2019年10月01日

大引、村中ら戦力外=プロ野球・ヤクルト

 ヤクルトは1日、大引啓次内野手(35)、村中恭兵投手(31)ら5人に来季の契約を結ばないと通告した。
 大引はオリックス、日本ハムを経て、フリーエージェント権を行使して2015年にヤクルト入り。今季は70試合に出場して打率2割2厘。村中は10年と12年に2桁勝利を挙げたが、今季は登板機会がなかった。ともに現役続行を希望している。
 岩橋慶侍(28)、沼田拓巳(25)両投手、山川晃司捕手(22)も戦力外となった。[ 10/1(火) 15:22配信 時事通信 ]

 43.村中恭平(2016-2019)←15.(2006-2015)
東海大甲府高校から2005年高校生ドラフト1巡目指名。将来性を高く買われ背番号は平本学を剥奪する形で「15」が与えられた。
高卒新人ながら2006年春季浦添キャンプに抜擢。シーズン終盤10月14日に初登板初先発の機会を与えられ,3回4失点。

2007年は一軍登板はなかったが,8月には北京プレオリンピック野球日本代表に選出され,オフにはハワイ・ウィンターリーグにも派遣されるなど経験を積んだ。

2008年。新たに就任した高田繁新監督の期待も高く,2年ぶりの一軍キャンプスタート。さらに自身初の開幕一軍入り。開幕第2戦目となる3月29日巨人戦(神宮)の先発を託された。
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4月4日中日戦(ナゴヤドーム)でプロ初勝利。5月3日巨人戦(神宮)では9回1死まで巨人打線をノーヒットノーランに抑える好投をしたが,亀井義行に二塁打を打たれ,惜しくも快挙達成とはならなかった。8月21日に左肘の張りを訴えて登録抹消。

前年の怪我からの復帰を果たしたのは2009年7月30日。後半戦のキーマンの期待が懸かったが,1勝6敗防御率7.12と不本意な成績に終わった。

2年ぶりの開幕ローテーション入りを果たした2010年。3月28日巨人戦(東京ドーム)で11奪三振を奪う力投。ローテーションに定着し,11勝。奪三振は前田健太に次ぐリーグ2位と飛躍のシーズンとなった。一方で与四球数はワースト2位,暴投数はリーグ最多。

2011年。脇腹痛による離脱などもあり4勝6敗と成績的には大きく下げたが,7月29日巨人戦(神宮)でプロ初完投・初完封勝利。球団史上初の神宮開催となったクライマックスシリーズファーストステージ巨人戦では2試合にリリーフ登板。1勝1敗で迎えた第3戦でセーブを挙げ,球団史上初のクライマックスシリーズファイナルステージ進出の立て役者となるなど,記憶に残る投球を魅せてくれた。
2005年高校生ドラフト1位24歳村中。2006年高校生ドラフト1位23歳増渕竜義。2007年高校生ドラフト1位22歳佐藤由規。2008年ドラフト1位21歳赤川克紀。4人合計で24勝を挙げ,ついた愛称は「ドライチ4兄弟」。誰もが近未来のヤクルト投手王国誕生の夢を抱いていた。

その波に乗り,2012年も開幕から白星を重ね,両リーグワーストとなる防御率3.88ながら規定投球回をクリアし,自身2年ぶりの10勝。オフには侍ジャパンにも選出された。

2013年開幕直前には結婚が発表され,順風満帆なプロ野球人生を歩んでいくかと思われたが・・・5月までに3勝を挙げながら,5勝止まり。防御率も5.00。次第に中継ぎ登板を余儀なくされるようになっていた。

2014年4月6日阪神戦(神宮)の登板で腰痛を訴え翌日登録抹消。8月には右肩関節炎で再び抹消。僅か7試合の登板に留まった。

2015年は自身8年ぶりに一軍登板無し。チームの優勝の輪に加わることもなく,オフには10年間背負った背番号「15」が,江村将也のつけていた「43」に変更されることに。

それでもここから這い上がった村中。3年ぶりに開幕一軍入りを果たした2016年。自己最多となる52試合に登板。7勝3敗6ホールド,防御率3.90。先発の駒不足もあって先発を託された6月30日広島戦(マツダ)では5回2失点で,自身2年ぶりとなる先発勝利も挙げた。

しかし2017年13試合。2018年3試合と登板数は減っていた。6月15日日本ハム戦(札幌ドーム)がスワローズでは最後の登板となった。この時ベンチで項垂れる村中に寄りそう青木宣親の姿も印象的だった。。
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一軍登板0に終わった今季は腰を痛めていたことが判明。「ここ2、3年は正直あまりよくなかったが、体の状態もよくなって、よくなる兆しが9月に入ってからあった。走るのもままならなかったのが、動けるようになった。挑戦してから辞めても遅くない。後悔したくなかった」と,ドライチ4兄弟の三男・由規同様に球団からの引退打診を固辞し,現役続行を希望しているという。

記録
 ・初登板・初先発:2006年10月14日中日戦(ナゴヤドーム)
 ・初奪三振:2006年10月14日中日戦(ナゴヤドーム)[朝倉健太]
 ・初勝利:2008年4月4日中日戦(ナゴヤドーム
 ・初完投・初完封勝利:2011年7月29日巨人戦(福島)
 ・初打点:2008年4月19日阪神戦(神宮)[岩田稔]
 ・初安打:2009年9月18日巨人戦(神宮)[内海哲也]

44.岩橋慶侍(2014-2019)
京都産業大学から2013年ドラフト4位入団。

2014年5月13日一軍初昇格。5月15日巨人戦(東京ドーム)でプロ初登板。5月20日(QVCマリン)でプロ初ホールド。6月15日日本ハム戦(札幌ドーム)でプロ初セーブ。7月5日広島戦(マツダ)でプロ初勝利と貴重な中継ぎ左腕として即戦力の活躍を遂げるも,7月12日に左肘に痛みを訴え一軍登録抹消。9月に手術を行い,2015年は1試合の登板のみ。

2016年は14試合登板で0勝1敗1ホールド。

2017年9月8日巨人戦(東京ドーム)でプロ初先発。6回表の第2打席で菅野智之からプロ初安打をマーク。6回2失点(自責点0)ながらも敗戦投手に。26日巨人戦(東京ドーム)も菅野との投げ合いとなり黒星を喫したが,翌年に期待を持たせる内容の投球であった。

しかしながら2018年,2019年と2年連続一軍登板無し。館山畠山引退試合となった9月21日中日戦では左肘をギブスで固定して観戦する岩橋の姿が神宮球場で目撃されていた。。

記録
 ・初登板:2014年5月15日巨人戦(東京ドーム)
 ・初奪三振:2014年5月15日巨人戦(東京ドーム)[阿部慎之助]
 ・初ホールド:2014年5月20日ロッテ戦(QVCマリン)
 ・初セーブ:2014年6月15日日本ハム戦(札幌ドーム)
 ・初勝利:2014年7月5日広島戦(マツダ)
 ・初先発登板:2017年9月8日巨人戦(東京ドーム)
 ・初安打:2017年9月8日巨人戦(東京ドーム)[菅野智之]

90.沼田拓巳(2019)←53.(2018)
名古屋産業大を中退後,エディオン愛工大OBブリッツ,ドジャース1Aなどを経てBC石川からの2017年ドラフト8位指名。
この年のドラフト最下位指名ながら,2018年春季浦添キャンプにも抜擢され,新人8選手の中では最も早く4月8日に一軍登録。4月11日中日戦(ナゴヤドーム)で初登板。1イニング打者5人に被安打2,1失点のデビュー戦。翌日に登録抹消。結局これが唯一の一軍登板となった。
オフには五十嵐亮太の復帰に伴い,背番号は90に変更されていた。
「2年間何もできなかった。まだ25歳ですし、150キロ投げられる。続けるつもりです」と現役続行を希望。

記録
 ・初登板:2018年4月11日中日戦(ナゴヤドーム)
 ・初奪三振:2018年4月11日中日戦(ナゴヤドーム)[福田永将]

2.大引啓次(2015-2019)
2014年オフにオリックスからFA宣言し,ヤクルトへ移籍。背番号は相川亮二のFA移籍で空き番となった「2」に。

長年どんぐりの背比べ状態だったショートのポジションが大引の加入によって一気に埋まった。2015年5月5日左内腹斜筋肉離れにより1ヶ月半ほど離脱を余儀なくされたが,館山昌平と同じく6月28日巨人戦(神宮)に一軍復帰。打率.225という数字以上のチャンスでの勝負強さを幾度となく発揮。そしてなにより守備の堅守さ。大引がエラーすると勝つという不思議なジンクスもささやかれたほどだった。

2016年は開幕直後とオールスター前に腰痛による離脱があったが,100試合に出場。ショートの守備率はリーグトップの.990をマークした。

2017年は7月からおよそ2ヶ月間左肩痛による離脱もあり,出場は80試合にとどまった。
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2018年は春季キャンプ早々にコンディション不良により離脱。移籍後初の開幕二軍スタートに。一軍復帰は4月25日。6月8日に再びコンディション不良による抹消。再登録は8月31日と故障に泣き,出場試合数は47試合。守り続けた遊撃手のレギュラーポジションは西浦直亨に奪われ,守備での出場は三塁手としてが主となった。それでも打数は少ないながら打率.350と代打としての勝負強さを発揮。チームの精神的支柱として2位躍進を支えてくれた。

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三塁転向で試合前ノックでつば九郎との談笑の時間も増えていた今季。大きな故障もなくシーズンを迎えていたが,サードには村上宗隆が抜擢され,大引の役回りはリードした終盤の守備固めと出番は限られていた。
それでもチームがリーグワーストとなる16連敗を喫して迎えた6月2日DeNA戦(横浜)でスタメン起用に応える走者一掃となる先制タイムリー二塁打。これがチームの連敗を阻止し見事お立ち台に。8月23日阪神戦(神宮)では通算1000本安打を達成。9月5日に登録を抹消されると,ほどなく球団から引退セレモニーの打診される。しかし本人は現役続行を希望し,退団の運びとなった。

「球団からは5年間、尽くしてくれてありがとう。新天地でも頑張ってほしい、と言われました」と円満退団を強調してくれるが,特に今年は体調が万全であったがゆえに,若手を起用することで試合に出られないもどかしさが強かったことは否めないのかも知れない。。

記録
 ・1000試合出場:2016年4月27日広島戦(神宮) 史上474人目
 ・1000本安打:2019年8月23日阪神戦(神宮)[高橋遥人] 史上302人目
 ・全球団から本塁打:2015年9月10日DeNA戦(神宮)[石田健大] 史上30人目
 ・オールスターゲーム出場:2016年

69.山川晃司(2018-2019)←55(2015-2017)
2014年福岡工大城東高からドラフト3位指名。背番号は「55」。2011年川上竜平,2012年田川賢吾,2013年児山祐斗,そしてこの山川とチームでは4年連続して高校生のドラフト指名は1名のみという状態が続いていた。

ルーキーイヤー2015年はファームで69試合(捕手として47試合)出場。そのほかにチーム最年少としての気苦労も多かったことだろう。

2016年は廣岡大志,高橋奎二,日隈ジュリアス,渡邉大樹と一気に4名の後輩が入団し,雑用からは解放されたかもしれない。

ただ3年目の2017年には山川と同じポジションである古賀優大が入団。この古賀に捕手としての出場機会を完全に奪われ,山川は外野手としての出場が多くなる。打率も入団一年目の.209から年々下降。

とうとう4年目を迎える2018年には背番号「55」を村上宗隆に剥奪され,山川は「69」に。その後の村上は説明不要。
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迎えた5年目のシーズン。ようやく山川と同学年の清水昇,中山翔太,久保拓真が入団してきた。しかしコンディション不良もありファーム公式戦での出場は13試合。与えられた打席は10で,ヒットは0。
春季の練習試合では投手不足のため,野手でありながらピッチャーを務めるなど厳しい言い方だがファームの人数合わせ要員と化しつつあった。9月11日巨人戦(戸田)で公式戦初登板。1回無失点の投球が話題となっていた。
東京 ☁ | Comment(0) | SWALLOWS | at 23:59 | 更新情報をチェックする

ヤクルトの高津新監督「明るいチームを」=3年契約で再建へ抱負−プロ野球

 プロ野球ヤクルトは1日、今季まで2軍監督を務めた高津臣吾氏(50)が新監督に就任すると発表した。高津氏は同日、東京都内の球団事務所で記者会見し、「僕は僕らしく、ヤクルトはヤクルトらしく、いい伝統を継承し、明るく素晴らしいチームをつくりたい」と述べた。3年契約で年俸8000万円。
 ヤクルトは今季セ・リーグ最下位に沈み、小川淳司監督が退任。チーム防御率4.78は両リーグ最悪で、高津氏は「投手を再生する、あるいは新しくつくり直すことを目的に声を掛けてもらったと思う。新しい投手陣をつくりたい」と意欲を示した。
 高津氏は現役時代にヤクルトで最優秀救援投手に4度輝き、米大リーグでもプレーするなど実績豊富。衣笠剛球団社長は「野球とヤクルトの全てを知っている。来年はAクラス、優勝も視野に入れてほしい」と期待を寄せた。(金額は推定)。[ 10/1(火) 17:14配信 時事通信 ]

公式戦全日程終了から3日。高津新監督就任が正式発表となりました。

自分自身初めてファンクラブに入れてもらったのが1990年。これまで捕手(ノムさん,古田PM)か外野手(若様,高田,真中さん,小川さん)出身の監督の野球しか見てこなかったため,自分にとっても初となる”投手出身”監督の誕生となりました。

例えば初回の立ち上がり。先頭打者が出て,1つアウトを与えてもバントで先の塁に進めるか,犠打をしないで一三塁の形をとるのか。あるいは投手を含めた守りの野球か,攻撃は最大の防御という野球か。これだけでも監督の野球観は多様。

こと投手に関しては分業制が叫ばれるようになり,かつての先発完投というより,オープナーや中継ぎローテーションといった,ブルペンから野球を組み立てる時代に変わりつつある。どんな野球を繰り広げてくれるのか。

コミュニケーションにも長けた高津監督。それを実感したのが8月7日阪神戦(神宮)のテレビ中継でゲスト解説を務めた際に,選手一人一人にかける言葉の節々に温かさと優しさが込められていた。
谷繁重信氏が初めて解説を務めたときの印象がねちねちしているなぁと感じたけど,それとは対照的。これが今の時代の若い選手たちの可能性を引き出すんじゃないかなぁなんて思いを強く抱いております。

あとは高津監督のいう明るさ。いい意味でも悪い意味でもこれがヤクルトスタイル。両面で乗ったら一気に加速する。だから順位はジェットコースターなんでしょう。

こんな話題も併せて。
ヤクルトのバレンティン、FA宣言へ=「他球団の評価聞きたい」−プロ野球
 ヤクルトのウラディミール・バレンティン外野手(35)が1日、今季取得した国内フリーエージェント(FA)権を行使する意向を明らかにした。成田空港で取材に応じ、「他球団の自分への評価を聞き、ヤクルトも含めて交渉したい」と話した。
 8月に出場選手登録日数が8年に達し、国内FA権を得たバレンティンは来季から外国人枠の制限を受けない。「あと数年は守備もできるので、セ・リーグでもパ・リーグでもと思っている。米国に戻ることは考えておらず、今後も日本でプレーしたい」と述べた。
 オランダ領キュラソー出身のバレンティンは米大リーグのマリナーズなどを経て、2011年にヤクルトへ入団。13年にプロ野球記録のシーズン60本塁打をマークするなど、通算288本塁打を放っている。来日9年目の今季は120試合に出場し、打率2割8分、33本塁打、93打点。[ 10/1(火) 20:28配信 時事通信 ]

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