)で試合には敗れたが,広島が黒星を喫したことで順位が確定。なんとか2年連続でAクラスに滑り込んだが,2位中日には9.5ゲーム差引き離され優勝争いには程遠かった。

 2年連続3回目の進出となったクライマックスシリーズではあったが,毎試合1点ずつしかあげることができず,またしてもナゴヤドーム[尾張]で終戦[終わり]を迎えた―【表1】。

【表1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
322001.001.29621031.501.001
4231382.6191.239961532.22.6521
5226151.2866.2391361984.22.4774
6191171.6112.2541886743.67.5163
7196103.3754.2841993944.84.4874
82710143.4174.24817821043.48.4714
9251681.6672.2851183742.66.5083
107830.5714.277123141.80.5113


 昨年以上にコマ不足故障者が目立ったシーズンでもあった。2011年に15試合1002/3イニング投球の由規,同12試合55イニング投球山本斉が故障で登板ゼロ。ストッパー林昌勇が春先から調子があがらず外国人枠の関係もあって開幕二軍スタート。セットアッパーとして63試合登板した松岡健一もシーズン早々に右太股痛で離脱。同じくルーキーながら52試合登板の久古健太郎もオフに手術した血行障害が癒えず苦しんだ。シーズン通して昌勇と久古は9試合,松岡が7試合の登板に終わった。

 宮本が2000本安打を達成した5月4日の試合で上田がフェンスに直撃し右肩を負傷。6日には新選手会長武内晋一が右手首三角線維軟骨複合体損傷でそれぞれ長期離脱を余儀なくされると,9日の試合で先発の村中恭平が打球を右脛に受け,10日には新背番号5を背負って5番打者に定着していた川端慎吾も腰痛で登録抹消。6月には飯原誉士が左手中指MP関節尺側側副靭帯損傷。

 後半戦に入り,林昌勇に代わる新守護神バーネットが腰痛で7月28日に抹消されると,翌29日に宮本が右肋軟骨骨折,8月2日バレンティン右臀筋肉離れ。18日相川亮二左第2肋軟骨骨折。
 8月31日畠山和洋右脇腹肉離れ,上田剛史左大腿部直筋肉離れ。9月1日松井淳左手親指付け根靭帯損傷,2日館山昌平右足首打撲。
 13日川本良平左肩甲上腕関節前方脱臼,14日比屋根渉右太腿損傷,17日ラスティングス・ミレッジ左肩鎖関節捻挫。

 怒涛の怪我週間が4度は訪れていた・・。一年間通して登録抹消が無かったのは日高,赤川克紀押本健彦田中浩康の4名のみ。クライマックスシリーズ直前に腰痛で戦線離脱してしまったが森岡良介三輪正義はユーティリティプレーヤーとして一軍のベンチに欠かせない存在だった。

 故障者が出れば必ずその穴を埋めていくのがスワローズ。自己最多となる50試合に登板し防御率1.21とセットアッパーに成長した山本哲哉はじめ,ラファエル・フェルナンデス平井諒八木亮祐の4名が嬉しいプロ初勝利をマーク。かつてのパ・リーグ新人王正田樹は実に7年ぶりの一軍登板。育成から支配下登録された金伏ウーゴもプロ初登板を果たした。捕手では4年目中村悠平がチーム最多の69試合でスタメンマスクを被り,新田玄気がプロ初打点を挙げ,2年目西田明央はプロ初の一軍登録をされた。主軸の離脱が相次いだことで,経験豊富な藤本敦士松元ユウイチ野口祥順にスタメンが託される試合もあった。

チーム成績
  首位とのゲーム差に注目すると「20.0」。これは最下位に終わった2007年と比較しても0.5しか変わらない。それほど今年の巨人は圧倒的に強かった…。開幕当初借金7まで陥ったこともあったのが信じられないほどに強かった…。確かに村田,ホールトン,杉内という超大型補強はあったが,高木京介,田原誠二といったルーキーの中継ぎ投手が台頭し,橋上秀樹戦略コーチの存在も大きくクローズアップされ,正直全く隙間が無かった。。

 ただし,広島がエース前田健太を対巨人戦で1試合しか登板させなかったり,横浜DeNAが東京ドームで1勝も挙げられなかったなど,本気でジャイアンツを倒そうという姿勢が感じられなかったペナントレースでもあった。リーグ全体のバランスを考えないとシーズンそのものがシラけてしまうように感じてならない【表2-1】。
【表2-1】セ・リーグ順位表
順位チーム試合勝数敗数引分勝率勝差得点失点本塁打盗塁打率防御率
1巨 人144864315.66753435494102.2562.16
2中 日144755316.58610.54234057059.2452.58
3ヤクルト144686511.5119.54995149063.2603.35
4広 島144617112.4626.54274547679.2332.72
5阪 神144557514.4235.04114385865.2362.65
6DeNA144468513.3519.54225716661.2333.76


 打撃成績に目を転じると,チーム打率.260はリーグトップ。得点と本塁打数も巨人に次いで第2位。一方投手成績は失点,防御率ともにDeNAに次いでブービー。順位を分かちたものの責任の所在はどちらにあるかというと・・・?統一球の導入で投手優位はここ2年明らかではあるが,打撃に関してはこの1年で1分6厘上がった訳で,対応が数字として表れている。ということは投手全体で取り組むべき何かがまだ足りないのでは無かろうかと思えてならない【表2-2】。

【表2-2】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
2012144686511.51120.03499(2)514(5)90(2)63(4).260(1)3.35(5)
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
201014472684.5146.54617(3)621(3)124(3)66(4).268(2)3.85(2)
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4)106(1).259(2)3.97(5)
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5)148(1).266(4)3.75(4)
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2)66(2).269(2)4.07(5)


  対セ・リーグでは巨人以外の4球団に勝ち越し。苦手とされたドームでの勝率も14勝13敗2分(内訳:ナゴヤドーム6勝3敗1分,東京ドーム4勝6敗1分,京セラドーム1勝1敗,ヤフードーム2勝0敗,札幌ドーム1勝1敗,西武ドーム0勝2敗)と大きく改善された。

 課題は埼玉西武戦。特に西武ドームでは2008年5月21日に勝って以来現在8連敗中で,なおかつ22イニング連続無得点と鬼門中の鬼門。ここをどう乗り越えるかも一つの見どころ【表3】。

【表3】チーム別対戦成績

巨 人中 日広 島阪 神DeNA日ハム西 武ソフト楽 天ロッテオリク順位
試合2424242424444444144-
勝利913121213203211683
敗戦118101110241233653
引分43211000000116
得点808687838415327111584992
失点85578390911127151721175145
安打20318820722120333174237343312181
本塁1919131213413321902
三振1591211441381172124172618208051
四球76616867819823101084212
死球959105201123474
併殺2214232320330413116
盗塁11991412201104634
失策1010121517021221723
打率.258.243.262.284.269.254.137.296.264.252.237.2601
防御3.282.273.423.193.672.786.433.753.755.033.893.355


 守備成績という観点では,ようやく田中浩の守備が記者にも評価され,自身初のゴールデングラブ賞を受賞した。ヤクルトから二塁手がゴールデングラブ賞に選出されたのも創設41年目にして初のことであった。今年の守備率は.995。448刺殺は1950年阪神・白坂長栄が作った431刺殺のリーグ記録を更新。来季120試合以上二塁手として出場し,今年同様の守備率(.995)を保てば,通算1000試合以上出場した二塁手としては阪神・和田豊(現監督)を抜きトップに躍り出る可能性もあるようで,史上最高のセカンド名手の称号を得る日も近そうだ。

【表4】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
中 日.9901445545385616345537213711
阪 神.9873144546438171578692771015
ヤクルト.9869144552738091646723661343
巨 人.986144558338571649773511242
DeNA.9851445431377415778029210810
広 島.9801445566381716361133101137


 かつては得意だった交流戦も,3年連続で負け越しで通産の貯金も1に。通算順位も昨年の4位タイから8位に転落した【表5】。とほほのほ。。

【表5】交流戦通算成績[2005-2012]
試合勝数負数引分勝率勝差
福岡ソフトバンク216126828.606
千葉ロッテ2161129113.55211.5
北海道日本ハム216115947.5500.0
巨 人216111978.5343.5
中 日216110997.5261.5
阪 神2161051029.5074.0
埼玉西武2161071054.5050.5
東京ヤクルト2161071063.5020.5
オリックス2161011087.4834.0
東北楽天216931194.4399.5
広 島2168512110.4135.0
横浜DeNA216821286.3905.0



検証−満塁のピンチは本当だったか?!
 攻撃時に満塁になる時に用いられ,本来なら得点の大チャンスである満塁時に得点率が低く,逆にピンチとみなす”満塁のピンチ”という用語。また満塁から三者残塁でチェンジとなる”ZGS”(残塁グランドスラムの略称)。
この2つの言葉は今シーズンとりわけ交流戦序盤で印象に残った。今一度振り返ってみる。

   5/17 2死満塁→宮本投ゴ
   5/17 2死満塁→ミレ遊飛
   5/17 2死満塁→相川三振
   5/19 2死満塁→森岡三振
   5/20 2死満塁→相川四球 森岡左飛
   5/20 1死満塁→相川二飛 藤本遊ゴ
   5/24 1死満塁→畠山三振 宮本三ゴ
   5/24 2死満塁→畠山捕邪
   5/24 0死満塁→バレ三振 畠山二併
   5/27 1死満塁→田中三振 館山三振

 のべ15回満塁の状況がありながら,安打は0。得点は押し出し死球による1点のみ。これに象徴されるように好機に1本が出なかった。.。

 今シーズンの満塁機打率を調べてみると,140打数31安打打率.221。これはリーグ5位の成績であった。打数順にソートすると畠山,ミレッジこそ.300を超えたが,川端が.167,バレンティンと宮本がともに.200と中軸が不振を極めた。チーム最多3四球を選んだのが田中浩だった【表6】。

【表6】状況別成績:満塁時
打率打数安打本塁打点三振四球死球犠打
畠山.3571451141000
ミレッジ.3081341113100
川端.167122062100
相川.273113091200
バレンティン.200102054000
宮本.200102050100
田中浩.333930113300
森岡.25082022000
雄平.28672042000
福地.33362040100
中村.20051031000
松井淳.20051022000
飯原.25041030000
館山.0004001
武内.00030001000
藤本.00030000000
上田.33331022000
赤川.0003000
宮出.00020001000
三輪.00020001000
ロマン.0002000
比屋根.00010000000
新田.00010000000
石川.0001000
村中.0001001
.2211403128326900



おわりに〜2013シーズンに向けて
  昨年の総括で「2011年の『体験』を風化させないためにも来年が非常に重要になる」だろうと書いた。今オフでの小川監督の勇退,荒木大輔コーチの監督就任,宮本のコーチ専任は避けられたが,これらはあくまで1年持ち越しとなっただけである。

 バレンティン,ミレッジ,バーネット,ロマンとは複数年契約を結び他球団への流出は阻止した。東北楽天を戦力外になった岩村明憲が7年ぶりにスワローズに復帰する。だがそれ以外の目立った補強はドラフト(石山泰稚小川泰弘田川賢吾星野雄大江村将也谷内亮太大場達也)とトライアウト(藤田太陽)のみで,現有戦力の底上げに終始するほかない。ただし優勝を狙うためには,リーグの実力均衡も不可欠だろう。


 一年間起用法に苦しんだ増渕竜義。思うように一軍出場試合が伸びなかった山田哲人荒木貴裕。また今年ルーキーながら一軍出場を果たせなかった川上竜平木谷良平太田裕哉中根佑二古野雅人には特に発破を掛けたい。

 一年間をリハビリに費やした川島慶三川崎成晃は一日も早い怪我からの再起を願う。移籍二年目で結果が問われる阿部健太水田圭介楠城祐介。そろそろ一軍を目指したい水野祐希又野知弥。現時点での支配下登録者数は「67」ということで佐藤貴規徳山武陽には道が拓かれていることだろう。

 コーチングスタッフではブンブン丸池山隆寛打撃コーチが11年ぶりに神宮球場に帰ってくる。伊藤智仁投手コーチ,佐藤真一打撃兼作戦担当コーチ,飯田哲也城石憲之守備走塁コーチ,中西親志バッテリーコーチは留任。新設ポストの一二軍巡回ヒッティングコーディネーターに伊勢孝夫コーチが。真中満二軍監督以下,伊東昭光加藤博人二軍投手コーチ,土橋勝征二軍守備走塁コーチ,松井優典石井弘寿二軍育成コーチに加え新たに今シーズン限りで現役を引退した福地寿樹が二軍守備走塁コーチ,宮出隆自が打撃コーチに。さらに小野公誠二軍バッテリーコーチも新任コーチとして着任する。

 過去6回の優勝を全て知る赤ストライプが8年ぶりに復活。ホームの帽子は紺地に白の「YSマーク」が20年ぶりに甦る2013年シーズン。
 毎年のようにジンクスを書いてきたが未だ叶わぬまま…。来年も監督3年目のジンクス(野村克也監督も若松監督も契約最終年の就任3年目に優勝した)には当てはまるが・・。もっと単純に行こう。

2013年は巳年。前回2001年の巳年に優勝してるから2013年は優勝ヤ!



参考資料
『週刊ベースボール』第67巻 第62号 通産3150号,ベースボールマガジン社,2012.12

「ニッカンスコア速報」
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2012/s201203.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2012/s201204.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2012/s201205.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2012/s201206.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2012/s201207.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2012/s201208.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2012/s201209.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2012/s201210.html
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2011年12月25日

総括2011―首位と2.5ゲーム差を分けたもの

はじめに
 開幕までちょうどあと2週間と迫った3月11日金曜日の午後に発生した東日本大震災−。地震・原発・デマ・津波・・プロ野球開幕という高揚感は一気に吹き飛んだ。コミッショナー・オーナー・選手会が大臣を巻き込んで論議を重ねた末に,開幕が3月25日から4月12日へと延期となった2011年のペナントレース。試合開始から3時間30分を超えて新しいイニングには入らない。4月中は東京電力管内におけるナイトゲームの開催を自粛する。当初発表となっていた5カード15試合の日程を再編し,クリネックススタジアム宮城で震災復興オールスターゲームを開催する方向で検討などなど,異様なムードで2011年シーズンの開幕を迎えた。

 このお陰でと言っては語弊が生まれてしまうが,右手第5指末節骨骨折で開幕アウトとみられていた田中浩康が開幕に間に合い,ほぼ万全のメンバーで臨むことになった。しかしながら石川雅規佐藤由規館山昌平で開幕から3連敗を喫するなど昨年序盤の悪夢すら蘇るスタートではあったが,今シーズンより先発に転向した増渕竜義と4番に座った畠山和洋の活躍で開幕からに5試合目にしてようやくシーズン1勝目を挙げると,ここから一気に引き分けを挟んで9連勝。4月22日には4年目山本斉がプロ初勝利を手にした。4月24日に首位に立ち,5月1日には1997年以来14年ぶりのリーグ10勝一番乗りを果たす。その勢いはとどまることを知らず,16勝7敗3分 勝率.696という上々の成績で2位中日に3.0ゲーム差をつけ交流戦に突入する。

 交流戦の初戦から武田勝,ダルビッシュ有,田中将大とパ・リーグを代表する投手との対戦が続き,好調だった打線が調子を崩されてしまうとチームの勢いにも陰りが見え始め,5月29日には中日に首位の座を明け渡してしまう。それでも5月31日対ロッテ戦(QVC)で勝利し再びゲーム差無しの単独首位に返り咲くと,6月は10勝6敗3分,7月も12勝6敗4分と首位の座をキープするどころか,7月19日から8月6日にかけては,スワローズ以外の5球団が借金を抱えるというまさに独走状態に。この快進撃が世間にも評価されオールスターゲームには由規,畠山,青木宣親ウラジミール・バレンティンの4名がファン投票で選出される。これは1978年(鈴木康二朗,ヒルトン,角富士夫,若松勉)・1993年(古田敦也,ジャック・ハウエル,池山隆寛,飯田哲也)以来球団史上3度目ということもあり,10年ぶりのリーグ制覇そして日本一に向けてチームもファンもその期待は高まるばかりだった。
 唯一序盤から濱中治飯原誉士武内晋一福地寿樹松元ユウイチジョシュ・ホワイトセルアーロン・ガイエル宮出隆自と固定出来ずに苦しんだ3番打者には24歳のショートストップ川端慎吾が定着し,ルーキー七條祐樹はプロ初登板から無傷の4連勝など新たな力も芽吹き始めていた。

 8月最初のカードはナゴヤドームでの中日戦。実はこの組み合わせはシーズン前の順延と地方開催の連戦中止が重なり,チーム78試合目にしてようやく回ってきたものだった。その初戦で小川監督は,球団史上最速となる通産100勝をマークし,この時点で中日に10.0ゲームの差をつけた。しかし,この日を境に打撃陣に疲労の色が見え始めた。小川監督が就任して以来初めての同一カード3連敗に加え,(最長タイとなる2度の5連敗もあり)初の月間負け越し。それでも指揮官は月が変わればツキも変わると言いきった。その通りの快進撃が再び始まる。

 9月1日から15日にかけての5カード13試合を12勝1敗と着実に貯金を増やしていった。ところがこの期間中に2番手捕手としてチームを支えてきた川本良平が右足首前距腓靭帯断裂,ストッパー林昌勇にバトンを渡すセットアッパーに定着したトニー・バーネットが右手首豆状骨剥離骨折,先発ローテーションの一角由規が右肩張りで登録抹消。扇の要相川亮二は右手親指亀裂と剥離骨折を押しながら強行出場するなど,故障者が目立つようになっていた。

 そして9月入って同じようなハイペースで白星を重ねてきたのが昨年の覇者中日ドラゴンズだった。22日からの直接対決4連戦第1Rは3連敗スタート。4戦目こそ8月にプロ初勝利を挙げたばかりの赤川克紀がプロ初完投勝利で一矢報いたもののその差は3.0。優勝の二文字を手にするためには,10月10日からの4連戦が最大の山となるだろう。そんな重苦しい重圧と緊張感がチームを取り巻いていた。そんな最中に左のセットアッパーとして台頭したルーキー久古健太郎,エース石川,そしてチームの精神的支柱宮本慎也が相次いで肺炎に感染。調子の上がらない村中恭兵は左肩痛,貴重なバイブルプレーヤー川島慶三も右肘靭帯再建と負の連鎖は止まらない。それでも川端の生涯初グランドスラム,日高亮プロ初勝利など必死に首位の座を守り続けてきた。
 10月6日に首位の座を奪われこそしたが,本拠地神宮球場の広島カープ戦で福地がサヨナラタイムリーと勢いをつけて,直接対決4連戦第2Rで勝ち越したチームにマジック4が点灯するという天王山の地・ナゴヤに乗り込んだ。結果はまさかの4連敗。1度も先制点を奪うことすらできず,2004年から8年間という落合野球との"経験の差"をまざまざと見せつけられた。18日今シーズン敵地で苦しめられた阪神タイガース相手に一矢報いるも,中日が横浜ベイスターズ相手に引き分けに持ち込んだことで,スワローズが勝率でドラゴンズを上回れる可能性が消滅。10年ぶりとなる優勝の悲願は叶わなかった【表1】。
 2009年以来球団史上2回目となるクライマックスシリーズに進出したスワローズ。史上初めて神宮球場で開催されたクライマックスシリーズは,スタンドが傘の花で埋め尽くされ,巨大戦力誇る讀賣ジャイアンツを接戦に次ぐ接戦の末最終戦で振り切り,初めてジャイアンツ・ドラゴンズ以外のチームでファイナルステージの舞台に駒を進めた。
 1勝のアドバンテージを含め0勝2敗となった状態で,公式戦未出場の高卒ルーキー山田哲人と若手のホープ上田剛史を1・2番コンビに据えるという大胆采配を見せ,2戦目・3戦目を連勝,対戦成績を2勝2敗のタイまで持ち込んだが,最後は右手血行障害を抱えながらもマウンドに立ち続けた館山が力尽き,激動の2011年シーズンは152試合目にしてその幕を下ろした。
【表1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
416952.6431.2721563502.89.6431
520992.5003.2331055713.41.5631
6191063.6251.2591261703.50.5831
7221264.6671.2571181722.98.6061
8257153.3185.2241475923.57.5341
9251771.7082.24920114793.02.5711
10176110.3535.215335704.31.5432


チーム成績
 今シーズンより導入された統一球によって,投高打低が顕著になったことはここ数年のチーム成績からも明らかである。昨年比で打率は2分4厘下がり,本塁打数も38本の減少。得点は133マイナスとながらリーグトップとなった。失点,防御率に関しては近年でも最高の数字ではあるが,いずれも横浜に次いでリーグ5位の数字であった。盗塁数は年々減少している【表2】。

 こと投手に関しては支配下登録33投手のうち一軍未登録に終わったのは高木啓充吉川昌宏八木亮祐の3名のみ(平井諒は一軍登板機会無く抹消)で,のべ29人の登板は横浜と並び12球団最多タイ。そのうち川島亮山岸穣佐藤賢高市俊中澤雅人岡本直也石井弘寿ラファエル・フェルナンデスの8名が投球回数3イニング以下にとどまり,引退試合登板の石井を除く7人で合算すると14イニング失点23自責点22,防御率に換算すると14.14という成績になってしまう。川島亮,佐藤賢,高市,岡本,高木,石井,吉川の7名が退団となったが,一軍で通じる投手の駒数を充実させることは大きな課題であるように思われる。

【表2】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打盗塁打率防御率
2011144705915.5432.52484(1)504(5)86(3)43(5).244(3)3.36(5)
201014472684.5146.54617(3)621(3)124(3)66(4).268(2)3.85(2)
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4)106(1).259(2)3.97(5)
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5)148(1).266(4)3.75(4)
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2)66(2).269(2)4.07(5)

【表2-2】セ・リーグ順位表
順位チーム試合勝数敗数引分勝率勝差得点失点本塁打盗塁打率防御率
1中 日144755910.5604194108241.2282.46
2ヤクルト144705915.5432.54845048543.2443.36
3巨 人144716211.5343.5471417108106.2432.61
4阪 神14468706.4939.04824438062.2552.83
5広 島14460768.44116.04394965265.2453.22
6横 浜144478611.35327.54235877831.2393.87


 2000年以来実に11年ぶり,今世紀初めて対巨人戦に勝ち越した。一方ドーム球場では6勝25敗3分の勝率.194(内訳:ナゴヤドーム2勝9敗1分,東京ドーム2勝5敗1分,京セラドーム0勝7敗1分,ヤフードーム1勝1敗,札幌ドーム1勝1敗,西武ドーム0勝2敗)と散々な成績に終わった。ドーム対策も急務である。

【表3】チーム別対戦成績
中 日巨 人阪 神広 島横 浜ソフト日ハム西 武オリク楽 天ロッテ順位
試合数2424242424444444144-
勝利数1012101315121123702
敗戦数1181495223221591
引分数34024100100151
得点63828210298579521104841
失点708010385761413261314105045
安打数18219616219721720303425402911324
本塁打数1112161619121250853
三振数1371531541341412720313026248772
四球数5270799178799910164301
死球数495136321030464
併殺打数1719161814213114963
盗塁数825115203124435
失策数71011613212112561
打率.234.254.218.252.274.179.234.241.192.292.227.2443
防御率2.913.133.983.413.014.063.096.253.003.672.503.365

 守備成績は2年ぶりにリーグトップを奪還した。特筆すべきは宮本で,三塁手として132試合に出場し,失策を記録したのは6月19日ロッテ戦先頭打者岡田幸文のサードゴロをファンブルしたのみ。守備率.997は,三塁手としては1968年徳武定之(中日)の.993を抜きセ・リーグ新記録となった【表4】。

【表4】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
ヤクルト.980144534138011484563411234
広 島.9881144538838121512642418912
巨 人.9879144557638531656673131164
阪 神.9862144539437991521742851047
横 浜.9859144533337671491752991128
中 日.9850144558638471656833171164


 今年も57勝78敗9分とパ・リーグに圧倒された交流戦であったが,通産成績では中日とタイながらセ・リーグトップに返り咲いた。勝率的には阪神・巨人とも肉薄しているが,あと2勝と迫った通産100勝をリーグ一番乗りで達成したいところである【表5】。

【表5】交流戦通産成績[2005-2011]
試合勝数負数引分勝率勝差
福岡ソフトバンク192118695.631-
千葉ロッテ192100848.54316.5
北海道日本ハム192101865.5400.5
東京ヤクルト19298913.5194.0
中 日19298913.5190.0
阪 神19296906.5160.5
巨 人19294908.5111.0
埼玉西武19294944.5002.0
オリックス19291956.4892.0
東北楽天192831054.4419.0
広 島192751107.4056.5
横浜DeNA192731145.3903.0


中日と2.5ゲーム差を分けたものとは一体何だったのだろうか
 今シーズンは3時間30分を超えて新しいイニングに入らない規定が設けられた。これにより例年に比べ引き分け試合が増えることは予想されたが,スワローズは12球団で最多の15試合となった。この15試合のうち先発投手に勝ちの権利があったのは4月16日村中,6月30日館山,7月30日由規の3試合のみで,先発が5イニング持たなかった試合が7試合あることを考えても,松岡健一押本健彦,久古,バーネットら中継ぎ陣が踏ん張って引き分けにもちこんだという見方が出来る【表6】。

【表6】今季引き分け試合の戦績
月日球場対戦相手時間スコアバッテリー
4.16神 宮横 浜3:346-6村中70/3,Hバーネット1,林昌勇1−相川
4.23マツダ広 島4:106-6高市21/3,橋本2/3,押本2,バーネット2,松岡1,林昌勇1−川本
5.8松 山広 島3:373-3増渕62/3,久古1/3,Hバーネット1,林昌勇1−相川
5.23神 宮ソフトバンク1:410-0館山5−相川
6.9京セラドームオリックス3:321-1由規4,H松岡2,H久古11/3,H押本2/3,H林昌勇1,バーネット1−相川
6.29郡 山巨 人3:405-5加藤42/3,松岡1/3,H久古1,押本2,Hバーネット1,林昌勇1−相川
6.30東京ドーム巨 人3:514-4館山8,林昌勇1,バーネット1−相川
7.14神 宮中 日3:482-2石川71/3,H松岡2/3,Hバーネット1,H押本2/3,久古1/3−相川
7.18横 浜横 浜3:332-2七條32/3,赤川21/3,押本1,久古1,バーネット1−相川
7.30神 宮巨 人3:532-2由規62/3,H久古1/3,Hバーネット1,林昌勇1−相川
7.31神 宮巨 人3:516-6増渕2,赤川2,松岡2,押本2,バーネット1−相川
8.3ナゴヤドーム中 日3:441-1七條7,Hバーネット1,H林昌勇1,松岡1−相川
8.17神 宮横 浜4:0610-10七條2/3,渡辺31/3,小野寺1,松岡2,H久古2/3,H押本1/3,バーネット1−相川,川本
8.24神 宮中 日3:476-6七條2,押本3,H渡辺1,H松岡1,バーネット1,H久古2/3,林昌勇1/3−相川
9.17神 宮横 浜3:332-2石川61/3,松井光0/3,H押本2/3,H松岡1,H久古2/3,林昌勇1/3−相川


 しかし最終的に優勝した中日とは負け数(59)が等しく,2.5ゲームの差を分けたものは引き分け数にあったとも言える。もっと言えば,対中日との引き分け3試合で勝利を収めていれば,最終成績はヤクルト73勝59敗12分 勝率.5530 中日75勝62敗7分 勝率.5434という計算になり,1分差で中日をかわしたことにもなる。あくまでも仮定の話ではあるが,あと1点ずつ(計3点)多く得点を奪えていれば,あるいはあと1点づつ(計3失点)失点を与えなければ優勝出来たのである。ちなみに振り返るといずれも中日はチェンが先発した試合であった。

7/14 神宮 9回戦 15,261人 3時間48分
中 日0101000000 2
ヤクルト0000020000 2

チェン,小林正,鈴木,河原,岩瀬,浅尾−小山
石川71/3,H松岡2/3,Hバーネット1,H押本2/3,久古1/3−相川
 森野8号ソロ(2表石川),ホワイトセル10号2ラン(6裏チェン)
首位攻防の第3戦は引き分けに終わった。2回表に中日が森野の2試合連続となるソロで先制すると、4回にも和田の適時打で加点。対するヤクルトは6回、ホワイトセルの2ランで同点とする。その後は両チームとも小刻みな継投で相手打線を封じ、スコアボードに0を並べた。


8/3 ナゴヤドーム 11回戦 27,093人 3時間44分
ヤクルト0100000000 1
中 日1000000000 1

七條7,Hバーネット1,H林昌勇1,松岡1−相川
チェン,浅尾,河原,岩瀬−小山
中日は1回裏、1死二塁からグスマンの適時打で先制する。対するヤクルトは直後の2回、先発の七條が自ら適時打を放ち同点とした。その後は両軍投手陣が粘りの投球。9回には中日が無死一二塁の好機をつくるも決定打を欠き、試合は10回終了で規定により引き分けとなった。


8/24 神宮 14回戦 25,477人 3時間47分
中 日131000100 6
ヤクルト312000000 6

チェン,久本,鈴木,小林正,平井,浅尾,岩瀬−谷繁
七條2,押本3,H渡辺1,H松岡1,バーネット1,H久古2/3,林昌勇1/3−相川
 畠山15号2ラン(1裏チェン),谷繁2号ソロ(3表押本),堂上直2号ソロ(8表バーネット)
1点を追うヤクルトは3回裏、1死満塁の好機でガイエルが適時二塁打を放ち逆転に成功。対する中日も8回、堂上直がソロを放ち同点とする。その後は両軍救援陣が完ぺきな投球で得点を許さず、合わせて39選手が出場した総力戦は、規定により引き分けに終わった。

 試合は「1点を守り抜くか、相手を『0』にすれば負けない」のだ。敵将落合監督8年間の集大成はまさにこの1点1点の積み重ねに集約されていた。これを144試合のどこで発揮したらよいのか。どの場面で何をすればいいのか。この小さいようで大きな差をどこまで詰められるか。地道な基本作業の反復が求められている。


おわりに〜2012シーズンに向けて
 優勝争いを「体験」しただけであって,優勝しないことには「経験」にはならない―宮本の言葉は実に重みがある。近年終盤まで首位を独走していたが逆転で優勝を逃したチームといえば,1996年広島(11.5差),1998年日本ハム(10.0差),2008年阪神(13.0差)が思い出されるが,いずれのチームも翌年Vを逃しているし,その後長期間低迷に陥っている傾向も否めない。優勝を逃した以上来季への展望はそれほど明るいものではないように思えてならない。さらにいえば重度の故障を押してまで戦った選手は復帰出来るのか?若い力は研究されてジンクスに陥ってしまうのではないか?不安は募るばかりである。それに加えてチームの看板であり,野球に興味の無い人にでも知名度を誇った青木という選手が抜ける。実力に加え,人気面でも低下することが懸念される。

 ライバルでもある巨人は,2007-2008年セ・リーグ本塁打王・村田修一,2005年パ・リーグ最多勝・最優秀防御率,2008-2009年パ・リーグ最多奪三振投手・杉内俊哉,2011年パ・リーグ最多勝投手DJホールトンという巨大補強を敢行。アレックス・ラミレス,セス・グライシンガー,マーク・クルーンを補強した2008年に負けずとも劣らぬ,優勝へのなりふり構わない姿勢を見せている。

 2011年の「体験」を風化させないためにも来年が非常に重要になる。2012年シーズンの戦いは,スワローズの向こう10年を決める一年になると言っても決して過言ではないと思う。なぜならば,優勝を逃せば小川監督自身が責任を感じ続投を拒否する可能性も否めないし,フロントも当初の契約通りということで,既定路線でもある荒木大輔チーフ兼投手コーチの監督就任を進めるだろう。そして新体制に移行する過程で,長年チームを支えてきた宮本も現役引退しコーチ専任を余儀なくされる・・
 私情を挿むことを承知で言うが,もしこうなったら再びチームは低迷することになるだろう。監督の知名度だけで勝てるとは到底思えない。投手出身者が下積みもなく勝てるほど甘くない。この最悪の事態を阻止するためにも勝つしかないのだ。それも巨人に。

 広沢克己,ジャック・ハウエル,川口和久を補強した1995年。清原和博,石井浩郎,エリック・ヒルマンを乱獲した1997年。タフィ・ローズ・小久保裕紀と大砲を揃えた2004年。李スンヨプ,ジェルミー・パウエル,豊田清,野口茂樹まで加えた2005年。いずれも元タイトルホルダーという巨大補強が必ずしも成功するとは限らない。選手だけで野球をするのではない。チームとして一体になって機能するのが野球というスポーツなのである。

 話をヤクルトに戻す。青木という名前を伏せて打率.292・本塁打4・盗塁8の外野手が抜けたと考えてみたらどうだろうか。かつて青木に「走・守は素晴らしいです。あとは打撃。辛抱×2。長い目で行きましょう。」と書いたことがあった。2005年4月のことである。青木も最初はそんなものだった。

 「クリーンアップを育てるのは時間がかかるし、しんどいが1、2番はまだなんとかなる。」とは伊勢孝夫総合コーチの話だ。確かに岩村明憲,古田敦也,ラミレスと不動のクリーンナップ打者でもあった選手が抜けた(退いた)年は,その穴を埋めるのに苦労した。しかし1番打者ならたとえ打率.250でも出塁率や盗塁でそれを補い,かつ守備が安定してさえいれば,一軍は立派に務まる。

 2005年(当時)若松勉監督は開幕戦から青木を,宮本と岩村・ラミレス・古田のクリーンナップに挟まれた2番打者として起用していた。打撃はともかく守備で外せないそう監督自ら語っていた。この起用法がポスト青木育成のヒントになるように思う。一番打者が出塁すれば犠打を指示,失敗しても自らが走ることで得点圏に走者を置いてクリーンナップにつなぐ役割をまずは徹底する。当時の宮本の役割を果たせるのは浩康だろうし,川端・畠山・バレンティンに回せば点になるという意識が強くなれば,青木の穴はすんなり埋まるように思う。そこから真の1番打者に定着できるかは起用された本人の才能と努力次第で,青木は1番を不動のものとしていっただけ。だからこの点はそれほど心配していない。

 優勝から遠ざかること11年。11年間という年月で募った想いがあるからこそ宮本,福地,相川,石川,館山,田中,畠山が輪の中心となって,小川監督を胴上げする光景が見たい。林昌勇,松岡,押本の長年の労をねぎらいたい。川端,村中,増渕,上田,由規,山本斉,赤川,日高,山田の若さはじける笑顔が見たい。陽気なバーネットとバレンティン。縁の下の力持ち福川将和,宮出,藤本敦士渡辺恒樹松井光介,ユウイチ,野口祥順,川本,武内,飯原,森岡良介三輪正義,七條,久古,山本哲哉中村悠平。すっかりチームに溶け込んだ川島,一場靖弘,山岸,小野寺力水田圭介正田樹楠城祐介阿部健太木下達生。戸田を羽ばたく新田玄気高井雄平,中澤,加藤幹典川崎成晃,フェルナンデス,水野祐希荒木貴裕松井淳,八木,平井,西田明央又野知弥。そして川上竜平木谷良平比屋根渉太田裕哉中根佑二古野雅人のルーキー達。上野啓輔麻生知史北野洸貴曲尾マイケ佐藤貴規徳山武陽金伏ウーゴの育成選手。
 伊藤智仁投手コーチ,佐藤真一打撃兼作戦担当コーチ,飯田哲也城石憲之守備走塁コーチ,中西親志バッテリーコーチ。真中満二軍監督,伊東昭光加藤博人二軍投手コーチ,淡口憲治池山隆寛二軍打撃コーチ,土橋勝征度会博文二軍守備走塁コーチ,古久保健二二軍バッテリーコーチ,松井優典・石井二軍育成コーチ。新たにスコアラーに就任することになった衣川篤史さんを始め裏方さん,河端龍加藤謙二郎両広報,スタジアムDJパトリック・ユウさん。そしてつば九郎つばみ燕太郎
 衣笠剛球団社長兼オーナー代行以下,フロント・監督・コーチ・選手・スタッフ・ファンが一体となって”優勝”を勝ち取るその一心で,勝負の2012年にしてほしい。



追伸として,毎年書いているような気もするが,ジンクスを2つほど提示しておこう。
 1つは実質監督3年目のジンクス。1976年シーズン途中にヘッドコーチから監督代行を務めた広岡達朗監督は翌77年に正式に監督に就任し,実質3年目の1978年にスワローズを初優勝に導いた。野村克也監督も若松監督も就任3年目にチームは優勝している。古田監督と高田繁監督は3年ともたなかった。実質3シーズン目を迎える小川監督には吉兆だ。
 もう1つは高木豊氏がベイスターズのユニフォームを着るジンクス。フジテレビ野球解説でもお馴染みの高木豊氏がベイスターズのヘッドコーチに就任したが,実はこの高木氏は現役時代ベイスターズ元年でもあった1993年のオフにトレードで日本ハムに移籍し1年間限りで現役を引退し,フジテレビの解説者に。2001年横浜の内野守備走塁コーチとして8年ぶりに古巣復帰するもその年限りで辞任し,再びフジテレビ解説者となっていた。今回は11年ぶりの復帰となるが,奇しくも高木氏がベイスターズの一員であった2年間のスワローズの順位はというと,いずれも優勝&日本一。2度あることは3度あると信じて願掛けしたい。 

参考資料
『週刊ベースボール』第66巻 第60号 通産3087号,ベースボールマガジン社,2011.12
ニッカンスコア速報
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2011/s201104.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2011/s201105.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2011/s201106.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2011/s201107.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2011/s201108.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2011/s201109.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2011/s201110.html
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2010年12月25日

総括2010―借金19+貯金23

はじめに
借金19+貯金23―5/26の高田繁監督辞任を境に,これが本当に同じチームなのか?と思えるくらい劇的に変わった。敢えて高田監督と小川淳司監督代行という二人指揮官が率いたチーム状況の違いを前面に出しながら総括することになるが,高田繁という人物そのものを否定する訳ではないということだけは断っておきたい。4番(アレックス・ラミレス),最多勝投手(セス・グライシンガー),開幕投手(石井一久)が抜け,18年間チームの顔として君臨し続けてきた古田敦也も居なくなり・・・。それこそ焼畑状態のチームを率いることになったにも関わらず,僅か2年という短期間でチームを立て直してくれたのは高田監督に他ならない。

弱者が出来る野球とは何か―両翼が拡張されリニューアルした神宮球場を本拠地にするチームで足を絡めることを指針とし,石井一の人的補償で福地寿樹,藤井秀悟とのトレードで川島慶三を獲得する。将来を見据え村中恭平増渕竜義由規という若手投手も積極的に起用した。前年火の車だった中継ぎ抑えには先発で伸び悩んでいた松岡健一を配置転換,トレードの押本健彦と新外国人林昌勇の加入,さらに五十嵐亮太が右肘手術から復活を遂げたこともあって早々に盤石の態勢が整備された。監督就任2年目を迎えるにあたり,弁慶の泣き所だった福川将和川本良平など固定できなかった捕手を,高田監督の懇願が実る形で球団史上初となるFAによって獲得(相川亮二)することになり,懸案事項も一気に解決させた。現場の監督として出席したドラフト会議では2007年大学社会人ドラフトで俊足野手(鬼崎裕司中尾敏浩三輪正義),2008年には高校生左腕(赤川克紀八木亮祐日高亮)と捕手(中村悠平新田玄気),2009年が即戦力(中澤雅人山本哲哉荒木貴裕松井淳)とチームの現状と将来を見据えての一貫したドラフト戦略を指示した。2年連続してFA参戦(藤本敦士)にも乗り出すなど,選手編成の意味ではGMとして北海道日本ハムを常勝軍団に育て上げた手腕を如何なく発揮してくれた。

だがチームを預かる監督としては,2008年9月の3試合連続サヨナラ負けに端を発する1992年以来16年ぶりの8連敗(うち7試合が1点差負け),2009年8月からの12カード連続負け越し,1992年以来17年ぶりの9連敗,1970年以来39年ぶりの神宮球場10連敗,そして今年の開幕4カード目から15カード連続勝ち越し無し,さらにチームとして2年連続交流戦では史上ワースト2位となる9連敗(辞任までの直近22試合で2勝20敗)と,一度狂った歯車をなかなか建て直せないという事態が3年続いたことは事実で,ここには監督としての責任が問われて然るべきである。元来高田監督というのは放任主義で,選手の指導はコーチに一任し,選手との積極的なコミュニケーションも行わなっかったとされる。
例えば4/3横浜戦(神宮)ではサヨナラ弾を放った川本が「宮本さんが起用されると思っていた」と話したように,延長に備えベンチ前で自軍投手とキャッチボールをしていたところからの代打起用されていた。宮本慎也が「試合直前にセカンドスタメンを告げられた」と話したこともあった。5/1横浜戦(神宮)にはサイドハンド投手加賀対策に左打者7人をスタメン起用しながら,4回の第三打席2死満塁の場面で相手が左投手・高宮に交代していたこともあってか,その前日は猛打賞を放つなど直前の打席まで11打数7安打2本塁打と当たりに当たっていた6番武内晋一にあっさり右の代打衣川篤史を起用(結果は右飛)してしまうなど左対左に対する固定観念も強かった。青木宣親田中浩康に対しては「もともと守備に気持ちが入ってない人」「下手なんです」と上から斬り捨てるような発言がメディアを通じて表に出たこともあった。
選手からしてみれば突然の交代やあらゆる打順変更などを命ぜられ,相手投手の左右や調子の良し悪しで極端にメンバーを動かしてしまう強いて言えば一貫しない起用法に対しての戸惑いが生まれ,かつその最終的な責任の所在が曖昧なままとなったことで,指揮官としての求心力は完全に失われたに等しかった。それでもこれがいい意味で選手への刺激になったこともまた事実で,最後の最後に自らを犠牲にしてまでチームに荒治療を施してくれたことには感謝したい。

そしてそんなチーム状況下で就任した小川監督代行は,就任2試合目から青木を3番から1番に据えるという色を出した。チームの構成上青木を3番から外してしまうと,どうしてもクリーンアップを打てる打者が一人足りなくなってしまうということで,高田前監督は4/14広島戦(マツダ)-4/17巨人戦(松山)と4/21-22中日戦(ナゴヤドーム)で宮本をそこにはめることで解決しようとしたが,そうなると自然に下位打線も変更を余儀なくされる。ところが小川監督はスランプに喘いでいたアーロン・ガイエルを3番に,4番ジェイミー・デントナを挟んで5番に武内もしくは飯原誉士を据えることで,宮本以下を動かすことはしなかった。この打順で東北楽天の誇る二枚看板・岩隈久志,田中将大に連勝するなど,0勝9敗の状態でバトンを受けた交流戦を9勝14敗1分にまで盛り返してきた。
セ・リーグの戦いに戻り3カード目の6/26阪神戦(神宮)からは新外国人ジョシュ・ホワイトセルが合流。ガイエルとの併用の末に7/10広島戦(神宮)から本格的に4番を務めるようになる。外野手そしてクリーンアップの一角には和製大砲である畠山和洋を抜擢し,8番ショートには右の荒木,左の藤本,鬼崎,川端慎吾を相手先発の左右分け隔てなく均等にスタメンの機会を与えた末に,最終的には川端がそれをものにすることになった。川端は開幕直後からイースタンで好調をキープし,一軍にも呼ばれたことがあったが,スタメンはおろか守備機会すら与えられることなく,代打で3試合(無安打2三振)のみの出場で再び戸田行きとなっていた選手である。8青木 4田中 9飯原 3ホワイトセル 7畠山 2相川 5宮本 6川端 という基本オーダーに,火 村中 水 石川雅規 木 由規 金 館山昌平 の先発ローテーションが固定された後半戦には,8/3広島戦(神宮)-8/13阪神戦(京セラ)にかけて2002年以来8年ぶり球団史上5度目の10連勝,7/27広島戦(神宮)-8/25横浜戦(神宮)にかけても同じく2002年以来8年ぶり球団記録タイとなる神宮球場11連勝をマークし,8/24横浜戦(神宮)でとうとう最大19あった借金を完済し,4/18巨人戦(松山)以来に勝率を.500へと戻した。
一時はクライマックスシリーズ進出圏内となる3位に3.5ゲーム差まで迫るなど,いつしか1996年長嶋茂雄監督率いる巨人が首位広島と最大11.5ゲーム差から逆転優勝を果たしたことでその年の流行語にもなった「メークミラクル」と,一時発売が中止されていたものの生まれ変わって春から販売が再開された自社製品「ミルミル」とを掛け合わせた「メークミルミル」という造語まで生まれた。milmil01.jpg

最大借金19から貯金4でシーズンを終えたのは,セ・リーグでは1966年阪神以来44年ぶり2度目の快挙であった。またこの年の阪神は最終的な貯金が2であったため,それを上回りリーグ史上最高の成績となった。これこそ「メークミルミル」と呼ぶに相応しい。そんな躍進を成し遂げた小川監督の正式な就任を望むファンの声が,既定路線と言われていた荒木大輔監督就任を覆し,とうとう現実のものとなった。

チーム成績
確かに順位としては昨年クライマックスシリーズ圏内である3位から圏外の4位へと1つ下げたが,チームとしては2004年以来実に6年ぶりに勝率.500を超えた。また注目すべきは,首位とのゲーム差6.5で,最下位に終わった2007年に20.5,一昨年が5位で17.5,昨年は3位ながら15.5であったことを考えれば,いかに上位との戦力を詰めたが分かるだろう【表2】。そして5/27-以降の勝率はリーグ断トツトップの数字で,指揮官としてはリーグ優勝した中日,ソフトバンクをも上回り12球団で最高勝率をマークした。-5/26を境にセ・リーグの勝敗表を分割すると【表3-a】のようになり,仮に全球団がこの期間(5/27-閉幕)の勝率を維持したとして144試合に換算すると,ヤクルトは2位中日に5.0ゲーム差をつけて優勝した計算になる。ちなみにこの換算勝敗は,中日・阪神・広島の勝率とは1分以内で,ほぼ相違ないものとなっている。逆に-5/26までのペースを一年間保ってようやく100敗の大台に到達するかという数字にもなる【表3-b】。それぞれの期間で防御率は「3.84」と「3.86」で大差ないことから,極度の打線不振がそのまま勝敗に現れていたことにもなる。その状態を見かねてフロントは大田卓司二軍打撃コーチ昇格による打撃コーチ3人態勢を提唱したが,大田コーチがそれを固辞,一度白紙に戻ったことで,伊勢孝夫打撃アドバイザー(のちに打撃コーチ補佐)招聘の動きとなった。野村克也監督退任から12年が経ち,薄れてしまったID野球を今一度復興させる方向へとチームは歩みだした。
【表1】チーム月別成績
通産
試合勝数負数引分勝率順位打率本塁得点失点防御勝率順位
35410.8001.295630183.68.8001
4247161.3046.2492376963.26.3936
5203161.1586.208953964.46.2986
6221480.6361.27919100943.99.4064
7191180.5793.2781897914.50.4434
8261880.6921.312301631153.85.5004
9221192.5502.2671475813.20.5074
106420.6672.259523304.25.5144

【表2】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位打率本塁打得点失点防御率
201014472684.5146.54.268(2)124(3)617(3)621(3)3.85(2)
-5/264613321.28915.06.236(6)37(4)144(6)200(2)3.84(3)
5/27-9859363.621-5.01.283(2)87(3)473(2)421(2)3.86(2)
200914471721.49622.03.259(2)116(4)548(3)606(5)3.97(5)

【表3-a】5/26を境としたセ・リーグ勝敗表
-5/26試合勝数負数引分勝率勝差5/27-試合勝数負数引分勝率勝差
巨 人4729180.617ヤクルト9859363.621
阪 神4625210.5433.5中 日9553402.5705.0
中 日4926221.5423.5阪 神9853423.5586.0
横 浜4620260.4358.5巨 人9750461.5219.5
広 島4819290.39610.5 広 島9639552.41519.5
ヤクルト4613321.28915.0 横 浜9828691.28932.0

【表3-b】5/27-ベース換算勝敗表とセ・リーグ順位表
試合勝数負数引分勝率勝差試合勝数負数引分勝率勝差
ヤクルト144 87 53 4 .621中 日144 79623.560
中 日144 80 61 3 .5707.5阪 神144 78633.5531.0
阪 神144 78 62 4 .5589.0巨 人144 79641.5521.0
巨 人144 75 68 1 .52113.5ヤクルト144 72684.5146.5
広 島144 59 82 3 .41528.5広 島144 58842.40821.5
ヤクルト144411003.28946.5横 浜144 48951.33632.0
横 浜144 41 102 1 .28947.5

対戦成績【表4】に目を転じると,巨人にはこれで10年連続負け越しを喫したが,-12→-13→-1とゲーム差に換算して昨年比-6.0差としたこともあり,その内容は過去2年とは全く異なるものだと主張したい。それ以上に大きく負け越したのが阪神だった。対戦打率は最多安打を獲得したマートンの.462(106-49)を筆頭に,平野.398(88-35),金本.367(60-22),新井.337(95-32),ブラぜル・城島.323(93-30)と,鳥谷.247(97-24)を除いた主力メンバーにことごとく打ち込まれた。直接「防御率」には関わらない「失策数」が突出していながらこの数字であるので,マートン・平野の上位対策がまず求められそう。城島の加入によって足が封じ込まれたことも特徴として現れている。逆に対中日戦はこれで3年連続の勝ち越し。「得点」・「安打数」・「本塁打数」・「打率」いずれもセ・リーグ5球団の中で最も低い数値にも関わらず,それ以下に相手を抑えこんでいる。中日が51勝17敗1分,勝率にして.750と大きく勝ち越したナゴヤドームでも,ヤクルトは6勝5敗1分と一つ勝ち越すなど,中日側に苦手意識が根付いてきたように思えるようなここ数年の戦いである【表5】。昨年は「57」とリーグ最少だった失策数は「80」へと大幅に増加した。チーム最多は宮本の「12」で,藤本が「11」と続いた。2年連続でゴールデングラブ賞を受賞した宮本だが,今シーズンは宮本ならではというべきか無理な体勢から送球して記録した失策ではなく,正面の打球を後ろに逸らすような場面が何度か見られるようにもなったことが気になるところではある【表6】
【表4】対戦成績
中 日阪 神巨 人広 島横 浜ソフト西 武ロッテ日ハムオリク楽 天
201015(1)0809(0)1511(1)1214(0)1014(1)091(0)31(0)31(0)33(0)11(0)32(1)172(4)68
-5/2603(1)0501(0)0403(0)0502(0)0404(0)050(0)20(0)20(0)20(0)00(0)20(0)113(1)32
5/27-12(0)0308(0)1108(1)0712(0)0610(0)041(0)11(0)11(0)13(0)11(0)12(1)059(3)36
200913(0)1115(0)0905(1)1812(0)1211(0)131(0)32(0)23(0)12(0)24(0)03(0)171(1)72

【表5】対戦別チーム成績
中 日阪 神巨 人広 島横 浜ソフト西 武ロッテ日ハムオリク楽 天順位
得点89105961031311019152215126173
失点6014811676101171643181886213
安打数19820821222826130293141323413043
本塁打数15232121261456201243
三振数1451281641421684126252829289241
四球数747077747881581315174492
死球数1819181318523021991
併殺打数1422161418213432993
盗塁数63211212311124664
失策数1022101711304111802
打率.255.261.259.283.306.221.223.235.297.242.243.2682
防御率2.135.734.232.743.883.654.199.004.504.251.623.852

【表6】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
横 浜.986144549738011618783191167
ヤクルト.98541445516386115758034312711
阪 神.98508144549738501565823891414
広 島.98502144547538391554823331246
中 日.984144556638561619913451258
巨 人.9821445501383715641003411208

例年得意としてきた交流戦では,ちょうど絶不調期と重なったこともあり,初の勝率3割台(.391),過去最低の11位に終わったが,それでも過去6年間の通産順位では3位阪神と0.5差の4位に留まり,セ・リーグ最多勝は保っている。今年は1位〜6位をパ・リーグが独占し,セ・リーグのレベルが低いと揶揄されたが,トータルで見ると決してそのようなことはなく,上位2球団(ソフトバンク・千葉ロッテ)と下位2球団(広島・横浜)が抜きんでているだけで,それほどまでの差は無いということは留意してもらいたい【表7】
【表7】交流戦通産成績[2005-2010]
試合勝数負数引分勝率勝差
福岡ソフトバンク168100653.606
千葉ロッテ16892706.5686.5
阪 神16886766.53112.5
東京ヤクルト16888791.52713.0
巨 人16884777.52214.0
北海道日本ハム16885785.52114.0
中 日16884813.50916.0
埼玉西武16881843.49119.0
オリックス16876884.46323.5
東北楽天16874922.44626.5
広 島16869945.42330.0
横 浜168661011.39535.0


小川采配の堅実さは是か非か
小川監督が青木を1番に据えたことで必然的に初回から青木が出塁することが多くなった。首位打者を獲った打者なのだから当然といえば当然であるかもしれない。そんな青木を塁に置いてまずどんな攻撃を仕掛けるべきなのか。
ほとんどのケースで犠打が選択されたが,この作戦にネット上では「またか」「コピペ」「つまらん」などの声がよく見られた(浅い回はテキスト観戦が多いので余計目についただけかも知れないが)。またこのケース(初回0死一塁以上)で,古田兼任監督はテレビ朝日系列のスポーツバラエティ番組で,”捕手としては(投手の立ち上がりに犠打で)確実にアウトを1つ献上してくれる方が助かる”という旨の発言をし,自身も監督してアダム・リグスを2番に置き,犠打をしない攻撃的布陣を組んでいた。参考までに2009年セパ全試合での統計によれば初回0死一塁のケースで得点が1点以上が入る確率は犠打成功時が約36%,犠打失敗時が約40%というデータが提示されていた。
それでは実際に今シーズン初回先頭打者が出塁したケースについて,2番打者の打撃成績と初回の得点および当該試合の勝敗を【表8-a】【表8-b】に示す。ただし先頭打者本塁打が出た4試合は除外してある。
【表8-a】初回先頭打者出塁時にみる2番打者の結果と得点・勝敗(-5/26)
月日球場対戦相手先発投手1番結果2番結果得点勝敗
3.27東京ド巨人ゴンザレス福地右安田中一飛1
4.03神 宮横浜藤江福地左安鬼崎四球7
4.06神 宮広島青木高福地右2田中一犠1
4.09甲子園阪神安藤三輪中安田中三ゴ1
4.11甲子園阪神下柳飯原中安田中投犠0
4.22ナゴヤ中日吉見田中左安森岡一犠0
4.23横 浜横浜清水田中四球森岡捕邪0
4.25横 浜横浜加賀田中右安森岡投犠0
4.30神 宮横浜三浦田中中安宮本投犠5
5.01神 宮横浜加賀上田右安森岡投犠2
5.04東京ド巨人ゴンザレス福地中安宮本四球0
5.05東京ド巨人東野福地左安上田中飛0
5.09ナゴヤ中日朝倉福地中安田中右安4
5.15神 宮ソフト和田田中左安宮本投犠0
5.19西武ド西武石井一田中右2宮本捕ゴ0
5.26神 宮楽天戸村福地右安田中投ゴ0

【表8-b】初回先頭打者出塁時にみる2番打者の結果と得点・勝敗(5/27-)
月日球場対戦相手先発投手1番結果2番結果得点勝敗
6.09札幌ド日本ハム増井青木中安田中捕犠0
6.12ク宮城楽天岩隈青木中安田中投犠0
6.14神 宮日本ハム武田勝青木中安田中投犠4
6.20マツダ広島ジオ青木中安田中投犠0
6.24神 宮巨人内海青木二安福地捕犠1
6.25神 宮阪神久保青木中安田中三振0
6.26神 宮阪神青木左2田中一飛0
6.29那 覇横浜三浦青木中安田中一犠0
7.06倉 敷阪神スタンリッジ青木中安田中捕邪0
7.11神 宮広島スタルツ青木投安田中二安1
7.28神 宮広島今井青木四球田中一犠1
7.29神 宮広島スタルツ青木左安田中投犠0
8.04神 宮中日山井青木左安田中投犠3
8.06横 浜横浜大家青木右安田中遊ゴ8
8.08横 浜横浜大家青木中安田中一安1
8.10神 宮巨人グライシンガー青木遊安田中捕犠0
8.13京セラ阪神青木左安田中投犠2
8.21ナゴヤ中日山本昌青木左安田中投犠1
8.22ナゴヤ中日中田賢青木左2田中二ゴ0
8.24神 宮横浜清水青木死球田中一犠0
8.25神 宮横浜高崎青木左2田中捕犠0
8.28神 宮阪神秋山青木四球田中投犠0
8.31石 川巨人東野青木右安田中捕邪3
9.01富 山巨人藤井青木三失田中一犠0
9.03横 浜横浜阿斗里青木四球田中投犠0
9.04横 浜横浜大家青木右安田中三ゴ0
9.09神 宮広島前田健青木右2田中捕犠1
9.12甲子園阪神秋山青木中安田中投犠0
9.15神 宮巨人内海青木三安宮本投犠0
9.16神 宮巨人高木青木左安宮本投併0
9.23マツダ広島前田健青木中安田中遊ゴ0
9.25神 宮巨人藤井青木中安田中投ゴ0
10.8東京ド巨人内海青木左2川端捕犠1

【表9】初回先頭打者出塁時にみる犠打と得点・勝敗
犠打成功犠打失敗連続出塁
試合勝率試合得点率勝率試合得点率勝率試合得点率勝率
-5.2616.3757.429.1436.333.5003.667.667
5.27-33.68821.381.70010.200.60021.001.00
49.54128.393.53616.250.5635.800.800

注)「連続出塁」とは犠打成功,犠打失敗のいずれにも含まれないケース。「得点率」とは初回に1得点以上記録した試合で割ったものをそれぞれ示している。

小川体制になってから初回に走者を置いたケースで打球が外野まで飛んだ試合は皆無で,いわゆるエンドランが成功した形になったことは一度も無かった。得点率も犠打の成功/失敗に関わらず高田監督時代の方が高かった。それでも小川監督が率いてから初回に犠打を成功させた試合の勝率は,チーム勝率(.621)をさらに上回る.700をマークしており,さらに1番青木・2番田中のコンビに限れば,3試合に1試合しか得点にはつながらなかったものの(得点率.333),13勝4敗1分で勝率.765にまで上昇している(失敗時は5勝4敗勝率.555得点率.222)。つまるところこれは采配が一貫され,選手がそれを理解し,個々が与えられた役割をこなすという相互の信頼関係が生んだ賜物なのだろうか・・。

これを『灯台下暗し』というのだろう。まさかこんな身近なところに救世主がいたとは・・・。それほどまでにヘッドコーチ時代の小川コーチは目立たなかった。ベンチの隅でただ黙々と高田監督のサインを伝えるだけ。ヘッドとして監督に何かを進言したとしても果たして受け入れられているのだろうかと疑うほどに地味な存在で,5/26未明の後任人事発表の際にも「トップを代えたところで,何も変わらない。むしろ根本的問題を後回しにするだけ」*1だと感じていた。だが翌27日の初采配後に「コミュニケーション・風通し・活気。勝利こそ掴めなかったが,止まっていた何かが動き出した気がした」*2と綴ったことは今思えば決して間違っていなかった。

試合後の談話において「私のミス」と勝敗の責任は全て自分にあると立場を明確にさせた。崩壊しかけた組織にあってある程度のリスクを背負わなければ前には踏み出せないと,畠山らをレフトで起用し着眼点を変えた。ファームから昇格させたばかりの荒木,鬼崎,川端を少なくとも2試合は続けてスタメン起用したように忍耐強さも見せた。これは後々に明らかになったことだが,レギュラーから弾き出された形になった福地,デントナ,ガイエルには自ら口頭でのフォローを欠かさなかったという。6/20広島戦(マツダ)で大きな走塁ミスを犯した飯原をその裏の守備から即ベンチに下げるという厳格さを見せ次の試合はスタメンからも外したが,その試合で代打から途中出場の機会を与え,次の試合でも同様の起用をし,飯原自身も2試合続けて安打を放つという結果で応え,ミスから3試合後の6/24巨人戦(神宮)には再びスタメンに戻すという一連の起用法も実に印象的だった。現場の最高責任者として選手のモチベーションを高め,チームという組織を再構築することができたのは小川監督の長けた人心掌握術によるものも少なくないだろう。そんな小川監督を端的に紹介した記事があったのでここに引用させていただく。
時の顔 プロ野球ヤクルトの監督に就任した小川淳司さん
高田繁前監督が成績不振で辞任した5月下旬以降,監督代行としてヤクルトを立て直した。貯金23は今期の指揮官で最多。9年間の二軍監督の経験を生かし,くすぶっていた選手の力を巧みに引き出した。サヨナラ本塁打の飯原誉士選手には自腹を切って贈り物をするなど,きめ細かい気配りも。選手からの信望の厚さも決め手になって,監督に昇格した。「これも頑張ってくれた選手のおかげ。これからもよろしくお願いします,と言いたい」との言葉には,人柄がにじみ出た。千葉・習志野高で夏の甲子園の優勝投手。中大時代には大学日本代表で巨人の原辰徳監督,オリックスの岡田彰布監督と中軸を組んだが「高校の時が自分のピーク。二人と僕は実績が違うから…」とどこまでも謙虚だ。中日戦で自軍の打者に死球が相次ぎ,落合博満監督に「逃げるのも技術」と挑発されても「登録を外すほどでなくてよかった」。翌日のメンバー表の交換では年長の落合監督に対し,いつものように帽子をとり,頭を下げてあいさつしていた。監督に就任しても「何も変えない」と強調し,「これからも選手が働きやすい環境をつくっていきたい」。管理型,放任型とは一線を画した手法でチームを操縦する身上を口にした。「監督のストレスは感じないのでは。二軍監督時代にたくさん負けて,免疫ができているから」と笑って言える。温厚さと実直さで,球団内では「会社勤めもできる人」と言われている。家族は夫人と1男1女。千葉県出身。53歳。【2010(平成22)年10月13日 信濃毎日新聞6版 総合2面】


おわりに〜2011シーズンに向けて
今オフ最もファンをやきもきさせたであろう林昌勇の残留交渉には成功した。彼が移籍することになってしまうと,投手陣の編成は根本から考え直さなければならなかった。外国人に対する多額の年俸には慢心を心配する声もあるが,本人が2年後のメジャー挑戦を匂わせるなど,高いモチベーションがあればそれほどまでに心配することもなさそうだ。
残念ながらドラフトで即戦力候補斎藤佑樹の獲得することができなかったため,石川,館山,村中,由規の先発4本柱に次ぐ先発の台頭が待たれる。主に前半戦で7勝を挙げた中澤,かつての新人王川島亮,シーズン中にそれぞれ1試合だけ先発の機会を与えられた赤川,山本斉山岸穣,秋季キャンプに抜擢され小川監督の評価も高かった日高,2年目の平井諒らの争いに期待するしかなく,ある程度計算が立てられるような実績ある外国人を一枚獲得したいところ。
林昌勇につなぐまでのセットアッパーは松岡,増渕,押本で盤石なものになった。ただしこの3人に続く投手がいないのもまた実情で,彼らを勝ちパターンは当然ながら,ビハインドあるいは大量リードの場面でも投入しなければならないこともしばしばあった。橋本義隆松井光介吉川昌宏といった経験豊富な投手にはセットアッパーの負担を減らすような投球を期待したい。ドラフト2位右腕七條祐樹も最初は中継ぎで様子をみることにになるだろうか。絶対数が少ない左腕には佐藤賢渡辺恒樹,ルーキー九古健太郎が一年を通してブルペン待機してくれるようでないとバランスが悪くなる。そして何より4年間登板の無い石井弘寿の復帰を願うばかりだ。伸び悩む加藤幹典一場靖弘高市俊高木啓充に活路は見いだせるのか。
山本哲と八木は実戦で投げられるようになることが最優先である。ラファエル・フェルナンデス上野啓輔は支配下選手登録を目指す。

一方野手最大の不安は来季も4番を予定するホワイトセルにあるような気がする。途中来日初年は好成績を残したものの,翌年はサッパリというケースは過去に多々あった。実際6月4試合打率.417 2本塁打 6打点,7月17試合打率.291 4本塁打 16打点,8月26試合 打率.368 7本塁打 22打点だったものが,9月21試合で 打率.221 2本塁打 9打点と極端に成績を落としている。相手からのマークも厳しくなり,高めの釣り球など弱点とされるコースを徹底的に攻められつつあるので,それを跳ね返すだけの適応力を見せてもらうしかあるまい。
不動の1番センター青木を挟むことになる外野の2枠には,後半戦レギュラーを掴んだ飯原,畠山。デントナに代わる右の外野手として獲得したウラディミール・バレンティン,レギュラー奪取に燃える福地,ガイエル,オリックスから移籍の濱中治,2009年のキャンプ・オープン戦以来に復帰となった宮出隆自,一軍で自信をつけた上田剛史,野手転向2年目で結果が求められる雄平と激戦の様相を呈してきた。2年目の松井淳,ルーキー川崎成晃又野知弥はまずはファームで外野の定位置を掴みたいところ。中尾は与えられた出番を確実にモノにしていかないともうあとがない。

頑丈な体と堅守を誇るセカンド田中は来季こそオールスター選出とゴールデングラブ賞獲得を叶えて欲しい。通産2000本安打まであと168本と迫った宮本は,来季何本安打を積み重ねられるかが焦点になるが,今シーズン同様定期的に休養を与えていくことになることは間違いない。最大の激戦区はショート。後半レギュラーを掴んだ川端に,右肘手術から復帰する川島慶,さらに藤本,荒木,鬼崎がそこに挑む形になる。大型ショートと呼び声高いドラフト1位指名の山田哲人がここに割りこめるかも楽しみである。野口祥順,三輪,森岡良介はその脚力で一軍に残りたいところ。武内,松元ユウイチ吉本亮は代打と内外野の守備がこなせる選手であり,出番を窺う。

正捕手としては勿論,打者としてもチームトップの65打点を稼いだ相川の存在はもはや欠くことができないほど大きなものとなった。2番手捕手には川本,3番手捕手に福川と控えるが,ファームで優先的にマスクを被り英才教育を受けた中村が二人を脅かすまで成長出来るかが楽しみである。さらにドラフト3位で西田明央が入団したことで,衣川,新田の両名は捕手というよりも右の代打として勝負を懸けるしかなくなってきた。水野祐希は焦らず捕手としての仕事をこなすことだ。
麻生知史曲尾マイケ北野洸貴佐藤貴規という4名の育成選手からスワローズ史上初野手としての支配下登録なる選手は現れるか。

2001年若松勉監督が率いて4年ぶり6度目となるセ・リーグを制覇してからはや9年。歓喜の優勝の輪の中にいた選手はもう宮本と石井しか残されていない・・。福地,相川,ユウイチ,野口,畠山,石川,福川のようにプロ10年以上在籍しながら優勝未経験の選手も増えてきた。

ファームには野村ID野球の名参謀である松井優典二軍育成兼寮長が13年ぶり,選手会長も務めた伊東昭光二軍投手が4年ぶり,中継ぎエース加藤博人二軍投手が12年ぶり,そしてブンブン丸池山隆寛二軍打撃が9年ぶりにコーチとしてそれぞれスワローズに復帰した。スワローズの伝統である明るいチームワークと,野村・若松両監督の下で選手あるいはコーチとしてともに優勝を経験した伊藤智仁投手,佐藤真一打撃,飯田哲也守備走塁,城石憲之守備走塁,中西親志バッテリー,真中満二軍監督,土橋勝征二軍守備走塁,度会博文二軍守備走塁,さらに高田前監督に請われた指導者の中では唯一残留することになる淡口憲治二軍打撃,2001年日本シリーズを敵として戦った古久保健二二軍バッテリーというコーチングスタッフとがうまく融和して,優勝の二文字を目指して欲しい。ただただそれを願うばかりである。

その人身掌握術で,瀕死の燕を救った小川淳司監督なら必ずや成し遂げてくれるはずだ。信じよう。10年ぶりの美酒を味わうその瞬間を―

参考資料
二宮清純「ヤクルト・小川淳司 史上最強の地味監督」,『SPORTS COMMUNICATIONS』,スポーツコミュニケーションズ,2010.11
http://www.ninomiyasports.com/sc/modules/bulletin02/article.php?storyid=4587
http://www.ninomiyasports.com/sc/modules/bulletin02/article.php?storyid=4592
阿部珠樹「<ヤクルト新監督の野球哲学> 小川淳司[代行から監督の座へ] 燕を甦らせた男の眼力と深謀遠慮」,『Sports Graphic Number』第766号,文藝春秋,2010.11
http://number.bunshun.jp/articles/-/65176
http://number.bunshun.jp/articles/-/65176?page=2
http://number.bunshun.jp/articles/-/65176?page=3
『週刊ベースボール』第65巻 第56号 通産3025号,ベースボールマガジン社,2010.12
ニッカンスコア速報
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2010/s201003.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2010/s201004.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2010/s201005.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2010/s201006.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2010/s201007.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2010/s201008.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2010/s201009.html
http://www.nikkansports.com/baseball/professional/schedule/2010/s201010.html

2009年12月23日

総括2009−球団史上初クライマックスシリーズ進出までの道のり

はじめに
 1月16日。ヤクルト球団史上初となるFA選手獲得となる相川亮二の加入が正式に決定し,前年5位からの巻き返しを目指した高田繁監督就任2年目のシーズン。
 開幕から阪神・中日という前年Aクラスチーム相手に2カード連続で勝ち越し,上々のスタートを切り,4月は12勝10敗と勝ち越す。その後も西のチーム(中日・阪神・広島)には全て勝ち越し,東のチーム(巨人・横浜)には負け越すという相性が極端に現れながらも,21勝13敗の2位という成績で交流戦を迎えた。
 交流戦開幕後はなかなか波に乗ることができず一進一退の状態が続いていたが,6月14日のオリックス戦で,後にギネス世界記録に正式認定されることになる11打数連続安打の日本記録を樹立したあたりからチームは急加速。18日のロッテ戦はガイエルのサヨナラ本塁打,20日の西武戦はデントナがサヨナラ打。交流戦最終戦となる21日の西武戦でも福地寿樹の打球が相手敵失を誘い球団史上3度目となる3試合連続のサヨナラ勝ちを収める。過去に記録した年(1978年・1995年)はいずれもチームは優勝・日本一に輝いているという縁起の良さも相まって,優勝への期待も高まった。
 交流戦終了時首位・巨人とは2.0ゲーム差の2位。リーグ戦再開最初のカードはその巨人だった。3連勝すれば首位という期待も懸かったものの,その初戦に金田正一を抜き球団新記録となる14連勝を誇っていた館山昌平が7失点KOで遂に連勝ストップ。翌日こそ由規の好投で勝利を収めたが,3戦目は石川雅規が崩れ結局カード負け越し。
 7月はデントナが打率.416,6本塁打,25打点の驚異的な成績で月間MVPを獲得するも,チームは勝ったり負けたり。その間驚異的な勝率で追い上げてきた中日に守り続けてきた2位の座を奪われたものの,46勝33敗の3位で前半戦を折り返し。この時点でクライマックスシリーズ進出へのマジック52が点灯しており,誰もが3位以内を信じて疑わなかった・・・
 ところが8月から悪夢のような日々が待ち受けていた。8日館山が右手中指を痛め登録抹消。13日の試合中にデントナが左太腿裏を肉離れ,15日には宮本慎也が左太腿を痛め登録抹消されるなど投打の主力に故障者が相次ぎ8月を7勝18敗で終える。
 9月に入っても悪い流れは断ち切れず,五十嵐亮太,林昌勇が揃って登録抹消。抑えを任された松岡健一もリードを守れず完全に自信を喪失。5日からは17年ぶりの9連敗。球団史上ワーストとなる12カード連続の負け越し。本拠地神宮球場では39年ぶりとなる10連敗も記録した。最大14あった貯金を使い果たすと,12日にはとうとう4位に転落。21日には1958年以来・セ・リーグ史上6度目となる2ケタ貯金から2ケタ借金10を背負い,5位にまで転落した。
 瀕死のチームを救ったのは4年目の高木啓充だった。5位転落の翌22日の広島戦でプロ初完封勝利を挙げ,チームの危機を救う。阪神・広島との熾烈な3位争いが続く一方,下旬からはそれまでチームを支えてきた川島慶三が右肘痛を訴えて以降,連鎖反応するかのように相川,飯原誉士,田中浩康,武内晋一と相次いで試合中に負傷し戦線離脱…。
 それでも4番に座った青木宣親と,右手小指の骨折を抱えながらも強行出場を続ける宮本を中心に,主力不在で出場機会を得た昨年の4番打者畠山和洋をはじめ,川本良平,中村悠平,鬼崎裕司,梶本勇介,森岡良介,吉本亮,野口祥順,松元ユウイチら脇役陣が奮起。
 迎えた10月8日からの阪神2連戦。その初戦に右のエース館山が5安打無失点完封勝利で3位再浮上しクライマックスシリーズ進出マジック2を再点灯させると,翌9日は左のエース石川が8回途中まで1失点に抑え,最後は林昌勇が締め直接対決2連勝。3年ぶりの3位を確定させ,球団史上初のクライマックスシリーズ進出を決めた【表1】。

【表1】チーム月別成績
試合勝数負数引分勝率通産順位
42212100.545.5452
5221480.636.5912
6181170.611.5972
72111100.524.5783
8257180.280.5093
9279171.346.4784
109720.778.4973


【表2】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打打率防御率
200914471721.49622.03548(3)606(5)116(4).259(2)3.97(5)
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5).266(4)3.75(4)


 チーム防御率・失点共に下げたものの,一昨年は13勝28敗,昨年は13勝25敗と2年連続勝率3割台と課題としていた1点差試合でも19勝16敗と勝ち越し,その勝率.543はリーグ2位と,「接戦の弱さ」は克服している。
 チーム打率は下がったものの,リーグ順位は2位である。本塁打数が33本増加し「長打力不足」は解消されたにも関わらず,得点は35点の減少【表2】。ここにチームとして取り組むべき課題が見出せるのでないだろうか。後で考察することにする。
 次に対戦カード別成績【表3】。

【表3】対戦成績 ※( )は引き分け
巨 人中 日阪 神広 島横 浜日ハム楽 天ソフト西 武ロッテオリク
200905(1)1813(0)1115(0)0912(0)1211(0)132(0)23(0)11(0)32(0)23(0)14(0)071(1)72
200806(0)1813(2)0910(1)1311(1)1215(0)091(0)32(0)22(0)22(0)21(0)33(0)166(4)74


 こうして対戦成績を並べてみると,8・9月の低迷があったものの,トータルでは五分に近い成績で終わっているのだ。巨人戦を除けば……。対巨人戦がシーズン5勝以下に終わったのは1970年(5勝21敗)以来39年ぶり。最後に勝ち越したのは2000年で,以降9年間連続で負け越し。この間の成績は84勝141敗3分。勝率.373。
 とにもかくにも対巨人戦を何とかしないとならないのだが,実は巨人戦が突出して悪いという数字が並ぶ訳でもないのである。

【表4】対戦別チーム成績
巨 人中 日阪 神広 島横 浜日ハム楽 天ソフト西 武ロッテオリク順位
得点72107818890721151526265483
失点11810486102106119182413156065
安打数19922419119919726343737494512383
本塁打数13251523190615541164
三振数1681541541581512225242023269252
四球数547072466391116816143794
死球数10815611141222622
併殺打数2417121012445452993
盗塁数11132417255110541061
失策数8812139022300571
打率.252.275.246.251.246.215.268.278.280.336.328.2592
防御率4.743.953.203.914.392.832.314.375.403.163.753.975

 打率に限っては対広島・阪神・横浜戦よりも高く,安打数もほとんど変わらない。失策数も対中日戦と並んで最も少ない。
 単純計算であるが巨人戦以外の対セ・リーグ4球団では安打数の45.0%,対パ・リーグ戦でも46.7%が得点に結びついているのに,対巨人戦となると36.1%に激減塁を賑わせることは出来ているのにも関わらず,得点に結びつかない。三振と併殺打数が最も多く,機動力も発揮できていない。
 失点・防御率ともワーストであり,1点でも多く取る工夫が他球団以上に必要なのにそれが出来ていないのだ。攻撃に関してチームとして工夫したものを指示していくなどすれば数字の上昇は見込めるのではないだろうか。

 守備に関しては【表5】の通り,リーグ最高の成績を残すことが出来た。これに関しては多いに誇ってよいだろう。守りから攻撃のリズムを生んだ試合も数多くあったように記憶している。

【表5】守備成績
チーム守備率試合守機備会刺殺補殺失策併殺捕逸
参加球団
ヤクルト.990144553838271654573331263
巨 人.985144561539241607843151179
中 日.9851445576386916238433212113
阪 神.985144557438411647863151185
横 浜.9821445463379415709932111610
広 島.9821445503384015631002741003

さて先に考察すると挙げた「チームとして取り組むべき課題」について,独自の「四球率」なる数字を出してみた。「四球率」とは単純に四球の数を,四球となるカウント(0-3・1-3・2-3)での打席数で割ったものである。つまり四球を選べるカウントでどれだけ四球(死球も含んでいる)を選べたかである。それをカウント別の打率及び,通産の出塁率とともに示す【表6_1】。

【表6_1】出塁率内訳
四球率

[出塁率]
カウント打席打数安打打率四球割合四球率

[出塁率]
カウント打席打数安打打率四球割合
青木

.524

[.400]
0-31410.00013.929ユウイチ

.467

[.307]
0-3300-31.00
1-340166.37523.5751-3631.3333.500
2-3894813.27139.4382-3651.2001.167
ガイエル

.465

[.367]
0-321551.0016.762武内

.429

[.329]
0-3500-51.00
1-31443.75010.7141-3863.5002.250
2-379529.17327.3422-322142.1438.364
田中浩

.405

[.315]
0-3400-41.00畠山

.422

[.329]
0-3400-41.00
1-32285.62514.6361-31582.2507.467
2-358428.19016.2762-345295.17216.356
デントナ

.380

[.327]
0-31232.6679.750飯原

.417

[.315]
0-3200-21.00
1-31862.33312.6671-3831.3335.625
2-3494011.2759.1842-314113.2733.214
福地

.375

[.310]
0-3300-31.00野口

.400

[.318]
0-3100-11.00
1-322126.50010.4551-32111.001.500
2-347336.18214.2982-31283.3754.333
宮本

.356

[.320]
0-3100-11.00川本

.308

[.254]
0-3000-0-
1-3820.0006.7501-3000-0-
2-336276.2229.2502-31394.4444.308
相川

.354

[.286]
0-3500-51.00
1-3930.0006.667
2-351396.15412.235
川島慶

.330

[.314]
0-3400-41.00
1-323112.18212.522
2-3705414.25916.229
 こうして数字を出してみて面白い事に気がついた。それはデントナ・ガイエルの決めうち打率の高さだ。ガイエルに至ってはカウント0-3から実に5打数5安打である。ど真ん中ストレートと山を張ったケースでの打撃。思わず来季注目してみたくなった。
 それはさておき本題。いわゆるクリーンナップの前に如何に走者を溜めるかという意味で,上位打線の出塁がポイントになるということで,「四球率」なるものを算出してみたが,今季主に1・2番を組んだ福地,川島慶の数字は決して高いものではなかったことが分かるだろう。カウント2-3からは,デントナはともかくとして,川島慶は打ったほうが確率が高いという数字まで出てしまった。
 セ・リーグ上位2チームの1・2番と比べても,とりわけ2番の「四球率」にはこれほどまでの差がある【表6_2】と,小笠原・ラミレス・亀井,森野・ブランコ・和田という強力クリーンナップに与えたプレッシャーも大きくなることは自ずと予想できる。それでいてカウント2-3からの勝負強さも両名とは比較にならないほど高い数字を残している。

【表6_2】出塁率内訳
カウント打席打数安打打率四球割合
G坂本

.363

[.357]
0-314111.0013.929
1-32195.55612.571
2-3866718.26919.221
G松本

.428

[.338]
0-3500-51.00
1-3731.3334.571
2-3372511.44012.324
D荒木

.247

[.304]
0-3400-41.00
1-31881.12510.556
2-3796822.32411.139
D井端

.447

[.388]
0-31400-141.00
1-340187.38922.550
2-31077117.23936.336

 彼らは足力のある選手。四球で塁に出れば相手投手にプレッシャーを与え,打者有利の状況を作り出せる選手なのである。それはチームの得点に直結するものでもある。それだけに,この数字は実に惜しまれるものだと思う。勝負強さばかりは天性のものがあるだけに,せめてカウントやケースに応じたボールの見極め力には,より一層の磨きをかけて欲しい。

 
 攻撃の話中心になってしまった。投手では石川,館山に次ぐ投手を確立出来なかったことが最大の課題であろう。その二人に次ぐ投手は実績からしても,そして何より年齢的に川島亮しか居ないと思っている。川島亮の今季の全登板は以下の通り【表7】。

【表7】個人投手成績_17川島亮
勝敗回数打者球数被安被本三振四死失点自責
4/05阪 神626101703133
4/12横 浜42/32279714144
4/19広 島625108426322
4/28中 日-52/32062214122
5/09広 島-50/32191303331
5/17阪 神728118504211
5/24ソフトバンク52489625354
5/31ロッテ72597505011
6/07日本ハム62399511222
7/01横 浜-22/31772211244
7/10横 浜-51/322106230311
7/17広 島51983210122
7/29広 島32/31965111253
8/26広 島42488240499

 開幕3戦目の先発を任されたものの,夏場以降調子を落とし,8/26を最後に一軍での登板は無かった。こうして白星を挙げた試合を見ても分かるように,100球前後で6〜7イニングを3失点以内に抑えるという,先発としての最大限の責務を全う出来るだけの力は備えているのは明らかである。元々被本塁打も多かった投手。そんな細かい事は気にせず,トータルのコントロールとここ一番の気持ちを込めた投球で白星を重ねてきたタイプの投手だ。

 だが首脳陣はこの事への不安感か,川島亮先発試合の場合は特に早め早めの継投を想定しているようなベンチワークが見られた。失われた信頼関係―これを取り戻すには一体どうしたらよいのだろうか。気持ちを込めた投球スタイルを生かすならリリーフ転向というのも一考の余地があるだろう。

 だが本人の先発としての意思も強いと思われる。何よりスワローズに欠けている部分でもあるのだから。川島亮の右腕次第でチームの順位は左右されるといっても過言では無いだろう。


おわりに〜2010シーズンに向けて
 阪神はマリナーズから強肩強打の正捕手城島を獲得。野村新監督が就任し脱ブラウン野球を図る広島。尾花新監督を迎える横浜はロッテから清水直・橋本,日本ハムからスレッジ・稲田・(坂元)弥太郎など例年にない補強を敢行した。
 下位球団が積極的に補強するなか,ヤクルトは阪神からFA宣言した藤本敦士を獲得した以外は目立った補強はない。3年ぶりにAクラス入りした今季を上回り,優勝を狙うためには,現有戦力を底上げするしかないだろう。
 中でも先発陣は,左右の両腕石川,館山以外は横一線。由規,村中恭兵,川島亮,ユウキ,一場靖弘,高木らがシーズンを通してローテーションを守れるようにならないとやはり苦しい。新人の中澤雅人,山本哲哉。そして赤川克紀,八木亮祐,日高亮,山本斉,増渕竜義ら一人でも多くの若手の台頭が待たれる。加藤幹典,岡本秀寛,西ア聡,高市俊らそろそろ結果を出さないと厳しい選手達の奮起も促したい。
 五十嵐が抜けた救援陣は4年ぶりの一軍マウンドを目指す石井弘寿の復活に期待しよう。林昌勇,押本健彦,松岡には好不調の波を予め察知するような配慮が必要だろう。特に林昌勇の場合は来日して2年続けて交流戦までは防御率0.00を誇り,9月に調子を落とし二軍落ちというパターンが続いているだけに。
 橋本義隆,松井光介,萩原淳,鎌田祐哉,吉川昌宏など困ったときに頼れる経験豊富な投手も控えている。左のワンポイントには,これまた手術からの復活を期す佐藤賢と後半実績を作った李恵践を中心に動いてもらうことになるだろう。

打撃陣は4番に青木を据えたことで,本人もチームも機能した。常時青木を4番にするためにも3番打者が鍵を握る。終盤はその役割を宮本が務めた訳だが,これ以上宮本に負担をかけるわけにも行くまい。
 これを担えるのは田中浩康しかいないと私は考える。
 (左)福地−(遊)藤本−(二)田中−(中)青木−(一)デントナ−(右)ガイエル−(三)宮本−(捕)相川と続けば打線の破壊力が増すに違いない。
 この並びであれば,(捕)川本,福川将和,米野智人,中村(一)武内,ユウイチ,野口(三)畠山,吉本(遊)川島慶,荒木貴裕,川端慎吾,梶本,鬼崎,森岡(左)志田宗大,飯原(右)高井雄平,上田剛史,中尾敏浩と主力に時折休養を与えても,大きく打順を弄る必要も無かろう。

高田監督にとっては3年契約の最終年となる。思い起こしてみよう。野村克也監督は1年目に種を蒔き,2年目に水をやり,3年目の1992年に花を咲かせた。若松勉監督も4位,4位と続いた就任3年目の2001年にチームを優勝に導いた。そして何たる運命かスワローズの監督としては9年ぶりに就任3年目を迎える。2010年はまさに3年目のジンクスの年!
 高田監督も5位・3位と着実に上ってきた階段をもう一段,いや二段上がってくれることを願って,2009年総括の締めくくりとしよう。+おまけ

2008年12月25日

総括2008−高田監督就任初年度

はじめに
 屈辱の21年ぶりの最下位からのチーム再建を託し高田繁新監督を迎え入れた。
 しかし前年60勝を挙げた投手陣から,最多勝のグライシンガー(16勝)・石井一久(9勝)・藤井秀悟(7勝)・シコースキー(1勝)と半分以上の33勝を挙げた投手が退団。野手も不動の4番・ラミレスが讀賣へ移籍したことで,戦前より戦力不足は否めなかった。
 その穴を埋めるべく高田監督が打ち出したのは長打力不足を足を絡めた機動力で補う「スモール・ベースボール」。キャンプ・オープン戦を通しこの方針を徹底させ,相手チームにも足を使った攻撃をしてくることを意識させることに成功した。

 そして迎えた開幕カードは,4番とエースを奪われた因縁の巨人戦。その機動力が早速発揮され,結果チーム50年ぶりとなる開幕巨人戦3タテ。さらには開幕7試合連続6得点以上という日本プロ野球史上初の記録で,早くも貯金を5とした―。
 ところがその勢いは続かない。なかなか連勝が出来ず,必死で5割ラインを死守するも,とうとうその貯金も4月末に使い果たしてしまう。交流戦に入って負けが込みはじめ,6月9日には借金が8まで膨れ上がる。だがそこで沈まなかった。
 7月20日に勝率を5割まで戻すことに成功。7月23日から再び5割を切るも,クライマックスシリーズ進出圏内となる3位までのゲーム差は,8月16日に1.0差まで詰め寄った。だが翌日敗れ3位浮上のチャンスを逃すと,それからズルズル5連敗を喫するも,8月30日から5連勝で9月4日には3位と0.5差の4位に浮上。
 しかしながら9月9日甲子園で矢野にサヨナラ本塁打を浴び敗れた試合から悪夢のような8連敗。しかもうち7試合が1点差というなんとも悔しい負けが続いた。
 結局その8連敗が最後まで響く形となる66勝74敗=借金8で高田監督就任一年目のシーズンが幕を閉じた―。勝負の世界たら・ればは禁句だが,あの8連敗がせめて4勝4敗だったなら・・・と思ってしまう。

【表1】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打打率防御率
200814466744.47117.55583(2)569(4)83(5).266(4)3.75(4)
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2).269(2)4.07(5)

注)チーム本塁打は阪神と同一。チーム打率は巨人・横浜と同一。
 【表1】で着目したいのは,チーム本塁打が139→83と56本も減少したにもかかわらず,総得点は596→583と僅か13点の減少に留まっている点だ。長打力を機動力で補うという当初の方針は達成されたと評価することができるだろう。これを裏返せば,長打力が発揮されるならばさらなる得点力アップが望めるということだ。長打力不足はシーズン通しての課題として首脳陣も把握しているだけに,来季への期待としたい。

【表2】イニング別失点
イニング20082007
188115
25561
34462

 投手陣も失点・防御率共に成績はアップ。昨年目立った序盤でゲームを壊すような大量失点も大幅に改善された。【表2】

【表3】対戦成績
巨 人阪 神中 日広 島横 浜西 武オリク日ハムロッテ楽 天ソフト
200806(0)1810(1)1313(1)0911(1)1215(0)092(0)23(0)11(0)31(0)32(0)22(0)266(4)74
200710(0)1408(0)1607(0)1711(0)1313(0)113(0)13(0)11(0)32(0)22(0)21(0)360(0)84

 次に対戦カード別成績【表3】。やはり巨人戦の数字の悪さが目を引く。先述のようにこのカードは開幕3連勝で始まった訳だから,その後は3勝18敗と全く歯が立たなかったのだ。
 今シーズンは3連敗以上を9回記録した【表4】が,リーグ戦7回のうち6回に対巨人戦が絡んでいることが分かる。ちなみに交流戦期間中はいずれもロッテ戦。
 対巨人はこれで8年連続負け越し。今世紀になって未だ巨人に勝ち越すことが出来ていない・・・。こうして次のカードにまで影響してしまうほど,そのアレルギーは深刻。強力巨人打線に対して物怖じせず,強気で攻められる投手の出現を待ちたいと思う。

【表4】3連敗以上内訳
日付対戦相手内訳
4/05-4/114中日2広島1巨人1
5/03-5/064巨人3横浜1
5/24-5/295ロッテ1楽天2日ハム2
6/07-6/093西武1ロッテ2
7/02-7/043巨人2広島1
7/23-7/274横浜1巨人3
8/17-8/265中日1巨人2阪神1広島1
9/09-9/168阪神3巨人3広島2
9/24-9/283中日1広島2


【表5】ホーム・ビジター別対戦成績
巨 人阪 神中 日広 島横 浜西 武オリク日ハムロッテ楽 天ソフト
[内訳]06(0)1810(1)1313(2)0911(1)1215(0)092(0)23(0)11(0)31(0)32(0)22(0)266(4)74
ホーム4(0)85(1)67(1)47(0)57(0)51(0)12(0)00(0)20(0)20(0)21(0)134(2)36
ビジター2(0)105(0)76(1)54(1)78(0)41(0)11(0)11(0)11(0)12(0)01(0)132(2)38

 昨年はビジターゲームでの借金が実に「28」もあったが,今年は東京ドームでの成績こそ相変わらずであるものの,その借金を「6」にまで減らすことができた【表5】。

【表6】神宮球場での成績比較
20082007
本塁打3379
打点244321
打率.266.281
防御率3.444.19
被本塁打6790

 逆にホームである神宮球場での戦いに苦しめられた。両翼が10メートルずつ拡張された神宮球場での成績【表6】を見ると,球場が広くなった影響が投手陣にとって「+」・攻撃陣にとって「−」に作用しているのが一目瞭然である。
 再び【表5】に目を転じると,巨人が8勝,横浜にとっての5勝もビジターカードとしては最多を挙げているように,それぞれのホームグランド同様にビジターである神宮でも,チームの持ち味である長打を発揮して勝利を収めているのだ。この辺りも来季の戦い方のヒントになるかもしれない。

 それでは個人成績に移ろう。
【表7】先発投手成績(リリーフ登板時の成績は含まない)
試合防御率投球回勝利敗北勝率失点自責打者被安被本三振与四与死
19石川 雅規292.681942/31210.545595879118021112414
25館山 昌平242.991531/3123.80054516281371399317
15村中 恭平214.341221/3611.353605953010713105597
17川島   亮204.7011579.43867604971151983442
34リオス115.46641/327.222483930080737265
22増渕 竜義114.14541/333.500262523653825206
78ゴンザレス84.304415.16725211935843691
69ダグラス63.943222.005151413330316112
11由    規53.64292/321.66713121141842872
16加藤 幹典46.62172/302.000131384253761
44松井 光介34.911101.00066501401221
14高市   俊10.00500.000001610610
52伊藤 秀範118.00100.00022640000

 まず先発投手編【表7】。昨年入団以来5年連続二桁勝利で途切れた石川がエースの称号を取り戻し再び二桁。最終戦では打者一人を打ち取り,逆転で最優秀防御率のタイトルを獲得した。同じく昨年はチーム事情で先発・中継ぎ・抑えとフル回転を命ぜられた館山が,先発一本でほぼ一年間ローテを守り続け,12勝3敗の成績は昨年と全く正反対の数字。セ・リーグでは表彰されないものの,勝率.800はリーグトップだった。川島亮もオフのクリーニング手術によって肩の不安が無くなった。ただしローテーションの関係で悉く巨人との対戦が続いたこともあり,負けが先行。防御率も悪化してしまった。

 最大の誤算はグライシンガーの穴を埋めるべく獲得したリオス。韓国球界で22勝を挙げたという触れ込み通り,オープン戦では防御率1.50と抜群の安定感を誇ったが,シーズンに入るとサッパリ・・・。チームが波に乗ろうとすると連勝を止める。リズムが悪く打線と噛み合わない。挙句の果てにドーピング違反で契約解除。リオスが前半に作った借金5はチームにとって非常に大きかった。
 シーズン当初の期待に応えられなかったという意味では増渕と加藤の名前も挙げてよかろう。二人とも開幕ローテに名を連ねたが,結果を出せず中盤に二軍降格。その後故障もあり,一軍の戦力にはなれなかった。まだ体力的にプロのレベルに達していない。来季以降その素材を開花させて欲しいと思う。

 ただ若い力の無限の可能性を感じたシーズンであったことも確か。まずシーズン前半は村中。首脳陣の期待は開幕二戦目先発という形で現れる。立ち上がり緊張から制球を乱し四球を連発し3失点するも,4イニング投げ失点は初回のみ。チームが逆転し敗戦投手を免れると,翌週敵地で中日相手に7回1失点という圧巻のピッチングでプロ初勝利!その後は勝ちと負けを繰り返すも,とにかく村中登板時は打線の援護に恵まれなかった。その典型が5月3日の対巨人戦。9回一死まで巨人打線をノーヒットノーランに抑えるも打線の援護は0。亀井に初安打を許してから,最後は代打大道に走者一掃タイムリーを浴び力尽きて敗戦投手となるも,ファンには強烈な印象を与えた。その後も慣れない中5日のローテーションなど,投手陣の台所事情を支えてきたもの,8月下旬にとうとう左肘に違和感を訴え登録抹消となってしまった。その後の経過が心配されるものの,この大器は大きな可能性を秘めている。
 この村中をも凌ぐ可能性を感じたのが,高卒ルーキー・由規。キャンプから高卒ビッグ3として注目されたものの,まだまだプロのレベルに達していないということで,オープン戦中に二軍落ち。ところがイースタンでめきめきとその片鱗が発揮されはじめ,8月30日に待望の一軍デビュー。結果は1回2/3を5失点と散々たるものだったが,味方が大逆転勝利で敗戦投手を免れるなど,運の強さを感じるスタートとなった。2試合目の登板となった9月6日対巨人戦でプロ初勝利。さらに凄かったのが10月の2試合。10月2日広島戦は8回無失点。10月8日横浜戦も6回二死までパーフェクトピッチングの8回1失点。新人王の権利となる30イニングまであと1/3イニング残してルーキーイヤーを終えた。「1勝2敗防御率3.64」という数字以上の内容であった。
 そしてシーズン最終戦では希望枠で入団した高市が5回無失点の好投で,勝利投手の権利をもってマウンドを降りた。惜しくも勝利投手とはならなかったものの,ファーム10年ぶりの優勝の立役者である高市に,来季は待望の初勝利が懸かる。

【表8】主なリリーフ投手成績
試合防御率投球回勝利敗北ホールドセーブ失点自責打者被安被本三振与四与死
65押本 健彦673.34722/356271312730274846141
21松岡 健一651.39711/353290121128051454173
53五十嵐亮太442.47432/33212313121713534262
12林  昌勇543.00511533318172145565092
中継ぎ−右投手
44松井 光介242.67301/3114010913327221151
62吉川 昌宏184.19191/3004099822031061
42木田 優夫193.05202/3203077811341283
20鎌田 祐哉166.8621021016161033351981
24花田 真人234.38242/3012012121053031550
48萩原   淳255.6332100023201444451690
中継ぎ−左投手
13佐藤   賢243.24162/3103066731901471
57丸山 貴史73.3851/30000222150420
16加藤 幹典419.643 1/30000882290121
41高井 雄平113.5002/3000011511020

 次がまさに生まれ変わった中継ぎ・抑え陣【表8】。日本ハムからトレード移籍の押本は,登板22試合目まで防御率0.00を誇った。中継ぎに配置されて変貌を遂げたのが松岡。29ホールドは阪神・久保田に次いでリーグ2位の数字。シーズン通して安定感を誇り防御率「1.39」が光る。
 右肘の手術から完全復活は五十嵐。開幕戦でストッパーとしてマウンドに上がるも,最後の打者を仕留めた投球の際に左太腿肉離れを起こし翌3月29日に登録抹消されてしまう。
 そこで守護神に命ぜられたのが新加入の林昌勇だった。サイドから繰り出される160キロ近いストレートで相手打者を翻弄。松岡・押本・林の「MOL」トリオはいずれも防御率0点台で,阪神の「JFK」同様に7回までリードしていれば勝てる!という雰囲気があった。
 ただストッパー・林昌勇は同点時のリリーフ登板での失敗が目立った。押本に疲労が見えてくると時期を同じくして,再々調整を経て戻ってきた五十嵐が安定感を取り戻し,後半は「OMIL」という勝利の方程式が確立されたのだった。
 中継ぎとしてアクシデント時のロングイニングや困ったときの先発までこなす松井・8月から合流し,2勝3ホールドの木田の存在も忘れてはならないだろう。一方で物足りなかったのが左投手(佐藤・丸山・加藤・高井)。多くの試合でブルペンは全員右投手という状態に陥るほど,左腕には泣かされた。彼らの奮起と,故障の石井弘寿の復帰を願うばかりである。

 次は打者である。シーズンを終えてみて2008年のレギュラーはこの9名【表9】ということになろう。
【表9】野手成績・対戦相手別打率・左右投手別打率
試合打数安打打率本塁打点盗塁巨 人阪 神中 日広 島横 浜対右対左
29福地 寿樹131485155.32096142.169.275.398.341.394.283.309
6宮本 慎也116422130.3083323.312.343.238.323.258.324.279
23青木 宣親112444154.347146331.298.352.250.369.431.348.345
33畠山 和洋121416116.2799582.298.294.188.214.408.284.270
9飯原 誉士135412120.29176228.275.316.375.226.296.279.312
7田中 浩康144510148.2905504.358.299.301.326.200.263.345
00川島 慶三12135390.25543520.242.250.292.241.304.238.281
28川本 良平6515439.2532210.273.179.200.353.238.243.277
37福川 将和10524150.2077351.184.158.184.235.292.199.225


 FAで西武に移籍した石井一久の人的補償として移籍の福地が1番に定着。高田野球の申し子として見事阪神・赤星を上回り盗塁王に輝いた。願わくば巨人戦の打率が上がってくれれば,対巨人の戦略も変わっていたことだろう。
 2番は宮本。後半戦には長年守ってきたショートの定位置を後身に譲りサードとして起用されるようになったものの,打撃では安定した成績を収めた。北京五輪ではキャプテンとしてチームのまとめ役に徹した。代表からも退き,選手会会長の座も阪神・新井に引き継ぎ,来季からは肩書きこそつかないがコーチ兼任選手として,チームを引っ張ることになる。
 昨年までの1番から3番となったのは青木。自己最高の.347を残すも,それを上回る打率を残したのが横浜・内川ということで,二年連続の首位打者は逃してしまった。5月にはレギュラー定着後初めて故障で一軍を離れ,8月は北京五輪に召集されたということで,万全の状態ではなかったがこの数字なのだから流石である。
 リグス・ガイエルという両外国人の不振によって5/17から4番に抜擢されたのが入団8年目の畠山であった。それまで7年間監督からも不遇の扱いを受け,”二軍の帝王”などと揶揄されており,スピード野球を掲げる高田監督の方針にも沿わないと思われていた畠山。4/8に一軍にお呼びがかかると代打起用で結果を残し,悲願のレギュラーの座は4番・ファーストであった。”年俸900万円の4番打者”としてマスコミにも取り上げられた。確かに他球団の4番と比較すると,本塁打・打点とも物足りなさを感じるかもしれないが,いずれも自己最高の数字をたたき出した。本人もコメントしているが,畠山が6番に置けるような打線を組めたならば,打線は強力なものとなるに違いない。
 飯原は5番だけでなく,8月に青木が離脱中には3番も務めてくれた。チーム同様開幕直後は打ちまくったが,その後パタリと当たりが止まり,前半はベンチを温める日々もあったが,きっちりとレギュラーに戻ってきた。近い将来必ず3割・30本・30盗塁を達成できるだけの選手である。さらに上を目指して欲しい。
 田中はスワローズで唯一全試合出場を果たした。スタメンを外されたのも9/11の1試合のみで,2番・3番・5番・6番・7番とあらゆる打順で起用された。セカンド守備の安定感も抜群で,守備率的にも本来ならばゴールデングラブに選出されて相応しいのだが,記者投票という壁が立ち塞がった。足があるにもかかわらず盗塁数がやや物足りないだろうか。とはいえもはや田中の敵は怪我だけではなかろうか。それほど現在のスワローズにとって攻守に欠かせない選手となった。
 開幕1番に座ったのは川島慶であった。チームの開幕3連勝は慶三なくしては語れない。次のカード横浜戦で右手親指付け根靭帯を損傷し離脱。それと同時にチームが勝てなくなったのだから。せっかく射止めかけたレギュラーの座を失いたくない・・気迫の回復をみせわずか3週間で一軍復帰。サードから終盤には外野へ守備固めとして入るなどユーティリティーさが光った。そしてシーズン後半戦からは宮本と入れ替わる形でショートを任されることに。宮本にはまだまだと言われたものの,急造ショートとして身体能力の高さを感じた。オフはショート一本として守備力により磨きをかける。
 さて古田の退団でいよいよ一本立ちせざるを得なくなった捕手。キャンプで川本が離脱したことで開幕スタメンの座を射止めたのは福川だった。開幕から打撃好調でチームも快進撃。ポスト・古田の誕生だと喜んだのも束の間・・。リードに精彩を欠くようになると,打撃にも悪影響を及ぼした。一時は打率.200まで割り込み,何かと不満を抱いたものだ。川本が初めて一軍登録されたのは5/29。それからはスタメンが川本でリリーフ捕手に福川という併用が続いたが,交流戦終了後から川本も極度の打撃不振に陥り,再び福川に固定。福川が本塁へスライディングした際に右足首外側靱帯部分断裂という重傷を負い終盤9/20以降は川本の出番と,結局最後まで固定という訳には行かなかったのが捕手であった。ともかく8番打者としての打撃成績も散々たるもので,とうとうフロントも肝を煮やしオフにFAで横浜の相川の獲得に乗り出すことになったが,交渉の行方そしてスワローズの捕手事情はどうなるのであろうか・・・。

【表10】野手成績・うち代打成績・左右投手別打率
試合打数安打打率本塁打点盗塁起用数打数安打打率対右対左
36川端 慎吾6510427.26019216136.462.287.111
55野口 祥順17298.276261762.333.286.273
0志田 宗大404510.22201328336.204.222.222
49ユウイチ8013434.2540150544410.227.267.167
54斉藤 宜之25266.23102023235.217.261.000
8武内 晋一11616939.231113239336.182.248.100
5ガイエル7922545.2001135220162.125.188.288
31真中  満15141.07100015141.071.071-
43宮出 隆自29476.12802017161.063.000.171
39梶本 勇介20286.214033220.000.231.200

 それ以外の選手は【表10】に掲げた。高田監督の就任で変わったこととして一二軍の入れ替えが頻繁にされるようになったことも挙げられよう。野手では水野・大原・三輪・大塚・上田・中尾を除く選手に一軍の出場機会を与えられた。残念ながらチャンスを生かせた選手というのは少ないが,風通しが良くなったことで,選手のモチベーションは上がっただろう。
 武内は打撃成績こそ芳しくないが,安定感ある一塁守備を買われ,出場機会は激増した。今シーズンチームで唯一のサヨナラ勝利を収めた試合で決勝打を放ったのもこの武内である。ユウイチも5/2から閉幕まで一軍帯同し自己最多となる80試合出場を果たした。志田も年齢的に上の立場となってきてまとめ役としてもベンチで存在感を発揮するようになった。
 来季に向け楽しみなのが川端と野口。川端は城石に変わってサード・ショートの守備固めを担うまでに守備力が向上。課題だった打撃も10/7にプロ初本塁打をマーク。成長著しい選手だ。スワローズ公式サイトでも,川端を同じ背番号である池山となぞらえ「奇しくも川端選手と池山選手、プロ3年目に出場したのはともに65試合。そして4年目の池山選手は127試合に出場しレギュラー獲得した。背番号同様、同じ成功の道を歩むことができるのか。期待は膨らむばかり」と紹介した。ファンとしても来季の期待度No.1野手である。
 もう一人野口。10/7にはあわやサイクルヒットの大爆発。翌10/8も2試合連続本塁打を放つなどパワーとスピードを備えた大型野手であるが,その翌々日右足蜂窩識炎を発症し戦線離脱してしまうなど,如何せん彼の場合は怪我が多すぎる。怪我さえなければレギュラーに名を連ねられるだけの選手。節目の10年目の来季こそブレイクしたい。
 来日2年目のガイエルは開幕15試合で7本塁打と好調なスタートをきったが,本塁上のクロスプレーで右肘を強打してから明らかに調子を落としてしまった。ズルズルと打率も急降下しとうとう二軍での調整を命ぜられたもの,腐らず練習熱心な態度が首脳陣にも評価され,オフの手術の経過も順調ということで残留が決定した。
 寂しい数字となったのは真中と宮出。昨年は代打の神様としてプロ野球新記録の31安打を放った真中だったが,開幕から勝負所の代打で起用されるも僅か1安打を放ったのみで5/2に二軍落ち。今季限りでの現役引退を決心し,来季から二軍の打撃コーチに就任することになった。
 宮出も悩んだ一年になってしまった。サード起用された昨年から一転。守りなれたファースト・レフト専任となったものの,打撃が鳴りを潜めてしまった。代打起用でも「.063」という数字。中途半端なハーフスイングの三振も目立った。彼の場合も本来ならば4打席立たせてそこで結果を求めたいタイプであるが,守備力・走力などを踏まえると高田野球では代打に活路を見出すしかない。かつての真中がそうであったように,そろそろ年齢・経験といった事情に素直に応じるべきなのかもしれない。


 さて今季を振り返る上で目立ったここ一番での勝負弱さについて検証してみよう。今季の1点差試合は12勝25敗だった。ちなみに昨年が13勝28敗であったから,一見数字的には大差は無いように思えてしまう。ただそれで片付けてよいのだろうか?
 【表11】は,それぞれの負けを,追い上げるもあと1点追いつかなかった試合:「1点追いつかず」・一時同点まで追いついたものの逆転負けした試合:「同点止まり」・1点以上のリードを守れず逆転負け:「リード守れず」の3つに分類したものである。「リード守れず」においては,説明のため実際のスコアを用いるが,
9/15
C 000 002 000 2
S 001 000 000 1
9/16
C 040 000 100 01 6
S 020 120 000 00 5
リードした「点差」を追いつかれたイニングを「回数」とし,同点のまま推移した場合は,最終的に決勝点が入ったイニングを「決勝」とした。

【表11】1点差敗戦内訳
1点追いつかず同点止まりリード守れず
日付スコア相手日付スコア相手日付スコア相手点差回数決勝
04/090-1広島04/305-6x阪神05/061-2横浜18
04/111-2巨人05/243-4xロッテ06/083-4ロッテ1810
04/260-1中日05/292-3日ハム06/141-2x日ハム1710
05/111-2広島09/092-3x阪神07/252-3x巨人19
05/264-5楽天09/103-4x阪神07/293-4阪神156
09/142-3巨人09/138-9巨人08/0411-12広島58
10/020-1広島08/071-2中日167
08/282-3広島146
09/114-5x阪神29
09/151-2広島16
09/165-6広島1711
10/112-3巨人27


 このように純粋に投手が打たれて負けた試合というのは25試合中6試合ということになる。「1点追いつかず」の7試合を除けば1点差負け試合のうち約半数の12試合で,なんらかのイニングで野手が1点でも取って勝ち越せたならば,そのまま勝利出来た公算が高くなった訳である。
 これを裏付けるのが【表12】【表13】で,点差別での投手と野手の成績である。投手の場合2点差以上ある状況と比べ「与四死球」「被打率」こそ上がるものの,「防御率」「得点圏被打率」とも下がっているので,ランナーは出すものの何とか踏ん張っていたと言える。
 片や野手はその逆で「安打」こそ出るものの,「得点圏打率」が.028も劣ることから,僅差の場面でいかに得点圏まで走者を進めつつも,それを還せなかったかが分かる。このあたりがあと1点に泣いた原因と言えよう。

【表12】点差別投手成績
防御率与四死球披本塁打被打率得点圏披打率
1点差以内3.443.38.027.266.255
2点差以上4.102.66.032.258.288


【表13】点差別野手成績
打 数安 打本塁打打 点打 率得点圏長打率
1点差以内247764435258.260.256.358
2点差以上227962048284.272.284.391


 ただしチームの得点圏打率はリーグ4位の.270で,一番高かった阪神の.275とそれほど差は無いのだ。レギュラー陣も飯原の.356・福地の.342など決して低い数字ではない【表14】。
 それでも競り負けが多かったというのは,やはりクリーンナップを担う打者の数字の低さ故に得点に結びつかなかったのではないだろうか。特に.347の打率を誇る青木に,ここ一番での一本があまり見られなかった・・・。

【表14】得点圏打率
打数安打打率
9飯原 誉士11842.356
29福地 寿樹12041.342
6宮本 慎也9530.316
7田中 浩康13141.313
28川本 良平3811.289
33畠山 和洋12736.283
00川島 慶三7421.284
23青木 宣親10128.277
37福川 将和8017.213


【表15】青木:塁状況別成績
ランナー打率打数安打本塁打打点三振四球死球犠打
なし.3452328066302270
一塁.414111467205410
一二塁.231133030300
一三塁.231133041100
二塁.32643140851011
二三塁.28672051100
三塁.286144082100
満塁.1821121103010


 青木の塁上走者状況別打撃成績【表15】を見ると,非得点圏打率は打率を更に上回る「.367」。本塁打も14本中13本が非得点圏。そして残念ながら満塁での打率が一番低くなっている。
 .333以上打って当たり前の青木に対してはどうしても要求が高くなってしまうが,3番・青木が決めていたら・・・という試合はどうしても印象に残ってしまう。本来ならば青木は1番が適所であろうが,ヤクルトには同一タイプの選手が多く,逆にクリーンナップを任せられる選手は見当たらないというチーム構成もあり,こうして青木の数字を際立ててしまったが,青木なら出来るはずだと誰もが思っているのである。青木に懸かる期待は大きい。来季は是非青木のそのバットで,ファンの願いを叶えてくれ!!

終わりに
 順位だけみれば6位→5位と1つしか上がらなかった。優勝チーム(いずれも巨人)とのゲーム差も20.5→17.5と3.0差しか縮めることが出来なかった。ただ昨年と比べても明らかにスワローズは変わった。それは1や3といった数字では量れるものではない。
 課題はハッキリしている。それを十二分に把握して李恵践(斗山)・バレット(ツインズ)という二人の左腕,4番候補の主砲デントナ(ダイヤモンドバックス),チーム内の競争を煽るためにトライアウトで森岡(中日),吉本(福岡ソフトバンク)を獲得。
 ドラフトでは未だ流動的なポスト古田候補の座を争う新田(パナソニック)・中村(福井商)と,2010年代の黄金時代を築くため赤川(宮崎商)・八木(享栄)・日高(日本文理大付)と左腕を徹底指名。

確かに今年は戦力的にお世辞でしか優勝を狙えるなんて言えなかったかもしれない・・・。でも来年に向けて確かな可能性を感じる。将来が楽しみな若い素材が多い。色んな経験を積んできたベテランもまだまだ健在だ。中堅は勝利に飢えている。
 もはや”優勝してほしい”ではない。”優勝できる!!”んだ。この言葉を来季へ寄せ,『総括2008−高田監督就任初年度』としたいと思う。 

2007年12月25日

総括2007−21年ぶりの最下位・・

 敵地・ナゴヤドームで迎えた開幕戦を終盤痛い逆転負けで落とし,結果開幕4連敗。ようやく5試合目で初勝利を挙げたものの,チームはその後も上昇することなく,セ・リーグ各チームとホーム・ビジター1回りの対戦を終えた時点で借金12。過去2年優勝争いをし,得意としていたセパ交流戦でも2つの負け越し。ところが,7月に入るとチームは7連勝を記録するなど借金を6まで減らし,追撃体勢をみせ,前半戦を5位で折り返す。
 しかし,オールスター直後の対広島戦(神宮)で同一カード3連敗を喫して以降は,負けが込み始め,8月も10勝15敗で負け越しを喫し,9月に入っても5位と6位の間を行ったり来たり。
 そんな状況下の9月19日。古田敦也選手兼任監督の現役引退及び監督退団が発表される。
 古田敦也現役引退試合となった10月7日の広島戦(神宮),翌8日の横浜戦(横浜)に連敗し,1986年以来21年ぶりの最下位が決定。
 クライマックスシリーズ出場圏内となる3位は愚か,一度も勝率5割に到達することなく低迷を続けた,スワローズの2007年シーズンを総括しておこう。

【表1】チーム成績 ※()はリーグ順位
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打打率防御率
200714460840.41720.56596(3)623(4)139(2).269(2)4.07(5)
200614670733.49014.53669(1)642(4)161(1).269(2)3.91(4)

 【表1】のどの項目をとっても6番目の数字は無い。特に打撃に関しては優勝した巨人に準ずる成績である。しかし、チームは最下位…

【表2-1】対戦成績
巨 人中 日阪 神横 浜広 島日ハムロッテソフト楽 天西 武オリク
200710(0)1407(0)1708(0)1613(0)1111(0)131(0)32(0)21(0)32(0)23(0)13(0)160(0)84
200608(0)1410(0)1208(1)1310(1)1112(1)093(0)33(0)34(0)25(0)13(0)34(0)270(3)73
 【表2-1】対戦カード別に見ると,チームの借金「24」のうち,セ・リーグ上位3球団に対しての負け越しが実に「22」。さらに対巨人戦はこれで7年連続の負け越しとなった。過去2年躍進した交流戦に於いても5割を逃し,交流戦導入後3年連続勝ち越しは千葉ロッテただ一球団のみとなった。
 ちなみに対戦成績をホーム・ビジター別で見てみると【表2-2】のようになる。
【表2-2】ホーム・ビジター別対戦成績
巨 人中 日阪 神横 浜広 島日ハムロッテソフト楽 天西 武オリク
[内訳]10(0)1407(0)1708(0)1613(0)1111(0)131(0)32(0)21(0)32(0)22(0)23(0)160(0)84
ホーム7(0)56(0)65(0)77(0)56(0)61(0)11(0)11(0)12(0)00(0)22(0)038(0)34
ビジター3(0)91(0)113(0)96(0)65(0)70(0)21(0)10(0)20(0)22(0)01(0)122(0)50

 神宮及び地方主催(松山・秋田)を含めたホームゲームでは全体で「4」の貯金をしているのに対し,ビジターゲームでの借金は「28」。
 特筆すべきはセ・リーグ上位3球団との対戦。負け越しが「22」にも関わらず,ホームでは巨人に勝ち越し,中日にも5分と計18勝18敗の成績を残しているのだ。即ち上位3球団への負け越し=ビジターゲームでの負け越しという構図が明らかになるのである。中でもナゴヤドームでは1勝11敗という数字はあまりにも寂しい・・。

 次に試合内容についての分析をしてみよう。以下に3つのデータを掲載する。何点差で勝利したか或いは敗れたかを示す【表3】,イニング毎のチーム得点と失点の総計を示す【表4】,各試合の中で勝利打点がついたイニングを基にした勝敗,及びその中で逆転勝利/敗北を右に併記した【表5】である。赤字は注目ポイント。
【表3】
点差別勝敗
【表4】
イニング別得失点
【表5】
決勝点の入ったイニング別勝敗
点差勝敗イニング得点失点イニング勝敗内逆転
113(0)28−15173115111(0)260(0)2
214(0)21−726361210(0)082(0)1
308(0)09−136862309(0)043(0)1
408(0)10−246062407(0)064(0)0
503(0)05−258354504(0)052(0)4
603(0)03±068769605(0)062(0)2
706(0)02+474265705(0)052(0)4
801(0)02−187364803(0)072(0)7
901(0)02−194256903(0)103(0)9
1001(0)01±010271001(0)051(0)2
1300(0)01−111361102(0)021(0)2
1402(0)00+112001200(0)000(0)0

 接戦に弱い初回の大量失点終盤での逆転負け。今シーズンのスワローズを象徴する3点である。総じて投手陣全体の問題になるものの,リリーフ陣の不調が響いたシーズンでもあった。先発投手以外に勝敗がついた試合は41試合。その内訳を投手別に示したのが【表6】である。

【表6】勝敗のついたリリーフ投手成績
投手試合勝敗
11遠藤 政隆382-5−3
20鎌田 祐哉210-1−1
22高津 臣吾250-5−5
24花田 真人412-2±0
25館山 昌平300-3−3
34シコースキー291-2−1
41高井 雄平523-6−3
42木田 優夫503-2+1
62吉川 昌宏432-2±0
13-28−15

 シーズン序盤は高津,中盤は遠藤・木田・花田,終盤は館山がストッパーに起用されたものの,いずれも散々な成績であった。特に高津と館山で0勝8敗。中には同点の場面で登板し逆転を許した試合もあったものの,仮にそのままセーブを挙げていればチーム成績は68勝76敗となる訳であるから,やはり成績=順位に直結する役割だということが言える。五十嵐亮太・石井弘寿のシーズン絶望という要素もあったにせよ,ストッパー不在に泣かされた一年であった。

 投手の次に捕手へ目を転じよう。本来ならば捕手別の防御率,盗塁阻止率を示せれば良いのであるが,あいにくそこまでのデータを有していない。ただし捕手の場合,試合の行方が決してからの途中交代というケースが多いため,基本的にチームの勝敗はスタメンマスクを被った捕手に左右されるという観点からの分析ということを理解してほしい。
 今シーズン一軍でマスクを被った捕手は4人。4人の打撃成績と,スタメン起用された試合のチームの勝敗を示したものが【表7】になる。内訳として今季先発バッテリーを組んだ投手毎の勝敗も併せて表記した。
【表7】スタメン捕手別勝敗
捕手勝敗グライ石井一藤井石川館山川島松岡増渕松井鎌田高市伊藤勝率
27古田 敦也10.3330000-3-0-2-0-1--------.000
28川本 良平51.208197621-223-34-33-22-31-23-53-22-0--0-10-1.488
37福川 将和86.224297132-4312-91-76-83-63-62-12-21-11-31-0--.427
51米野 智人32.1799307-161-25-50-4-1-2-0-10-10-1---.304
.2165717760-8416-1410-179-145-105-105-65-53-21-41-00-10-1.417

 シーズン後半主にマスクを被った川本がスタメンマスクの試合は.488とほぼ5割であった。最もスタメンを任された福川は.427。ただその福川も,最多勝投手・グライシンガーと組んだ試合を除けば.370にまで下がる。米野は23試合で.304。古田兼任監督は開幕戦・自身通産2000試合出場試合・自身引退試合と節目で3試合起用したが,3戦全敗.000であった。
 投手との相性を見ると,石井一−福川,藤井−米野のコンビの勝率が極めて低かった。やはり捕手が固定できなかったことも最下位に沈んだ要因の一つである。
 古田監督は打てる捕手として名を馳せた。しかしながらルーキーイヤーであった1990年は,当時の野村克也監督に,打撃には目を瞑り,守れることを評価して起用されていた。成績も106試合で本塁打3本,打率.250。翌1991年に首位打者を獲得し,1992年の30本塁打とリーグ優勝,そして1993年に自身初の日本一を果たしたことで,球界一の捕手の称号を手に入れた。
 勿論打てるに越したことはないが,まずは守りから入ってチームの要としての役割を果たしてもらいたい。川本の場合,奇しくも古田の入団一年目と同じ25歳。来季の飛躍によって,チームの浮上も望まれることだろう。

 最後に野手陣の成績に目を転じよう【表8】。尚,野手ではリーグのタイトル獲得者が続出した【表9】。
野手試合打率打点本塁盗塁
23青木 宣親143.346582017
7田中 浩康132.2955158
3ラミレス144.343122290
5ガイエル142.24579352
43宮出 隆自111.2794693
6宮本 慎也131.3003953
46飯原 誉士136.24632823
31真中   満105.3191010
65ユウイチ33.3401630
2リグス37.2171930


【表9】野手タイトルホルダー
タイトル成績選手
最高打率.346青木 宣親
最多打点 122ラミレス
最高出塁率.434青木 宣親
最多得点114青木 宣親
最多安打204ラミレス
最多二塁打41ラミレス
最多三塁打8田中 浩康
最多塁打338ラミレス
最多死球23ガイエル
最多犠打51田中 浩康

 ガイエルは1本差で本塁打王を逃した。飯原はリーグ3位となる23盗塁をマーク。首位打者青木の他,ラミレスと宮本が打率.300越え。ベストナインにも田中浩,青木,ラミレスの3名が選出され,最下位チームから3名の選出は史上初の珍事であった。
 このようにスタメン野手の個人成績だけみると,何故最下位?と思ってしまう・・。チームとしての徹底した攻撃を繰り広げられなかったのかも知れない。

終わりに
 これまでのスワローズを支えてきた古田敦也が引退,高津臣吾は戦力外通告を受け退団,石井一久はFAを宣言し西武に移籍,ラミレスとグライシンガーは残留交渉がまとまらず巨人に移籍することになった・・。
 
 前・北海道日本ハムGMの高田繁氏が新監督に就任。 本拠地神宮球場もスコアボードが一新され,人工芝も張替えられ,両翼も10メートルずつ拡張される。ドラフトでは,甲子園史上最速となる155`をマークした仙台育英高校・佐藤由規,慶応大学で4年間通産30勝を挙げた左腕・加藤幹典の獲得に成功。下位でも鬼崎裕司,中尾敏浩,三輪正義と俊足の選手を相次いで指名。さらにFA移籍した石井一の人的補償として足のスペシャリストである福地寿樹を獲得した。
 2008年。まさに新しく生まれ変わる東京ヤクルトスワローズ。足を絡めたスピード感溢れる野球で,21年ぶりの最下位からの雪辱を誓う。

2006年12月25日

総括2006−古田政権一年目総括

 野村克也以来29年ぶりとなる古田敦也のプレイングマネージャー就任。監督自ら立ち上げた「F−プロジェクト」始動。石井一久の古巣復帰。木田優夫高津臣吾の日本球界復帰。ラロッカの獲得。例年にない大型補強で話題を集めた新生東京ヤクルトスワローズであったが、終わってみればAクラス復帰を果たしたものの、一度も優勝争いに絡めることなく、2006年のシーズンを終えた…。そんな古田監督一年目のチームを総括してみたいと思う。

チーム成績
試合勝数負数引分勝率勝差順位得点失点本塁打打率防御率
200514671732.49317.54591(6)596(2)128(6).276(1)4.00(3)
200614670733.49014.53669(1)642(4)161(1).269(2)3.91(4)

 順位こそ4位から3位に上がったものの、勝率は前年を下回った。そしてセ・リーグ最下位だったチーム得点とチーム本塁打はいずれもリーグトップとなり、チーム防御率も僅かながらではあるが上昇した。しかし、チームの成績は上がらない…

対戦成績
阪 神中 日横 浜巨 人広 島ロッテ西 武ソフト日ハムオリク楽 天
200510-12-010-12-010-11-110-12-011-10-14-2-02-4-02-4-05-1-04-2-03-3-0
20068-13-110-12-010-11-18-14-012-9-13-3-03-3-04-2-03-3-04-2-05-1-0

 セ・リーグで勝ち越したのは2年続けて広島のみ。一方で交流戦は相性が良く、2年連続の勝ち越し。今年は惜しくも優勝こそ逃したが、最終戦まで千葉ロッテと優勝を争った。
 やはり話題として避けられないのは対巨人戦。同一カード3連敗2度(4.4-4.6、9.8-9.10)を含め、一時は5勝14敗と大きく負け越した。阪神とは時期的に首位追撃の猛チャージ期と重なるものの終盤同一カード7連敗を喫している。
 その一方で「お客さん」と呼べるチームを作れず、こうした対戦成績にも優勝争いが出来ない要因が大きく含まれているだろう。

故障者続出
 よく優勝を逃した監督のコメントに「今年は故障者が多すぎた…」という弁を聞く。確かにスワローズも例外ではない。
 投手陣では開幕前後に守護神・石井弘寿と先発・川島亮が戦線離脱。シーズン中盤に中継ぎでフル回転してきた吉川昌宏、終始不調だった五十嵐亮太はシーズン終了後手術に踏みきることとなった。それに河端龍のリハビリもチームにとっては痛かった…。
 野手ではWBCで負傷した岩村明憲が開幕シリーズには間に合わず、交流戦で宮本慎也城石憲之真中満のベテラン勢が相次いで離脱。交流戦の快進撃を支えたラロッカも夏場に離脱。小野公誠ユウイチも一度故障して以降一軍復帰はならなかった。そして何より今シーズン最大の売りのハズだった古田敦也が、右肩の負傷により、スタメンマスクはおろか、代打ですらも殆んど試合に出場せず、スワローズファンならずとも拍子抜けを食らった感が否めない。
 ただ残念なのは、古田監督の掲げる「秘密主義」だか「プライバシーの配慮」だか分からないが、選手の詳しい病状が一切明らかにされなかったこと。ファンとしては真相が掴めず、この姿勢には非常にガッカリさせられた…

試合内容
 大味な試合が多すぎる―ファンとしては、面白みのある試合というのも醍醐味の一つであるが、どうも今年に限らず、ここ数年スワローズにはそうしたものを感じられる試合は少なくなっている。
 力の劣る投手には猛打爆発で打者一巡の大量得点がある一方で、中日・中田、阪神・井川、巨人・内海、広島・黒田、横浜・三浦などの先発完投型の本格派投手には、あっさりと完封負けを食らう。こうした相手投手による、打線の波が激しすぎるのである。
 細かい野球が出来ない―バントミス。走塁死。エラー。記録に表れないミス。こうしたものが目立ったシーズンでもあった。特に大きいものがあまり期待できないような、米野智人田中浩康、城石憲之三木肇らにこうしたプレーが際立っていた。さらに言えばバントについては、効果的な場面で犠打が成功しないことも去ることながら、送る必要が無い場面でのバントも気になった。1死一塁で6、7番に犠打を指令。2死二塁という形にして7、8、9番という下位打線に打順が廻るも、結局無得点…。こうしたパターンを何度も目にした。確実に1点が欲しい場面での犠打と、ただ無策なだけの犠打。同じ犠打でもその内容は大きく異なる。もっと効果的に作戦を利用してもらいたいと思った。
 投手を含めたディフェンス―北海道日本ハムも中日もそうであるが、優勝チームを見ると、まず、中継ぎ−抑えの確立がなされている。そして何より大きいと思うのは守備の鉄壁さ。特に外野守備の充実である。森本−新庄−稲葉然り、アレックス−英智−福留然り。打線の中で彼ら3人の占める役割ももちろん大きいのであるが、特筆すべきは、彼らの守備範囲の広さと強肩。セカンドにランナーを置いて、ワンヒットで点を与えない守備力はやはり相手チームにとっては脅威である。
 この点でヤクルトを見ると、ラミレスの守備範囲はお世辞にも広いとは言えず、ある種の怠慢プレーでファールフライを追いかけなかったり、宮出隆自は強肩をもちながら、ゴロやフライの処理にもたつくことしばしば。青木宣親にそのシワ寄せが回る状態。守備でプレッシャーをかけることが出来ないのは痛手です。
 内野も宮本が居ると居ないとでは、ピンチ時での投手とのコミュニケーション不足という問題に陥る。ただでさえ、古田が居なければ、彼が野手の要となり一呼吸置いたり、守備体系の指示を送ったりしていかなければならないのに…。こうした記録には表れない面でのチーム力も不足している一年だった。ここに何らかのメスを入れられるかが、来季優勝争いを出来るか否かに懸かってくると言っても過言ではないだろう。

分岐となった試合
1.4月6日 東京ヤクルト4-7巨人(神宮)
 6日、神宮での巨人戦、3点を先制したスワローズは3回表に岩村選手の1号ソロでリードを4点に広げましたが、7回表に小久保選手の同点3ランなどでこの回に試合をひっくり返され、7対4と逆転負けを喫しました。これで4連敗、借金2、4位です。
 初回、スワローズは青木選手、真中選手の連続安打とラミレス選手のヒットで一死満塁のチャンスを築くと、岩村選手の内野ゴロに相手エラーが絡み、1点を先制。さらに武内選手のレフトへの犠牲フライ、宮本選手のレフト前タイムリーで、計3点を奪います。さらに3回裏、岩村選手が右中間スタンドへ1号ソロホーマーを叩き込み、リードを4点に広げました。
 一方、スワローズ先発・川島投手は3回まで1安打、無失点に抑える好投。4回表に二岡選手に1号ソロを浴びるも、6回まで投げて巨人打線をホームランによる1点に抑えます。ところが7回表、一死から連続安打を浴びて降板。代わった木田投手が小久保選手にレフトスタンドへ2号3ランを浴び、試合は振り出しへ戻ります。さらに一死二、三塁と続くピンチでは斉藤選手に犠牲フライ、清水選手にセンター前タイムリーを浴び、6対4と逆転を許すと、9回表には4番手の五十嵐投手が川中選手に1号ソロを浴び、試合を決められ、今季初の同一カード3連敗を喫しました。

 開幕直後のカードで3タテ…。結果的には、スタートダッシュが全てではないということを、巨人が見事に証明してくれたものの、出端をくじかれたのは痛かった。。。ハーフスイングの判定にも泣いた試合。

2.5月21日 東京ヤクルト4-7福岡ソフトバンク(神宮)
 21日、神宮での福岡ソフトバンク戦、宮本選手、ラミレス選手のタイムリーなどで粘りを見せたスワローズは、9回裏に暴投で同点に追いつき、延長戦に持ち込みましたが、12回表に2本のタイムリーで勝ち越しを許し、6対3で敗れました。これで借金1、4位です。
 3回表、スワローズ先発・石井一投手は二死一、二塁からズレータ選手に11号3ランを浴び、福岡ソフトバンクに先制を許します。スワローズも6回裏、二死からラミレス選手、ラロッカ選手の連続安打と四球で満塁のチャンスを築くと、宮本選手がレフト前へ2点タイムリーを弾き返し、1点差に詰め寄りました。
 しかし7回表、3番手・木田投手が松中選手のタイムリー二塁打でリードを2点に広げられます。その裏、スワローズも青木選手のライト線への二塁打を足がかりに二死二塁からラミレス選手がライト前タイムリーを放ち、再び1点差にすると、9回裏二死二、三塁から相手の暴投で試合を振り出しに戻しました。
 試合は今季初の延長戦に突入し、両チームともに毎回得点圏までランナーを進めるも、リリーフ陣が奮投。そして4対4のまま迎えた12回表、スワローズは7番手・吉川投手が二死三塁から山崎選手にライト前タイムリー、さらに一、三塁から大村選手に右中間を破る2点タイムリーを浴び、今季最長5時間22分の死闘の末、敗れました。これで交流戦の成績は9勝3敗、2位後退です。

 何度三塁までランナーを進めたことか…。それでも1点を取れない。挙句の果ての逆転負け…。犠打、犠飛、進塁打。「自分で決める」じゃなくて、「次に繋ぐ」という姿勢が、最近見られません。。。

3.6月18日 東京ヤクルト7-8千葉ロッテ(神宮)
 18日、神宮での千葉ロッテ戦、先制されながらもラミレス選手、ラロッカ選手の連続タイムリーなどで4対2と逆転したスワローズでしたが、5回表、満塁ホームランなど5点を失い、試合をひっくり返されると、終盤の追撃及ばず、8対7で敗れました。これで連勝は3で止まり、貯金3、4位です。
 初回、スワローズ先発・藤井投手は無死一、二塁から福浦選手にライト前タイムリー、一死後、里崎選手に犠牲フライを浴び、千葉ロッテに2点の先制を許します。
 しかし、スワローズ打線も3回裏、リグス選手、岩村選手の連続長短打で無死一、三塁のチャンスを築くと、ラミレス選手がレフト線へタイムリー二塁打、ラロッカ選手がセンター前へ2点タイムリー、さらに一死後、宮出選手が犠牲フライを放ち、4対2と逆転に成功しました。
 4回裏にも岩村選手のタイムリー二塁打で1点を追加したスワローズでしたが、5回表、藤井投手が代打・青野選手のタイムリー二塁打で1点を返されると、なおも二死満塁から里崎選手に8号満塁ホームランを浴び、7対5とリードを許します。さらに7回表には3番手・松井投手がベニー選手に8号ソロを浴び、3点差に広げられました。
 粘るスワローズは8回裏、3連続安打で一死満塁とチャンスを築くと、相手のタイムリーエラーで2点を返します。1点を追う最終回も二死三塁まで攻めましたが、追撃もここまででした。これで千葉ロッテとの対戦成績は3勝3敗で終え、交流戦の成績は22勝12敗、首位・千葉ロッテと0.5ゲーム差の2位です。

 交流戦優勝に王手をかけた試合。天候不良の中の試合。あとワンアウトで試合成立という状況で、まさかの満塁被弾…。結局試合未消化分の2試合も落とし、交流戦最後3試合を3連敗で終了。序盤の快進撃したものの、、結局公式戦に戻れば一進一退のスワローズに逆戻りでしたね。。。

4.7月15日 東京ヤクルト9-11巨人(神宮)
 15日、神宮での巨人戦、初回に宮出選手、田中浩選手、米野選手の3連続タイムリーなどで7点を先制しながら序盤で同点に追いつかれたスワローズは、4回に2ホーマーで勝ち越しを許すと、6回裏に岩村選手の15号2ランで2点差まで詰め寄るも反撃及ばず、11対9で敗れました。これで再び勝率5割後退、3位です。
 初回、スワローズは無死満塁からラミレス選手の押し出し四球で1点を先制すると、その後もラロッカ選手の犠牲フライ、宮出選手、田中浩選手、米野選手の3連続タイムリーと青木選手のタイムリーなど打者11人の猛攻で一挙7点を奪います。
 しかし、先発・石川投手は2回表に併殺打の間に1点を失うと、3回表に木村拓選手のタイムリー二塁打、イ・スンヨプ選手の2点タイムリーで3点差に詰め寄られたところで降板。続いて登板した2番手・坂元投手も阿部選手、矢野選手に連続タイムリーを浴び、序盤で試合を振り出しに戻されました。
 さらに4回表、この回から登板した3番手・丸山貴投手が高橋由選手に6号2ラン、イ・スンヨプ選手に二者連続の29号ソロを浴び、3点を勝ち越されます。6回表にはイ・スンヨプ選手のタイムリー二塁打でリードを4点に広げられました。
 反撃したいスワローズは、6回裏に岩村選手の15号2ランで2点差に詰め寄りましたが、終盤の粘りも届かず、逆転負けを喫しました。

 やはりこの試合が今期ワースト試合でしょう…。初回7−0からの逆転負け。思い出したくもない真夏の悪夢。。。

5.10月13日 東京ヤクルト1-1横浜(神宮)
 13日、神宮での横浜戦、6回にラミレス選手のタイムリーで均衡を破ったスワローズでしたが、終盤に同点に追いつかれて延長戦に突入すると、両チームのリリーフ陣が一歩も譲らぬ投手戦を展開し、1対1と今季3度目の引き分けに終わりました。借金2のままです。
 5回までスワローズ先発・ガトームソン投手と横浜先発・門倉投手による息詰まる投手戦が展開されます。そして0対0のまま迎えた6回裏、スワローズは青木選手の二塁打などで一死一、三塁のチャンスを築くと、ラミレス選手がセンター前タイムリーを放ち、待望の先制点を奪いました。
 このリードを7回までガトームソン投手が守るも、8回に二死二塁から登板した3番手・藤井投手が代打・鈴木選手にタイムリー三塁打を浴び、試合を振り出しに戻されます。
 1対1のまま9月18日の阪神戦以来今季10度目に延長戦に突入しましたが、スワローズは4番手の館山投手が3回無失点の好投。しかし、打線も横浜リリーフ陣の前にあと一本が出ず、8月2日の広島戦以来今季3度目の引き分け。横浜との対戦成績は10勝11敗1分けの負け越しで終わりました。

 最後の最後まで決定力不足は解消されず…この引き分けで昨年の成績を下回ることもほぼ確定した試合。5番以下に全く期待を抱けない打線。戦力の底上げの必要性を痛感するシーズン終盤ではありました。。。

終わりに
 オフに岩村がポスティングシステムによりメジャー移籍をすることとなった。本人のメジャー志向が強かったとはいえ、スワローズただ一人の高校卒からここまで育てたものの「和製大砲」を簡単に手放してしまう一方で、補強の姿勢を一向に見せない球団社長以下球団フロント
 それでも勝つのがスワローズとはいうものの、毎年毎年社長の言動にはガッカリさせられてばかりです… さらに「F−プロジェクト」による学校訪問、青山商店街との連携、FC東京との提携など、東京を志向とした地域密着元年でありましたが、結果として観客動員にはあまり結びつかなかった一年。スターの育成、ファンが足を運びたくなる演出、白熱した試合の展開など、今年の北海道での日本シリーズを見る限り、東京・神宮球場を本拠地にするスワローズにまだまだ課題は山積していると思います。
 まぁ、「勝利」こそ最大のファンサービスではありますが、球団、選手、ファンが一体となった魅力ある球団づくりを切に願います。

2005年12月25日

総括1999-2005−若松政権7年間を振り返って‥‥

 1998年オフ。優勝4回・日本一3回というヤクルト【黄金時代】を築いた野村克也監督に代わり、就任した若松勉監督。その若松監督が2005年10月14日をもって、7シーズンの監督生活にピリオドを打つことになりました・・。そこで、「若松政権7年間を振り返って・・・」と題し、若松監督の指揮した7年間を振り返ってみようと思います。
 口数こそ少ない監督でしたが、2001年優勝時の「ファンの皆さん、えぇ〜、あのぉぉ〜、本当に、あの、お、おめでとうございます!」の名言。そして、相次ぐ主力の流出の中球団史上初の4年連続Aクラス入りを成し遂げた選手起用。最後は選手に痛い腰を気遣われての胴上げ。。。
 監督通産500勝には惜しくも届きませんでしたが、496勝は元西武・東尾修監督を上回り、歴代26位に入る、まさに”名将”の一人と相成りました。

監 督 名試合勝利敗戦引分勝率優勝日本一
1鶴岡 一人29941773114081.60911(2)2
2三原   脩324516871450108.5386(1)4
3藤本 定義32001657145093.5339(7)0
4水原   茂27781585111873.58695
5西本 幸雄266513841163118.54380
6上田 利治257413221136116.53853
7野村 克也26351309126165.50953
8別当   薫249712371156104.51700
9王   貞治2139113394264.54642
10川上 哲治1868106674161.5901111
11長嶋 茂雄1982103488959.53852
12仰木   彬185698881553.54831
13星野 仙一174191978933.53830
14古葉 竹識1801873791137.52543
15森   祗晶143678558368.57486
16中西   太163974881081.48010
17大沢 啓二154772572399.50110
18山本 浩二135964968129.48810
19松木謙治郎125562860225.51100
20根本 陸夫135159868766.46500
21白石 勝巳136158373642.44200
22浜崎 真二120353563929.45600
23石本 秀一111552855334.4882(2)0
24藤田 元司91051636133.58842
25広岡 達朗96649840662.55143
26若松   勉97549646118.51811
27東尾   修93748943523.53520
28吉田 義男105148451156.48611
29金田 正一101147146872.50211
30近藤 貞雄105047052159.47410

優勝の( )内は、うち1リーグ時代の回数。2005年シーズン終了現在。

 ちなみにこの7年間のセ・リーグのペナンとレースを振り返ってみますと、2001年のヤクルトを除けば、巨人中日阪神がそれぞれ2度優勝。阪神横浜は3年連続最下位。広島も7年連続Aクラス。勝率こそ、巨人中日>に劣りましたが、その巨人中日でもあった5位を経験せず、最低でも4位に留まったのはヤクルトのみですから、長期にわたって安定した戦いを繰り広げてきたことは間違いありません!
 そして何より特筆すべき点は、ヤクルト若松勉監督は7年間の長期にわたり監督業を全うした。他チームを見てみれば、巨人長嶋茂雄(1999-2001)−原辰徳(2002-2003)−堀内恒夫(2004-2005)。中日星野仙一(1999-2001)−山田久志(2002-2003)−落合博満(2004-)。阪神野村克也(1999-2001)−星野仙一(2002-2003)−岡田彰布(2004-)。広島達川光男(1999-2000)−山本浩二(2001-2005)。横浜権藤博(1999-2000)−森祗晶(2001-2002)−山下大輔(2003-2004)−牛島和彦(2005-)と5チームで延べ15人が指揮を執ったという状況下でありますから、その偉業さが分かるはずです。

通産成績(1999年-2005年)
チーム試合勝利敗北引分勝率
首位巨 人97451844214.540-
2位中 日97451344714.5345.0
3位ヤクル97549646118.51815.5
4位阪 神97547548317.49621.5
5位広 島97543951719.45935.0
6位横 浜97543152321.4527.0


1999年2000年2001年2002年2003年2004年2005年
81540.60078570.57876586.56786522.62387512.63079563.58587545.617
75600.55670650.51975632.54374624.54473661.52572642.52979661.545
71640.52669661.51169674.50769665.51171663.51871643.52669707.496
66690.48966691.48968657.51166704.48571663.51866702.48571732.493
57780.42265701.48162744.45664724.47167712.48660771.43862804.437
55800.40757781.42257803.41649865.36345941.32459763.43758844.408


 では続いて選手成績を、投手と野手に分け見てみましょう。こうしてまとめると”時の流れ”ってものを感じられずにはいられませんね・・・

−投手編−【当該シーズン先発経験のある投手〜中継ぎ〜抑え。勝利順。数字は勝-敗-S】
1999年 66勝69敗0分
ハッカミー12-6高 木9-8石井一8-6伊 藤8-3川 崎7-11山 部6-7
宮 出2-4田 畑1-5廣 田3-3岡 林1-2石井弘0-1加 藤0-2
高橋一0-0バチェラー0-0山 崎0-0五十嵐6-4-1山 本2-6-3高 津1-1-30
2000年 66勝69敗1分
石井一10-9ハッカミー8-6伊藤智8-7川 崎8-10石井弘4-3宮 出3-1
レモン3-7高 木2-8前 田2-2山 部1-3岡 林1-0本 間3-2
藤 井1-0高橋一0-1松 田0-0五十嵐11-4-1山 本1-5-1高 津0-1-29
2001年 76勝58敗6分
藤 井14-8石井一12-6入 来10-3前 田7-10ホッジス5-3山 部4-2
ニューマン3-4寺 村2-1本 間2-0ハースト1-1鎌 田1-0平 本0-1
河 端3-2五十嵐2-3松 田2-0山 本6-3-1石井弘2-3-1高 津0-4-37
2002年 74勝62敗4分
ホッジス17-8石 川12-9藤 井10-9山 部5-3坂 元3-9鎌 田3-2
前 田3-1ニューマン2-3入 来1-3萩 原0-20-1花 田1-0
河 端3-3松 田0-2山 本0-0五十嵐亮8-2-4石 井6-2-5高 津0-2-32
2003年 71勝66敗3分
石 川12-11ベバリン8-4鎌 田6-7ホッジス5-9佐藤秀5-4高 井5-6
坂 元4-1石 堂4-1花 田3-11-3館 山0-3前 田0-1
河 端2-3山 部2-0山 本1-3五十嵐亮5-5-0石 井6-1-1高 津2-3-34
2004年 72勝64敗2分
石 川11-11川 島10-4ベバリン9-11石 堂6-7藤 井4-6ゴンザレス4-2
坂 元4-2高 井4-2マウンス3-6鎌 田1-3河 端3-1杉 本1-0
田 中1-0山 部0-1平 本0-1山 本2-2-0石 井4-2-5五十嵐亮5-3-37
2005年 71勝73敗2分
石 川10-8館 山10-6藤 井10-12川 島9-10ガトームソン8-5ゴンザレス4-6
高 井4-4河 端2-5石 堂1-2松 岡1-2坂 元1-2丸山貴0-0
花 田0-1山 本1-0山 部0-2吉 川3-3-0五十嵐3-2-4石 井4-3-36

 1999年〜2000年はなんと言っても石井一久・伊藤智仁・川崎憲次郎の強力3本柱で、松井・清原・江藤・マルティネスといった4番ばかりの巨人打線に立ち向かっていったのが印象的です。J・ハッカミーも、キッチリ試合を作ってくれる投手でしたね・・。ダイエーを解雇された高木晃次の先発起用も印象的でした。山部太は苦労しましたね。さらにはリードした展開で投入するも、同点に追いつかれ、その裏見方が再逆転する、神がかり的なツキを擁していた20歳の新鋭五十嵐亮太。今から思えば、これだけの投手陣を要していたのに何で勝てなかったんだろう?ってチョット不思議でなりません・・・
 ところが、2000年オフに川崎、ハッカミーが相次いで退団。そして伊藤智もが故障で離脱した2001年。大卒2年目の藤井秀悟、巨人を解雇になった入来智、オリックスを解雇になりテスト入団した前田浩継を相次いで抜擢し、下馬評を覆し見事4年ぶりのセ・リーグ制覇を果たしてくれました!
 石井一がメジャーに移籍した2002年は、最多勝を獲得しエースの称号を手にした藤井を中心に、前年途中入団のK・ホッジスが中4日で大車輪の活躍で最多勝、さらにはルーキー石川雅規も10勝を挙げるものの、入来前田はサッパリ勝てず、連覇はなりませんでした、、、
 藤井が左肘にメスを入れるという投手生命の危機に瀕し、2003年を境に、「投手力が弱い・・・」と叫ばれるようになりました。しかしながら、4月に加入したJ・ベバリン、ルーキー高井雄平、3年目の鎌田祐哉坂元弥太郎、西武を解雇になった佐藤秀樹、さらには度重なる怪我に泣かされてきた松坂世代のドラフト1位・石堂克利の4年越しの初勝利など、ベテラン・若手を広く起用し、最終戦で勝利を収め、巨人と同率の3位に食い込み、3年連続Aクラスを果たしました。翌2004年は、八戸大から自由枠で獲得した川島亮が期待通りの働きを見せ、見事新人王を獲得、藤井の復活、7月上旬に合流したD・ゴンザレスも小さな怪我を繰り返すも、来期に目処がたつピッチングを展開し、球団史上初の4年連続Aクラスに輝きました。
 1勝の差で5年連続Aクラスはならなかったもの、2005年は初勝利から一気に二ケタ勝利を果たした館山昌平、途中加入のD・ガトームソン。さらに9月に入ってルーキー松岡健一丸山貴史を先発抜擢するなど、先発投手陣の顔ぶれは一気に若返った印象があります。
 中継ぎ陣では、五十嵐山本樹が当然ながら年や時期によって好不調の波はありましたが、ほぼ7年間通して働き続け、2001年以降は河端龍も中継ぎとして、僅差の展開でキッチリ仕事をしてくれました。2005年は吉川昌宏が一軍定着を果たし、巨人戦では防御率0.00を記録。そして忘れてならないのは石井弘寿。彼は、若松監督就任元年には打力を生かすための「打者転向説」もあったくらいコントロールに苦しんでいました・・・ところが、当時の小谷正勝投手コーチの指導もあり、年々コントロールが向上!いつしか五十嵐とともに「ロケットボーイズ」の称号を得て、アテネ五輪でも活躍、2005年はセットアッパーから守護神の座を射止め、日本を代表する投手に!サウスポーのセットアッパーに、メジャー数球団から目をつけられてます、、、この7年間で最も成長した投手でしょう。
 そして忘れてはならない高津臣吾。実働5年で162セーブ。1997〜1998年の2年間で10セーブしか上げられなかったのですから、彼も若松監督によって見事に生き返ったといえるでしょう。
 外国人助っ投に恵まれたこと毎年安定した抑え投手の確立されたことが大きかったですね。

−野手編−【(上段):前半戦、(下段):後半戦において最も多かったオーダー】
1999年 66勝69敗0分
(8)真 中

(8)飯 田
(4)土 橋(2)古 田(3)ペタジーニ(5)池 山(9)スミス(7)高橋智(6)宮 本
(6)宮 本(7)佐 藤(2)古 田(9)稲 葉(5)岩 村(4)馬 場
2000年 66勝69敗1分
(8)真 中

(8)飯 田
(4)土 橋(9)佐 藤(3)ペタジーニ(2)古 田(7)高橋智(5)岩 村(6)宮 本
(9)稲 葉(7)副 島
2001年 76勝58敗6分
(8)真 中(6)宮 本(9)稲 葉(3)ペタジーニ(2)古 田(5)岩 村(7)ラミレス(4)土 橋
(7)ラミレス(4)土 橋(2)小 野
2002年 74勝62敗4分
(8)真 中

(8)飯 田
(6)宮 本(7)佐 藤(3)ペタジーニ(2)古 田(5)岩 村(7)ラミレス(4)城 石
(9)稲 葉(7)ラミレス(2)古 田
2003年 71勝66敗3分
(8)稲 葉(6)宮 本(3)ベッツ(7)ラミレス(5)鈴 木(2)古 田(9)真 中(4)土 橋
(8)真 中(5)岩 村(3)鈴 木(9)宮 出(4)城 石
2004年 72勝64敗2分
(8)稲 葉(6)宮 本(5)岩 村(7)ラミレス(3)鈴 木(2)古 田(9)マーチン(4)城 石
(9)真 中(2)古 田(7)ラミレス(3)鈴 木(8)稲 葉(4)土 橋
2005年 71勝73敗2分
(6)宮 本(8)青 木(5)岩 村(7)ラミレス(3)鈴 木(2)古 田(9)真 中(4)土 橋
(8)青 木(6)宮 本(9)宮 出(3)リグス(2)小 野(4)城 石


 野手に目を転じれば、あまり代わり映えがしないというのが率直な感想でしょうか!?
 キャッチャー:古田敦也でサブに青柳進小野公誠米野智人

 内野陣:ファーストには球団史上最強助っ人R・ペタジーニ。金銭面でヤクルトを退団し巨人に移籍後は西武から移籍してきた鈴木健がしっかりカバーし、2005年後半はA・リグス。ほぼ例年土橋勝征城石憲之の併用が続いたセカンド。2000年後半以降池山隆寛から完全にサードのレギュラーの座を奪い取った岩村明憲。ショートは宮本慎也がほぼ毎年フル出場。代打の切り札・内外野のユーティリティとして度会博文、脚のスペシャリストで守備も堅実な三木肇

 外野:高橋智佐藤真一の両ベテラン中心だったレフトが2001年以降A・ラミレスで不動。1番センターは先発投手によって真中満飯田哲也を使い分け、志田宗大も貴重なサブプレーヤー。ライトに稲葉篤紀稲葉は開幕直後極度の不振に陥る事があり、副島孔太が穴を埋めました。

 この中で特筆すべきは、宮本だと思います。若松監督就任直後はあくまで【守備の人】で、8番という打順が示しているように打撃はあまり期待されていなかった、、、ところが、2000年の最終戦で3割を達成し、翌2001年からは2番打者として、犠打の日本記録も樹立し、2003年11月のアテネ五輪アジア最終予選からは、日本代表の主将として、強烈なリーダーシップを発揮!球界からの多大な人望を集める選手となりました。投が石井弘なら、野手は宮本が、7年間で最も成長した選手だと思います。
 そして忘れてはならない、2005年の青木宣親の抜擢!飯田稲葉の退団でポッカリ空いた外野の枠。「あの守備は外せないよ・・」監督のコメントが印象的です。開幕直後は一軍のスピードについていけず、三振を量産。打線も1番・宮本と3番・岩村の間をバッサリと寸断していました。。でも若松監督は使い続けた。そして、交流戦以降は周知の活躍。あのイチロー以来、セ・リーグでは史上初の200安打を達成!!若松監督の目は確かでした。
 宮出隆自は投手編にも名前があるように、監督就任当時はピッチャーだったんですよねぇ・・・一時期はローテーションにも入って2年間で5勝(5敗)を挙げている!2001年も開幕一軍でしたが、足首を故障、、、そこで野手転向となりました。元々打力には定評があった。あの巨人・上原からフェンス直撃打を放ったり、1イニング連続安打に投手として貢献していたり。でも実際決断には勇気が必要だったと思われます。自打球で骨折とシーズン終盤を棒にふってしまったものの、監督も「5番打者として最後まで使うつもりだった」と、その秘めた力は監督も一目置いていました。さすが「小さな大打者」野手を見る目は確かです。
 ただ監督は、メンバーの固定に頑固にこだわりましたそれ故選手の入れ替えが少なかった・・・。というのが唯一の不満です。ま、二軍にそれだけの選手が居なかったといえばそれまでなんでしょうが・・・

 来る者あれば去る者あり・・・。7年間のスワローズの支配化選手異動状況をみていこうと思います。

−支配下選手編−
1999年
石堂 克利牧谷宇佐美橿渕   聡本郷 宏樹小早川毅彦辻  発彦押尾 健一カツノリ
河端  龍高橋 一正丹野 祐樹丹波 幹夫廣田 浩章北川 哲也住友 健人高梨 利洋
高橋  智ツギオユウイチ松元   繁増田 政行津川  力高橋 郁雄
ペタジーニスミスハッカミーバチェラーエーカースミスバチェラー
2000年
野口 祥順藤井 秀悟米野 智人細見 直樹川崎憲次郎馬場 敏史岡林 洋一斎藤 充弘
花田 真人本間   忠田畑 一也山崎 貴弘加藤 博人
前田 浩継衣川 幸夫代田 建紀伊藤   彰宇佐美康弘
ロブロレモンリーゴハッカミーロブロレモン
2001年
平本   学鎌田 祐哉松谷 秀幸坂元弥太郎石井 一久阿部 茂樹
畠山 和洋高木 晃次三上 真司大脇 浩二大山 貴広
寺村 友和島田 直也入来  智高橋   智
ラミレスニューマンハーストホッジスハースト
2002年
石川 雅規梶本 勇介内田 和也福川 将和池山 隆寛青柳  進丹野 祐樹
萩原多賀彦五十嵐貴章志田 宗大副島 孔太寺村 友和代田 建紀島田 直也
浜名 千広戎  信行入来   智高橋 一正丹波 幹夫
ペタジーニニューマンリーゴ
2003年
高井 雄平館山 昌平泉   正義大原 秉秀高津 臣吾
片山 文男高橋 敏郎吉川 昌宏小森 考憲伊藤 智仁松田 慎司橿渕   聡
久保田 智大塚   淳鈴木   健浜名 千広戎   信行衣川 幸夫
成本 年秀佐藤 秀樹ベッツベバリンホッジスベッツツギオ
2004年
川島   亮山田 裕司青木 宣親吉田 幸央稲葉 篤紀鮫島 秀旗
佐藤   賢前田 浩継飯田 哲也
杉本  友田中  充丸山 泰嗣成本 年秀佐藤 秀樹五十嵐貴章吉田 幸央
マーチンマウンスゴンザレスベバリンマーチンマウンス
2005年
田中 浩康松岡 健一川本 良平上原厚治郎佐藤 真一
丸山 貴史萩原多賀彦泉   正義本郷 宏樹杉本   友
三澤 興一宇野 雅美山本   樹小森 考憲片山 文男
リグスラミレス.Jrガトームソン
入 団退 団
ドラフトトレード入団現役引退トレード退団
外国人テスト入団FA移籍戦力外通告


 1999年のオフは野村色の一層を図った感がありますねぇ。野村再生工場で甦った小早川毅彦辻発彦廣田浩章らのベテラン勢を一掃。極めつけはあのカツノリまでヤクルトに居たんですからねぇえぇ(苦笑)。阪神へ移籍。そしてまた来年から東北で再び親子で同じユニフォームですか・・(笑)
新人選手としては石川川島青木の3人が見事新人王を獲得!!石堂河端藤井花田真人志田館山佐藤賢など今や一軍に欠かせない戦力となっている選手です。野口祥順畠山和洋梶本勇介大原秉秀田中浩康は次代のスワローズを支える内野陣としてその飛躍が待たれます。米野細見直樹福川将和高橋敏郎川本良平の中から、次代の正捕手の座をつかむのは一体誰になるのでしょうか?
 しかしながらその一方では、伊藤彰三上真司高橋一正丹野祐樹など、高卒で入団してきた選手が、3〜4年で解雇されてしまうという厳しい現実も毎年のように見せつけられるようになりました。その中には泉正義片山文男吉田幸央らのように高校時代からの故障・持病に泣かされた選手もいましたが、ドラフトの指名方針、ファームの育成能力に疑問を感じてしまいまする、、、「見切りをつけるなら若いうちが良い」近年、このような球界の『暗黙の了解』が出来つつあるような気がします。果たしてそれで本当に良いのでしょうか・・・

 外国人選手では、ペタジーニラミレスリグスを除けば、M・スミスT・ロブロT・ベッツB・マーチンは皆1年限りでした。一方の投手は、ハッカミーホッジスベバリンの3人で延べ64勝。D・レモンA・ニューマンJ・ハーストT・マウンスといった投手もまた1勝〜3勝を挙げてくれたのですが、、、1999年途中入団のR・バチェラーただ一人だけ7試合登板0勝0敗防御率7.94という記憶にも残らない酷い成績を残し、シーズン途中帰国して行きましたとさ、、、。
 若松監督就任元年から育成を目指して獲得していったブラジル出身のユウイチ松元ツギオ佐藤リーゴ宮本の3選手でしたが、最終的に残ったのは残念ながらユウイチただ一人でした。外国人枠の関係で一軍登録に恵まれなかったものの、2004年に帰化を果たして以降は、見事一軍で活躍してくれています。一応の成果は収めたということになるのでしょうか。

 移籍選手では、移籍元年に見事活躍した高橋智入来佐藤秀鈴木健が印象的です。ただ在籍は長くて3年。”外様”には厳しいですね・・・。成立した交換トレードとしては、田畑一也代田建紀衣川幸夫山崎貴弘寺村友和副島戎信行前田田中充丸山泰嗣の4例でした。副島の放出は全く解せないものでした・・。金銭トレードでは、カツノリを始め、加藤博人寺村を放出、浜名千広鈴木を獲得しました。飯田は楽天への無償トレードという形での放出となりました。コーチとして再びスワローズのユニフォームに袖を通してくれることを願います。

 そしてこの7年間の間に 石井一高津はメジャーへ行き、稲葉は日本ハムへFA移籍。岡林洋一池山伊藤智川崎佐藤真らがユニホームを脱ぎました。選手にとって『引退』の二文字は避けては通れないものですが、1990年代の主力が相次いで移籍/引退を表明していくのは、やはり寂しいものでした。
 押尾健一丹野は打撃投手、阿部茂樹鮫島秀旗はブルペン捕手、橿渕聡はスカウト、斎藤充弘松田慎司は裏方として現在は影でチームを支えてくれています。馬場敏史成本年秀は一軍コーチとして古田内閣を支えることになります。これはこれでまた感慨深いものです・・。

 7年間という歳月はこうしてみても実に長いものです。そして、2006年からは、新たに古田選手兼監督率いるスワローズへと引き継がれます。どんなチームになるのか、今から楽しみでなりません。
 でもその前に今一度改めて”名将”若松勉に感謝の言葉を・・、
 若松監督7年間本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。

2001年12月25日

総括2001−4年ぶり6度目のリーグ制覇までの道のり

 川崎憲次郎ジェイソン・ハッカミー。この二人の退団劇から2001年シーズンはスタートしたと言って良かろう。「一年間ローテを守ってなかった…」「16勝してるが16敗もしている…」とは言うもののローテーション投手が二人も抜け、「果たして一年間戦えるのであろうか?」これが率直な気持ちであった。
 昨年までの135試合制から140試合制となる今シーズン。単純に70勝しても勝率は5割となる計算である。「85勝55敗の貯金30なら優勝できる!」との思いから実際にキャンプ前日に勝ち星計算をしてみたものである。まさに嬉しい誤算だらけになった訳であるが…
石井一157△島田、山本53
伊藤108五十嵐、高津105
宮出、本間2010△入来、△寺村37
石井弘、藤井、前田高木、山部
○ニューマン、○ハースト107三上、石堂、高橋一
○平本、○鎌田128合 計8555


 キャンプ・オープン戦を消化するにつれ、夢の「85勝」計画はまさに夢と化す勢いだった。伊藤智仁戦線離脱。期待のドラ1・平本学ノーコン露呈で二軍落ち。チーム最多勝男・五十嵐亮太も調整不足。加えて不動の4番ロベルト・ペタジーニまでもが膝痛で開幕絶望(結果的には2試合目から復帰)となり、阪神ファンにまでも同情されるくらいであった。
 開幕戦はエース・石井一久で三年連続○を収め、しかも翌日は季節はずれの都心の雪で恵みの中止!幸先は良かったように思えた。しかし、天気も回復した開幕2戦目に早くも期待の新外国人の一角・ジョナサン・ハーストが怪我で戦線離脱し●。神宮開幕戦となった3戦目(対巨人)は天敵工藤から点を取ったが、新鋭条辺に手も足も出ず●。不安敵中か?と脳裏をよぎる。

◆転機1◆4/4 ヤクルト10-5巨人(神宮)
 まずは相手先発が高橋尚にもかかわらず1番に真中満を起用した事。昨年まで左投手が来るとことごとく代えられた真中をスタメン起用。この日見事期待に応え5打数4安打の大爆発!シーズン序盤の好調を支える転機になったであろう。次に、オープン戦本塁打0の新外国人・アレックス・ラミレスに待望の来日初本塁打がでた事。キャンプ時は絶賛されたがイマイチだったラミ(実際本領発揮は夏場以降)に1本出たのも大きかったであろう。さらにはベテラン・池山隆寛がこの試合で通産1500本安打を達成!。しかしこの試合で最も大きかったのは先発・藤井秀悟の活躍である。勝利投手にこそなれなかったが、プロ初先発で6回1死まで読売を0点に抑える見事な投球。彼なくして今年のスワローズ快進撃は語れない。

 その後は○●●○○○●○△●○●●△○○●。勝ったり負けたりの繰り返し。中にはいずれも広島戦で、終盤5点差を最後は守護神・高津臣吾が守れなかったり、9回2死からサード・岩村明憲のタイムリーエラーで追いつかれたりと今一つ調子に乗れなかったが、。4/28〜/30にかけて阪神に○○○。4月を13勝9敗2分で何とか乗り切る。

 月が変わり5月。横浜に●○●。広島に●●○。中日には敵地で●●●を喫し5/10ついに借金生活に突入してしまう。そんなムードの中の東北遠征。その初戦で連敗を3で止め、勝率を5割に戻した(結局これが今シーズン最初で最後の借金生活だった)がこの1勝は単なる1勝では終わらなかった。次の日は相手エラーに助けられての逆転勝ちで横浜に○○。神宮に戻ると古田敦也・岩村・ラミレス3者連続本塁打あり、急きょ登板本間忠の好救援ありで広島に○○●。続くカード阪神戦は○●で迎えた9回2死から岩村の代役池山が起死回生の同点本塁打がペタジーニのサヨナラ本塁打を呼び今季初のサヨナラ○!貯金を3とし、東京ドームへ乗り込む。そしてあの事件が起こったのだった。

◆転機2◆5/22 ヤクルト8-4巨人(東京ドーム)
 中継を見ている時点ではあんなひどい事件が起きているかなんて想像もつかなかった。7点差の楽勝ムードが一転…。最終回4点差となり尚も満塁。一発出れば同点の大ピンチ。そこを高津が仁志を投併に抑えヒヤヒヤもんの勝利!しかし翌日の新聞報道を見て事態は急転した。「藤井が泣かされた」というのだ。7点差の9回表の全力プレーに読売がヤジを浴びせたというあの事件。

 これでヤクルトスワローズの結束力が高まったことは間違えなかろう。翌日は16安打5本塁打の猛攻で打撃戦を制し○。続くカード横浜にも○○。
そしてあの事件から丸一週間。舞台を変え神宮球場での読売戦。初戦は石井一がピリッとしないで●。そして次の日藤井が先発登板する。
◆転機3◆5/30 ヤクルト7-0巨人(神宮)
 藤井涙の降板から一週間。投げては7回1/3を無失点。打っても2安打2打点の活躍を見せて見事読売にリベンジを果たす。これで加速したSWALLOWS。翌31日稲葉篤紀のサヨナラ満塁本塁打で○!5月を14勝10敗で乗り切る。

 6月。相性のよい千葉マリンで○し、勝率首位(当時でいう”隠れ首位”)に立つ。梅雨前線にはさすがのSWALLOWSも勝てず●雨雨○●雨○●雨と一進一退の日々が続く。まぁ、石井一藤井前田浩継入来智しか先発投手がいなかった当時としてはまさに恵みの雨だったが。
雨の影響を受けない福岡遠征。○○で迎えた第3戦。

◆転機4◆6/17 ヤクルト3-0広島(福岡ドーム)
 ヤクルト・藤井、広島・長谷川の息詰まる投手戦。7回裏岩村の3ランで勝負を決めた。ただこの「一勝」は単なる一勝ではないことが過去のデータで判明したのだ。「福岡ドームで3連勝した年は全て優勝している」というデータが!この日の勝利以来本気で4年ぶりの優勝を意識した。
 阪神戦。○○で迎えた6/24。昨年は手術で一年を棒に振った河端龍がプロ入り初○を挙げる。横浜戦。鬼門長野では●も、神宮に戻って6/27。今度はプロ入り初先発寺村友和がプロ入り初○。球団通算3000勝という区切りの一勝であった。残り3試合は○●○。6月をはナ、ナント13勝5敗!の好成績であった。

 月が変わって7月。ツキも変わったしまったのか?甲子園で高津がカツノリにサヨナラタイムリーを打たれるという悪夢のような●でスタート。歯車が狂ってしまったのかその後も●●。
迎えた7/6も8回表を終えて3点のビハインドと劣勢だった…。

◆転機5◆7/6 ヤクルト7-6中日(神宮)
マウンド上には中日のセットアッパー岩瀬が。バッターは我らが4番・ペタジーニ。たった一球で流れが変わった。肩部直撃の死球にあの温厚なペタジーニが激怒&乱闘に!岩瀬、ペタジーニ両者が退場となった直後古田が1点差に迫る2ランを放つと完全にゲームの流れはヤクルトに。相手投手の暴投で追いつき、満塁で迎えるバッターは飯田哲也。その初球。スクイズバントは一塁線へ。サードランナー三木肇が生還し一気逆転!最後は甲子園で二度の救援失敗で自信を失いかけていた守護神・高津が久々にビシッと締めた。これは実に大きな大きな「一勝」であった。
 以降は●○○○●△●○●○。46勝31敗3分「貯金15」で前半戦を折り返した。
 オールスターを挟んで後半戦の開幕。”隠れ首位”と形容されていたヤクルトは地元・神宮で”暫定首位”巨人を迎え撃つ。初戦は石井一の乱調で●スタートも、二戦目前田三戦目藤井と左腕で○○。7月29日再び名実とも”首位”に立った。その日神宮の夜空には盛大な花火が打ち上がった。
気を良くして乗り込んだ甲子園。しかしその初戦。新鋭・谷中に完封●を喫し、初の月間負け越し8勝9敗1分となり勢いもここまでか?などと騒がれたりも?しかし…。

 8月。ヤ投に救世主が現れた。その名はケビン・ホッジス。立ち上がり不安定ながら見事6回3失点で初登板初勝利。チームに○○○○○をもたらしてくれた。中でも8月3日の神宮での中日戦はバンチ−岩瀬−落合−ギャラードの中日お得意の必勝リレーを終盤2イニングで攻略。ペタジーニのサヨナラホームランで今季4度目のサヨナラ勝ち。苦労人松田慎司が2勝目をあげる。続く対広島は●●○で、再び首位攻防巨人戦。
前回巨人相手に好投した前田・藤井を立てるも●●。またもや勝ち数の関係で巨人が首位となってしまった。

◆転機6◆8/12 ヤクルト7-4巨人(東京ドーム)
 3-0ヤクルト3点リードの6回裏。何でもないフライを土橋勝征稲葉がお見合い。このプレーで先発入来のリズムが完全に狂ってしまった。松井に逆転本塁打を許し一挙4点を奪われ逆転される。同一カード3連敗の危機を救ってくれたのが代打の度会博文だった。まさにチーム一丸野球の象徴となる価値ある一勝であった。
 これで加速したスワローズは横浜にも○○し、8/16には疑惑の判定の末の△でついに4年ぶり優勝へのマジックナンバー「33」が点灯した。ところが…。

◆危機1◆8/17 ヤクルト3-6中日(ナゴヤドーム)
 試合には敗れたが、マジック対象の横浜も敗れたためマジックは1つ減って「32」となったと喜ぶも、実はこの試合中。攻守の要宮本慎也が右肩を負傷。翌日登録抹消されてしまう。二番遊撃の座をそのまま城石憲之に託したがどうも攻撃面で役不足がが否めない。この日の●でたった2日でマジックは消滅。次の日も●で今季二度目しかも前回と同じナゴヤドームでの同一カード3タテを食らってしまう。
 ただこの時期台風が首都圏を直撃!雨雨の間にマジックが再点灯し、それから○○○○と宮本の穴を雨と三木でカバーしていたが、が、が、、、

◆危機2◆8/28 ヤクルト9-9中日(神宮)
 試合自体は「どうしてナゴヤと神宮じゃこんなに違うのか?」と思ってしまう神宮劇場対中日戦のリプレイを見るような展開。3-9の敗色濃厚ムードを8回裏ラミレスの満塁本塁打で追い上げ、9回裏に代打池山のヒットから古田の同点打で執念のドロー。”勝ちに等しい引き分け”と言われたが、が、が、、、
 翌日のスタメンの名から古田の名が消えた。この試合9回表中日の攻撃中キャッチャーファールフライをスライディングキャッチしようとした際に「左ひざ後ろ十時じん帯損傷で全治3週間」の大怪我をしてしまった。ただそんな状態で、延長12回までマスクをかぶり、打席でタイムリーを放ち、盗塁を阻止していた姿を充分留意しておく必要があろう。ただ激闘いやここは「死闘」という二文字がふさわしかろう。
宮本
に続いて古田までも戦線離脱してしまった。そんな状態でもスワローズは崩れなかった。小野公誠が救った。山部太との呼吸ぴったりで○。あのプロ初打席初本塁打自身4年ぶりの本塁打で○。と気がついてみれば引き分けを挟んで6連勝。月間を通しても15勝7敗2分で二位巨人ともゲーム差7.5をつける独走状態に入っていた。

9月に入っても、若松監督の故郷凱旋となった札幌ドーム阪神戦で○○し、連勝も「8」まで伸び、マジックも「17」に。最短優勝はなんて声も聞かれ始めた。
 9/5の広島戦でチームの連勝「8」及び神宮での不敗神話も「10」で止まった。この●は単なる一敗に過ぎなかった…。翌日も●だったが、気持ちはすでに巨人に引導を渡すことに傾いていた。「一勝すればいい」その一勝が出来ない。初戦石井一は大乱調●。二戦目はホッジスが清原の一発に沈む●。「一勝さえすれば」その三戦目。

◆危機3◆9/9 ヤクルト0-1巨人(東京ドーム)
 ヤクルト・藤井。巨人・桑田。両投手の息詰まる投手戦は7回裏主砲・松井のあまりにも大きな一発であっけなく勝負は決した。前日今季初の4連敗。ムードを変えようと、負傷が完全には癒えない宮本を登録即スタメンで起用したがしただったが連敗は止められなかった。二位転落、古田の穴、ミラクルアゲイン。あらゆる言葉が叫ばれる。
 本来お得意さんである阪神にも●。翌日の○でなんとか連敗を「6」で止めた。光の見えないVロードのトンネルを何とか抜けた。広島が勝ってマジックは17でまたもだ。「17」のまま10日間足踏み状態だったマジックもようやく「15」に。たが悪夢甲子園再び。高津が打たれサヨナラ●。不気味に忍び寄る巨人の足音。広島戦●○○。横浜戦○○●。と2カード連続勝ち越しでようやくマジックは二桁を割って「9」となる。いよいよ最後にして最大の天王山。首位巨人との直接対決の時となる。

◆最大危機◆
9/22 ヤクルト3-4巨人(神宮)
● 島田直也が8回表江藤に逆転2ラン

9/23 ヤクルト4-8巨人(神宮)
● 山本樹が7回表松井に逆転3ラン

◆最大転機◆9/24 ヤクルト2-3巨人(神宮)
 入来が8回表仁志に同点2ラン、高津が9回表元木に逆転打。打線も斎藤雅−岡島−桑田の3連投リレーに交わされ、最大9.5あったゲーム差もついに1.5にまで迫られてしまった。
 ただ、あえてこの試合は危機でなく転機と捉えてよかろう。選手会長高津の提案により、アンダーシャツを赤に変えて試合に挑む。扇の要古田が志願のスタメン復帰。足を引きずりながらも懸命に守って打って走る古田の雄姿に、入来がピッチングで、宮本が守備で応える。試合にこそ敗れはしたが、忘れていた”何か”を取り戻したように見えた。

 結果は案の定だった。ナゴヤに移動して
 9/26 ヤクルト9-2中日(ナゴヤドーム)○ 孤軍奮闘山部を終盤大量援護で「8」
 9/27 ヤクルト8-1中日(ナゴヤドーム)○ ルーキー鎌田プロ入り初先発初勝利で「6」
 9/28 ヤクルト3-2中日(ナゴヤドーム)○ エースの力石井一7回零封で「4」
 9/29 ヤクルト6-3中日(ナゴヤドーム)○ 完全に息を吹き返したツバメは「3」

 確かに星野監督の辞任で中日は精彩を欠いていたが、それだけではなかっただろう。月間成績こそ11勝12敗であったが優勝の二文字がようやく鮮明に見えてきた。まさに巨人の力をまざまざと魅せつけられた1ヶ月間であったが、「長嶋監督の勇退」で静かにその幕を閉じたのだった。

 10月。残るは地元胴上げだ!とばかりに、広島甲子園で●●。マジック「1」とし神宮に戻ってきたSWALLOWS。ここまではお望みどおりの展開だったのだが…。生みの苦しみ、相手チームの意地。まさかまさかの●△で優勝に王手をかけたまま5日間が過ぎた。この時間は実に長かったとしみじみ思う。

 10/6 ヤクルト6-4横浜○ ついにヤっと歓喜の瞬間が訪れたのであった。

 優勝決定後は●●●なんとか最終戦で○を収め、通算成績140試合76勝58敗6分で2001年のシーズンを終了した。

 春先の状態を考えれば「期待」はしていたけれどホントに”優勝”してくれるとは正直思ってませんでした。ゴメンナサイ。またこうしてネットを通して、日々ひとつひとつのプレーそして勝敗に一喜一憂し、表現もできました。だからこそ余計に過去の4回(1992年以降)の優勝よりも感動しました。選手の皆さん本当に多くの感動を与えてくれてありがとうございました。

2000年12月25日

総括2000

136試合 66勝69敗1分 勝率.489 (ホーム34勝34敗1分 ロード32勝35敗) セントラル・リーグ第4位

3年ぶり首位に立つが夏場に失速
 ヤクルトには前年好成績の投手は翌年落ち目になるというジンクスがあるが、今年はそれを開幕早々裏書きした。昨年最多勝は12勝した来日1年目のハッカミーであったが、今年4月は1勝1敗。プロ入りしてから12年間で8勝なのに13年目の昨年、一気に9勝した高木も4月は3試合で0勝0敗だ。さらに昨年8勝の石井一は1勝2敗、川崎は3連敗のあと4月28日の巨人戦で初勝利を挙げた。川崎で勝ったヤクルトは30日までの巨人3連戦に全勝したが、4月末のヤクルトは9勝12敗1分と立ち遅れていた。
 それでも4月27日から5月5日まで8連勝したが、翌日から4連敗。一進一退を続けたが5月25日から4連勝し、優勝した97年以来の単独首位に立った。
 首位に立っても完投勝ちした投手はいない。継投策の連続だったが、そのヤクルトを支えたのが高津で、5月末までに15試合に登板して14セーブ。チームの19勝中の70%以上に貢献していた。

チーム完投勝利少ないが救援投手の奮闘目立つ
 6月5日まで首位にあったが、4位とはわずかに0.5ゲーム差。6日の中日戦に負けると一気に4位に転落し、その後再び首位に返り咲くことはなかった。
 6月から8月まで毎月負け越しで、7月15日を最後に借金生活が続く。6月24日の阪神戦で川崎が開幕から60試合目でやっとチームの初完投勝利を記録する。この継投策の連続の投手陣で、五十嵐が7月4日、プロ野球史上初の全部救援勝ちによる10勝1番乗りを果たした。
 打線は昨年の本塁打王のぺタジーニが6月を終わっても13本でトップの松井に9本もの差をつけられている。前年、20ホーマーを放っていたスミスに代わる新外国人のロブロは、6月を終わって打率.191で、1ホーマー、2打点だ。
 6月を終わって勝率.508で4位だったが、巨人には8勝4敗の勝ち越し。前年の巨人戦に11ホーマー28打点と大暴れしたペタジーニは完全にマークされ、12回戦まで2本塁打なのに、巨人戦では投手陣が好投する。6月末まで他球団には防御率3.94の投手陣が巨人戦では3.51。川崎は6勝のうち3勝が巨人戦だ。

チームの好不調の波大きく、巨人戦の勝ち越し生かせず
 8月には9勝14敗で、9日にはついに最下位に転落していたヤクルトだが、9月の声を聞くと急に強くなった。8月30日から8日まで6連勝だ。5月30日以来の4勝目を8月19日の広島戦であげた石井一が突然、立ち直ったのである。
 9月2日の広島戦で5勝目を挙げると、8日の巨人戦で初完投、15日の中日戦では初完封。打線では岩村が8月18日に7号を打つと、月末までに5本と復調。9月にも6本を打った。9月27日の巨人戦に勝ち、2試合を残しこのカードの勝ち越しを決定。巨人はこのヤクルト戦に負け越したので完全優勝を逸した。
 石井一は9月5勝0敗で、チームは16勝8敗と大きく勝ち越し。ヤクルトは10月に入ってからも5勝1敗で、6日には7月14日以来の貯金もできて、横浜に代わって3位に進出した。しかし、翌8日から4連敗を喫し、最後は66勝69敗で勝率.489。奇しくも99年と全く同じ成績で4位に終わった。チーム打率.264は3位、防御率3.62は2位だが、守備機会5162で失策はわずか46の守備率.991は、90年の巨人の.990を更新するセ・リーグ新記録であった。

2000年主な達成記録
▼通算150セーブ=高津、9月6日対阪神、3人目
▼通算1000奪三振=石井一、7月5日対巨人、103人目
▼通算1000投球回=石井一、9月28日対巨人、287人目
▼1イニング4奪三振=レモン、4月14日対広島、セ3人目の記録


Date File―宮本、岩村を中心に堅守を誇った守備陣

 ヤクルトのチーム失策数は46。リーグでは90年巨人の48を下回る最少記録となった。また、チーム守備率は.991で、こちらも90年巨人の.990を更新しリーグ新記録を樹立した。
 中でも遊撃手宮本の堅守が光った。内野の要として136試合に出場し、わずか4失策で守備率.994.。97年に鳥越(中日)が作った997のシーズン最高守備率には及ばなかったが、全試合に出場しての4失策は、91年池山(ヤクルト)に並ぶ最少失策記録である。
 三塁手岩村も成長を遂げた。昨年は73試合で12失策を犯し、守備率は.930に過ぎなかったが、今年はリーグ最多の129試合に出場し守備率.964。ヤクルトの三塁手でゴールデングラブ賞受賞は、91年の角に次ぎ2人目の快挙となった。
 プロ野球のシーズン最少失策は91年の西武の38で、守備率もこの時の.992が最高。来季はこの記録更新が目標となる。

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